詩の独白
──家族が死んだ時の記憶が、また蘇った。
息ができないほどに、恐怖と絶望で喉が締め付けられる。視界が赤く滲み、足元が崩れる。
泣いている声が聞こえる。あの声の持ち主は……
あれは、誰の声だ。
……ああ、私だ。
白妙家。
私が生まれ、育ち、生きていた場所。
陰陽師の世界で、私の家族は名家と言われていた。代々、とある怪異の封印の維持を使命とする一族。
私の両親は封印の維持をするため、毎日霊力を封印へと注いでいた。しかし、怪異の封印は知らず知らずのうちに緩んでいた。
これは、怪異が白妙家の者に気づかれないように、結界に抜け道のようなのを作っていたからである。
しかし、一度したはずの封印が解けてしまったのは現代においては神の信仰が薄く、それにより術の補助が徐々に弱まっていることも原因だった。
そんな事実に私は全く気づかなかった。
──封印が解けた日を、私は忘れられない。
家に帰った時、両親の死体があった。全身が血だらけで、一瞬だけ両親とすらわからないほどにぐちゃぐちゃにされていた。
弟と妹は、首から上が消えており、体の至る部分が関節とは逆に曲げられ、木に吊るされていた。
間に合わなかった。
いや、間に合ったとしても、何もできなかった。自分だけが生き残ってしまった。
──私も、死ねばよかったのに。
「……っ!」
そこで、目が覚めた。
暗い天井。見慣れた木目。呼吸が荒く、背中が汗で濡れている。夢だと分かっていても、心臓の鼓動が収まらない。
「……また、か」
小さく呟いた、その時。
「大丈夫?」
隣から、声がした。
黎明が、いた。
布団の中でこちらを見ている。眠そうな目なのに、しっかり私を見ていた。いつものようにマイペースな雰囲気に少しだけ安心感を覚える。
「……昔の、夢を見ていた」
それだけ言うと、喉が詰まった。黎明は何も言わず、少しだけ体を起こした。わずかに考えた後、黎明はまた私を見つめる。
「そうなんだ。あんまりいい夢じゃなさそうだったね」
短い言葉。でも、的確だった。
「……ああ」
私は目を伏せる。家族が死ぬ夢。大事な家族が消えてしまう夢。
これはもう、何度も何度も呪いのように見てしまっている。きっと正確に言えばこれは呪いではないのだろう。
怪異に何かされていない。だから、これはトラウマなのだろう。
ずっとずっと、忘れたくても忘れられない記憶。
あの時、私は思ったんだ。
──私もあの時に死んでしまえばよかったのに。
ずっと、頭の中で答えがでない。ずっと、悩んでいる。
自分も死んでよかった、そう思いながら死ななくてよかった。とも思っている。
死ぬのが怖くて怖くて、仕方がない。
なんで、こんな小さいことで悩んでいるのだろう、私よりも小さかった弟と妹はもっと苦しんでいたはずなのに。
一人だけ、生き残り、こんな小さなことで悩んでいる。本当に自分が情けない。
「詩、顔色悪いよー。【ヒール】する?」
「……いや、いい。これは私への罰のようなものだ」
自分だけが生きている。自分だけ恐怖から逃げている、その罰なんだ。
今も、恐怖に怯えている。だって、私は怪異を恐れている。
陰陽師として生きてきたくせに、怪異を恐れて、ずっと震えている。
「そうなんだ。まぁ、でも、あんまり詩に悲しい顔されると俺も辛いんだよね」
「……辛い、のか」
「うん」
「……そんな優しくされる価値は私にはないんだ。私は何もできない、家族が死んで、一人だけ生き残ってしまった。それなのに、家族の後も追えない。情けない人間なんだ」
そこまで言って、ハッとした。私は、何を言っている?
