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「なんでこうなるんだろうねぇ」
「なんでだろうなぁ」
俺たちはノーボを出発した。
本来、こんな早くに出発する予定じゃなかったんだが、
「支部長の依頼とあっちゃあ・・・断り辛いよなぁ」
「確かにねぇ」
*
「調査っすか・・・」
「おう」
爺様は一枚の紙をテーブルに置いて広げて、
「内容は簡単じゃ。ここから更に北上したところにウトという町がある。シルフィ王国最南端の町じゃ。そこまでの道で発見、遭遇したモンスターの位置や数、状態を調べてほしい」
ウトって町がボルドウィンとシルフィの国境際にある。
そこまで移動して、それまでにあったことを報告すればいいってことか。
「交戦しなくてもいいんですか?」
「うむ、不要じゃ」
「どうしてです?一応、障害になるようであれば討伐しておいたほうがいいと思いますが」
「無暗に戦って怪我をされても困るでな」
格上の相手に遭遇したら、それこそ危ない。逃げるが勝ちってわけだな。
そうなってくるとだいぶハードルが下がる。こっちとしちゃあ、ありがたい話ではあるんだが。
「無論、どうしても戦闘を避けられない場合は戦ってもらいたいが、遠くから見ておる分には気付かれない限り、交戦することにはならんじゃろう」
気付かれないようにすれば、戦わずに済む。まあ、当然の話なんだが、
「・・・つまんねぇな」
約一名・・・闘争心の塊のような女がそういうことを言っている。
とりあえず、無視を決め込んでおく。
「報告はどのようにすればいいのでしょう?ウトに着いたら折り返しでしょうか?」
行って戻るのはちょっとやりたくないかな。
ジェシカたちはどうかは知らないが、どうせ俺たちはここで何も無ければ北上するわけだし、戻ることにメリットはないはずだ。
ヴェロニカとマーベルさんが調べた感じだと、ノーボには特に何もなさそうだし、このままストレートにウトに行きたいところだが、
「ウトの協会支部長に報告してくれたら問題ない」
・・・ということらしい。
となれば、そこまで面倒な話じゃなくなるか。
「向こうの支部長に手紙を書いておく。それを渡せば、調査完了ということで良いじゃろう」
一種のお使いみたいな感じになるな。妙な手順を踏むよりずっと分かりやすくていい。
「これは調査依頼という形になりますが、報酬はいただけるのでしょうか?」
約一名・・・こういう時でもブレない人がいるなぁ・・・
まあ、大事な話ではあるし、黙っておこうかな・・・
「もちろん、報酬は出す」
この爺様、話が分かるな。
というより、こういう状況に慣れてる?
そりゃあまあ、協会の支部長ともなりゃあ、この辺りのクエストの管理だけじゃなく、自分の部下や冒険者連中の管理もしないといけないわけだし、中にはマーベルさんみたく金銭のやり取りをしてくるヤツもいるだろうし、当然と言えばそうなんだろうが、ちょっと種類が違うように思えるんだよなぁ。
「そうじゃな。五人パーティともなれば、そこそこ軍資金も必要じゃろう」
「わたしが含まれていないんですけどぉ」
当然、赤ん坊はカウントされていない、と。
実際、この中で一番戦えるのはヴェロニカだし、入れてくれてもいいんだけど・・・まあ、事情が事情だし、目先の金のために説明するのもおかしいし、そもそも信じられないし、いつものことと割り切ってもらおう。
「一人当たり十万フォドルでどうじゃ?」
周辺の調査で十万フォドルか。結構割のいい話だな。
マーベルさんに目配せすると、
「妥当でしょう」
ということらしい。
「まあ、俺は受けても受けなくてもいいぜ。キリヤに任せる」
「そうね」
キースとリオーネもまた協力してくれるらしい。
「・・・しゃあねぇな」
・・・ジェシカさん、あんたも来るの?
できれば遠慮願いたいんだが・・・そういうわけにもいかないのか?
