2 アルトの正体とルカの頑張り
その瞬間、アルトがどこからともなく駆け寄ってきた。普段は大型犬のような姿をしているアルトだが、ルカの涙に反応したのか、体から眩い光を放ち始めた。その光は次第に強くなり、周囲の空気が震えるような感覚が広がる。
光が収まると、そこには以前のアルトとは異なる存在が立っていた。体は一回り大きくなり、背中には透き通るような羽が生え、額には小さな角が生えている
周囲の貴族たちは驚きの声を上げた。
「あれは…神獣?」
「まさか、こんな場所で神獣を目にするなんて…」
アルトは低く唸り声を上げると、威圧の咆哮を放つ。その音は耳鳴りのように響き渡り、相手の子供は恐怖で動けなくなり、泣き出してしまった。その場にいた貴婦人たちも、その威圧感に息を呑んだ。 私もその変化に驚きを隠せなかった。でも、もっと驚いたのはルカの変化だった。
「ありがと、アルト。ぼく、がんばる」
ルカはアルトに向かってそう言うと、涙を拭いて相手の男の子に向き直った。
「これ、ぼくの。とっちゃダメ。ひとのものをとっちゃだめって、おそわらなかったの?」
言われた男の子は、まだ動けずにいたけれど、恥ずかしさに顔を真っ赤にしていた。
「確かに平民とか貴族とか言うまえに、人の物を取るなんて、どんな教育をされてきたのかしら?」
「このご子息のお母様はどちら? まったく躾のなっていない」
貴婦人たちがひそひそと話すなかで、先ほどのドネロン伯爵夫人が不愉快そうな顔つきで、私にこう言った。
「子供のしたことですから、おおごとになさらないでくださいね。うちの息子に悪気はありませんのよ」
「ええ、本人に悪気がないのは理解していますよ。ただ、ドネロン伯爵夫人が、日頃から平民を見下すような会話をされていることが、お子様の言動から伝わってくるだけですわ」
「な、なんですって? 私を非難するのですか? 私は伯爵夫人ですのよ!」
「非難などしておりません。ただ、少しお気の毒に思っただけです。私は商店街の女将さんたちに娘のように可愛がられ、ルカも孫のように接していただいています。義姉のヴェルツェル公爵夫人には、本当の妹のように大切にしていただいております。ルカもヴェルツェル公爵夫人にとても懐いています」
「何が言いたいのですか?」
「お子様が、さまざまな人々から愛情を受ける機会を、自ら狭めてしまっているのではないかと心配しているのです。貴族だけで世界が成り立っているわけではありませんよ」
その時、王都騎士団本部で勤務中のはずの旦那様が、ふらりと現れた。勤務時間中でも私やルカの様子が気になって立ち寄ることがよくあるから、今日もそんなかんじだと思う。
「ん? なにかおかしな空気だな。なにかあったか?」
さすがは旦那様、めざとい。