Deprecated: The each() function is deprecated. This message will be suppressed on further calls in /home/zhenxiangba/zhenxiangba.com/public_html/phproxy-improved-master/index.php on line 456
化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】 - 55 戦場の癒師クルト=オズホーン2
[go: Go Back, main page]

表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/77

55 戦場の癒師クルト=オズホーン2

  ある夜

 

 水浴びを終えて癒師用のテントに入ったパトリックは、オズホーンが何か白い布を手に取りじっと眺めていることに気が付いた。

 

「何かありましたか?」

 

 あまりに真剣に眺めているので作戦に関わる何かかと声をかけると、珍しく彼が狼狽し、さっとそれを隠した。

 

 なんかまずいもの見ちゃっただろうかとオロオロしているパトリックを彼はじっと見ていた。

 

「すいません」

「謝らなくていい」

 

 少し迷うようにしてから、彼は隠したものを取り出した。

 

「……亀?」

 

 白いハンカチの上にぽっちりと

 緑色の、亀がいる。

 

 はっとパトリックはオズホーンの胸元を見た。

 中央癒院にいたころはそのままの形だった彼の認識票が、ぱきんと真ん中で折れている。

 

「……婚約者さんすか」

「いや。知人の女性だ」

「知人の女性って……普通刺繡したハンカチなんかくれませんよ、知人は」

「そうなのか。長寿のお守りだそうだ」

「心がこもってるなあ」

「そうだろうか」

「縫い方が丁寧すよ。あとなんていうか、顔が優しいですこの亀」

「……そうかもしれない」

 

 ぽちんとした亀を彼は見て

 わずかに優しい顔になった。

 

 ああ、とパトリックは思った。

 

 心がないのではないかと思っていた。

 

 違った。

 ちゃんとあった。気づかなかっただけだ。

 

 帰りたい

 

 切ない顔でそう思える場所が、この人の心の中にもあるのだ。


 『音無の』

 『若き天才癒師』

 『孤高の変人』


 それらが、パトリックの中で


 ただの少し年上なだけの、クルト=オズホーンという男に姿を変えた。


 普段なら絶対に言わないだろう軽口が、ぽろりと零れた。

 

「先輩、実は俺これが終わったら結婚するんす」

「それは言ってはいけないらしいぞ。うらやましいことだ」

 

 うひひと照れてパトリックは笑った。

 

「幼馴染なんです。彼女。癒師になる前から、ずっと付き合ってて。俺、すごい好きなんです」

「うらやましい」

「ちゃんと言ったほうがいいですよ」

「何を」

「気持ちを。女の子って言葉にしないとすぐ怒るから」

「……そうか」

 

 彼は亀をじっと見た。

 

「先輩の認識票」

「うん?」

「婚約者さんが持ってるんすか?」

「知人の女性だ。預かってくれている」

「知人の女性はふつう、認識票なんか受け取りません。命そのものじゃないですか」

「……だまし討ちのような真似をした。彼女は意味を知らない」

 

 癒師の認識票の片割れを持つのは

 家族か妻、婚約者の仕事だ。

 未婚の癒師が女性に対しそれを『持っていてくれ』というのはほとんど

 プロポーズに等しい。

 

 

「でも受け取ってくれたんでしょう。首に下げてくれてるといいっすね。そしたら絶対その子、先輩のこと好きじゃないすか」

「彼女は皮膚に炎症がある。引き出しか何かに入れているはずだ」

「身に着けてたら?」

「……とてもうれしい」

 

 彼は笑った

 遠くにいる誰かを思い、優しく。

 

 

 

 

 

 

 そんな日の話を

 パトリックは思い出していた。

 

 血まみれのオズホーンを見ながら。

 

 ドラゴンが吠え、岩に手当たり次第に体当たりし、大小さまざまな塊を吹き飛ばした。

 何人もの冒険者が怪我をし、何とかオズホーンに癒してもらおうと待機所まで引き返したのだ。

 

 もはや黒髪の癒師は、このクエストの精神的支柱だった。

 

 あそこに行けば治る。

 多少の無理も、無茶も

 あのひとがいるから大丈夫と

 

 口には出さない。だが確実に

 その頼もしい存在を背中に意識して、冒険者たちは勇敢に戦っていた。

 

 その支柱は今

 大きな岩につぶされて、血にまみれている。

 

 横で腰を抜かした4級癒師が、顔面蒼白でその肩に手をかざしている。

 

「天と地の創造の力を我願わん。傷ついた戦士に愛の祝福を……」

「おい」

 

 ぶつぶつと狂ったように詠唱している4級癒師に、パトリックは歩み寄った。

 

「天と地の創造の力……」

「なんで肩を治してる。初めにちぎれてる血管をつないで止血して、すぐに背骨だろうどう見ても!」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった男の目がパトリックを見た。

 

「私は血が苦手なんだ!!!」

 

 口から唾を飛ばし、髪を振り乱して男は叫んだ。

 