「分かりました。協力させてもらいます」
*
という経緯で、俺たちはウトを目指して出発したわけだ。
今のところ、カッターマンティスと交戦した森を目指している。
ノーボから真っ直ぐウトに向かえば早く終わらせられるんだが、爺様の依頼は周辺の調査。ストレートに向かっては意味がない。
別に条件に加えられたわけじゃあないが、ウトの支部長に報告しないといけないわけだし、最低限ちゃんとしておかないと目を付けられてしまう可能性がある。今後のためにも、それは避けたい。
報酬もちゃんと出るし、移動も兼ねられるし、こっちとしても悪い話じゃない。受けた以上は当然だとしても、ここは協力しておくに限る。
ということで、俺たちがメリコでチャーターしてきたドッシュたちと、キースたちがチャーターしたドードを使って移動をしている。
「報酬金はもらえたからいいものの、解体は後回しになっちまったな」
「それはしょうがないな」
カッターマンティス討伐分は四等分。マルエテ討伐分は全額キースに。キラーラビットは四等分。
受け取った報酬の取り分はこの形とした。
キースはカマキリを触っていないが、単独で動いてもらうわけだし、本人が望んだにしても、それなりにハードな仕事をさせてしまった。そういう点でカマキリの取り分を三等分じゃなく、四等分にしたわけだ。
マーベルさんは若干不服そうにしていたものの、そこは押し切った。そこを説得するのに力を使いたくない。それが大半の理由だった。
ただ、解体手続きはできなかった。
そこに関してもある程度仕方がないことは分かっている。何せ、大型モンスターの解体は手間が掛かる。ボスゴブリンやらパラライズバイパーの時と違って、ノーボはそこまで忙しくなかったとしても、二日、三日は足止めをくらうことになってしまう。
他の三人はどうかは知らないが、俺とヴェロニカは調査をしないといけないわけで、必要以上の足止めは避けたい一面もある。
「悪いな、こっちの都合を優先させて。素材に何か用事があったのか?」
解体を急ぎたかったなら申し訳ないことをしたが、
「いや、俺はそこまで急ぎじゃないけどな。換金したいなと思ってたくらいで」
キースは特に問題ないようだったが、
「私はカッターマンティスの素材で防具を作りたかったのよね」
「ほう」
リオーネの狙いは防具作りだったのか。
「ほら、カッターマンティスの甲殻は魔法を弾くでしょ?白魔術師や黒魔術師は遠距離からの魔法攻撃が基本だから、強固な防御力より、ある程度遠距離攻撃を耐える性能が欲しいのよね。もちろん、防御力があることに越したことはないけど」
「遠距離攻撃を耐える?」
遠距離攻撃を仕掛けてくるモンスターがいるのか・・・?
魔法を弾く性能が欲しいってことは、向こうもフレアバレットとかシャインアローみたいな攻撃をしてくるのが前提になってくるけど。
「想定してる攻撃は?」
「そうね・・・例えば、ドラゴンなんかのブレス攻撃かな」
ドラゴンとかいるんだ・・・
そりゃまあ、ここは異世界かつ魔法がある世界だもんな。ドラゴンの一匹や二匹くらいいるだろう。
いるだろうけど、なんか見ないようにしてきたのに無理矢理理解させられたような気持ちになる。
まあ、そういうのと遭遇して戦うようなことにならなきゃいいだけなんだが。
「パラライズバイパーの唾液はそれに当てはまらないけど、ドラゴンみたいなモンスターのブレスは魔力を使ってる場合もあるらしいのよ。全てに対応できるわけじゃないけど、防げるものは防いでおくに越したことはないし」
金で買える安全は買うってやつか。ドライブレコーダーとかがそうかもな。
こっちでもそういう意識はあるらしい。リオーネがちゃんと考えてるって見方もできるが。
「ただ、炎に弱いみたいだから、炎のブレスを撃たれると困るかもね」
カマキリ本体の弱点が炎なら、当然防具も炎に弱いか。
その辺りは加工技術でどうにか補正できないもんなのか?特殊な薬液に浸けるとか、編み方を工夫するとか、異素材とのハイブリットにするとか、魔法による加護を与えるとか・・・
「・・・そういえば」
アルテミナから何か加護をもらっていた気がする。
確か梟のアポロ・・・あれの加護が一時的に付いてるんだよな?
あれってどういう能力なんだ?
