47.先祖返りの苦悩
「師隼から何を教わったんだ?」
竜牙の護衛の元、日和は帰路についていた。
巡回の帰りに合わせて送る竜牙は日和の横に並び、その姿を見ていた。
「妖がどんなものか教えてもらいました。…あ、あと皆がどこに居るかがこちらで見られるようになりましたよ」
竜牙から話しかけらるとは珍しい。
そう思いながらもほら、と日和はスマートフォンの画面を見せた。
表示された地図には緑と青の点だけがあり、二人はまだ巡回を続けているらしい。
「そうか。なら何かあればすぐに言うようにしてくれ」
「はい、そうします。…あ、そういえば師隼の家は長く術士とこの地を守ってきたって言ってましたが…竜牙が生まれる前から、ですか?」
首を傾げる日和に、竜牙は悩むように小さく唸る。
「えっ……と…俺が式として生まれ変わった時には、もう居た」
「…?そう、なのですか…」
いつもと様子の違う竜牙に日和は首を傾げる。
それもそう、竜牙本人であればすぐに返事が出来るだろうに生憎本人は今丁度休んでいるのだ。
人の記憶が何倍も入ったような竜牙の記憶を漁って答えるのは難しい――。
どう生きたら人生百年が千年に変わって、しかもそれが二乗された状態になっているのか。
しかもその記憶が維持されているのだから何とも言えない。
自分の15年の記憶など、竜牙が生きた証に比べれば塵だ。
そしてそれを正直に答えられない、騙しているような複雑な心を抱えたまま、正也の意識は小さく息をついた。
「…あ、師隼で思い出したのですが、『光も闇も簡単に人を助け、殺してしまう』ってどういう意味ですか?」
「……えっと、師隼が言ったのか?」
「はい」
顔を上げて竜牙を見る日和の目は真剣だった。
たまに遭遇する、興味の目。
その答えを悩んだ竜牙は、複雑な表情をしながら言葉を選ぶように日和に返す。
「師隼には…その、兄がいるんだ」
「前に来ていた時に、そうお話していましたね」
「そう。神宮寺霜鷹って名前で、師隼より十歳年上で…元々神宮寺家の当主だった人なんだ」
納得しかけた日和の視線が逸れ、再び戻ってくる。
「そうなんですか…。あれ、でも今は師隼が…」
「うん……3年前に亡くなった」
「3年前……」
「この前スーツで出かけていただろう?あの時、一緒に兄の墓参りをしてる筈。
…4年前、他の地方からの応援で術士が一人来てたんだ。その子が妖に殺されて…責任を感じた霜鷹さんは暫く堪えていたんだけど…翌年のこのあたりに亡くなったんだ」
日和の表情が一気に暗くなった。
「それは…」
「自殺って訳じゃないけれど、自分の光の力が自身を塵も無くなるほど焼いて消えてしまった。……見たのは師隼だけだし、竜…本人から聞いただけだから、詳しくは知らないけど。強い光は身を焼いてしまうらしい」
目の前で自分の兄が光に包まれて焼き消えるだなんて、誰が想像つくだろうか。
そして、それを聞いて想像してしまった自分は心苦しく思った。
「だから、光も人を殺してしまう…」
「ただ、霜鷹さんは…それよりもっと、心に蓋をしてた部分があるとは思う」
「え?」
竜牙や波音は師隼とは仲良かったが、正也は真面目な分霜鷹の方が面識があったし、会話もしていた。
ふとそれを思い出して、つい竜牙ではない言葉が口から滑った。
「師隼は先祖返りなんだ。霜鷹さんはもっと艶のある髪色…日和の金とは少し違うけど、こんな綺麗な色だった。でも師隼は真っ白だろ?あれは元々先祖の色なんだって。だから、他の人とは根本的に違うんだって言ってたよ」
「先祖…返り……。どう違うんでしょうか…」
「神宮寺家の先祖は、竜牙の霊を呼んで式神に変えたんだ。だから師隼もそういう…魂みたいなものが見えているのかもしれない」
「そうなんですね……ん、竜牙は覚えてないんですか?」
「え?……あ」
自身が今竜牙である事を一瞬忘れ、完全に正也として喋っていた。
やばい、と冷や汗をかいた瞬間、意識が遠退いた。
「――…覚えていない。妖に殺され死んだのを覚えているが、いつの間にか弟の式神として戻ってきていた」
「竜牙には弟が居たんですか?」
心の中で、竜牙はため息をついた。
そもそも正也も一緒に居るのに隠す必要もない気がするが。
