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撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~
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撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~

掲載日:2025/11/03

 三十歳の俺、クラウス・バウマンは、血の海に沈むダンジョンの冷たい床で、ゆっくりと死んでいった。


「……すまない、ノワール」


 腕の中で、俺が世話をしていた偵察猫が、先に息絶えていく。


 この世界で動物たちは、スキルを持つがゆえに「道具」として扱われる。その境遇に自分を重ね、世話係として生きてきた俺の、これが結末。

 「親友」と信じていたガーラントに、クランの仲間たちごと、罠に嵌められたのだ。

 小さな体が震えながらも、俺の顔にすり寄ってきた。

 耳を伏せ、喉の奥でかすかに「ゴロゴロ」と鳴らす――まるで、「大丈夫」と言うように。


(……馬鹿な奴だ。お前の方が先に傷を負ってるのに)


 血まみれの毛を撫でると、ノワールは嬉しそうに喉を鳴らした。

 その直後――かすれた声が、微かに耳に届いた。


 ――クラウス……生きて


 ……幻聴だろうか。

 いや、違う。これはノワールの想いだ。


(ああ、分かった。俺が生きて――お前の分まで、復讐を果たせばいいんだな)


 ごぼっと吐き出た血の味が、口に広がる。


(俺は死なない! お前の復讐を果たすまで、絶対にっ!!)


 その誓いを最後に、俺の意識は闇に沈んでいった。


 ◇◇◇


 次に目覚めた時、俺は柔らかな日差しの中にいた。視界が低い。そして、懐かしい声が聞こえる。


(……痛くない……? 俺は、ズタボロになって死んだはずじゃ……)


 ゆっくりと目を開ける。

 視界が、おかしい。何もかもが巨大に見える。世界がぼやけている。


「まあ、ヴィルヘルム様! ご覧になって! あの子猫、やっと目を覚ましましたわ!」


 その声に、俺は凍り付いた。

 優しく微笑む、若き日の母――イザベラ・バウマン。

 そんなはずはない。母さんは、俺が二十歳の時に、病で……。


「うむ! よかろう! クラウスが森で拾ってきた時はどうなることかと思ったが……。さすがは我がバウマン家の猫だ、どーんとしているな!」


 母の隣で、熊のように大柄な男が、屈託なく笑っている。

 父さん――ヴィルヘルム・バウマン。


 彼も、ガーラントの陰謀に嵌められ、失意のうちに亡くなったはずだ。


 混乱する俺の視界に、ふと、自分の「手」が映った。

 それは、三十歳の俺がいつも目にしていた、剣ダコと傷だらけのごわごわした手ではない。

 信じられないほど小さく、艶やかな黒い毛で覆われた『前足』だった。

 おそるおそる開いてみる。指(?)の先には小さな爪がカギのように収納されており、裏側には柔らかな、生まれたての赤子のような肉球(にくきゅう)がぷにりとついていた。


(これは、猫? 何で俺の手が猫の手になってんだ?)


 状況が、飲み込めない。その時、俺の小さな体は、ふわりと抱き上げられた。


「やったー! 元気になった! 父様、母様、ありがとう!」


 俺を抱き上げているのは、まだ線の細さが残る、真っ直ぐな灰色の瞳をした少年。

 十四歳の、俺。クラウス・バウマンだ。


(……なんだ? これは。俺は死んだはずだ。なぜ、ガキの頃の俺が目の前にいる? そして、なぜ俺は、こんな……猫の視点で……?)


「どうしたんだ、目を真ん丸にして。驚いている顔も可愛いなあ、ノワールは!」


 十四歳の俺がそう言って、猫となった俺の顔をわしわしと撫でまわした。


(まさか。俺は、死んだのか。そして―――回帰(かいき)した? だが、なぜ俺が(ノワール)で、俺が俺を抱き上げている!? 状況が複雑すぎる!)


