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未知の領域である、『常闇の迷宮』の第二十一階層をミヨリは歩いていく。広範囲の感知スキルで道を探りながら、迷いのない足取りで突き進んでいた。
もちろん、エアコントローラーの手つきで親指をクネクネと動かして、小春を操ることも忘れない。
:「もっと安全運転でいかねぇかああああああ!」「ワン太がみんなを食べた」「リビングデッド小春」がトレンド入りしてて大草原!
:さっきのボス戦や下層まで落ちたところが切り抜かれて拡散されまくってる!
:どの切り抜きも再生数が何百万もいってて、おかしなことになってんぞ!
:『常闇の迷宮』の未知の階層に踏み込んだことがSNSで話題沸騰だ!
:これまで配信を見てなかった探索者たちも押し寄せてきてるみたい!
:ミヨリちゃんの配信が同接七十万いったああああああ!
「七十万…………!」
その数字に、ミヨリは呼吸が止まりそうになった。動揺から操作をミスってしまい、小春が壁に向かってゴツンとぶつかる。
:小春ちゃんが壁に当たったwwww
:ミヨリちゃんビックリして操作ミスwwww
:ガチでゲームキャラの操作ミスしたみたいになってて草
:代表がまた「ブフゥッ!」って吹いたぞwww
「わたしのほうも、同接がすごいことになっている……。ここまでいったのは初めてだ」
綾乃もスマホを取り出して視聴者数を確認し、声を上擦らせる。ミヨリと同じくらいの数字を叩き出していて、最高記録が大幅に更新され続けているようだ。
:小春ちゃんの同接は?
:五万ちょいのままwwww
:やっぱ小春ちゃんだけ同接少ないwwww
:いや、あくまでミヨリちゃんとムラサメちゃんに比べてであって、普通ならすごいことだからwwww
ミヨリはフゥと息をつくと、壁に向かって歩いている小春をすぐに軌道修正。くるりと身体の向きを変えて、ちゃんと正面にある道を歩かせる。ガシッ、ガシッ、ガシッと歩き方がおかしくて、首は傾いたままだけど、前に向かって進んでいく。
:なんだこれwwww
:だめだwwww 見てたらどうしても笑っちまうwww
:ホントに死体が歩いてるみたいで絵面やばっwwww
:代表も笑うの堪えてるんだから我慢しなさいwwww
:代表ならさっき吹いたよwwww
不気味な鎧に操られている小春を、綾乃は哀れみの目で見る。というか、白目を剥いて気絶したままの人間がそばを歩いていて怖すぎた。
そして玲奈はもう吹き出さないように、口とお腹を押さえてプルプルしていた。
ミヨリは前進しながら、ダンジョンの壁を這う黒い植物や、地面から生えている奇妙な樹木、それに落ちている鉱石を観察する。どれも濃密な魔力がこもっている。
:さっきから画面に映ってる植物や鉱石っぽいのは、他のダンジョンでは見たことないものばかりだ!
:未到達の階層にある未知の素材……
:持ち帰ったら、一体いくらになるのやら……
:強力な武器や新しいマジックアイテムを作り出せるかもしれないのに……
:代表がいるけど、未成年が同行しているから持ち帰れない!
:もったいねぇ!
:……画面殴って破壊したい!(母より)
:おかんwwww
:ミヨママいきなり過激発言www
:もうスパチャと再生数でガッポリ入ってくるんだからいいだろwwww
「ん……? あれ? わたし……?」
操られていた小春が、まつ毛を震わせる。おもむろに目を開くと、まばたきを繰り返していた。
「あっ、起きたんだね、小春ちゃん」
「ミヨリちゃん……?」
まだ意識が朦朧としている小春はミヨリを見ると、近くにいる綾乃と玲奈に視線を向けた。それから周りの景色を見まわす。
なぜか手足が勝手に動くことに違和感を覚えると、小春は自分の身体を見下ろす。漆黒の鎧についているたくさんの目と、ばっちり視線が合った。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
一瞬で眠気が吹っ飛んで、暴れまわろうとする。だけど、装着した漆黒の鎧のせいで身体の自由がきかない。小春は素っ頓狂な叫び声をあげることしかできなかった。
:小春ちゃん起きたwwww
:目覚めてすぐにまた悲鳴をあげることにwwww
:そらそうなるわwwwww
:「リビングデッド小春」がトレンド入りしてるよwwww
:おめでとう小春ちゃんwwww はじめてのトレンド入りだねwwww
:うれしくねぇだろwwww
ミヨリはエアコントローラーの手つきをやめて、右手を小春のほうに向ける。
ドロドロと装着した鎧が液状に溶けはじめると、小春は「ぎゃあああああああああ!」と叫ぶ。その鎧が身体からはぎ取られるときも「ぎゃあああああああああ!」と叫んでいた。故障した音声装置みたいに叫びまくりだった。
ミヨリは黒い球体となったガイくんをキャッチすると、足元の影のなかに投げ落として収納する。
「だ、だめだ……ブフウッ! お、お腹いたい……!」
小春のリアクションがツボに入ったようで、玲奈はお腹を押さえてプルプルしている。
漆黒の鎧を外された小春は腰が抜けそうになっていて、ふらりとよろめいた。
「しっかりしろ小春! ここで気絶したら、また同じことの繰り返しだぞ!」
綾乃は慌てて小春の肩をつかんで支える。小春は唇をわななかせて、アワアワと言っていた。
:小春ちゃん、目が覚めても安心できないwww
:目が覚めてまた気絶しそうになってるwww
:そしたらまたガイくんに操られてリビングデッド小春になってしまうwwww
:なんだったらずっと気絶してたほうが幸せだったwwww
:代表wwww 笑うんじゃないwwww
:代表に釣られて俺も吹いちまったよwwww
小春が意識を取り戻したことで、コメントが増加する。
だけど、ミヨリはスマホ画面から目を離して、前方を凝視していた。
「目覚めたばかりのところ悪いけど、モンスターが来たみたいだね」
ミヨリは淡々とした口調で警告する。