ダンス・ウィズ・エネミー
一人で多人数を相手取る際、一番厄介なのは物量、次に連携だ。
この優先順位の理由は、ゲームだと人道なんて無関係なモブエネミーによる物量攻撃って割とあるからね。
何人、何百人、何千人が倒れても相手を押し潰せりゃそれで勝ちじゃ、っていうやつ。ゾンビとか機械系に特に多い。
流石にどんなハイスペックキャラクターを操作しても無限湧きに持久戦は無理かな……。
ハードが焼き付くより先にこっちの生理現象が、はい。
無限もありうる物量に比べると、連携は二の次になる。
NPCのエネミーだと、物量と連携はコンバートされることが多いので、数が多ければ連携甘め、数が少ないと連携強めと調整されるし。
なお、一番厄介な連携は、俺ごとやれ、である。
あれはね、イベントの敵キャラじゃないと耐えられない仕様だよね。
今回の冒険者ギルドのエネミーは、数多めの連携甘めだ。
まともな冒険者はパパ男爵の方に回ったって設定なのか、バラバラに攻撃してくるだけだ。武器を振り回そうとしても、仲間やオブジェクトが邪魔でまごついている。
結果、マウスという大スターを中心に、熱烈ファン達が複数層の輪を作るようになるわけだ。
大スターに近い順に、第一波、第二波、第三波みたいな、触れ合いの順番待ちリングである。なおファンのマナーは悪い模様。
こういう場合の状況で有利な立ち回りは、敵に密着することだ。
中国拳法で有名なワン・インチ・パンチとかあるでしょ。
あれが名高いのは、あの密着距離で有効打を取るのがめちゃくちゃ難しいからだ。抱きつかれた状態で平手打ちをして、いい音を出せるか、という話だ。
素手という最もコンパクトな武器でさえ難しいのだから、腕の先っぽに長い武器を持っていたらさらに難しい。
ナイフくらいになると使いようもあるが、それでも熟練者でないと密着状態では意外と使いづらいことに気づくだろう。
案の定、一人の敵の懐に潜りこむと、そいつは手に持った剣を振り回せない。
仕方なく柄で打ち下ろそうとして来るが、それには振り上げと振り下ろしの動作が必要である。対してこっちは最初から腰のところで待機させていた掌底を、下から突き上げるだけだ。
早撃ち勝負、構えの差で俺の勝ち。
顎を強打された人型エネミーはスタンする。
フルダイブゲームによくある仕様を使って、グロッキー状態の敵を掴み、ちょっとしたダンスステップで立ち位置を入れ替える。
後ろから短槍で殴りかかって来た敵に、丁度スタンした敵を盾にする位置関係だ。短槍の攻撃は、止まってもいいし、止まらなければなおいい。
位置関係が変わったので、マウスの背後になった敵が二人、反応しそうだ。攻撃してくるかなと振り向く。
視覚情報で確認すると二人が、一歩を踏み出したところだ。それぞれ片手斧と小剣。武器の違いから攻撃動作の差異が出ることを計算に、小剣側にこちらからも踏みこむ。
するとどうなるか?
比べると、攻撃動作が早い小剣の方が、先に攻撃動作に入った。それを追いかけるように、攻撃動作の遅い片手斧が、後から攻撃動作に入る。
結果、小剣の突き刺しと片手斧の振り下ろしは、同時攻撃というには時間差が生じる。
しかも、マウスからも踏み込んだので、武器持ちの二人にとってはやや窮屈な、危険な間合いになっている。
小剣の刺突を、紙一重というには大袈裟だが、脇腹を通すように回避。はたから見ると腹に刺さったように見えるあれだ。
殺陣のやられ役なら、このままやられたフリでもするところだが、生憎マウスさんはどっちかっていうと主人公キャラだ。
小剣使いの手を掴んで立ち位置交換ダンスステップ再び。
必殺、変わり身の術!
遅れてやって来る片手斧の振り下ろしの軌道上に、小剣使いをすり替えておいたのさ!
さて、次はどいつの懐が安全そうかなー?
