0057 対【樹木使い】戦~入江の戦い(1)
相手は【樹木使い】である。
"木造"の船を操る以上、そこには何らかの仕掛けがあると俺は読んでいた。特に、ソルファイドから『従徒献上』された知識からは、副伯リッケルには【根枝一体】という「枝から根を、根から枝を」生やすという、植物の形態を相互に変化させる力があることを聞き知っていたからである。
――それで、例えば砕けた木造船の残骸の板切れから"新芽"でも芽吹かせられる可能性を危惧した。
俺の【エイリアン使い】が幼蟲から全てが始まるという進化分岐システムを形成しているように、相手が【樹木使い】である以上、同じルールの下にあるならばその眷属や諸システムは「種子」から始まるに違いない。芽吹き、花が咲き、果実が実って種子が落ちる、といった具合に。
そしてそれこそがリッケルの「奇襲」の一手だと読んで、それを潰すために、木片一つ見落とすなと『潜水班』のシータらに厳命し、流れ着いたものは全て多頭竜蛇の差金と見なして焼き潰させていたのだが――。
ル・ベリの制止を振り切り、護衛の部隊を従えて『北の入江』までたどり着く。
見れば、今日この日も変わらぬ時間に現れた乗員の無い"木造のガレー船団"は、昨日と一昨日とそれよりも前日と同じように多頭竜蛇によって盛大に粉々の木端微塵に砕け散らされていた――まるで初めから爆薬か何かを積み込んで、自ら吹っ飛んだかのように。
【眷属心話】を通してでは決して気づかなかっただろう。
だから、俺は違和感を感じた瞬間に、リスクを承知でここまで飛び出してきた。
ウーヌス達はあくまで『哨戒班』のイータ達が見て感じ取った光景を、遊拐小鳥達が「エイリアン語」によって説明したものを俺に"翻訳"しているに過ぎない。
どうして、今俺が副脳蟲達の頭脳をも借りた技能【精密計測】による計算結果がそれでわかろうか。
どうして、多頭竜蛇の巨体の一撃によってあのサイズのガレー船が砕け散ったにしては、一つ一つの木片が細かすぎることがわかろうか。
多頭竜蛇が"選別"を行い、漂流物を俺への「餌」として送り込むために、潮流に影響力を及ぼしているならば――流れ着いた破片と実際の船団の総質量には、あまりにも差があり過ぎた。
ならば残りはどこか?
――広く広く海中と海底にばら撒かれていることだろう。
≪ソルファイド、【樹木使い】の"迷宮経済"の基礎は――【網脈の種子】だったな?≫
≪そうだ。だがあれはただの魔素と命素の流通経路に過ぎない。【魔素吸い花】と【命素汲み花】が無ければ、空の経路に過ぎなかった代物だ≫
あらゆる迷宮領主は、魔素と命素を迷宮経済の基礎とする。あらゆる眷属も施設も、その生産と維持はこれらか、またはこれらからの二次生成物である資源によって贖われる。
それは――凝素茸の登場とそして副脳蟲達の存在によって、本格的に俺自身の迷宮経済が構築されたことから生まれた視点、発想であった。
「誰でもいい、木片の一つをすぐに持ってこい!」
入江の方まで俺自身は向かわない。
控えさせたアルファ達が、俺の警戒心を鋭敏に感じ取って周囲に全神経を注ぐ中、3体1組の走狗蟲が素早く入江の岸まで駆けていき、木片を複数捉えて駆け戻ってくる。
それに向けて俺は【情報閲覧】を発動し――ただの木材であり、それが少なくとも樹木型の魔獣眷属の死骸以上ではないことを再確認する。
そして俺はすぐさま『黒穿』によってその木片を叩き割り、内部を穿って抉り出し――小さな深緑色の粒のような塊がびっしりと張り付いて巣食っていることに気づく。
それらに【情報閲覧】を発動したところ、果たしてその名称は『網脈の種子』と表示されたのであった。
――これもまた予想通りでは、あった。
