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推しの悪徳女社長に拾われたいので、パパ活疑惑で破滅する清純派アイドルを演じます。 ~世間は洗脳だ虐待だと騒ぐけど、推しに飼われるのはご褒美なので邪魔しないでください~ - 第8話『断罪の準備は整った』
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第8話『断罪の準備は整った』


 『ピュア・パレット』初となるホールワンマンライブまで、あと一週間。

 チケットは即日完売。ネットニュースでは「奇跡の天使、ついに降臨」「チケット倍率数十倍のプラチナチケット」と煽り立てられ、私の市場価値(株価)はストップ高を更新し続けていた。


 事務所の狭い廊下には祝い花が届き始めている。

 華やかな胡蝶蘭の香り、だというのにその奥にある会議室からは花よりも芳しい「腐臭」が漂っていた。


 私は会議室のドアから数メートル離れた自販機の前で、ホットココアを買うフリをしていた。

 耳にはワイヤレスイヤホン、流れているのは音楽ではない。数時間前、会議室のテーブルの裏にガムテープで貼り付けておいた高性能盗聴器(アマゾンで2980円)が拾う、ノイズ混じりの音声だ。


『⋯⋯で、どうするんだよ。アイの勢い、止まんねえぞ』


 マネージャーの田所の声だ。焦りと怯えが滲んでいる。


『だから言ってるじゃないですかぁ。やるなら今しかないって』


 リカの声。粘着質な悪意。


『そうよ。あの子、どうせこのライブが終わったら「エンパイア」に行く気満々なんだから。その前に潰しておかないと、私たちはただの踏み台で終わっちゃう』


 ミナが同調する。

 先日、私が仕掛けた「ニセのヘッドハンティング電話」が、素晴らしい化学反応を起こしているようだ。彼女たちの疑心暗鬼は、ついに臨界点を突破したらしい。


『ここで一発カマしておけば、ウチの事務所から出ていくこともなくなりますよ』

『でもなぁ⋯⋯スキャンダルって言っても、アイは真面目だからネタがねえし⋯⋯』

『ネタがないなら作ればいいじゃん。田所さん、フォトショップ使えるでしょ?』


『へ? あ、ああ⋯⋯まあ、少しなら』

『アイの顔と、その辺のオッサンの写真を合成してさ。「パパ活疑惑!」って週刊誌にタレ込めば一発よ。最近の加工アプリならバレないって』


『そ、そうか⋯⋯? でも、バレたら俺たちが終わるぞ⋯⋯』

『大丈夫だって! あの子、あんな性格だから言い返さないし。「信じて!」って泣くだけでしょ。その間にネットで炎上させちゃえば、もう再起不能よ、エンパイアになんて絶対いけない』


 私は口元を手で押さえ、誰に見せるわけでもないのにショックを受けたように瞳を揺らしてみせた。

 廊下を通ったスタッフが私のその姿を見て「あぁ、天宮さん、緊張してるのかな⋯⋯可愛い」と赤面して通り過ぎていく。


 しかし私の心の中は、氷点下のように冷え切っていた。


(⋯⋯はぁ。ため息が出るな。これだから素人は)


 私は内心で毒づいた。


(合成写真? フォトショップ? 馬鹿かお前らは。今のネット民(特定班)の解析能力をナメるなよ。光源のズレ、解像度の不一致、ノイズのパターン⋯⋯そんな低レベルな偽造工作、投稿から五分で「コラ画像確定」と看破されて終了だ。そうなれば逆に私が「被害者」として同情を集め、お前らが社会的に抹殺されるだけだぞ)


 圧倒的に詰めが甘い。甘すぎる⋯⋯せっかく私を陥れようという気概を持ったのに、手段があまりにも稚拙すぎる。

 こんなお粗末な罠では私の「悲劇」は完成しない。

 レイコ様の目に留まるためには、もっとこう⋯⋯逃げ場のない、言い逃れのできない、絶望的に美しい「証拠」が必要なのだ。


(仕方ない。⋯⋯今回も私が手を貸してやるか)