後はこれが途切れないよう、密着相手を適度にどついて怯ませつつ、今にも攻撃して来そうな敵を注意しつつ、攻撃はしないものの囲んでいる敵の位置を把握しつつ、三歩くらい先を考えて動き続けるだけだ。
スタミナシステムがあるエタソンみたいなゲームの場合、ちゃんとスタミナ回復するタイミングも見計らおうね。
回復する時は攻撃を一切しないで、敵の間をうろちょろ歩き回るようにすると回復量が上回る。
ただし、俺ごとやれ、だけはやめろよ?
絶対にやめろよ?
あれやられると流石に無理だ。自爆特攻は本当に防ぐのが難しいんだ……。
だから、プレイヤーとの対人戦闘になると多対一戦闘は格段に難しくなる。
本当の命じゃないから、自分の敗北とチームの敗北を天秤にかけて、的確に「俺ごとやれ」を選択してくる。
たまに「俺ごとやれって言ってない!」けどチームメイトが「お前ごとやる!」って決定することもあるし、「おっと手が滑ったマジごめん!」ってこともある。
ほんっと、ゲームって現実世界よりよほど万人に公平な舞台を用意しているのに、変化しまくって楽しいねえ!
今回の冒険者ギルド戦も、段々と変化して来た。
質より量って感じだった敵を二十人ばかり蹴散らしたら、残った十人ほどは怖気づいたような弱気な顔で遠巻きにし始めたのだ。
エネミーモブだけあって、厳つい顔が多い野郎どもが脅えた顔しても可愛さの欠片もねえな。
見ていても楽しくないんだがー? 殴りかかりに行くフリをしたら、その方向の敵が逃げ出し、ついで全員が二階に繋がる階段へと逃げ出す。
あれ、これ大丈夫かな。
マウスのイベントは一階に敵を引きつけるんじゃなかったっけ? やりすぎた?
強過ぎちゃってごめんね!
と思っていたら、二階に繋がる階段から増援が下りて来た。さっきまでの雑魚とは、装備のキラキラしさが違う四人組だ。
ボス戦かな?
「お前がエクスマウスか。大した暴れっぷりだ。どうやら噂になる程度の実力はあるらしいな」
フルアーマーの盾と剣を装備したオーソドックスな前衛に褒められた。
照れはしない。事実だもの。
そんなことより、この間にかすりダメージが積み重なって減っていたHPゲージを、アイテムを使って回復する。
あ、ついでに生肉も食べよう。これだけ動き回ったから、星見トカゲのバフがあってもスタミナゲージの上限や回復量がいくらか減っている。
「だが、ここまでだ。我々四本の角が、貴様の蛮行を止めてみせる。冒険者ギルドに対する数々の妨害工作……」
「ああ、もういいぞ」
回復は済んだ。スタミナゲージも満タン。
プレイヤーの集中力はまだまだ切れないから一息入れる必要もない。
会話スキップだ。
「さっさとかかって来い。お前等の話を聞く気はもうない。そっちも、同じだろう?」
「いい度胸だ」
「俺の敵になったお前等ほどじゃない。いや、竜に威嚇するゴブリンを度胸があるとは言わないか?」
ふはは、挑発に四人組の表情がいい感じにカッカッしおるわ!
まあ、あっちと違ってこっちはプレイヤーという天然チートなんでね。持久戦イベントで俺より高レベルキャラは出て来ないよなって裏読みしてるんだ。
ていうか、四本角って聞くと、あの鹿に山羊ドクロが憑依していた姿を思い出すなぁ。
やべえ、笑っちゃいそう。
「すぐにその余裕を引っぺがしてやる! 皆、いくぞ!」
盾と剣を構えたリーダーが突っ込んで来る。
もうちょっと待ってくれない? 笑い堪えるのでちょっと手一杯になっちゃった。
もちろん、待ってくれるはずもない。
リーダーが正面に立ちふさがって、盾を前面に出してくる。後方の神官が支援魔法をかけたらしく、防御アップの効果がついた。リーダーがタンク役か。
前衛のもう一人、槍使いは脇に回って攻撃の構えを見せ、警戒を強制してくる。
残りもう一人は攻撃型後衛で、魔法使いが杖の先をこちらに、狙っていますよとアピールがあり、こちらも警戒が必要だ。
ちゃんと連携されると、やっぱり手強さが増すね。
こっちが一手を出すと、四手一気に襲ってくるわけだから、単純に強い。
こっちの立ち回りとしては、その四手を一気に出せないようにする。つまり、さっきまでと同じだ。武器を振り回そうにも仲間が邪魔になるようにすればいい。
リーダーの盾役は確かに邪魔だ。防御力が高い上に、手傷を与えても神官が回復するからすんごい邪魔だ。
邪魔だが、こいつと魔法使いが直線状になるように動けば、魔法使いは攻撃しづらくなる。
という王道の立ち回りに、文字通り横槍を入れて来るのが槍使いだ。
「はっ! 魔法使いを気にしてるのが丸わかりだ! 立ち回りがわかりやすいぜ!」
そういうのはせめて槍をかすらせるくらいはしてから言ってくれる?
