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全てを捧げることが愛ではない
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全てを捧げることが愛ではない

作者: 山吹弓美
掲載日:2026/02/11

ざっくりふんわり設定です。

 わたくしには、とても可愛らしい妹がおります。


「おねえさま!」


「あら、どうしたの?」


 お茶の時間になると、妹はよくわたくしのところに顔を出します。ふわふわした髪をリボンでまとめて、大きくくるくるした瞳でわたくしを見つめてくるのはいつものこと。


「あのねあのね、このドレスがきれいだなあって思ったの! いいなあ、わたしが着たいなあ」


 わたくしの着ているドレスを、妹は羨ましそうに見ております。そうね、このドレスはわたくしよりもあなたのほうが似合うものね。


「ええ、いいわよ。あなたが欲しいのなら、あげるわ」


 ですからわたくしはそうお約束をして、急いで着替えるために部屋に戻りました。妹はわたくしと体型が違いますから、彼女に着てもらうためにはお直しをしなくてはなりませんもの。

 ドレスだけではありませんわ。アクセサリーもぬいぐるみも、お部屋も妹が望むように移されました。だって、わたくしの妹はとても愛らしくて、わたくしだけでなくお母様もお父様も、家族の皆が可愛がっているのですもの。当然のことですわね。

 ……ただ、お父様だけはわたくしのことも同じように可愛がってくださるのですが。おかしいですわね、我が家で一番可愛いのは妹ですのに。




 ドレスを妹に譲ったことは、すぐお父様に伝わりました。妹がわたくしからもらったのよ、と大喜びで伝えたのですから、当然ですわね。


「そうか。またあげてしまったのなら、新しいものを作らなくてはだめだね」


「申し訳ありません、お父様。デビュタントに向けて新しいドレスを作っていただくだけならばともかく」


「普段着には、もう少し落ち着いたものを選ぶとしようか。着る服着る服あげてしまっていては、お前の普段着がなくなってしまうからね」


 お父様は、こんなわたくしにも優しくしてくださいます。とはいえ、着る服がないというのはそれはそれで問題ですから、仕方のないことかもしれませんね。

 妹はとても愛らしい子ですが、姉であるわたくしも外に出ないわけにはまいりません。わたくしも妹も、良き相手とお会いしてその方を夫とすることになります。わたくしか妹か、そのどちらかが婿を取って家を継ぎ、もう片方はどこかの家に嫁ぐ。

 そのためには、多くの貴族令息とお会いして見極めなくてはなりませんもの。


「お前も可愛いし、大事な私の娘なのだからね。それを忘れてはいけないよ」


「はい、ありがとうございます。お父様」


 お父様の期待に答えるためにも、わたくしは頑張らなくてはならないのですね。

 ……ああ、でも。


「けれど……あの子はわたくしよりとてもとても可愛らしいのですから、優先されて当然ですわ」


 わたくしのその言葉に、どういうわけかお父様は酷くお顔を曇らせました。当然のことを言っただけですのにね?




 ある日、お父様がわたくしを執務室に呼び出しました。


「お前に、婚姻の話が来た」


「わたくしに、ですか?」


「ああ。お前にだ」


 なるほど。

 お父様は、妹にこの家を継がせたく思っておられるのですね。もっとも、あの子がそれにふさわしいことをわたくしはよく知っておりますから、否やはございません。


「お前は、嫁ぎ先で幸せになりなさい」


「……は、はい」


 ただ。

 お父様のひどくお優しい笑顔が、ほんの少しわたくしに違和感を抱かせました。

 まるで、この家にいてはいけないかのような。




 取り急ぎ婚約を済ませ、わたくしは嫁ぎ先となるお家に移りました。それぞれの家で習慣などが異なる部分がございますから、婚姻前にそれらを学んでおく必要もございますからね。


「やあ。よく来てくれたね、ありがとう」


「いえ。これからよろしくお願いいたします」


 お屋敷の玄関口で、夫となる方が迎えてくださいました。わたくしの手を取って、まずは応接室までお連れくださいます。歩む速度もわたくしに合わせてくださって、優しい方。


「本当に、よく来てくれた。これから息子を、よろしく頼むよ」


「いらっしゃい。これから、私の娘として暮らしていいのよ」


 そして、このお家のご当主夫妻。わたくしの夫となる方は彼らの嫡男である次期当主で、つまりこのおふたりはわたくしの新しいお父様、お母様になります。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 どうして妹でなくわたくしなのか、という疑問が解けることはないのですがそれでも、わたくしは頭を下げました。