 私は自販機の取り出し口からココアを取り出すと、それをゴミ箱に投げ捨てた。

 甘いものは、今は気分じゃない。

 これから味わうのは、もっと刺激的で、苦い泥の味なのだから。


 ◇


 深夜一時。

 私は都内のワンルームマンション、自分の部屋にいた。

 カーテンを閉め切り、デスクライトだけを点けた部屋はアイドルの部屋というよりは、職人の工房のような雰囲気を醸し出していた。


 机の上には一眼レフカメラ、三脚、そして数種類のウィッグと衣装が並べられている。


「さて、と」


 私は「天宮アイ」の仮面を外し、前世の「オタク・プロデューサー」の顔に戻る。

 スキャンダル写真において重要なのは三つの要素だ。

 『リアリティ』『背徳感』そして『本人であるという確証』。


 リカたちの言う合成写真には、これらがまったく欠けている。

 だから本物が作るしかない。


 私はクローゼットの奥から、通販で購入した「高級娼婦風」のドレスを取り出した。

 胸元が大きく開き、背中も大胆に露出した、サテン生地の深紅のドレス。清純派のアイなら絶対に着ない、しかし男なら「一度は着てほしい」と思うような卑猥なデザイン。

 

 鏡の前に座り、メイクを開始する。

 いつもの「透明感メイク」から真逆、アイラインを太く跳ね上げ、赤いリップを濃く塗る。目元には気怠げなシャドウを入れ「男慣れした女」の顔を作る。

 金髪のロングウィッグを被れば、そこには「堕ちた天使」が完成していた。


「うん。⋯⋯ゾクゾクするほど下品だ」


 自画自賛しつつ、私は変装用のサングラスとマスクを着け、機材をバッグに詰めて部屋を出た。


 向かった先は西新宿の高級ホテル街、事前にとある「協力者」を呼び出してある。

 役者志望の売れない劇団員、五十代男性。口が堅く、金に困っている男をネット掲示板で見繕い、二万円で雇った。


「あ、あの⋯⋯本当にこれでいいんですか?」


 待ち合わせ場所に現れた男は、私の指示通りの少しヨレたスーツを着て不安そうに私を見た。彼は私が「天宮アイ」だとは気づいていない。


「ええ。貴方はただ、私の腰に手を回して、ホテルに入っていくだけでいいの。顔は映さないから」


 私は低い声で指示を出し、ホテルのエントランスへ向かう。

 三脚を植え込みの影にセット。スマホで遠隔シャッターを切る準備をする。


「アクション」


 私は男の腕に絡みつき、もたれかかるようにして歩く。

 男の手を掴み、私の腰の、際どい位置に置かせる。

 パシャリ。パシャリ。

 連写モードが、決定的な瞬間を切り取っていく。


 ホテルの回転扉に吸い込まれる後ろ姿。

 男を見上げる、欲に濡れたような横顔(演技)。

 高級ブランドのバッグ(レンタル品)が、パパ活の生々しさを強調する。


 そして部屋に入ってからの「ブツ撮り」が本番だ。

 男には先に帰ってもらい、私は一人、ホテルのベッドメイキングを乱し、撮影を開始した。


 シーツの上に乱雑に脱ぎ捨てられたドレス、いやらしい表情で横たわる姿。

 使用済みのティッシュ(中身は水で濡らしただけ)。

 サイドテーブルに置かれた万札の束(これは私の全財産だ)。


 そして極めつけの一枚――シャワールームの曇ったガラス越しに、私の左太ももを写す。

 そこにはファンなら誰もが知っている、星座のような形をした三つのホクロがある。


 顔は映っていない。だからこそこのホクロが、この淫らな写真の主が「天宮アイ」であることを証明する、逃れられないDNA鑑定となる。


(完璧だ⋯⋯。構図、光量、情報の解像度。どれをとってもSSR級のスキャンダル素材!)


