第四十六話 兄妹と義理姉妹
宝石の護り手一族が長年苦しんできたジュエルソウルの問題。
何度も中央に協力を仰ぎ、討伐を試みてきた。それでも、繰り返し現れるその脅威に未だ解決の兆しは見えない程に事態は深刻。
エンシェント・ジュエルの古代知識を中央に提供する代わりに、外部からの技術や情報も取り入れてきたのに、未だにその解決には至っていない。
そして今日もまた、ルインという王族に名を連ねるひとりの青年が、その命題に挑むべくジュエルソウルの元に赴こうとしている――。
「兄様、疲れてない?」
道中、妹のミスティアが心配そうに声をかけた。エンシェント・ジュエルの住民にとって外出は稀なことで、外界での旅は体に堪えるらしい。街を出て一日半、疲れも出始める頃合い。彼女の気遣いは絶妙だった。
「大丈夫だよ。ありがとう、ミスティア」
ルインが微笑んで答え、ミスティアも安心したように微笑み返した。兄妹の間には、言葉を超えた静かな理解と深い絆が感じられた。
その二人の間に流れる温かな空気に、ニアが思わず口を開く。
「ほんと、お前たちは仲がいいよな」
その声には少し羨ましさが滲んでいた。
家族との絆を大切にしているニアにとって、ルインとミスティアの強い兄妹愛は、特別なものに映るのだろう。
「僕たちは、家族を大切にする国に生まれた。父上と母上も仲が良く、国民も穏やかで……、本当に幸運だと思うよ」
ルインの言葉には、国や民、家族に対する深い感謝と誇りが感じ取れた。
思い返せば、シドとの謁見の後に紹介された彼らの母、サフィスは元中央の使者であり、気品と優雅さを兼ね備えたエルフの女性だった。その美しさと穏やかさは、ミスティアにも受け継がれている。
シドとサフィスの愛情を一身に受け、ルインとミスティアは大切に育てられたのだ。
街を歩けば、住民たちは親しげに彼らに声を掛ける。エンシェント・ジュエルの王族は民と密接な関係を保ち、彼らがいかに国民に慕われているかが、町全体から感じ取れる。
だからこそ、ミスティアは私たちを本気で見極めた。例え、アリヴィアが促さなくても彼女ならこの国のためにいつだって本気で臨む。彼女と刃を交えた私たちならその覚悟も手に取るように分かる――。
「わたしたちは、あなたたちと出会えてほんとによかったと思ってる」
ミスティアが優しい口調で言うと、ニアは少し照れたように笑った。
「お前たちって、ほんとにいいヤツらだよな。出会えて、なんだ、その……、よかったよ」
ニアの素直な言葉に、ルインとミスティアは微笑み『ありがとう』と返した。
「ニアも本当に優しいね。ラクラスたちと出会う機会を作ってくれたアリヴィアには感謝しないといけないね」
ミスティアが続けると、アリヴィアが嬉しそうに笑顔で応じた。
「でしょ? ミスティアの友人が増えて、みんなの悩みが助け合いで解決できる。計画……いえ、経過も順調だしね」
アリヴィアの少し含みを持たせた言葉に、ミスティアが穏やかな様子で頷いた。
その言葉に私も続く。
「ありがとう、アリヴィア。さすが私の義理妹……」
事実はどうであれ、我が妹の働きなくして事態は進まなかった。
だから私も義理姉としての感謝をアリヴィアに送る。
その私の気持ちを受けたアリヴィアは、少し照れくさそうに頷いていた。
「君たちも仲が良いな」
私たちの遣り取りを見ていたルインが優しい笑みを浮かべながら言うと、兄の言葉にミスティアが控えめに笑う。
その時のミスティアの姿はとても可愛く、可愛いものには目が無い私が見惚れてしまうほどに印象的だった。
それほどまでに兄妹愛とは尊く、心を擽られるものだということに私は気付いてしまう。
……なんて尊いのだろう――。
「でしょうッ! そこはもっと褒めてくれてもいいと思うんだけどなぁ~」
満面の笑みを浮かべたメルトお義理姉ちゃんが、楽しそうにそこに加わる。
その様子に、ニアもすかさず突っ込みを入れる。
「おい、メルト! なんだ、その気持ち悪い笑顔は」
「何のことかしら?」
お姉ちゃんとニアの掛け合いが、場をさらに和ませる。
「せっかく静かだったのに……」
ニアが舌打ちをして困ったようにため息を着くが、そのやり取りに皆は思わず笑ってしまう。
「ニア、メルト、あなたたちの会話は賑やかで本当に楽しいね。見ている私も笑顔になる」
ミスティアが微笑むと、二人は少し照れくさそうに頷いた。
「えと、ありがとな、ミスティア。あたしは、ルインとミスティア、二人が大好きになったよ」
照れながら本音を零すニアの姿にミスティアはとても嬉しそうな顔をした。
