そうだ、漁村へ行こう
屋敷での夕食時
「漁村へ行きたい?」
「えぇ、カケルのおかげで病人が減って、狩りができそうだから、その前に塩が沢山ほしいの」
ふかし芋に塩をかけては串でつっつく牧歌的領主は我が主ベアトリクス・ハイランド
「オレも魚や魚醤が食いたいから願ってもないことだが、野盗が出るんだろう? 護衛はどうするんだ?」
「ちょうどいいのがいるじゃない。あの冒険者パーティー」
「……信用できるか? 恨まれてたりとか」
「あんなでも血筋はちゃんとした貴族よ? ベイオウルフ家にも確認したわ。『勘当した傍系のバカ息子だが悪徳に落ちるほどの度胸はない。どうかよろしく頼む』ってね」
「それならいいが……ドリューの地図によると石灰岩もそっちの方だったな。彼も誘おう」
「いいわね、どうせなら屋敷で雇い入れようかしら」
絵と字が書けて、博識。確かにハイランドの家臣にいてもいい人材だ。苦労人の執事も喜ぶだろう。向こうから話しかけてこないから多分嫌われてるが。
「距離と旅程は?」
「荷馬車でゆっくりでも朝出発すれば夜までにつくわ。買い付けは翌日するから、二泊三日ね」
「わかった」
「じゃあ明後日出発ね、寝坊しちゃだめよ?」
「まかせろ、遠足の前は楽しみすぎて大体朝まで起きてたんだ」
「バカね、荷馬車で眠れると思ったら大間違いよ?」
そう言えば聞いてなかった。
「漁村の名前は?」
「セイレム領インシュラスよ」
――
ドナドナと荷馬車に揺られる一行。ベアトリクス、オレ、ドリュー、メイド兼御者が一名。フレイムウルフが護衛で三名。
一行は何事も無く静かに進んでいたが、ブレイズが斥候を終えて馬車に来た途端賑やかになった
「べべ様! 本日もお美しく!」
「そう? ありがとう」
「今日のために魔石も取って参りました! どうかお受け取りください!」
「あら、いいの? 魔石はギルドを通さないと代金をだせないわよ?」
「はい、小粒ではありますが美しいものを厳選しておきました!」
「うれしいわ、ありがとう」
徹夜明けにブレイズのやたら高いテンションがうるさい。そしてケツが痛い。よくこの揺れでアレだけしゃべれるものだと感心する。
「……ダメだ、気分が悪い」
御者に馬車を止めてもらい、オレは馬車を飛び出し、出すものを出した。
「カケル大丈夫? 施す? ねぇ、施す?」
「氷水を頼む……おえ……」
「えぇ、どうぞ。カケルがこんなに弱るなんて……乗り物が苦手なら言ってくれれば良かったのに」
コップに注がれたよく冷えた水で口をゆすぎ、氷を口に含むといくらか気分がましになった。
「いや……乗り物というか……これは道がな……」
「急勾配の無い良い道ではないか。急がば馬で草原を駆けよ、民はゆるりと進むべしと言うハイランド家の思いやりがよくわかる」
こいつ、急に背筋が伸びたな。よく見ると16、7のあどけなさが残った顔だし、グレてただけか。誰かに認めてほしかったんだろうな。
「旅慣れしてないなら仕方ありませんよ、誰しも通る道ですから。この重曹玉を飲むと楽になりますよ」
ドリューが懐から小さいラムネみたいなものを取り出した。
「……重曹!? 食べれるやつか!」
「はい、食べるとお腹でしゅわしゅわして気分が和らぎます」
「ありがたい……!」
もらった重曹玉を水に放り込む。
「あ、それは」
シュワッと音を立てて泡と消える。
「ベアトリクスの果実にすっぱいのあったよな? 一個もらうぞ」
「えぇ、どうぞ?」
先ほどの重曹水に果実の汁を垂らす。あぁ、夏休みの自由研究を思い出す。
「ぉお?」
「あれ……消えた泡が増えてる……?!」
「なにこれ? おもしろいわね」
「ちょっと重曹が足りないな、もう一粒もらえるか?」
「あ、はい……すごい、また泡が増えた」
小学生の理科レベルの俺でもできる科学だ! みんな夢中でコップを覗き込んでる。
「よし、こんなもんか」
軽く一口……あぁ、久しぶりの炭酸だ……。果汁の香りがいい。ビール文化はあるがみんな水を飲んでるからちゃんと嗜好品なんだよな。