 画面で画像を確認しながら、私は武者震いした。

 この写真一枚で数千人のファンが絶望し、アンチが歓喜し、私の築き上げた「清純」の塔は音を立てて崩れ去る。


 胸が高鳴る。自分で自分の首を絞める行為がこれほどまでに快感だとは。

 

「ありがとう、リカ。ミナ。田所。お前らの低レベルな計画のおかげで、私は最高の作品を作ることができたよ」


 私はホテルの一室で、シャンパングラス(中身は水道水)を掲げ、見えない共犯者たちに乾杯した。


 ◇


 チェックアウト後、私は足早に漫画喫茶ネットカフェへと向かった。

 IPアドレスを隠蔽し、足がつかないようにするためだ。

 個室に入り、パソコンを起動する。


 フリーメールのアドレスを取得。

 宛先は、芸能スキャンダルを扱う最大手の週刊誌『週刊真実』の編集部。

 件名は『【独占スクープ】国民的天使・天宮アイ、パパ活の決定的証拠』。


 本文には、もっともらしいタレコミ文を添える。

 『いつも清純ぶっている彼女ですが、裏では港区のパパと頻繁に会っています。金遣いも荒く、メンバーを見下す発言も⋯⋯』


 添付ファイルに、先ほどの「作品」たちをドラッグ&ドロップ。

 送信ボタンにカーソルを合わせる。


 このクリック一つで、私の世界は反転する。

 光から闇へ。賞賛から罵倒へ。アイドルから汚れた女へ。


「⋯⋯ポチッとな」


 カチッ。

 軽い音が響き、送信完了の文字が表示された。


 さらに私はスマホを取り出し、裏垢(捨てアカウント)でSNSを開き事前に作成しておいた「匂わせ投稿」を予約セットする。


 『え、西新宿のホテル街にアイちゃんいたんだけど⋯⋯見間違い?』

 『横にいたおっさん誰? パパ?』

 

 これらの投稿が週刊誌の記事が出た瞬間に「答え合わせ」となり、炎上の燃料となる。

 完璧な布陣だ。火種は蒔かれた。あとは風が吹けば、一瞬で大火事になる。


(今の私は、飛ぶ鳥を落とす勢いの「国民的清純派」。その翼が折れる音は、さぞかしレイコ様の耳に心地よく響くだろうなぁ⋯⋯!)


 想像する。

 社長室で、タブレット端末に表示された私のスキャンダル記事を見る西園寺レイコの姿を。

 彼女は眉をひそめるだろうか? 「やはり贋作だったか」と嘲笑うだろうか?

 それとも⋯⋯いや、なんでも構わない。


 重要なのは、彼女の視界に私が「堕ちた存在」として強烈に刻まれること。

 そして全てを失い、行き場をなくした私を彼女がどう料理するかだ。


 ◇


 漫画喫茶を出ると空は白み始めていた。

 夜明け前の、青く冷たい空気。

 私は近くのコンビニで缶コーヒーを買い、マンションの非常階段の踊り場に立った。


 眼下には、まだ眠りについている東京の街が広がっている。

 人々は知らない。じきに発売される週刊誌の中吊り広告に、彼らの愛した天使の「無惨な姿」が踊ることを。

 一週間後のライブが感動のフィナーレではなく、断罪の公開処刑場になることを。


 プシュッ。

 缶コーヒーを開ける音が、朝の静寂に響く。

 一口飲む。苦くて、安っぽい味が、今の私には最高に美味かった。


「⋯⋯今の私の市場価値は、過去最高値だ」


 スマホを見る。私のフォロワー数は五十万人を突破している。

 誰もが天宮アイを信じ、愛し、守りたいと思っている。

 その信頼の高さこそが、落下エネルギーの大きさになる。


「暴落の準備は、すべて整った」


 私は手すりに身を乗り出し、遥か彼方に見える『エンパイア・プロモーション』の本社ビルがある方角を見つめた。

 そこには私の神がいる。


「待っていてください、レイコ様。貴女のために最高に派手に壊れてみせますから」


 朝日が昇り始める。

 私の頬を照らすその光は、スポットライトのようでもあり、火刑台の炎のようでもあった。


「⋯⋯貴女のハイヒールの靴底を舐める準備は、もうできています」


 私は缶コーヒーを一気に飲み干すと、誰もいない空に向かって、凶悪なまでに美しい、歪んだ笑みを浮かべた。


 さあ、ここからは――泥沼のショータイムだ。

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