「体の中を、切り開かずに時間をかけて治すのが得意なんだ!こんな野蛮な場所にいるような人間ではないんだ!くさい、汚い、つぶれた肉で血まみれだ!こんな場所、私にふさわしくない!」

「じゃあ出てくんな!任務断れよ!」

「出世に響くんだよ!命令に背けば!」

 

 何言ってんだこいつ

 頭に血が上りかけた

 

 が

 

 それは今することでないと

 パトリックの中にいる彼が冷静に言った。

 

 どんなときでも揺れない夜のような漆黒の目を

 横で、3年も見てきたのだ。

 パトリックのなかに、すでに彼の一部はいる。

 

「岩をどけてくれ!」

 

 パトリックは冒険者たちに叫んだ

 傷ついたねじりパンツ一丁のスモウレスラーたちが己の怪我をいとわず

 力いっぱいの張り手で黒髪の癒師にのしかかる岩をどかす。

 

 オズホーンの体にパトリックは手をかざす。


 出血が多い。

 自分の今の力では、すべては癒せない。

 最優先はどこだ

 まずは血を止めまっすぐにそこだけを、丁寧に癒す。

 そうすれば

 

「保管庫から魔法水をあるだけ持ってきてくれ!」

 

 叫ぶ

 忍者が風のように走る。


「澄みわたる生命の水よ、失われた()のものの新しき力とならん!」


 詠唱した

 

 血が止まった。

 

 こんなにも正確に早く

 治したいものを治したのは初めてだった。


 ここだと思った

 ここしかないと思った

 いつも彼が見ているだろう世界の一部を

 パトリックは今初めて、見た。

 

 そこは暗くて、まぶしくて

 

 とても、独りぼっちだった。

 

 

「澄みわたる生命の水よ、失われた彼のものの新しき力とならん」

 

 背骨とその中の髄

 ここさえ正確に、確実に、丁寧につなげられればいい

 

 そうしたらこのひとは

 普通の人間には絶対あり得ないことだがこの人は

 この人ならば

 

「澄みわたる生命の水よ、失われた彼のものの新しき力とならん!」

 

 

 きっと己の手で己を癒し

 揺れない夜の闇となり傷つく者たちを癒す。

 

 

 忍者に魔法水をがぶがぶ飲ませてもらいながら

 何度も何度もパトリックは繰り返した。

 

 そして

 

 

 

「礼を言う、パトリック=ハリン6級癒師。魔法水をくれ」

 

 彼の指が動き

 唇が動き。

 

 自らの力で自らのちぎれた組織と肉をつなぎ

 

 彼は立ち上がった。

 音もなく。


 一口で魔法水を飲み下し、真っ赤に染まった袖で顎をぬぐった。


「怪我の重いものから並べ。順番に治してやる。だからいい加減、早くおれを帰らせろ!」

 

 わっと冒険者たちが沸いた。

 

「オズホーンが帰りたいそうだ! 期待に応えろ野郎ども! 今日、今、ここで決めるぞ!」

 

 グスタフ=ヘッグの大きな声が響く。

 

  わあ、わあと

 冒険者たちの明るい声が響いていた。







「……あっち行かないんすか」

 クエスト成功を祝う冒険者たちが酒盛りをしている。


 そこから離れた暗いところに

 彼はぽつんといた。


「おれがいたら話が止まる。せっかく盛り上がっているのに気の毒だろう」

「……自覚あったんだ」

「何か」

「いいえ」


 パトリックは彼の横に歩み寄った。


 彼の手には

 血まみれになったあのハンカチがあった。


「……汚れちゃいましたね」

「血は落ちない。とても困っている」

「怒るひとじゃないでしょう」

「ああ。でもこれを見たらきっと泣く。おれは彼女を泣かせたくない」


 心のない人

 いつでも冷たいほど冷静だと思っていた先輩は


 今や濡れた犬のようにしょんぼりとしている。わずかに。


 こういうところを人に見せられれば、きっと周りの見る目も違うのに、と

 パトリックは残念な気持ちになった。


「また中央に戻ったらビシバシしごいてください。俺がんばりますから」

「早く級を上げてくれパトリック=ハリン。君は見極めがシンプルで的確。優先すべきものと己の技量をよくわきまえており、やることが順序良く常に丁寧だ。君が横にいてくれるとおれはとても助かる」

「……はい」


 この人はいつも真実しか言わない。


 パトリックは頬を染めて笑った。








お読みいただきありがとうございました。



引き続きクルト=オズホーンへの熱き応援(あればで結構です)をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一言では纏めきれないのですが。。。 私は昔、ソフィのような化物(黄色や赤の汁が全身から出てゾウの肌)だった時があります。 そんな時オズホーン様のような愛を向けてくれた人のことを思い出しま…
[一言] 普通に実力あるじゃんバッカス4級。 嫌なやつだけど。 さては上が適材適所を知らないな?
[一言] クルト=オズホーン様応援します。何話も泣きながら読んでます。テンポも良く読みやすいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