このマウス様相手に当てろとは言わんよ。挑発してくる槍使いに、視線も送らずに鼻で笑う。
大体、魔法使いのせいで立ち回りが制限されるのは確かだが、それは後衛を抱えた前衛にも同じことが言える。
リーダーは攻撃の機会があっても、盾役の動きを重視して手出しは控え気味。これじゃ槍使い一人の攻撃を注意すればいいのと変わらない。
魔法使いの攻撃だって、範囲攻撃は味方を巻きこむから使えず、直線的な軌道の攻撃魔法は盾役のリーダーが邪魔だ。なんとか射角を得ようとあっちへうろうろ、こっちへうろうろしている。
少し時間を稼いで調整してやれば、同じ後衛でも神官と魔法使いの距離が離れてしまう。
さて、ゲーマーの間に伝わる古典的な教訓を思い出そう。
そう、回復役から潰せ、だ。
リーダーの盾を、蹴るというより足場にするように踏んで、一気に距離を取る。
すかさず魔法使いがマジックアローを飛ばして来たが、こっちは盾を蹴って横移動の加速がついた状態だ。そのまま走り続ければ、多少の誘導性能があっても点攻撃はまず当たらない。
大きく迂回して神官に向かう。
後衛の防御力、このマウスの攻撃力と比べていかほどかな?
そのことに気づいたリーダーと槍使いが慌てて守るために動き、魔法使いも神官への道を遮ろうと攻撃魔法を準備する。
神官自身も決死の表情で防御態勢だ。
全員が、互いの連携よりもマウスの動きの妨害に意識が偏った。
こうなったらもう四人組じゃない。
一人が四組いるだけだ。
盾役のリーダーは重装だ。軽装の槍使いとは違って動きが遅い。
しかし、盾役のスキルの中には、護衛対象の前まで高速で移動できるものがあるものだ。あのリーダーはそれを使えるかどうか。
軽装の槍使いは、真っ直ぐこちらに向かってくる。神官の護衛に回るというより、直接マウスを攻撃して邪魔をする動きだ。
魔法使いは、さっきと同じマジックアローを準備している。直線軌道だが詠唱時間が短く、弾速も速い魔法で、こちらも直接狙ってくる様子。
神官は「守る」コマンドを押したから、すでにターンエンドだ。回復も支援も出て来ない。これは無視する。
一瞬の連続で、敵の動きを観測し続ける。
決定的な瞬間は今か。
勝負に出る瞬間は今か。
今か。
今か。
今か。
槍使いに置いて行かれたリーダーが、突然氷の上のスケーターのように滑る動き神官の前に高速移動をする。これで、神官を速攻で落とすことは事実上不可能となった。
そして、後方側面からマウスに追いつきかけている槍使いと、前方側面から狙いを定める魔法使い――今だ。
神官に向かっていた歩速を緩める。神官の守りが固まったことで、目論見が崩れて別な手段に切り替えるような動き。
実際、切り替えてはいる。
もし、神官がこのままがら空きなら、神官を先に落とした。とはいえ、それが難しいことは承知の上。プランAの回復役を潰せは失敗した。
ならばプランB、敵の武器を奪えだ。
速度が緩んだことで、これならば狙えると、魔法使いが杖を向けて来た。
撃たせるならここだ、という地点で立ち止まり、防御の体勢を見せる。
恐らく最初に来るのは魔法使いの射撃魔法。発射タイミングに備えて、そちらに多めに意識を向けて――まだ距離のあった槍使いからスキルの発光、槍を前に突き出して突進してくる。
突進系のスキルだ。直線的な動きに制限されるが、高速移動と怯み無効、吹っ飛ばしなどがついている場合が多い。
つまり、パリィやカウンターが通用しない。
マジかよ。
槍使い君、そんなスキルを使って来るとは予想外だった。
計画以上に理想的な展開なんだが、いいのかい?