 俺は少年クラウスの腕から、もつれるように飛び降りた。三十歳の感覚で動こうとすると、四本足がうまく連動しない。


「おっと、大丈夫か?」


 少年クラウスが心配そうに手を差し伸べてくるのを無視し、俺はよろよろと壁際の姿見まで歩き、そこに映った自分の姿を見て、絶句した。


(……本当に、ノワールだ……)


 絶望が胸をよぎる。こんな無力な体で、どうやって復讐を……。


 だが、ステータスを確認してみたところ、俺には強力な武器があった。


 【固有スキル:魅了】


 その力は、『他者を支配する』もの。

 俺が誰かの心を揺さぶれば、その者の中に【魅了ゲージ】が生まれ、やがて俺の力となる――そう理解した。しかし、なぜこんな強力なスキルが……


(そうか、ノワールが俺に与えてくれた能力か)


 復讐を果たすには、支配が必要だ。そのための力を、ノワールが授けてくれたんだろう。

 俺はこのノワールが授けてくれた能力で、仲間を従え、未来を変える。

 それが、ノワールの無念を晴らすため最善手となる。


「今日からお前は、俺の相棒だ!」


 14歳の、若き日の(クラウス)が、そう言って()を抱き上げた。


(うるさいぞ、ガキの俺。お前は俺の指示通り動けばいい。お前は実行役、俺は司令塔だ)


 俺は、若きクラウスにだけ聞こえる念話で、未来の秘密を打ち明けた。

 計画は、完璧に進んでいるはずだった。

 俺は若きクラウスを導き、父をガーラントの陰謀から守り、【魅了】スキルで仲間たちの心を掌握していく。


 そう、全てはガーラントへの復讐のため。


 ◇◇◇


 ――そして、あれから数年後。


「ノワ様! 見てください、剣の稽古、上手くいきました!」


 庭に響く少女の声に、俺はまどろみから目を覚ました。

 そこにいたのは、幼馴染のエレナ――かつてダンジョンで命を落とすはずだった少女だ。


 彼女は、俺が未来の知識を使って救い出した、最初の仲間。

 小麦色の肌に汗が光り、無邪気に笑うその姿は、どこか眩しくて目を細めたくなる。


(よせ、エレナ。俺は復讐者だ。そんな無邪気に撫でるな……)


 だが、彼女の掌が俺の喉を撫でた瞬間、胸の奥に温かい波が広がった。

 俺の体から淡い光がこぼれ、エレナの腕を包む。


 【魅了ゲージ+12%】


 彼女の瞳が一瞬、きらりと光を帯びた。

 その姿を見た瞬間、俺ははっと息を呑んだ。


(――違う。これは支配じゃない)


 彼女の中に灯った光は従属の証ではなく、癒しの返礼だった。

 俺が誰かを癒せば、その魂が輝き力を得る。

 与えたぶんだけ、相手が強くなる――。


(……そうか。これが【魅了】の本質か)


 この力は、奪うためではない。

 癒し、与え、共に歩むための――絆のスキル。


 その瞬間、俺の中で何かがほどけた気がした。

 復讐だけを燃料にしていた心が、ほんの少し温かさを思い出したのだ。

 その温かい感触が、俺の心の奥底に染み込んでいく。


 (……まずい。これは、まずい)


 復讐者の心は冷たく、乾いていなければならないのだ。なのに、この腕の中はあまりにも温かすぎる。


 俺が保護したスキル持ちの動物たちは、俺を王のように慕い、いつも毛づくろいをしてくれる。


 若きクラウスは俺の指示を完璧にこなし、俺が休んでいると、そっとブランケットをかけてくれる。


 そしてエレナは、毎日俺を「ノワ様」と呼んで、その膝の上で抱きしめてくれる。


 俺はいつからか、ガーラントのことを考える時間が減っていることに気づいた。

 憎しみよりも、明日のエレナの訓練メニューや、父のクランの経営状況、若きクラウスの次の任務、そして晩飯の魚のことばかり考えている。


(俺は、何をしているんだ……?)


