第53話 閑話~メデリア・ドラマティカ視点
《メデリア・ドラマティカ》
「――え? 嘘ですよね、お父様」
実家に呼び戻され、帰宅した私にお父様が宣告した。
それは、アドリアン様との婚約解消だった。
「嘘や冗談でそんなことを言うわけがないだろう。お前とアドリアン殿との婚約は、すでに解消されている」
「な――なぜですの!? どうして!?」
あの子がアドリアン様を攻略したの――? いつの間に!?
お父様は厳しい顔をして私を見ている。
「その話をする前に……。メデリア、お前はリリス・ヴァリアントという男爵令嬢を知っているか?」
ビクリと体を震わせる。
私はうつむき、なんとか声を絞り出す。
「…………アドリアン様が気にかけていらっしゃる、男爵令嬢ですわ」
お父様は深いため息をついた。
「あぁ。別の意味でそうだな。……私も知っている。英雄ガレス・ヴァリアントの娘で、聖属性の魔法使いだ」
お父様が言った。
「……聖女」
私がつぶやくと、お父様が大きくうなずく。
「そうだ、順当にいけば恐らく聖女に認定されるだろう。何せ、魔剣を聖剣に変え、魔法で産み出す火は魔を焼き、水は聖水と同じ働きをするという。また、慈悲深く自分を陥れようとした者たちを許したそうだ」
そう言うとお父様が厳しい顔をして私を見た。
「……で、メデリア。なぜその聖女たる男爵令嬢に対して冤罪を煽動するような真似をしたんだ?」
私はお父様の言葉を聞いて驚いた。
「そんなことはしておりません!」
お父様は片眉を上げた。
「おや? ――先日、陛下の御前で査問会が行われてね。女子寮と男子寮に、『学園にケルベロスが現れたのは、リリス・ヴァリアントの仕業で、彼女が自作自演のために行った』という貼り紙が貼られたんだ。書いて貼った犯人は分かったのだが、その者たちも『唆されて行った』と供述したんだよ。――目の前にいる、我が娘にね」
私は息を呑んだ。
「……そ、そんなことはしておりません!」
お父様が、失望したように目を伏せて息を吐くので、必死に訴えた。
「本当です! 私、そんな……そそのかすなんて、そんなこと……!」
「では、ケイラ・ヴァリアントを知らないと言うのか?」
お父様が私を睨む。
私は、お父様からそんな目を向けられたことがなく、思わず涙ぐんでしまった。
「……知っています」
「彼女に手紙を出したな?」
「……はい。……仲良くなりたくて……」
「なぜだ? たかが男爵令嬢と、なぜ仲良くなりたいと考えた?」
「……彼女は、独りぼっちだったんです……。ずっと。それで……」
――それは、もしかしたら私もたどるルートだったのかもしれない。
彼女もまた、この世界の悪役令嬢。
彼女は、もともといた婚約者がリリス・ヴァリアントに一目惚れし、婚約を破棄されてしまう。
それが原因で、リリス・ヴァリアントを怨み、彼女を虐げるのだ。
学園では人目が多くて声がかけられず、手紙を出した。
すぐに返事がきて、それから冬の間文通をしていたのだけれど……。
彼女も夢を見たそうだ。
リリス・ヴァリアントから大事にしているものを盗まれ、挙げ句婚約者にも横恋慕され、最終的に家から追い出されるという夢を。
……ちょっと私の知っている内容と違うけれど、婚約者に奪われて最終的に追い出される部分は一緒なので、ケイラ・ヴァリアント視点のルートなのだろうと思い直した。
だから、お返しにこの先に起きる私のルートの内容を教えてあげたのだ。
大会でリリス・ヴァリアントが絡む事件が起きて、アドリアン様とオーレン様とバルトス様、そしてレイヴン様がその事件で怪我を負い、傷ついた彼らをリリス・ヴァリアントが癒やし、そして彼らと愛し合うようになる……と。
バルトス様は休学中、アドリアン様とオーレン様は止めたが、レイヴン様は私の言うことなど聞いてくれないだろう。
レイヴン様を止められないのがつらい。
そのことを嘆いたら、ケイラ・ヴァリアントから返事がきた。
『レイヴンは、実は自分の婚約者になるはずだった人だ、だからレイヴンの目を醒ましたい』と。
……そんなルートあったかしらと首をかしげたが、彼女は女性が好きだったのかと分かりホッとしたので、ならばこうしたらどうかと案を出してあげた。
私がしたのは、それだけだ。
そのことは、アドリアン様とオーレン様にも話した。
協力してあげたほうがいいのかしらと話題に出したことはあるが、「メデリアは優しいな」といういつもの言葉でその話はすぐ終わった。
私は冤罪で陥れるなんてことは望んでいなかったし、決してそそのかしてなんていない!
