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魔王に花束を - 89「陰に託して影を求む②」
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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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89「陰に託して影を求む②」

 広い屋敷の、広いバルコニーを影でひと呑み。広い空間をひと呑みする感覚は何度やってもたまらない。

 豪快にすべてを呑み込むと気持ちがすかっとするものだ。


 欲を言えば、広い屋敷のなにもかもを呑み込んでしまいたいところだが、それをするには影の大きさも、コセットのマナ量も足りない。

 マナ量くらいなら鍛えたらどうにかならないものかと日々考えてはいるが、今のところ妙案はない。


「とと、今は目の前の仕事に集中しねぇとな」


 コセットはバルコニーごと第二王子を呑み込んだ。

 暗い空間にぽっかりと浮かぶバルコニーの上に倒れている青年がいる。一目で高級品と分かる質のいい衣装に身を包んだ美青年だ。


 影の中で意識を保てず、眠っているその姿は実に絵になる。貴族の令嬢が挙って夢中になる小説やら、演劇やらの一幕にありそうな光景だ。


 コセットも好奇心に駆られて、どちらも目を通したことはあるが、どうもああいうのは好きになれない。

 絵画や演劇を静かに見るのも、小さな文字を目で追うのも、コセットの性には合わなかった。内容もむず痒くてみていられなかった。


「アリアやメリアだったら惹かれたりすんのかね。……いや、ねぇか」


 仲間である双子を思い浮かべてみるが、それはそれで想像がつかない。イゾルテも思い浮かべているものの、こっちはもっとない。そもそも親と子ほど離れているのだから、恋愛対象外であろう。


