第53話「うわぁ……」「えげつないな」
次の日、カイは少し遅めにツーレツト町の冒険者ギルドを訪れた。
この先は冒険者ギルドとツーレツト町の役場が対応するということだったが、場合によっては何か協力を頼むかもしれないから来てほしい、と頼まれていたからだ。
そうしてギルドに顔を出したところ、ドミニクが呼んでいるのですぐに役場へ行くように言われた。
「大通りをまっすぐ北へ向かってください。あの辺りにあるレンガ造りの大きな建物が役場です。レンガの建物は一つだけなので、見ればすぐわかると思います」
窓口の職員は、ほかの書類を手に持ったままそう教えてくれた。
「わかりました。ありがとうございます」
役場ということは、何か動きがあったのかもしれない。
カイは、騒がしいギルドを出て役場を目指した。
職員が言ったとおり、役場はすぐにわかった。
正面玄関から入って窓口に向かおうとすると、奥からドミニクがやってきた。
「カイ!ちょうど良かった。今から押収したスライムの確認に行くところなんだ。依頼書は後になるが、手伝ってくれ」
「押収?昨日のうちに一体何があったんですか?」
カイが村に帰っている間に、一気に解決に向かったらしい。
「そのへんは歩きながら話す」
ドミニクがそう言って外へ向かったので、カイも横に並んで歩き出した。
「スライムのブリーダー?」
「そうだ。貴族や金持ちの依頼で、特定の色を持つスライムを育てていたらしい。色の濃いものは高値が付くとかで、試行錯誤していたそうだ」
自分で育てるよりも、変わったスライムを誰かから買うことを選ぶ貴族や金持ちが増えてきていたという。
需要に応えて、ブリーダーが現れた。
しかし、色を思い通りにするのはかなり難しかったのだろう。
売り物にならない淡い色のスライムがたくさん生まれてしまった。
「育ててきたから愛着があり、殺すのは忍びないとかで下水に捨てたんだとさ。家の下水に流して足がつくのを恐れて、わざわざ門の中に放り込んだらしい。昨日の夜中に待ち伏せしていたら、きっちりやってきやがった。言い逃れもできない現行犯ってわけだ」
袋にたくさんのスライムを入れた犯人は、依頼を受けた冒険者が待ち伏している下水の門までやってきて、放そうとしたところを捕まったそうだ。
「夜中まで仕事をされていたんですね。お疲れ様です」
カイが思わずそう言うと、ドミニクは肩をすくめた。
「危険もない町の中だから、どうってことはねぇよ。ただ、大量に抱えてきたのはブリーダーの奴だけだったが、ほかのところにも別の奴がちらほら来ていてな」
「ブリーダーの人ではなく?」
カイが首をかしげた。
「こっちは、昨日話していた通りだった。貴族の使用人だったからな」
「うわぁ」
どちらも、下水の処理部分にスライムがいることは知っていたので、とにかく門の中に放り込んでしまえば誤魔化せると思ったらしい。
貴族の方は、数ではなく単純に飽きたり飼いきれなくなったりしての結果だったそうだ。
「昨日遺棄されたスライムは、すでに回収済みだ。ブリーダーの方は、飼育場所にたくさんいるっていうんで、今から確認する」
「そのスライムたちは、すべて下水の水槽に入れるんですか?」
カイが聞くと、ドミニクは首を横に振った。
「まだわからない。多分、国の下水管理局に聞いてからになるだろう」
「そこまでいくと、もうギルドの仕事じゃありませんね」
カイの言葉に、ドミニクがうなずいた。
「ああ。今もそうなんだがな。一応危険はないはずだが、運び出すときに冒険者の立ち合いがほしいんだとさ。まあ、この後は完全に俺たちの手を離れるだろう」
二人がたどり着いたのは、町の端にある少し古い家だった。
玄関の前には、町の衛兵らしい人が立っていた。
「冒険者ギルドから来たドミニクだ。こっちは冒険者のカイ」
「はい、聞いております。奥が飼育部屋です」
