第49話 「海の幸、楽しみだなぁ」
通路部分は人ひとりが通れる程度の幅があり、腰まである柵によって水槽に落ちないようになっている。
水槽部分はかなり低く掘られていて、スライムがこちらに上がってこないよう、ガラスで半分蓋をしてある。
「確か、スライムは動物か植物なら何でも食べるけど、土とか石は食べないんだっけ」
要するに、有機物を食べるのである。
下水に含まれるゴミはおおむね有機物なので、スライムが食べる。
スライムは、食べ物さえあれば生息できるが、一匹だと子どもでも倒せるほど弱いうえに短命だ。
「これをペットにするのが王都で流行ってたって聞いたな。クラゲを飼う感じなのか?」
ふよふよと水に浮くスライムを、ガラス管に入れて鑑賞するのが一時期貴族に流行ったとかなんとか。
「そのおかげでちょっとスライムの研究が進んだんだっけ。よく知らないけど」
下水のフィルターにされるスライムは、国が管理しているので野生ではほとんど見かけない。
だから、カイはスライムを見るのは初めてなのだ。
下水の扉を施錠しているのは、フィルターとしてのスライムを保護する意味もある。
繁殖は早いが短命なので、爆発的に増えて困ることもあまりないらしい。
国の中枢には、集落の規模に合わせてスライムの数や下水のフィルターとして必要となる規模を計算する専門の機関があり、人口の増減を加味して調整しているそうだ。
カイは持ってきていた布を口元に当てて後ろで縛り、眉をしかめた。
「うっ。さすがに匂いがきつい……。こうなっていたんだな」
水槽が奥に向かっていくつも並んでおり、一段ずつ高くなる。
そして匂いも酷くなっていく。
ランプに照らされた通路の奥には、分岐が見える。
「昔は、水槽を五つ使っていたのか」
現在は、手前にある二つの水槽にしかスライムがいない。
奥の三つの水槽は底を埋められ、水路になっていた。
「人口が減ったからだろうな……。あと確認しておくのは、金網のところか」
フィルター機能の肝となるのはスライムだが、ただ閉じ込めているだけにしては、金網の付いた壁は分厚かった。
「さて、スキルで見てみますか。『故障品再生』」
カイの目の前に、壁の立体映像が浮かび上がった。
修理するわけではなく、内部の設計を確認するのだ。
壁の厚さはおよそ一メートル。
そしてその中は、特に下半分がとても複雑な仕組みになっていた。
「そっか、これはスライムを通さないためのトラップなんだ。それにしても、金網が魔道具だったとは」
壁の中には細い水路が管のように作られていて、中にはいくつもの金網が設置されていた。
その金網が、魔道具だったのである。
「壁の中、金網の根元あるのが魔道具の核か」
面白い設計である。
カイのスキルでは、金網に触れると弱い電気を発することがわかった。
スライムは、体内にある核のようなものを切るか潰すと討伐できる。
雷魔法のような電撃でも核を破壊できるので、嫌がって遠ざかるようだ。
その金網を管の中にいくつも設置することで、スライムが出てこないようになっている。
スライムにあまり思考力はないが、さすがに危険からは遠ざかろうとする。
一度金網に攻撃されたら、水路を逆流するように奥へ戻っていくらしい。
「それにしても、スライムってなんなんだろう。魔物って一定量以上の魔力を持ってるはずだけど、スライムは獣並みに魔力が少ないんだっけ」
カイの前世の知識からすれば立派な魔物なのだが、ここでの分類法からすると魔物扱いではないのだ。
ただ、一定の条件を満たしたスライムの集団は魔法を使うという噂もある。
最近は、魔物にも獣にも分類できない『スライム』という存在だと言われ始めている。
「……水に浮くってことは、密度は低いんだろうな。でも、底の方を動いてる奴もいるのか」
壁内部の確認を終えたカイは、スキルを切った。
水槽部分を上から覗き込むと、ほとんどが水にぷかぷかと浮きながらゴミを食べているのだが、一部のスライムは底の方を動いている。
「あ、浮いてきた」
しばらく見ていると、どうやら少しの間なら水中を移動できるようだ。
