とある家族が見た夢の話
「お母さんただいま〜」
「お邪魔しまーす」
少し汚れた、私の旧姓「小林」と書かれた表札。キーリングにつけっぱなしの実家の鍵を使って、勝手知ったる玄関を開ける。
もう自分の家と違う、でも嗅ぎ慣れた匂い。お母さんの「いらっしゃい」という声のする奥に向かって、結衣がかけていった。
「こらっ、おばあちゃんちはマンションなんだからうるさくしちゃダメでしょ!」
「あ、ごめんなさーい」
「まぁまぁ。大丈夫よ、下の岡田さんちはこの時間多分誰もいないし……後で孫が来てたって挨拶しとくから」
仕方ないわねぇ、まったく。
肩をすくめていたずらっぽく笑う結衣に、私もお母さんも顔を合わせて笑った。
「手ぇ洗ってきちゃいなさい。スイカがあるわよ」
「やったぁ!」
果物一つで嬉しそうにはしゃいでいる姿は、年相応で可愛い。
「だいちゃんは?」
「お兄ちゃんは部活ー」
「大会が近いんだって」
多分、休日出勤の夫と同じくらいの時間に家に帰ってくるだろう。一晩母親がいないと聞いてむしろちょっと嬉しそうにしていていて、寂しがるような歳じゃなくなったのがほんの少し寂しく感じる。
「おいしー」
カットされたスイカをフォークで食べながら笑顔を浮かべる結衣を微笑ましく見つつ、しばらくお母さんとたわいもない話を続けた。
「それにしても、夏休みにもこっちに泊まる予定なのにどうしたの?」
「ちょっとね…………。恵美の夢を見たの。それで」
なんて言ったらいいのか分からなくて、でもそうとしか言いようがなかった私が言葉を選びながらそう口にすると、お母さんは目を見開いた。
「麻衣も見たの?」
「え、お母さんも?!」
今度は私もびっくりして声を上げてしまう。
「恵美さんって、お母さんの妹だよね?」
「そうだよ。……同じタイミングで恵美の夢を見るなんて、不思議な偶然もあるわね」
あの子は私が結婚する前に亡くなってしまったから、子供達は恵美の事を画像や動画と、私達が話す思い出話でしか知らない。
「どんな夢だったの?」
「恵美が新しい家族の所に子供として生まれて幸せに暮らしてる……ってそんな夢でね。そうだったら良いなぁって思って懐かしくなったの」
「嘘。お母さんが見た夢と一緒!」
「え、ほんと?」
私たちは改めて顔を見合わせてひとしきり驚いた。こんな偶然があるなんて。
……ほんとに、偶然?
「ねぇ、夢の中の恵美の家族がどんなだったか覚えてる?」
「すんっごい美男美女の夫婦と、これまた美少年のお兄ちゃんに可愛がられてて……」
「……もしかして、その父親とお兄ちゃんって角生えてなかった? アニメみたいな」
「え?! ほんとに? 同じ夢?!!」
偶然で片付けるにはあまりにも、な内容だった。私とお母さんはひとしきり、お互いが見た夢の内容を、夢の中の恵美の様子を確かめるように前のめりで話を続けた。
生まれ変わりって、マンガとかでは見たことあるけど……でも、どうして私達が夢に見たんだろう。霊感ってやつ? そんなスピリチュアルな経験今まで一切なかったのに。
でも、これだけ同じ内容で、あの子はどう見ても恵美で……これが私とお母さんが「恵美は天国にいるか、生まれ変わって幸せになっててほしい」って願いが生み出して見せただけのものだとは、とても思えなかった。
それに、自分が見る夢っていつも断片的でぼんやりとしか覚えてないのに、あの世界の恵美の夢はやけにしっかり細部まで覚えてる。今思うとそういう所も全部、普通の夢じゃないと感じる。
「……魔法がある世界なんて、きっと楽しんでるわね。あの子はそういうの好きだったから」
「そうだね。家族も仲良さそうで、すごく幸せそうにしてたし」
私とお母さんが涙ぐみながらそう話すのを、結衣は少しぽかんとした顔で眺めていた。
「え? おかーさん、おばあちゃん、夢の話だよね? なんで?」
「……夢だけどね、違う世界でほんとに起きた事を夢で見たんじゃないかって、そう思うの」
結衣は首を傾げつつも頷いた。結衣もマンガやアニメは好きなので、こういう不思議な事もあるのか? と分からないなりに受け止めてくれたみたいだ。
「幸せにしてるから心配いらないよって、教えてくれたのかな」
「恵美らしいわー」
私はお母さんと顔を見合わせて泣き笑いの表情を浮かべた。夢で姿を見ただけで、言葉は交わしていないけど、久しぶりに恵美に会えた気がする。
「お父さんも同じ夢見たかなぁ」
「帰ってきたら聞いてみましょ」
そう信じたいだけかもしれない。
でも、あの夢の中の「エミ」って呼ばれていた女の子は、本当に恵美の生まれ変わりだって……そう思うの。