自分よりも年下の少年に、悩みを投げて、何を求めているというんだ。こんなに愚かなことはない。これは私の問題だ、私が解決をすべきことのはずだ。
それなのに……問題から逃げるように、黎明に縋るように話をしてしまった。
「そっか。家族が死んだのに、自分だけ生き残ったんだ」
「……すまん。お前に気を遣わせたな」
「いいよー。その代わり、俺のも聞いてよ。俺も、転生したって言ったでしょ?」
「あぁ、交通事故にあったとか」
「うん。両親も一緒に乗ってたけど、多分死んでるんじゃないかな。それでさ、俺だけもう一回生きてたらなんか申し訳ないなって思ったりもするんだよね」
黎明から前世の両親については聞いた。本当かどうか、まだ分からない部分もあるが、かなりの歪な親だったようだ。
宗教を信仰し、それを息子にも観念を植え付ける。虐待をしたりすることもあったとか。
そんな親を心配しているのか? どうして?
「まぁ、もう一度会いたいとかはないよ。でも、今俺は楽しいからさ。申し訳ない気持ちもあったりする。詩の気持ちも少しだけわかるよ」
「……」
「きっと、前の親とはもう会うことはないと思う。そんな気がするからさ。余計に申し訳なく思う気もなくもないって感じかな」
「……そんなことを、考えたりしてたのか」
「うーん。生まれ変わってからしばらくは、毎晩のように考えてたかなー。なんで神様を信じてたのに、両親も俺も死んじゃったんだろうなーとか。悪いことしたのかなーとか。じゃあ何が悪いことだったんだろうなーとか。なんで僕だけ生き返ったのかなーとか。それともやっぱり死んでて、夢とかみてるのかなー。色々」
「……そうか」
「まあ、今では逆になんでもいいやってなったけど。昔はたくさん考えてたよ」
「……」
黎明はマイペースで、何も考えてない、そんな人間だと最初は思っていた。
あるいは、ゲーム世界だからと全くお気楽に考えている、ノーテンキなやつかと思っていた。
でも、違うだろう。
この子は、この子なりによく考えている。そのうえで、誰よりも前を向いてるだけなんだ。そして、私と同じように悩みも持っている。
完全無欠な人間と、私は思っていた。
あるいは、人間味のない人間だと。
だが今気づいた。それは、私の第一印象をただ維持してただけであり、誤解だった。
私は、いつのまにか偏見の目で、彼を見ていたのだ。
「詩は、俺が今生きてて嬉しい?」
「……あぁ、嬉しいんだと思う。まだ、そこまで深い関係になったわけでもないし、数日ほどしか過ごしてないが、好ましいとは思っているから」
「あ、なんか嬉しい。でも、俺も同じかな。詩は悪い人じゃないし、お菓子奢ってくれたりするし、だから、俺も詩が生きてて嬉しいよ」
黎明は照れたように笑っていた。
「俺、詩が話をして迷惑とか思ってないよ。同じって言えるか分からないけど、悩みが互いにあるってわかった」
「……そうか」
「だから、気がねなく話してね。俺も、話すから」
まっすぐ、黎明は私の瞳を見据えていた。彼の黒い瞳を見ていると、不思議と心が安らぐ。
そうか、まっすぐな心と健気な性格。それがこの子の魅力なんだ。
霊力や戦闘能力だけに気を取られて、分かっていなかった。
「あぁ、もちろん、聞くさ」
私は気付けば手を出していた。黎明は一瞬、なに? と疑問を浮かべていたが、意図が分かったのか私の手を握った。
「私は……ずっと単独行動だったんだ」
「へー」
「それは、大事な人を作らないためだ。また、大事な人が消えてしまうのが怖くてしょうがない」
「ほー」
「だから、約束してくれ。黎明、お前は私にとって大事な人だ。だから──」
「──死なないよ。俺は死なない。約束する」
私が死なないでと、願う前に彼は即答をした。少しだけ、私の手を強く握り、ジッとこちらを見つめる。
「俺、職業が勇者で、じーちゃん曰く天才だし。大丈夫。安心してよ。ゲームでも、一度も死なないでゲームクリアしたこともあるくらいなんだ」
「……あぁ、分かった。」
「あ、俺も詩は大事な人だから。死なないでねー」
「……あ、うん」
な、なんだ? これって言われるとこんな恥ずかしい言動なのか? と、年下の少年に言われて、何を狼狽えているんだ、私は。
平静を保て。
「あぁ、死なない。もう、死ねばよかったとも言わないから」
ならいい。そう言わんばかりに黎明は手を一瞬だけ離す。そして、すぐさま布団に戻った。
「それならいいやー。じゃ、おやすみ」
そう言って、黎明は布団に入って眠りについた。急にあっさりしすぎて寂しいんだが……い、いや、別にいいんだが。
「……一人で寝るのは寂しくないか? 添い寝してやってもいいが?」
「あ、詩は一人で寝るの寂しいの? 一緒に寝る?」
「……うん」
いや、これは、黎明の体に触れて霊力の調査とかするの大事だから。一緒に寝てもらうと安心するとかじゃないから。
……私は一体、誰に言い訳をしているんだ?