「第二王子様は目立たねぇもんだから、地味な印象だったけど、やっぱ王族だな」


 高貴な身分の者をまじまじ見られる機会はそうない。

 影の中にいる以上、目を覚ますことはなく、外から邪魔される心配もなく、コセットは悠長に観察を続ける。

 王族というものを間近で見てみたいという欲求を充分に満足させてから立ち上がる。


「さてと王子様には悪いけど、イゾルテ様に頼まれてんでね。殺させてもらうぜ」


 聞こえてはいなくとも礼儀として告げる。他者の命を奪う異常、こういうことはきちっとしておくべきだ。

 眠る王子に最期を宣言しつつ、ナイフを抜く。


 意識のない状態といえ、下手に傷つけることは避けたい。一瞬で終わらせるつもりだ。

 確実さを求めてこういう手法を取ってはいるが、こうも一方的に相手を傷付けるのは好きではない。


「悪いな。恨みたかったら、あの世で好きなだけ恨んでくれ」


 他者を殺す以上、その果てに積み重なる罪も、憎しみもすべて背負うつもりだ。

 勇ましさを超えに表情に映して、コセットはナイフを第二王子の首筋に当てる。


「じゃあな」


 コセットらしからぬ静かな声で告げ、そっとナイフを引く――その腕を掴まれた。

 息を詰め、反射的に腕を引くもびくともしない。驚きで目を見開くコセットの目を王子の目がじっと見つめていた。


 数秒の間。コセットは小さく笑声を零した。


「ああ……なるほど、そういうことか。ははっ、おもしれぇ」


 影の中、意識を保っていられる者は限られている。平たく言えば、影人くらいしかいない。

 暗い影の世界で、じっとこちらを見つめる一対の赤い光。

 その意味をいち早く理解し、予想外の出来事に愉快な気持ちばかり沸き立つ。


「ユニスに嵌められたっつーことか、ははははは」


 新入りの姿を思い浮かべながら、笑声をただ零す。裏切られたという悲しみも、騙されたことへの怒りもコセットにはない。あるのは状況を面白がる心だけ。


「意外だね。理解が早い。多少は動揺すると思っていたよ」


「動揺する理由がどこにあんだ?」


 理解できないのはむしろそう言われることだ。

 目の前にいる第二王子は第二王子ではない。明らかなその事実に心を揺らす理由がコセットには分からなかった。


「意外ってなら、こっちの方だぜ。見てばっかだから話す気ねぇのかと思ってたわ」


 平然と言葉を交わすコセットを偽第二王子は不可解と眉根を寄せる。

 先程の喋り方もそうだが、その表情すらも、王子という皮を被ったままだ。中身の気配をかけらも感じさせない。


「別にばれてんだから普通に振る舞ってもいいんじゃねぇの」


「この姿をしている以上、それに見合った振る舞いをするのは当然のことだろう」


 どうやらそれがこの偽第二王子の美学らしい。

 コセットは第二王子を遠目に見たことがあるだけなので、どれほどの再現率なのかまでは分からないが、その気持ちは尊重しよう。


「んじゃ、早速やり合うとすっか」


「正気かい? この状況で、君に勝ち目があるとは思えないよ」


「んなの、やってみねぇと分かんねぇだろ」


 言いながら、コセットはナイフを構える。


「一応、イゾルテ様への義理もあるからな。戦わずにして、降伏するわきゃいかねぇんだよ」


 コセットの返答を受けて、わずかに見開かれた赤目を前に地を蹴った。

 マナ強化した体で真正面から仕掛ける。ちょうど起き上がる最中の偽第二王子を狙って、ナイフを振るう。


 緊張感のない会話からほとんど間を空けない攻撃を、偽第二王子は少ない動きで受け止める。

 甲高い音が二人きりの空間に響き渡る。


 偽第二王子もまたナイフを握っていた。影人は幼い頃より義務教育的に様々なことを教え込まれる。

 その一つにナイフ術がある。里から教え込まれたまったく同じ戦闘術で二人はナイフを交わす。

 第二王子としての振る舞いを心掛けると言っても、こういうところではやはり素が出てしまうものだ。


「いっそ影を解いたらいいんじゃねぇの」


「ふむ、一理あるね」


 コセットの一撃を容易く避けた偽第二王子は考え込むように頷いた。

 影の中、他に見る者のいない空間で、姿を偽り続ける必要性はないと判断したのだろう。

 休みなく攻撃を仕掛けるコセットのナイフを巧みに捌く傍ら、偽第二王子の体が解かれる。


 男性らしい体つきから女性らしい体つきへ。質の良い貴族服から、実用性を追求した使用人服へ。

 現れるのは灰髪を短く切り揃えた女性である。見覚えのあるその女性は第二王子の影、ティリオ・ツェル・ラァークであった。


「お前、怪我してたんじゃなかったっけ」


「ただの掠り傷」


 端的に答える姿は先程とまるで雰囲気が違う。機械的で、人形的で、無機質な印象に早変わりだ。


「いやあ、やっぱ『ツェル』ってのはすげぇもんだな」


 思わず零れた感想にティリオは目を瞬かせ、小首を傾げる。


「貴方はどうしてイゾルテ側についたの?」


 容赦なく攻撃を繰り出しながら、ティリオは問いかけた。

 無機質な印象からは少し外れた問いは意外なものであった。ティリオは仕事人間といった人物で、他者に興味があるとは思わなかった。


「君は謀反に固執しているとうに見えない」


「そりゃ固執してねぇからな」


 言葉を交わす間も攻撃の手を緩めないティリオのナイフがついにコセットの急所に突きつけられる。

 寸止めとはいえ、これはもうコセットの完全敗北だ。


「殺さねえのか?」


「それは私の役目ではない。私はただの影。今は貴方を捕まえるのが仕事」


 言いながら、ティリオは突きつけていたナイフをそっと下した。

 驚くコセットを前に、ティリオはナイフを鞘に納めた。


「手を出して」


 至極真面目に告げるティリオ。その目はコセットが拒否することをまるで考えていない様子は、コセットの心根を見抜いたものであった。実際、コセットは促されるままに手を出す。

