第65話 水の精霊契約
海底都市アクアンティス。それは、水と海の精霊たち、そして魚人たちが平和に共存する神秘の都市だった。
都市全体は巨大な水の結界に包まれ、内部には空気が満ちている。人間でも普通に呼吸でき、まるで海底にいることを忘れてしまいそうな、穏やかな空間だった。
その中心──水の精霊殿へ向かい、イザーナたちは静かに歩を進める。
精霊殿の奥の部屋で彼女らを出迎えたのは、水の超位精霊・アクアディア。
水のように透き通った髪、優雅な人魚の姿をした女性で、身長は百六十センチほど。彼女の姿が現れた瞬間、場は静かな威厳と安らぎに包まれた。
「ようこそ、皆様」
その声は、まるで深海の波のように、穏やかで心地よい。
「エレバン帝国第四師団、近衛騎士団長のエリアと申します」
「エレバン帝国皇女、イザーナ・エレバンと申します」
「ミラー領冒険者ギルド・サブマスターのエレノアと申します」
「ドリード王国・重戦士のオレクです」
「天使のルシフィスです。下界では“空”と呼んでください」
「……天使様ですね。かしこまりました」
(なるほど……ガブリール様の言う通り、記憶がないみたいですね)
アクアディアは、ルシフィスの事情をすでにガブリールから聞かされていた。刺激しないよう忠告されていた彼女は、迷うことなく「空さん」と呼び、やさしく微笑む。
皆の自己紹介が終わると、アクアディアはエバに視線を向けた。
「久しぶりですね、エバ」
「こちらこそ、お久しぶりです」
エバは懐かしげに微笑みを返す。
そのとき──イザーナの背後にいたイフリートが、勢いよく前に出た。
「なにが久しぶりだ、水ババアめ!」
「またそんな口を……」
「今日こそ、長年の対決に終止符を打ってやる!」
火は水に弱い。イフリートにとってアクアディアは天敵に等しい存在……なのだが、実際のところ彼が一方的にからんでいるだけだった。
アクアディアは、ため息をつき、エバと空を除く一行に静かに問いかけた。
「皆さん、水の指輪は装備されていますか?」
全員が指輪を見せると、アクアディアは軽く指を鳴らした。
次の瞬間、部屋中に水が満ち、その水に耐えきれずイフリートだけが苦しみ始めた。
「ゴボボボ……(いきなり水中にするとは卑怯だぞ!)」
「瞬殺でしたね」
エリアが苦笑混じりに呟く。
「大丈夫でしょうか……」
心配そうに見るイザーナに、
「精霊は死にません。戦意を失えば契約者のもとへ戻るだけです」
アクアディアは冷静に説明する。
やがて観念したイフリートは、不死鳥の杖へと吸い込まれていった。
「そう……あなたが新たな契約者なのですね。器も十分。では、さっそく契約を」
「……器テスト、ありますか?」
身構えるイザーナに、アクアディアは微笑んで首を振る。
「いいえ、器かどうかを試すのは最初の契約の時だけです」
安心したイザーナは、ゆっくりと不死鳥の杖を掲げる。
するとアクアディアと部屋中の水が一体化して、蒼い光となって杖へと吸い込まれていく。
その瞬間──
杖から、蒼く輝く不死鳥が、空を舞うように現れた。
「今度は蒼い不死鳥なのですね……」
エレノアがうっとりと呟く。
契約の余韻が残る中、アクアディアが杖から姿を現し、エレノアの方へ向き直った。
「え〜と、エレノアと言ったかしら? あなたに水属性の加護と、こちらを渡しますね」
「ありがとうございます。それと、これは……?」
アクアディアが呼び出したのは、小さな竜だった。
「この子は水竜。あなたの氷魔法をより高めてくれる存在です」
「うわっ、可愛い〜!」
「クルー」
「……頂いても良いのですか?」
「ええ。きっと心強い友達になってくれますよ。ぜひ、素敵な名前をつけてあげてください」
「ありがとうございます! 大切にします!」
水竜は細長い身体を持ち、空中をふわふわと浮遊している。水中で泳ぐのも得意で、姿は子供のようだが、大きさを変えることができ、大人五〜六人を乗せて飛ぶことも可能だという。将来的には水属性魔法全般を扱えるようになり、氷属性との相性も抜群だ。
「エレノア、良かったね」
エリアが声をかける。
「はい!」
水竜もすっかり懐いたようで、エレノアの首に巻き付くように乗っていた。
「さて、契約も済んだし……次は……」
エバが言いかけた瞬間、
「ハイハイハイ! もちろんシルフィードたんでしょ!!」
イフリートが強引に割り込むが、アクアディアが。
「いいえ、次は地の超位精霊ロックウェルの元へ向かいましょう」
「え〜!? 風がいい、風がいい〜!」
「少し黙りなさい」
アクアディアは、水の泡でイフリートの口をふさいだ。
「もがっ」
「アクアディアよ、なぜ地の精霊からなのだ?」
エバが尋ねると、
「ロックウェルの神殿がある地域で、干ばつが続き虫も姿を消し、砂漠化が急速に進んでいます。それに伴って、近隣の獣国にも深刻な影響が出ているのです」
「なるほど……それは早急に向かうべきですが、闇国側の地です。オモイカネ様の許可を頂かねばなりません」
「それなら大丈夫です」
空が一歩前に出た。
「私は闇国側でも自由に行動して良いと、正式に許可を得ています」
「それなら問題ありませんね」
(事が片付いたら、闇国の管理を手伝うことと、オモイカネ様の“ゲーム”に付き合う約束なんだけど……)
空は心の中で少しだけ肩を落とした。
「では、ひとまず天空門で休息をとり、地の精霊の元へ向かいましょう」
「分かりました」
こうして、水の超位精霊アクアディアとの契約を果たした一行は、次なる目的地──地の超位精霊ロックウェルのもとへと旅立つのだった。