◾️◾️
次の日、夜が更けてから、風呂の時間になった。私と黎明、どっちが先に入るのか、少しだけ悩んでいた。
すると……
「一緒に入る?」
黎明が、何でもないことのように言った。
「……は?」
「じーちゃんとよく一緒に入ってたし」
そ、そうか。じーちゃんとは一緒に……いや、私じーちゃんではないのだが!?
玄蔵さんのことを言っているんだろうが、私はどう考えても若めの女だと思うのだが? あれ? 老けた? 最近、スキンケアとかしてないから老けた?
い、いや、そんなはずは。
「え、あ、えと」
「そんなに嫌なら別に」
お、おい、別にお前が嫌いで一緒に入らないとかじゃないぞ。だから、そんなにがっかりした顔をするな。
「じーちゃんが、深い間柄なら風呂は一緒に入ると言ってたんだけど。そうじゃなかったか。昨日のこともあったし、深い間柄と思った」
「あ、うん。そうか、な、なら一緒に入ろう」
いや、一瞬だけ黎明が悲しい顔するからつい言ってしまった! 別に嫌いとかじゃないし。
湯気の中で、視線を逸らしながら湯に浸かる。正直、落ち着かない。
父親と弟以外の異性と、風呂に入ったことなどない。心臓がうるさい。
その時、ふと目に入った。
黎明の体、至る箇所に傷跡があるからだ。ここまで残っていると言うことは相当に深い傷を受けたことがあるのだろう。
「……傷」
気づけば、口に出ていた。
肩、背中、腕。全てが治っている。でも、確かに痛々しいほどに刻まれている。
「あー、これはね。名誉の勲章てきな?」
黎明はあっさり言った。本当に何事もないように、これくらい当然だろと少しだけにやけている。
「モンスターと戦った時にちょっとね。でも、治ってるし、問題ないよー」
「そう、なのか」
「昔は【ヒール】も未熟だったからね。中途半端に治したりしてたし、そうなるとこんな感じになるんだよねー。カッコいいから残してるんだー」
冗談みたいに。胸が、ちくりと痛んだ。
この男は、最初から強かったわけじゃない。
何度も無茶をして、何度も傷を負って、それでも前に進んできた。
「……無理するな」
気づけば、そう言っていた。
「お前が死んだら……困る」
黎明は一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。
「だから、言ったじゃん。死なないって」
「お前が死んだら、私も死ぬ。だから、あまり無茶はするな」
「あ、そう? まー、うん、分かった」
痛々しい体を見て、思わず私は黎明の背中を抱き寄せてしまった。すると、黎明の体が少しだけ固まった。
「胸が……」
こいつ、思ったよりエロガキか……? 年相応な面もあると言うか。いや、背中に私のが当たってるとは思うが、どう考えても真面目な感じなんだが。
それと、そう言われるとこっちも気まずくなるんだが?
今さらだが、男女が一緒に風呂に入っているんだよな。今……
今さら、男女が一緒に風呂に入るのは普通じゃない、なんて言いづらい。黎明は別にいやらしい気持ちとかなしに、単純に親しくなりたいと思ってるみたいだしな。
「頭先洗うねー」
「あぁ」
……黎明の背中。思ってたより、大きくてゴツゴツしてて、強い男の感じして。
ドキっとしたな……い、いや冗談だ!? これは黎明がどれくらい強いか調査も兼ねての、だからな!
……だから、私は誰に言い訳をしているんだ?