 ここからは若いふたりだけで、というのはお見合いでの常套句だそうなのですが、ご当主夫妻はそんな言葉とともに場を外されました。当主としてのお仕事もお忙しいからという理由で……まあ、わたくしたちの交流を邪魔せぬようにとのお心遣いでしょう。ありがたいことです。

 だって、ご当主夫妻のおられる前で失礼なことをお尋ねするわけにはまいりませんもの。お茶とお菓子が整えられ、侍女がサーブしてくれたところで距離を置いてくださいましたので、これならば。


「その、失礼ながら。あなたは、婚約者がわたくしでよかったのですか?」


「なぜかな?」


「わたくしよりも妹のほうが気立ても良いですし、優しくて可愛らしいですから」


 至極当然のことをお尋ねしたのですが、婚約者様は不思議そうに首を傾げられました。


「君は、本当にそう思っているのかな」


「? はい、もちろんですわ」


 心の底からそう思っているのですから、当然そうお答えしたのです。なのに、婚約者様は眉をひそめられて、「……なるほど」と呟かれるにとどまりました。そうして。


「だが、私は君が良いと考えて婚姻を申し込んだ。君のお父上とも何度も話をして、彼にもご理解を頂いている」


「…………分かりました」


 少なくとも、婚約者様はわたくしを選んでくださった。そのことがどういうわけか、とても嬉しくてなりません。ああ、胸が詰まるよう。


「至らぬ妻でございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 夫となる方は、わたくしの手をそっと取ってくださいました。その手がお父様と同じように暖かくて、だからわたくしはほっと息をついて。


 ……ですのでわたくしは、その頃わたくしが生まれ育った家で起きていたことを、後になるまで知ることはありませんでした。




 ある時ふっと、頭の中がクリアになったような気がしました。

 まるで、それまでの人生がずっともやもやとした中で生きてきたような……いえ、『妹が生まれる前』はこんな感じだったような、気がします。よく覚えてはいませんが、多分。


「あの子が、捕縛……」


 その理由を知ったのは、わたくしがそのクリアな感覚にもこちらでの生活にも慣れた頃のことでした。そうですね……一か月以上は経っていたでしょうか。そこまで時間がかかったのは、わたくしの状態をお式を経て夫となってくださった彼やその両親が確認していたから、だと後で教えてくださいました。


「そうなんだよ。……落ち着いて、話を聞いておくれね」


 彼ら『家族』から伺ったお話によりますと、どうやらあの妹はお父様の子ではなかったようなのです。

 お父様が領地に戻っている間に、お母様がとある殿方と……その、不貞をされてしまったそうなのです。

 その殿方は、魅了魔術の持ち主だったそうでした。普段はその力を隠しておられたようなのですが……魔が差す、ということが時折あったようで。あちらの領地、こちらの領地で半年に一度ほどでしょうか……様々な女性と、一夜を共にすることがあったそうなのです。

 数年前にそれが発覚し、魔力を危険視した王宮の魔術部隊によって捕縛されたとのこと。ですが、ことがことですので表に出ない被害は数多くあるのだろう、そう言われていたようです。


「つまり、お母様も」


「そうだね。その点では被害者だ」


 お母様はその殿方に魅了され、一夜の過ちを犯してしまわれました。そうして生まれたのが、あの妹。

 何の因果か妹は、実の父親から魅了魔術を受け継ぎました。かの方の事情聴取、そして被害者となられた皆様の追跡調査の上でそのようなことになったのは、妹のみ。これも、かの方の犯罪がなかなか表に出なかった理由のひとつだそうです。そもそも、お子ができたことすらほとんどなかったとかで。