唇が吊り上がるのがわかる。
スプリントステップを発動してバックステップ――槍使いから見れば、突進に驚いて逃げるように。魔法使いから見れば、背中を向けて迫って来るように。そんな動きだ。
槍使いが、逃すかとばかりに突進スキルに力を入れて、猪突猛進の勢いだ。
魔法使いは、予想外の動きに準備していたマジックアローを咄嗟に発射する。
そして俺はスプリントステップの効果を利用して、予定通りの横っ飛び。
ぎりぎりまで引きつけた突進スキルがかすって、多少のダメージと吹っ飛ばしが発生するが、許容範囲内。吹っ飛ばしについては、回避行動の後押しになるので、お礼を言ってもいいくらいだ。
ありがとうございます!
マウスはお礼がきちんと言えるよい子なんだ!
そして、発生するのは同士討ち。
槍使いに、マジックアローが突き刺さる。しかし、突進スキルはやはり怯み無効があったらしく、魔法を放って硬直状態の魔法使いにそのまま衝突した。
ここだ、という地点で立ち止まったのは、魔法使いと槍使いが一直線に並ぶ地点だからだ。
連携を主軸にしていればあり得ない立ち位置。マウスの動きを妨害するために、つまりマウスの動きに合わせたからこそ発生した、やっちゃいけない立ち位置である。
狙いはしたけど、綺麗に事故ったなー。
マジックアローは直撃だし、突進スキルも直撃だ。魔法使いが背にした壁と槍使いに挟まれて、追加ダメージも入っているだろう、あれ。
さて、スプリントステップの効果時間はまだちょっと残っている。追撃だ。
無防備な槍使いの首筋に、まず軽く速い左腕の貫手だ。防具のない急所への攻撃は、クリティカルが発生する。
突進スキルの恩恵が切れた槍使いは怯みが発生し、壁に挟まれた魔法使いごと身動きが鈍る。
満を持して、威力増加系のスキルを発動。ダブルインパクトの上位技、トリプルインパクトに、吹っ飛ばし効果の高いブルスマッシュとコンボコネクトを添えて――さて、覚悟はいいかな?
右拳を引き絞って構えるマウスに、残りHPがレッドラインに突入していそうな魔法使いは脅えた顔を見せた。
すぐ楽にしてやるよ。
まずはトリプルインパクトとブルスマッシュを同時に入れた一発目。
槍使い君はもちろん大ダメージだが、吹っ飛ばし効果によって壁に挟まれた魔法使いちゃんにもダメージが通る。
次に、貫通属性の威力を高めるスキル石穿ちを乗せた貫手を槍使い君の背中にぶっ刺す。貫通属性なので魔法使いちゃんにもダメージが通る。
そこからは通常の乱打攻撃だが、打撃は通常攻撃でも吹っ飛ばし効果が高めである。
魔法使いちゃんは、槍使いと壁の間でこのまま圧殺されるか、槍使いが先に倒れてマウスの拳で撲殺されるかの二択である。
俺なら選びたくないし、選ばされたくもない二択だな。
ちなみに、魔法使いちゃんは圧殺を選んだ。流石は後衛アタッカー、HPが低かった。
それとも槍使い君の突進攻撃が威力高すぎたのか。
まあ、後ろから滅多打ちにされた槍使い君も直後に撲殺されたけどね。
さて、これで四人組の攻撃担当をまとめて排除したわけだ。
にやあっと(覆面の下で)笑みを浮かべながら、神官を守っているリーダー君を振り返る。
火力不足の盾と、火力のない回復薬が後退る。
お前等のことをこう呼んでやろう。
丈夫なサンドバッグ。