「ねぇ、それ私にもちょうだい?」
「あぁ、いや、ダメだ。嘔吐直後だから別に作ろう。ドリュー、重曹まだあるならつくってみるか?」
「はい、ぜひ!」
「別に気にしないのに、カケルはそういうとこ細かいわね」
「前から気になっていたんだが……カケル殿はべべ様とどういった関係なんだ……?」
「うん? 従者だけど?」
「従者にしては親しいというか、馴れ馴れしいと言うか……」
「オレはこの国の従者を知らないからな」
「いや、まぁ、親しいのは見れば分かる。主がそれを是とするならそれでいい。だがそれならなぜ愛称で呼ばれない?」
「そうねぇ、そろそろ愛称で呼んでほしいわね」
「お前だってオレのことカケルのままだろ」
「カケルはカケルでしょ?」
「うむ、カケルだな」
「なんでだよ」
「できました、どうぞ!」
「ありがとう。……すごい、これ……鉱泉水だわ」
「ん? ああ、天然だと温泉になるのか……? これは重曹とクエン酸で作る炭酸水だ」
ベアトリクスは温泉を知ってるってことか。要チェックだな。
「な、なんだ? 魔法の詠唱か?」
「カケルさん、突然独特な異国語が出ますよね」
「あー……クエン酸か、ええと、レモン汁とかの酸っぱい汁だ」
最近慣れてきたが、自動翻訳はお互いに概念すら通らないと翻訳がバグる。辞書はオレの方に登録されるので、今回のようにドリューが現地語で『重曹』と言えば、オレの辞書にも現地の『重曹』が登録される。そしてクエン酸の現地語はまだ登録されてないので彼らが知らないなら伝わらない。なお、オレが概念すら知らない魔法理論は辞書に登録しようがないという感じ。
「カケルさんは本当に博識ですね……音に聞く錬金術師のようです」
おぉ、ありがたい。錬金術師も概念が存在することが確定した。これが自動翻訳のいいところだ。
「もっと勉強しておけばよかったと思うよ。オレは自分が欲しいものの完成形しか知らないから、どうやって作るとか、何が材料かとか全然覚えてないんだ」
「……まるで王族のような口振りだが……まぁ詮索はすまい」
「カケルは十分博識だし、毎日のように勉強して、いろんなこと考えてるじゃない」
「俺はカケル殿の気持ちがわかる気がする。あの日べべ様と出会ってから、昔の自分がいかに体たらくだったかと後悔する日々だ」
「……それは外の世界を知らなかったからよ。人は狭い世界から出て、知らないを知るのよ」
「無知の知か……実践するのは難しいなぁ」
「あら、哲学もできるの?」
「こっちにもソクラテスがいるのかは知らないが、俺の恩師は哲学者だったよ。言ってること何にもわかんなかったけどな」
「昔の人のほうが賢くて魔法も強かったなんて、人は進歩がないわよね?」
「俺は……いや、貴族の魔法が弱まっているのは、やはり血が薄まっているせいでしょうか?」
「それは、私もわからないわ……先祖返りのような事もあれば、何かを犠牲にしたかのように強い子が産まれることもある」
……アビゲイルはアルビノだ。肌が弱く外には出られない。血筋を濃くするために生まれた子なのかも知れない……
「誰しもいつしか、果たすべき自分の役割を与えられる。いつその役割が与えられるかは誰にも分からない……今の役割を精一杯に頑張ればいいのよ」
「ベアトリクスは役割に殉ずるタイプか。オレは『善く生きる』だな」
「よくいきる?」
「恩師がくれた、オレが一番好きな言葉だ。難しいことを考えずに済む。いつだって自分が善いと思うことをすればいいってな」
「……いい言葉だな、自分の心に従うわけか」
「カケルらしいわね」
「……よしできた! ミント入り蜂蜜炭酸水!」
「わぁ……なにそれ、おいしそう!」
「へへへ、とっておきの蜂蜜使っちゃいました」
「……ドリューなら、コーラ作っちゃいそうだな」
「え? 何を作るですか?」
「なんでもない、その調子でおいしいものをいろいろと作ってくれ」
オレはミントを一口噛みながら、揺れ始めた馬車の中で眠りについた。