その仕組みは謎である。
スライム自体はピンポン玉くらいからバスケットボールくらいまで大きさがバラバラで、意外と燃費効率が悪く、すごい量を食べてもあまり成長しないらしい。
下水の浄化フィルターとしてかなり優秀な存在なのだ。
「よし、確認終わり」
おおよその設計は理解した。
ツーレツト町の下水のどこが壊れているのかはわからないが、可能性が高いのは金網の周りだろう。
うなずいたカイは、水槽のある部屋の扉の鍵を開け、外に出た。
次の日、カイは陽が昇る前に起きて家を出た。
ツーレツト町までは、大人が早めに歩いて二時間ほどかかる。
馬車なら街道が整っているので三十分ほどだろうか。
「僕は馬車を扱えないから、徒歩一択だけど」
ふう、とため息を吐いたカイの目に、ツーレツト町とその向こうの海が見えてきた。
「潮の香りがするな。せっかくだし、仕事終わりにこっちの食堂に寄ってみてもいいかも」
移動に時間がかかるのでそんな暇があるかどうかはわからない。
しかし、屋台の食べ物を買って食べながら帰ってもいいだろう。
「海の幸、楽しみだなぁ」
口角を上げたカイは、ツーレツト町へ足を踏み入れた。
冒険者ギルドはすぐに見つかった。
建物の形は町や村によってさまざまだが、目印となる三種の剣を組み合わせたエンブレムは同じなのだ。
「おはようございます。依頼があってヴィーグ村から来たカイといいます」
受付でそう言うと、カウンターの向こう側にいた職員が石板を指した。
「こちらにギルド証を」
「はい」
うなずいたカイは、ドッグタグのようなギルド証を服の中から引っ張り出した。
カイは失くさないよう革ひもで首にかけているが、ブレスレットに加工したり、籠手に埋め込んだり、指輪にするなんていう人もいるらしい。
変形させても機能が同じとは、不思議素材である。
「確認がとれました。ではあちらから中に入って、第二会議室へどうぞ」
受付の人は、カウンターの奥の通路を示した。
「わかりました」
良くあることなのだろう。
ざわざわと人の多いギルドの中で、会議室に案内されたカイのことを注目する人など誰もいなかった。
会議室の椅子に座って待つこと五分。
ゴンゴンゴン、という乱暴なノックと同時に扉が開いた。
「待たせたな。ツーレツト町ギルド職員、町内担当部長のドミニクだ。依頼を受けてくれて助かる」
やってきたのは、細マッチョな豹獣人だった。
挨拶をしてから話を聞いたが、基本的にはデニスから聞いたことと同じであった。
「魔道具としての金網は壊れていないはずなんだが、老朽化のせいかスライムが漏れ出ているらしい。修理をしながら、スライムを水槽に戻してもらえるか?」
「かしこまりました。小さいスライムが特に逃げ出しているようなんですね。壁のどこかに隙間でもあるんでしょうか」
依頼書を確認しながらカイが聞くと、ドミニクは眉を寄せた。
「それが、どうも要領を得ない。修理業者が確認した限りでは、普通の老朽化はあってもスライムが通り抜けるような穴はないと言うんだ」
「なるほど」
「だが、それでもかなりの数のスライムがフィルターの外にいることは間違いない。ツーレツト町は貴族の観光地でもあるから、できるだけそういった不安要素は消しておきたいんだ」
確かに、ツーレツト町は白い壁に青い屋根で統一されていて、とても美しい。
冒険者ギルドへの依頼にも常に町の掃除があるらしく、観光に力を入れているようだ。
「わかりました。内部まで確認してみますね。僕はどこの下水路を見に行けばいいですか?」
「修理業者も困っているんだ、本当に助かる。今日はそうだな、ここの水路を頼めるか?もう少ししたら業者が来るから、案内させる」
ドミニクは、テーブルに広げられた町の地図の一ヶ所を指した。
貴族が保有する別荘が並ぶあたりからは少し離れたところである。
「修理は二週間ほどを目安にしてもらえばいい。ヴィーグ村から通うんだろう?急がないから、漏れがないようにしてくれ」
ドミニクの言葉に、カイはうなずいた。
「かしこまりました」