 その上にティリオが手を添えれば、影の一部が枷としてコセットの腕を拘束する。


「君はどうして謀反を?」


「そりゃ面白そうだからに決まってるだろう」


 不可解と眉を寄せるティリオに対し、それ以外ないだろうとコセットは快活に笑う。


 ●●●


 剣の鍛錬に集中する第三王子へ、イフアンは躊躇いなくナイフを振った。

 思いきりの良さがイフアンの長所である。一度の失敗を払拭するため、やる気だけを満たした一撃を振るう。


「この程度で俺に奇襲とは見縊られたものだな」


 完全に隙を突いたはずの一撃は容易く受け止められる。第三王子は素振りの流れで振るった剣で、イフアンのナイフを受ける。

 その軌道は直前まで気付いていなかったことを物語り、それでも間に合わせた。


「くそっ、これを受けんのかよ。完璧に隙を突いたってのに」


「ははっ、これで完璧だと? 笑わせてくれる」


 口の端をゆがませる第三王子はナイフを振り払う。

 素早い動きでイフアンのナイフを払い、生まれた隙に蹴りを叩き込まれる。


 容赦のない一撃にイフアンはその場で蹲る。マナ強化されていたのか、骨まで響く一撃だった。

 諸に受けることになったイフアンはすぐに回復できず、痛苦の余韻の中で第三王子を見る。


「それとも俺を馬鹿にしているのか? この程度で押さえられると?」


 第三王子の中で怒りが膨れ上がっているのが、イフアンの目からも明らかであった。

 ざわつく感覚に突き動かされ、痛みを押して飛び退る。


 余韻の中、ふらつく足で地を踏みしめてみた先で第三王子は剣を突き立てていた。

 逃げるのが少しでも遅れていたら、今頃イフアンは串刺しにされていたことだろう。地面に刺さる剣を見つめ、第三王子は小さく息を吐く。


「なんだ、避けたのか」


 独り言のように呟かれた声は酷く冷たいものだった。


 光の灯らない赤目がこちらを見る。

 イフアンは知っている。あれは無価値なものを見る目だ。蔑む価値すらないものを見る目だ。

 両親がイフアンを見るときの目だ。耐え難い怒りが湧き立ち、ナイフを握る手に力を込める。


「ああああああっ‼」


 痛みなど、些末事と吶喊する。

 怒りを込めた叫び声を心地の良い音楽として聞く第三王子は悠長に剣を抜いた。

 そしてこちらを見もせずに、イフアンの攻撃を受ける。視線を向ける価値もない言われているようで募る怒りに任せてナイフを振るう。


「影は使わないのか?」


 嘲笑を交えた問いかけに己の欠陥を突きつけられる。

 血が滲むほど唇を噛みしめ、出鱈目にナイフを振り回す。教え込まれたナイフ術などあってない攻撃を、第三王子は笑声とともに受ける。先程受けてばかりだ。


「舐めてんのか⁉」


「お前のような下賤な者を舐めるわけないだろう」


「ふざけんなっ!」


 子供の癇癪を相手している様子で、第三王子は目元を和らげる。イフアンを見ず、ただ向けられる怒りを味わて、微笑を浮かべている。


「良い怒りだ。良い嫉妬だ」


「っ誰が嫉妬なんて……っ」


 受けてばかりだった第三王子が突然攻撃に転じる。

 咄嗟に受けるも、その重い一撃に腕が悲鳴をあげる。体格はそれほど違わないのに放たれる剣撃を比べられないほど重い。

 それが二人の差だと見せつけられているようで、イフアンは重みにつぶれる腕に力を込める。


「っ……ああああっ」


「ははっ、その程度か! やはりお前は弱いな」


 叫び声をあげるイフアンへ、第三王子は笑声を浴びせる。

 軽い挙動で重い剣撃が次々と繰り出される。一つ受けるので精いっぱいなイフアンはすぐに捌ききれなくなり、幾度ロっ第三王子の剣で叩かれる。


 第三王子は何故か峰打ちばかりを叩き込み、剣撃という名の打撃が刻まれていく。

 骨に響き、内臓を揺らす一撃が蓄積し、イフアンは立っていられなくなる。最早、反撃すらできなくなったイフアンへ、執拗に攻撃は続き、意識を手放しかけた頃にピタリと止まった。


「これ以上は壊してしまうか」


 呟きを遠い出来事のように聞いていた。

 物のように扱われている状況に怒りすら湧かない。全身が痛くてそんな気力など残っていなかった。

 すぐ傍、誰かが歩み寄った気配を感じたが、そちらを向く気力もない。


「カナト様」


「レナードか」


 降ってくる会話で、訪れたのが第三王子の影だと知る。

 どうやらずっと近くに控えていたらしい。元からイフアンの奇襲は成功し得ないものだったらしい。


 新入りの情報に誤りがあったのか。それとも――それとも、与えられた情報が嘘だったのか。

 怒りよりも悔しさがあふれて、目頭が熱くなる。嗚咽を零し、伝涙が地面を濡らす。


「負け犬丸出しだな。その様でよく謀反などと大それたことを言えたものだ」


「っ……あ」


 悔し涙を流していたところに蹴りを叩き込まれる。地面を転がるイフアンの目に歪んだ笑みを浮かべる第三王子の姿が映し出される。


「安心しろ。価値のないお前の生に価値を与えてやろう」


 高い位置に座した陽の光を背に第三王子は傲慢に言い放つ。

 逆光で見えない顔で注ぐ冷たさが肌をざわつかせる。激しく移り変わる感情が最後の最後、恐怖に塗り潰された。

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