 復讐を誓ったはずの魂は、仲間たちからの無償の愛によって骨抜きにされ、癒されていた。


 ◇◇◇


 ――そして回帰してから14年目、運命の日が来た。


 本来なら、俺が冷たいダンジョンの床で憎しみに満ちて死ぬはずだった日。

 未来の知識で陰謀を暴かれ、追い詰められたガーラントが、バウマン家の屋敷に姿を現した。


「お前たちのせいで! バウマン家のせいで、俺の計画が!」


 逆上したガーラントが、隠し持っていた短剣――呪毒が湧き出る魔道具を、若き日の(クラウス)へと突き出した。

 あまりにも速く、不意を突いた一撃。クラウスは、ガーラントの側近を相手にしており、反応できていない。


(――させない!)


 考えるより早く、俺の体は宙を舞っていた。

 無力な子猫として転生し、仲間たちに守られてきたこの体が、初めて自分の意志で「守る」ために動いた。


 ズブリ、と鈍い音がした。


 ガーラントの短剣が、俺の小さな体を貫いていた。


「な……猫、だと……!?」


 驚愕するガーラントの喉元を、凄まじい速さで閃光が薙いだ。エレナの神速剣だった。

 ガーラントは声もなく崩れ落ち、その命を終えた。

 だが、俺にはもう、それを見届ける余裕はなかった。


「ノワール!?」

「ノワ様っ!!」


 クラウスとエレナが、血まみれで落ちていく俺の体を抱きとめる。


(……ああ、これでいいんだ)


 体が、冷たくなっていく。

 一度目の人生で味わった、あの懐かしい感覚。


(結局、俺は死ぬ運命だったらしい)


 三十歳のクラウス・バウマンが死ぬはずだった日。

 同じように、俺は血を流して死んでいく。運命は変えられなかった。

 だが、と俺は思う。


「ノワール、死ぬな! 回復薬を!」

「だめ……毒が……! ノワ様、いや、いやぁっ!」


 俺の腕の中で息絶えたノワール。

 そして今、クラウスとエレナの腕の中で、俺が息絶えていく。

 同じだ。何もかもが、あの時と同じ。

 ――違う。

 あの時、俺は一人だった。憎しみにまみれ、すべてを失って死んだ。

 だが今はどうだ。

 若きクラウスが、俺のために涙を流している。

 エレナが、俺の名を呼び、その温かい涙で俺の毛皮を濡らしている。

 父も、クランの仲間たちも、俺が守った動物たちも、みんなそこにいる。

 俺は、こんなにもたくさんの「宝物」に囲まれている。


(……ああ、幸せだ)


 復讐のために始まった二度目の人生。

 だが、俺が本当に欲しかったのは、これだったんだ。

 この温かいぬくもりの中で、誰かを守って死ねる、この瞬間だったんだ。


 ――クラウス……生きて


 あの日のノワールの声が、今度ははっきりと聞こえた。


(……ああ、分かったよ、ノワール)


 お前が言いたかったのは、「幸せに生きて」だったんだな。

 そして、俺は幸せを掴んだ。

 お前の分まで、いや、お前と一緒に。


(若き俺……エレナ……あとは、頼んだぞ)


 もう、念話を送る力も残っていない。

 俺は最後の力を振り絞り、若きクラウスの頬に、そっと自分の顔をすり寄せた。

 そして、エレナの指先を、小さく舐めた。


 ――ありがとう。


 喉の奥で、かすかに音が鳴る。

「ゴロゴロ……」


 その音を最後に、クラウス・バウマンは、仲間たちの腕の中で、誇らしく、そして幸せな二度目の人生を終えるのだった。

復讐では決して得られない幸せ。クラウスはきっと、幸せな人生だったのではないでしょうか。


最後までお読みいただきありがとうございます。

こちら、長編版も連載しておりますので、お時間がありましたらどうぞ!


↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


https://kakuyomu.jp/works/822139840522698810

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