お父様に必死に訴えたら、理解してくれた。
「……そうか。双方の誤解があったようなんだな? ならば、手紙を見せてくれ」
「はい!」
うなずいたら、ようやく少しお父様の顔が緩んだのでホッとし、涙が出てしまった。
お父様は私を見て痛ましく思ったのか、優しく語りかける。
「メデリア。お前は美しく気品があり、マナーも教養も完璧だ。だが、気弱すぎる。その気弱さではとうてい貴族社会でやっていけない。王族との婚姻はもちろんのこと、政治や外交関連の高位貴族との婚姻も無理だろう」
それを聞いた私は、愕然として涙が止まった。
……そんなことで、婚約が解消になったの?
あんなに婚約を嫌がっていた私をなだめて無理やり婚約させておいて、今さらそんなことを言うの?
――政治が無理ということは、オーレン様との婚姻も望みがない。
バルトス様は騎士団長の子息で、政治も外交も関係ないけれど、決闘をして顔にひどい傷を負って以来学園を休学していて、侯爵家当主の座も、騎士団への入団も、望み薄だという。
苦労して、せっかく良好な関係を築いた優しい男性たちとは、誰とも婚約出来ないというのだ。
こんなひどいことって……!
「……私、改めます。これからはしっかりしますから……アドリアン様と、結婚させてください……」
震える声でお父様に訴えた。
アドリアン様は主人公に攻略されていないのに、私が気弱だというだけで解消になるなんて納得出来ないわ!
なら、主人公だって気弱な設定じゃない!
彼女とだって婚姻出来ないでしょう!?
お父様は、残念そうに首を横に振った。
「アドリアン・ソル・ユニウス元第一王子殿下は、王族籍から外された。現在は、アドリアン・リーフル公爵子息。王妃の実家の籍に入っている」
「……え?」
お父様が何を言っているのか理解出来ない。
お父様が説明した。
「――アドリアン・リーフル公爵子息は、一人の男爵令嬢を執拗につけ狙い、見当違いの批判をして、しまいには『自分が王になったら追放する』という暴言を吐いたのだ。陛下も査問会に出席した臣下も、そのように王族としての権力を悪用する者は国王どころか王族としてもふさわしくない、という判断がなされた。つけ狙われたリリス・ヴァリアント男爵令嬢は厳しい刑罰を望まなかったため王族からの籍を抜くに留めたが、権力のある限り横暴を繰り返す可能性があるゆえ、元王族とはいえ王妃の実家を継ぐことは許されず、成人したら無爵位の平民となる。……そのような男に、お前を嫁がせられない」
私は目の前が真っ暗になった。
リリスがアドリアン様と恋仲になるのを阻止していたら……アドリアン様が王族ではなくなってしまった。
つまり、私も王妃になることはなくなったのだ。
「……オーレン様は?」
うわの空で尋ねたら、お父様が教えてくれた。
「同じく、一人の男爵令嬢への謂れのない中傷を書き貼りだしたため、厳重注意および継承権を剥奪。彼も、成人後は平民となるだろう」
嘘でしょ?
呆然としている私に気付かず、父は優しく目を細め慰める。
「……幸い、お前は何もしていない。周りが勘違いして踊っただけと判明した。だから、政治や外交とは無縁の穏やかな中位貴族への嫁ぎ先を探してやろう。公爵家から支援すれば、今までとそう変わりなく過ごせるから心配するな」
違う、違う!
私はそんなことを望んでない!
私は……アドリアン様に愛され守られながら、アドリアン様を支えていきたかった!
王妃としての勉強も頑張った!
オーレン様も、バルトス様も、陰でずっと私を支えてくれると信じていた!
不安だったけど、幸せだった!
どうしてそれが全て壊れたの?
どうしていなくなるの?
なら、最初から手にしなければよかったのに!
手にした後で奪うなんて……!
*
……どうやって部屋に戻ってきたのか覚えていない。
気づいたら、義弟がそばにいた。
「……義姉様。もう、ずっと家にいましょう。私が義姉様のめんどうをみますよ。ずっと家にいればいい」
「……どうして……? 私が、あの子から主人公の座を奪ったから……? あの子が愛されるはずだったのを、邪魔したからこうなったの……?」
「関係ありません。リリス・ヴァリアントという女は悪魔なんです。アドリアン様たちを陥れたんですよ。義姉様はぜんぜん悪くありません。……きっと、天罰が下りますよ。リリス・ヴァリアントという女に……」
私は義弟にすがって涙を流し続けた。
【お詫び】
朝の投稿で、間違えて『脳筋聖女、発売中!』って入れてしまいましたが、間違いです!
発売日は2月16日になります!
該当部分は削除しました。
申し訳ありませんでした!