 それはともかくといたしまして。

 生まれ落ちた瞬間からわたくしたち家族は、妹に魅了されました。生活の中心に妹を置くこととなり、妹の望みが全てに優先され、そうして……後は、語るまでもなく。


 ただ、そうするとわたくしの中には疑問が浮かび上がってまいりました。


「では、お父様がそこまで魅了されなかったのはどうして、なのでしょうか」


 夫や義両親の話を信ずるのであればお母様やわたくし、使用人たちは完全に魅了されておりました。今となってはその言葉、とてもしっくり来ております。

 ですが、お父様は最初からわたくしのことをきちんと愛してくださいました。こちらのお家にわたくしを嫁がせたのも、おそらくはあの家から抜け出させるためなのだと今ではわかります。

 つまり、お父様は完全に飲み込まれてはいなかった。その理由が、わたくしにはわかりませんでした。


「貴族家の当主には、代々伝わる当主の印章を肌身離さず所持するように、との不文律がある。印章自体に、ある程度の防御魔術がかかっていてね」


 それをご存知だったのは、こちらの家のお義父様。つまり、現時点でのお家の当主。

 お父様と同じ立ち位置であったが故に、その理由をご存知だったようです。お家の当主でなければ、お父様もきっと妹に魅入られて、そうしてわたくしは、ここにいることもなかったのでしょうか。


「魅了魔術なんていうのは、弾かれるべき最たるものですからね。だからあなたのお父様は妹さんの魅了にかかることなく、さてどうするかと思案を巡らされたようなのですよ」


 こちらのお義母様のお言葉に、なるほどと頷くことができました。

 ただ、お父様はそれはそれで心細かったかもしれません。周囲の家族も使用人も魅了に侵されたことに気づいて、ご自身だけが正気で、などとは。

 即行で王宮に訴えることもできたでしょう。ただその場合、お家がどうなるか。少なくとも、魅了に囚われたお母様に向けられる視線や言葉が冷たく、酷くなることは確実でしょうね。お父様にとっては大切な妻である、お母様の立場が不利になることはためらわれたのでしょう。

 ですが、そこでお父様が断固とした態度を取ることができなかったために事態は悪化したわけですわね。お気持ちはわかるのですが。


「だから、君のお父上は君だけでも無事に、と先にこの家へ逃がしたんだ。これまで済まなかったと、そう私たちに告げてね」


「……わたくしの輿入れと前後して、王宮に訴えられたのですね」


「正確にはもう少し前から、だったようだね。君を家から離すのとほぼ同時に、調査結果が出るように」


 そして、妹は王宮の専門部隊に捕縛されたのだそうです。魅了魔術という大変に危険な魔術を持ち、制御することなく垂れ流していたあの子はおそらく、もう日の目を見ることはない、と。

 実家は……お父様の判断が遅かったことがその状態を招いたために、領主としての能力が著しく低いと見なされました。

 お父様はその地位を返上し、平民となられたそうです。お母様は妹にずっと寄り添っていたために魅了から解き放たれることは叶わなかったようで、専門部隊に保護され入院加療、という体での隔離となりました。

 実家の領地は王族直轄領として取り上げられ、王宮から代官が派遣されました。領民の方々の生活はきちんと見ていただけるとのことで、ほっといたしましたわ。

 ……この時点で既に輿入れしたわたくしについては状況から被害者と判断できること、既に実家と距離を置いているということでお目溢しをいただけたとか。


「捕らえられた時に魔術封じと無効化措置を施されて、魅了の魔術はある程度無効化された。君は既に彼女と距離を置いていたこともあって、ゆっくり回復していったみたいだね」


「そういえば、不意に頭の中が軽くなったことがありましたわ。あれがそうだったのですね」


「そういうことだね」


 わたくしの言葉に、夫はゆるりと頷いて微笑んでくださいました。




 今でも、とても可愛らしい妹のことを思い出します。

 確かに、彼女への感情は魅了で作り出されたものだったのかも知れないけれど、妹を愛らしく思うのは当然ではないか、と。

 ただ。

 夫や義両親、それにこれから生まれてくる子どもたちへの愛情は、自分の着る服がなくなるほど何でもかんでも捧げてしまうようなものではないみたいです。

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― 新着の感想 ―
ラスト、歪な家庭で育ったから愛し方の認識がまだ歪んでるのかな?
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