決着 1
荒井先生はクツクツと喉を震わせて笑う。私はそんな荒井先生を視界にいれないよう、鋭い目つきで人喰いの屋敷だけを見る。深く息を吸って一気に人喰いの屋敷に飛び掛かった。だが。
「!」
地面から黒い影が次から次へと沸き上がる。影は私の足に巻き付いたかと思うと、一瞬のうちに体全体に巻き付いてくる。そのせいで上手く刀を振り抜けない。焦りだけが募っていく。
早く。人喰いの屋敷を倒してあげないと。……そう思っているのに。
影を掴んで引き剥がそうとする。が、外れない。それどころか。影から鋭い棘が出てきた。
「っ!」
まさか私の体を串刺しに……。
焦る、焦る、焦る。必死にもがくものの影はきつく体を縛ってくる。
「動くな」
「!」
夜行さんの鋭い声が聞こえて体を固くする。夜行さんは大刀を振り上げると、私の体スレスレで影を真っ二つに斬りつけた。おかげで影から逃れることができた。
「あ、ありがとう……」
「……いや。別に」
「?」
夜行さんの様子がおかしい。普段なら「足手まといになるな」とか「しっかりしろ」とか言いそうなものなのに。
チラリと夜行さんの様子を伺う。と、夜行さんと目が合った。けれどやはり様子がおかしい。夜行さんがこちらを見る目はどこか悲しそうだ。
いや、当然と言えば当然なのかもしれない。母さんが『人喰いの屋敷』だったのだから。
私はグッと刀を握る手に力を込める。
やっぱり。夜行さんじゃ倒せない。
私は磔にされた人喰いの屋敷に注視しつつ、後ろにいる『喫茶 百鬼夜行』の妖怪達に目を向ける。
かといって、他の皆に倒せるとも思えない。だって。皆優しいから。そしてその優しさは母さんが残してくれたものだって分かっている。
だから私が――。
力強く一歩を踏み出す。その時、「おい」と夜行さんに肩を置かれた。
「一人で先走るな」
「でも……」
早く人喰いの屋敷を倒してあげなきゃ。
私が焦っているのが伝わったのか、夜行さんは肩から手を離し「分かっている」と頷く。そして後ろにいる天狗や雪女たちを振り返った。
「俺と退治屋はここで人喰いの屋敷を倒す。お前たちは」
「分かっていますよ」
天狗が頷く。その後に続いて雪女、コナキ爺、河童と皆頷いてくれた。と、間髪入れずに雪女が攻撃を開始する。荒井先生の周辺が透明な氷に覆われて、急に肌寒くなった。
「ここは任せて。二人は…………人喰いの屋敷を」
「っ! うん、ありがと」
河童が荒井先生に水を浴びせ、その水に沿うように雪女が水を凍らせる。荒井先生の足を完全に氷漬けにしたところで、天狗は羽団扇で、コナキ爺は体当たりで荒井先生に攻撃する。だが。荒井先生が片手を軽く振り上げると、一瞬のうちに氷が割れ天狗とコナキ爺の体が宙を舞う。
「天狗! コナキ爺!」
私が二人に駆け寄ろうとすると「止めろ」と夜行さんに止められる。
「でも」
「大丈夫だ。あいつらは皆強い。前も言っただろう。俺よりはるかに強い、とな」
私はギリッと歯ぎしりをしてから、夜行さんに頷く。
今は人喰いの屋敷に集中しなきゃ。そして人喰いの屋敷を早く倒すことこそが、荒井先生と戦っている皆の助けにもなる。
私は再び人喰いの屋敷に向き合う。と、夜行さんが「いいか」と声をかけてきた。
「俺が囮になる。人喰いの屋敷の意識が完全にこっちに向いたら合図をする。そうしたら迷うことなく斬れ」
「で、でも。囮なんて危険すぎる」
だって。前に天狗が傷を負った時に言っていた。「相手は俺たち二人がかりで戦っても勝てない相手だ」って……。なのに。
夜行さんはそんな私の心情を察して「大丈夫だ」とこちらに一瞬顔を向ける。だがその顔もやはり悲しそうだった。
「お前はただ人喰いの屋敷を倒すことだけに集中しろ」
「夜行さん!」
止める間もなく夜行さんは人喰いの屋敷に向かって行く。
こうなったら仕方がない。夜行さんの強さを信じるしかない。
私は夜行さんの一挙手一投足に注目する。
せっかく夜行さんがつくってくれた機会。逃すわけにはいかない。
黒い影が夜行さんを取り囲む。夜行さんは伸びてくる影を華麗に斬っては避け、斬っては避けている。だが影は攻撃の手を止める事は無い。しかも影は夜行さんにとどまらず、こちらにまで迫っていた。
「!」
私は刀で影を真っ二つに斬り落とす。だが次から次へ影は迫ってくる。
駄目だ。これじゃ、夜行さんに注目できない。それどころかせっかく囮になった夜行さんの好意を無駄にしてしまう……。
影が周囲を取り囲み始める。私は一層強く刀を握った。だが…………急に影の動きが遅くなる。
?
私は疑問を感じつつも、夜行さんに目を向ける。と、夜行さんは人喰いの屋敷本体のすぐ目の前まで迫っていた。けれどその分、夜行さんを取り巻く影は多くなっている。
夜行さんは息を切らしながら、影を斬っている。そのうちに夜行さんの足元がわずかにふらついた。
「! 夜行さん!」
叫んだ。だが、間に合わない。
ふらついた夜行さんの後ろを影が貫く。ゴホッと夜行さんの口から血痰が飛び出る。影は一気に夜行さんの体から引き抜くと、再度夜行さんの体を貫いた。ボタボタボタボタと貫かれた場所から血が流れ出る。
「っ!」
私は咄嗟に夜行さんに駆け寄ろうとする。だが。
「……止せ」
「っ」
思わず足を止める。けれども夜行さんの顔が徐々に青白くなっていく。そうこうしているうちに影が次から次へと夜行さんに巻き付いていく。夜行さんの額に汗が浮かぶ。
あんなにきつく巻き付かれたら刀を振り下ろせない。
夜行さんからの合図はまだない。けれども夜行さんの口元だけが僅かに動いているのが見えた。すると大刀から突如として炎が湧き上がった。その炎で影が灰になっていく。
影から逃れた夜行さんは眼鏡を外す。手負いのはずなのに夜行さんは果敢に人喰いの屋敷に突っ込んでいく。けれどその前にまた影に塞がれてしまった。
「ゴフッ……」
夜行さんは血を吐きながらも影を次から次へ灰にしていく。けれどもやはり手負いだ。粘ってはいるものの、徐々に大刀を持っている手が下がっていく。そしてついに――――。夜行さんの大刀を振り下ろす手が完全に下がった。
影が次から次へと夜行さんを突き刺していく。それと同時に血がブシャと噴き出て、夜行さんの姿が透けていく――――。
「!!!」
あの時と同じだ……。山童が消えてしまった時と……。
心臓がバクバクと音を立てる。一気に頭に血が上っていくのを感じる。
「夜行さん!!!」
嫌な予感を振り払うように声を上げた。
夜行さんはゆっくりとこちらを見る。表情は悲しいままだ。けれども口元だけはいつものようにニヤリと笑っている。そして。
「今、だ……。――斬れ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
やっと、やっと。決着が着きそうです!長かったぁ~