一方のルインは、その言葉に少し驚いた様子で頷いたが、その目にはどこか戸惑いが見えたように思えた。ニアの無邪気な言葉が、ルインの心に深く響いたように感じる。
「そうか……、それは、嬉しいな……。ニアの無邪気さに、自分がどれだけ余裕を持っていなかったのか、考えさせられることもある……」
ルインは感情を抑えようとしているが、その声が微妙に揺れていたのを、私は見逃さなかった。普段は冷静で落ち着いる彼が、感情を抑えきれずにいる瞬間を見せるのは珍しい。
私の隣に立つミスティアは、そんな兄の姿を黙って見守っていた。兄の内心を察したような彼女の目には、深い優しさが宿っていた。
――ルインは何を考えているのだろうか。
ルインの言葉には確かに強い喜びが含まれている。しかし、その喜びは単純な友情からくるのだろうか。
もしかしたらルインはニアに対して、もっと深い何かを抱いているのではないか――。
色々思わずにはいられない。
お姉ちゃんもその様子を見逃さない。
それどころか畳み掛けるように口を開く。
「ところで、ルイン。ニアのことをどう思う? この子はいつも私に突っかかってくるのに、ルインとミスティアには妙に優しいというか……」
突拍子もない質問に、ルインは驚いて一瞬言葉を詰まらせた。が、すぐに答えた。
「あ、ああ……、ニアは、その……真っ直ぐで嘘がなくて、そこがいいと思うよ」
その声には、少しだけ震えが混じっていた。ルインは自分の感情を悟られないように、努めて平静を装ったが、お姉ちゃんの鋭い視線に気付くと、思わず視線を逸らした。
ルインが視線を逸らした先にはミスティアがいて、兄と妹の目が合った。ミスティアは兄を見ながら静かに微笑み、そしてゆっくりと頷いた。
彼女の微笑みの奥には、兄が抱えている葛藤や不安を察しているような気配があったように私には映っていた。
ミスティアは、そのことに触れるべきかどうか、一瞬迷ったが、今は黙って見守ることを選んだようだ。
「そうか? だろ? 私の良さが分かる奴がやっと現れたって感じだな!」
ニアといえば、無自覚に、褒められたことに気を良くして笑っている。
お姉ちゃんは、そんな周囲の状況を楽しんでいるように見える。そして、ルインの様子を観察しながら、さらに話を続ける。
「兄様の様子の変化にニアが全然気付いていないなんて、面白いよね」
ミスティアも興味深げに頷く。
「うん……。兄様って、こういう時どうしていいか分からなくなるの」
「まあ、ニアは鈍感だからね。でも、それがまた魅力でもあるんだよ」
お姉ちゃんがからかうように言うと、ニアは不思議そうに首をかしげた。
「そうなのよね。そこがまた面白いところだけど、かわいそうでもあるというか……」
アリヴィアも残念そうな表情を浮かべて反応する。
「なんだよ、お前ら、意味わかんねぇ!」
ニアは未だに事態を全く理解していない様子。
「良かったじゃない。ニア以外は色々とこの状況を察しているみたいだゾ!」
無自覚なニアの様子を確認したお姉ちゃんがルインに聞こえるように彼女をからかう。
意地が悪い……。
「さて、そろそろ休もう。この辺りで一息着こう」
ルインは、無理に笑みを作って言った。照れ隠しに見えるも、その背後にある重圧も見て取れる。
長い旅路に加えて、ジュエルソウルという脅威がすぐそこに迫っているという事実がそうさせているに違いない。
このような状況の元、その真意はともかくとして、彼の心にニアの存在が深く刻まれたことは明白。
でも、ルインには酷かもしれない。ニアが鈍すぎるから……。
「ところで、今ジュエルソウルと我々の位置はどれくらい離れているのか?」
ルインが真剣な表情で地図を広げながら妹に問いかけた。
ミスティアは頷き、兄に向けて詳細な予測を伝えた。
「あと一日と少しくらい……」
「だいぶ近付いてきたね……。ルインの言う通りそろそろ休んで力を蓄えなきゃ」
お姉ちゃんが優しく言うと、アリヴィアも頷きながらそっとルインの肩を叩いた。
ミスティアもその提案に従い、一行は休息を取ることにした。
ルインの心の中で芽生えた感情が、この旅を通してどう変わっていくのか――。
その答えは、仲間たちとの絆がさらに深まる中で、徐々に見えてくるのかもしれない。
この地での思い出は、ただの旅以上のものになりそうな予感がする。
種族や家族、そして友情が交差するこの冒険が、私たちにとって何か大切なものをもたらしてくれることを私は願ってやまなかった。
今回で、第三章は終了です。
次回より、第四章「暗闇に零れる白砂」が開始となります。
「面白い」「続きを読みたい」「作者を応援したい」と思ってくださった方は、ブックマークと評価をいただけたら幸いです。