本人から特に説明も受けてないし、それどころか接触すらしてきてないし、何か特殊な性能で、操作や発動条件が複雑なら、早いこと知っておかないと、いざって時に全く使えない感じになるんだが・・・
「キリ、気になることがあるのかい?」
「いや、まあ・・・後で話すわ」
マーベルさんだけならまだしも、今はジェシカたちもいるわけだし、アルテミナやら本間 勝教のことやらを簡単に話せない。
話したところで変な夢でも見たんじゃねぇの、で済みそうだけども。
「キリ、あそこにキラーラビットがいるよ」
「おう」
ヴェロニカの言うとおり、デカいウサギが見えた。
あのモンスターはそこそこ個体数が多いって話だったはず。たぶん、ノーボ近辺だと珍しいモンスターじゃないんだろう。
ただ、これも調査内容として報告しておく必要はある。
「一体だけか・・・なるほどな」
ドッシュを操りながらマップポーチを開けて、折り畳んだ地図を広げる。
今回、調査用にと受付嬢が新しい地図を準備してくれた。ノーボとウト周辺に特化した仕様の物で、ノーボが独自に準備しているらしい。
こういうところに爺様の手腕が光るのかもしれないな。上司としては理想的な人物かもしれん。
「よし、次いくぞ」
地図に情報を書き記して、次の場所へ。
「なあ、さっきのでもいいから、戦おうぜ」
ジェシカは戦いたくてうずうずしてる・・・
「相変わらずやる気だけはあるようだねぇ」
「ううん・・・」
ホント、やる気だけは買うんだけどなぁ。
こういう冒険者稼業を続ける以上、モンスター討伐が何よりも大きい資金源になるわけで、挑んで倒さないことには生活できない。
そういう意味では悪いことじゃあないし、むしろやる気があって結構なんだが、
「あのねぇ、協会でも言ったけど、今の目的は戦うことじゃなくて調査でしょ?やる気は買うけど、目的を間違えたらダメでしょう」
リオーネが諭してくれるようだが、
「そりゃあそうかもしれねぇけど、あたしは戦いたいんだよ」
「・・・あんたねぇ」
こりゃあ疲れるな。さすがにリオーネに悪いとも思ったが、面倒だから触らずにそっとしておこう。
「キリも大概悪いよねぇ」
「疲れるのが目に見えて分かってるのに、わざわざ首を突っ込むバカがいるか」
やる気が空回ってるってわけじゃないにしても、あれを諭すのは苦労する。
リオーネがいるし、わざわざ疲れることをしにいく必要はない。今だって調査中なわけだし、国境を越えられなければオアシスを探すか、野営をするかの判断もしないといけない。俺はそっちのほうが重要だと思うから、そっちは触らない。
決して面倒だからとか、そういうことで避けるわけではない。決して。
「この辺りで野営をするのかい?」
「いや、そのつもりはないけど、最悪の場合は野営をするかもって感じだ」
この辺りは割と開けている。
別に開けたところが悪いわけじゃない。むしろ開放感があって広い大地と空を独り占めできるっていうメリットもある。
ただ、それはあくまでも、ある程度の安全が確保されている状況であればの話だ。
ここはキャンプ場じゃない。人が手を加えて、ある程度人が生活した痕跡があるならまだしも、ここは普通の自然の中。しかも俺にとっちゃあ異世界だってことを忘れちゃいけない。
ここにはバカみたいに強いモンスターが生息している。野生の熊もびっくりのレベルだ。地球だと熊のほうも警戒していて、人の気配を察したら逃げていくって話だが、こっちのモンスター連中は人間よりも強いって分かってるから逃げることはないように思える。
だから、タープを張って焚火をしていりゃ警戒して寄ってこない・・・ってわけにはいかない。たぶん、普通に襲って来る。
そんなところで野営はハードルがなかなか高い。
だから、最低限安全・・・いや、この場合は何かあっても対処しやすい環境であることが確認できれば実施する、が正しいかもしれない。
「何かあっても対処しやすいという判断基準はなんでしょう?」
「とりあえず、火を起こせる場所と、ある程度の障害物があることかな?」
火を起こすことができれば、ここに何かあると相手を警戒させることができる。相手によっちゃあ狙ってくるかもしれないが、カッターマンティスは火が苦手らしいし、そういうモンスターは避けることができる。
障害物があれば、身を隠すことができる。相手の目を盗んで逃げることもできるだろう。まあ、単純に野営をするだけであれば、木の下に居場所を作ればタープ代わりにもなるし、ロープを結んでタープを張ることもできる。岩があれば物置にもなるし、いざという時の盾にもできる。