中も、いたって普通の民家だった。
そして奥の部屋に向かうと――
「うわぁ……」
「えげつないな」
ドミニクの言う通り、えげつない数の瓶が所狭しと棚に並べられたスライム飼育部屋があった。
「ドミニクさん。来ていただいてありがとうございます。さすがに数が多すぎるので、やはりこちらで対処するのではなく下水管理局に伺いを立てることになりそうです」
そう言ったのは、町の管理を担当している役人だった。
ブリーダーは運営しきれていないと判断され、所有していたスライムたちを没収することになったそうだ。
役人によると、今回現行犯で捕らえたブリーダーと貴族の使用人に関しては、危険物の不法投棄という方向で罰金刑になるらしい。
今後については、領主に確認を取る予定だが、基本的には話がまとまっているという。
「一匹につきいくらか支払えば、町が引き取ることになると思います。不法投棄の罰金よりは安い値段ですが、そうすれば持って来るでしょうから」
「なるほどな。町も対応する分の手数料を取る感じか」
スライム入りの瓶を運び出しながら、役人とドミニクが話していた。
「まだしばらく、下水の門に見張りは必要でしょうが、今後周知していけばなんとかなるでしょう」
そう言った役人は、スライム入りの瓶を荷馬車に積み込んだ。
もう何度も往復しているが、まだ半分も運び出せていない。
その後、軽い愚痴を聞きながら運び出し続け、どうにか飼育部屋を空にすることができた。
そのまま役場へ同行し、今度は荷馬車から役場の空き部屋へとスライムの瓶を運び込んだ。
昨日の夜のうちに没収したスライムも、瓶に入れられて並んでいた。
ここでは手の空いた役人が何人か手伝ってくれたので、先ほどよりは早く済んだ。
「ドミニクさん、カイさん。お手数おかけしました。とりあえず、きちんと蓋をされているので何とか大丈夫そうです。依頼書に関しては後になりますが、きちんとお出ししますので――」
「お話し中失礼します、捕まえた使用人の主人だという貴族の方がいらっしゃいました」
それを聞いた役人とドミニクは、顔を見合わせた。
何となくの流れで、カイも彼らについて行くことになった。
ドミニクはちょっといかつい顔でがっしりした体形なので威圧になるだろうが、カイが抑止力になるかは微妙である。
ともあれ、ついてくるように言われたので応接室へ向かった。
そこには、優雅にソファに腰かけた貴族がいた。
「すまないね。うちのスライムちゃんを引き取りに来たんだ。私の飼っていたスライムちゃんを、妻が嫌がってね。昨日ちょっと妻と喧嘩をしたら、使用人に命じて勝手に捨てさせたらしい。スライムちゃんは関係ないし、あんなに可愛らしいのに」
ふう、とため息をついた貴族は、困ったように苦笑した。
曰く。
じゅわっとご飯を食べる様子が楽しい。
食べ物の色によって体色が変わるのは面白いし、工夫のし甲斐がある。
仲間内で自慢しあうのがステータスになっている。
「ほかの家の子もいいが、やはりうちのスライムちゃんが一番プルプルで可愛いんだ。それに、最近はピンク色の花しか食べなくなってね。そんな風に育ててしまったからには、最後まで責任を持って育てるつもりなんだよ」
目じりを下げて楽しそうに早口でまくし立てる貴族を見て、カイは思った。
(まさにペット自慢)
カイを含め、その場にいたドミニクと役人たちは呆れた視線を向けていたが、貴族は気にもせずに自分のペット自慢をし続けていた。
結局、一時間近く自慢話を聞かされて、やっとカイたちは解放された。
貴族は、一度は遺棄したということで、罰金を払ったうえで自分のスライムを受け取って帰った。
あんなにたくさんいたスライムの中から、ひと目で自分のスライムを見分けたというから、その愛は本物だったらしい。
カイは、奥さんの気持ちもちょっとだけわかるような気がしてこっそり同情した。