それより余計な事を話すハメになったのをどうにかして欲しい。
「ああ。術士としての力は無いが、まだ戦もある時代で兵として戦っていた。妖退治していた私をよく慕う奴だった…気がする」
「ものすごく…遠い記憶ですか?」
「…そうだな」
思わずため息が出た。
普段ならそんな事を言うことも無いだろうに。
記憶の奥底にありすぎて、思い出すのも一苦労するその影は、残念な事に別の弟を思い出してしまった。
「日和、霜鷹に関しては師隼にはあまり触れてやるな。あいつは気にしてない様に振る舞ってはいるが、多分未だに気にしている」
「あ…はい、そうですよね。気にしない様にします」
「いや――師隼には、と言った。…お前は気にしてしまう性質だろう?知ってる事は答える。波音みたいに周りには、特に本人には漏らすなというだけだ」
日和専用の気遣いをされた事に気付いた日和の表情が、柔らかくなった。
「なんだか…すみません」
いつの間にか、この少女は物よりも人に興味が向きやすくなった気がする。
術士と出会い、それまでの環境とはがらりと変わってしまったからだろうか。
だがそれはそれで問題がある。
竜牙が後日現れる女王に関して一切連絡を寄越さなかった日和に納得するのは、更に後の事である。
***
「『憧憬の女王』に『孤独の女王』、僕が生きている25年でも2度ほどしか女王に出会っていないのに、ここにきてこうも現れると困るね…」
書類を持って、師隼は大きくため息を吐いた。
「全くだ。そのどちらも金詰日和に手伝ってもらっているのが、私には一番ため息が出そうだが」
そう言って、竜牙も大きくため息を吐く。
7月の頭、完全に梅雨を終えた空は暑い日差しが照り始めて夏が始まっていた。
そんな中、竜牙は師隼の元へ来ている。
ちなみに日和と波音、玲は今日テスト中だ。
「そう言うな。流石妖研究をしていた金詰蛍の娘、見事な観察眼じゃないか。しかし10月まであと3か月で二人目の女王か…。あと何人の女王に出会う事になるんだか」
師隼の目は厭に真剣だった。
10月2日が金詰日和の誕生日だ。
金詰蛍を襲った妖はその誕生日に出来上がった術士の器を食べるだろう、とこの二人は予測を立てている。
「あと3か月…と言われると短く感じるな。それで、どうするんだ?」
「どうするも何も、私は日和が10月と聞いて何もできないのが分かってしまったし、波音は全力が出せない時期だろうし、多分玲には訃報を伝えないといけないし、既に頭が痛いぞ」
師隼の手に握られた一番上の書類には履歴書のように顔写真が貼られているが、その内容は解剖書だ。
被害者の名前は『大平海人』、日和たちが通う篠崎高校の2年の男子高校生。
不可思議なのはその死亡日時だ。
6月の中旬に弓道の大会があったようで、中々に好成績を残している。
しかし亡くなった日が問題だった。
「……竜牙、これ、どう思う?」
書類を竜牙に渡し、師隼は湯呑を手に取り息をつく。
受け取った竜牙は書類を見るなり眉間に皺を寄せて訝しむ。
「過去に傀儡の類も確かにあった。この事例が分かっているのはこれだけか?」
「いくつかここ数年で不審死はあるが、全て同一かは分からん。この大平少年、登校してきているらしいし…校内の狐面に今日調べさせる事にして…他にも死んだ人間が目視されてないか調べる必要があるな…」
「死んだ人間が生きているように生活する…か。まるで女王そのものだな」
竜牙は大きくため息をつく。
そういう女王は大体力が強く、知恵もついた上隠れるのも上手く、見つけるのも難しくなる。
竜牙が面倒そうにしているのは、過去の経験からだろう。
きっと苦しい思い出もいくつかはあるはずだ。
「これが果たして女王本体なら良いんだが…この13年隠れ続けてきた女王が、果たしてこんなにもわかりやすく表に出てくるかな?」
「……そんな訳がないだろう」
頭を押さえて大きなため息を、竜牙は再び吐きながら否定をする。
その頭はさぞかし頭痛が酷いだろう。
「お前の経験では使えそうにないか」
となると、こちらまで頭痛がしてきそうだ、と頭痛の予感を感じながら師隼は戻ってきた書類を手に取る。
数日後にやってくるであろう訃報にはまだ知ることなく、二人は頭を悩ませた。