あとは水源があれば最高だが、こればかりは川や湖がないとどうしようもない。そこの水が飲めるかどうかも定かじゃないし、地球みたく浄水器があるわけでもないし、あっても飲めない可能性だってある。まあ、その点に関しちゃ踏破で確認できるからいいとしても、元々無いものはしょうがない。
「わたしがアクアで水を作ればいいから、その点はいいと思うけれどね」
「ああ、その点は心配ない。俺もアクアを覚えた」
「あ、そうなの?」
今回、カッターマンティスとキラーラビットの討伐で得たポイントを使って、アクアを覚えた。
正確に言うと、水魔法初級を覚えたことになる。
これからの旅路で野営は避けられないとしたら、最優先レベルで確保しないといけない物の一つは水になる。
ヴェロニカがいるからその点は問題ないとしても、今は事情を知らないジェシカたちもいるし、演技もそれなりに板についてきた気もするが、ボロが出ないとも限らない。
最悪出るのは仕方がないにしても、ある程度簡単なことは自分自身で解決できるようにしておいたほうがいい。そう思って水魔法初級を覚えたわけだ。
「他は何か習得したのかい?」
「いや、ちょっと検討してるのがいくつかあって、水魔法初級だけだ」
「それは何だい?」
「気になったのはいくつかあって―――」
「キリヤ!」
・・・キースが呼んでる。
この話は後回しだな。
「どうした?」
ドッシュをキースの元へ走らせると、
「あの辺りの様子、おかしくないか?」
キースが指差す先に森が見える。
「・・・なんか妙な開け方をしてるな」
カッターマンティスと交戦した森から少し離れた場所にも森がある。
この辺りの森は繋がっていないらしく、対象の森のほうがより茂っている印象だろうか。
方角からして、
「・・・国境際か」
「あの辺りはたぶんそうだったはずだ」
国境からその先がシルフィ王国。
その森の一部が、歪な形で開けている。
人の手で開くにしても、多少計画して切り開くはずだ。それに関しちゃシルフィ王国の連中の趣味にもよるから何とも言えないが、それにしても雑な開かれ方をしている。
いや、雑なというより・・・
「・・・無理矢理開かれたって感じか」
まるで、大きい何かが通った後みたいな・・・
「この辺りの調査は終わったわよね?あっちに行ってみる?」
リオーネがジェシカとのやり取りを切り上げてきたが、
「・・・あっちのほうってオアシスから随分と離れてるな」
地図で見た感じ、確かに離れてる。ドッシュならたどり着けるだろうが、うちはドードもいるし、一緒に到着するのは不可能。
ただ、あれが何なのかは調べておいたほうがいいかもしれない。
「・・・行くか」
あれが原因かもしれないし、気付いた以上は調べに行かないとなぁ。
最悪、野営する装備はあるわけだし、何とかなるだろ・・・
『少年』
突然、頭の中で声がした。
「・・・ヴェロニカ、何か言ったか?」
「ん?別に何も?」
感覚としてはテレパシーに近い。てっきりヴェロニカかと思ったが、声の質感は全く違う。
『アポロである』
・・・なるほど。梟さんか。
『今は黙っているといい』
アポロとのやり取りはテレパシーと同じ原理か。ヴェロニカには聞こえていないようだし、原理は一緒でも系統が違うのかもしれないが、
『危険感知は機能させておくが良い』
一回痛い目を見たから、あれは大体作動させてる。
『あそこに行くのであれば覚悟しておくのだな。並大抵では片付かぬ』
えっ・・・そんな大事なの?
引き返したほうがいいならそうするが、
「よし、じゃあ行くか!」
「私たち、先に行くわね」
ドードに跨ったキースとリオーネが先行してしまった。
さっきまで行くとか言ってたし、今更引き返せないよなぁ・・・この感じは。
「おらっ、さっさと行くぞ!」
リオーネに諭されてイライラしているジェシカまで行ってしまった・・・
「・・・はぁ」
行かざるを得ないか・・・
「キリ、不穏な気配を感じることはわたしも分かるよ。あの辺り、雰囲気が重いからね」
ヴェロニカなりに何か察しているようだが、
「原因を見つけたら、引き返せばいいよ」
「元々、そういう話でしたしね」
そうか、調べるだけだし、何かあっても首を突っ込まなければいいのか。
いや、そんな簡単な話でもないんだが・・・
「まあ・・・行くか」
ここまで来て行かないってわけにもいかないか。
アポロがどういう思惑で接触してきたのかも気になるが、とりあえず今は動くことにしよう。