ソルファイドの眼球に偽装された【人体使い】テルミト伯の『盗視る瞳』の存在を俺は知っていたからである。【情報閲覧】が迷宮領主の"基本技能"ならば、その存在を前提とした【情報戦】では「他の生物の内部に隠す」というような手管が編み出されていても全く驚くに値しない。
それもまた船の残骸を焼かせていた理由の一つだったのだ――が。
わずか、俺の手のひらに収まるサイズの"残骸"でこれである。
木造ガレー船もどき一隻で、どの程度の量になることか。
1回の船団単位で、どれほどの『網脈の種子』がばら撒かれたことか。
――多頭竜蛇によって破壊された際に、ではない。
あの木造船団がソルファイドの見立て通り、何十体もの『たわみし偽獣』がお互いに組体操して形成されたものならば――航海の途中で少しずつ、船体の一部を能動的に切り離すこともまた容易である。
そしてリッケルは、何日も何日も、毎日それを「決まった時間」すなわち「決まった航海経路」で送り込んできていたのだ。
――大陸から、この場所まで。
ゾッとするような戦慄が背筋を走り、俺は【眷属心話】を副脳蟲達の【共鳴心域】を通しながら絶叫する思いで号令をかけた。
迷宮領主としての俺の意思が――従徒達にはそれぞれの言葉と感覚で、俺の眷属達にもそれぞれの言葉と感覚で、五感を通した形で"伝わる"。
≪第1級の防衛体制、戦時体制に緊急移行だ! ――繋げられた! 既に上陸されていてもおかしくはない! 周囲の森が全て敵になったと思え!!≫
不意に、周囲の森林が、掌握したと思っていた『最果ての島』の地上森林地帯が、まるで巨獣の腸に飲み込まれたかのような不気味なものに変じたように感じられた。
まるでそこかしこから俺を隠れて観察している小さな妖精が、悪意に満ちたくすくす声の嘲り笑いを漏らしているかのような不快感。
――そして【木の葉の騒めき】が、まるで俺の胸騒ぎと頭の中の雑念が砂嵐と化して音の形に具現したかのように、波打って周囲の森を覆い尽くし始め、その違和の激しさを増していった、まさにその時のことであった。
《やぁ、バレてしまったようだね……優秀優秀。予定よりも結構前倒しになってしまったけれど、それじゃあ始めるとしようか、新人君。"試練"の時間だ》
擦れ合い掠れ合う木の葉の葉音の狭間から、かすれたような"声"が俺に向かって確かに届けられた。
それは枯葉が崩れる音、成長する枝がぱきりとしなる音、根から維管束を通って水分が吸い上げられる音が折々織りなされ、まるで精度の悪い無線通信のようにざぁざぁと木々の雑音が入り混じれども――しかし確かに音程を擬し、音域を模倣した"声"であった。
瞬間、森の木々が動いた。
『樹冠回廊』を織りなす巨木達ではなく、その間を埋めるように、天に挑まんと高く伸びようとする低木達――それでも軒並み3、4メートル程度の高さはある――が、バキバキと激しくその身を軋ませてみるみると「樹精」の姿を象っていく。
即座に螺旋獣のデルタとアルファが動き、至近の「樹精」に襲いかかる。樹冠の葉々が頭髪を、絞られた枝が腕を、捻られた根が足となり、幹が成すその胴体に対し、アルファ達が悪魔的クラウチングスタートからの突撃と共に、全身をバネのように螺旋にひねった勢いで剛腕と爪による一撃を叩き込む。
それは、ただ単に力任せに両腕を振り回していた進化前の戦線獣とは異なる、脚から腰へ、腰から体幹を経て両腕に伝達される、冷酷なまでの淘汰の末に到達するであろう「効率的な」までの破壊の一撃であった。
樹精がとっさに迎撃するように腕を突き出すが――螺旋獣の執念的とも言える"筋密度"が、新枯の枝が相混じって束ねられて構成された腕に敗れるはずもなく。みしみし、めきめきと生木を引き裂くような、木々の絶叫のような音を立てて樹精の腕が裂け砕かれる。
そのままアルファの方は組みついて枝の片腕を引き裂き千切り、デルタの方は異形の四腕で樹精の幹の胴体を力任せに殴り割って「く」の字型に文字通りへし折った。
攻防の最中、【情報閲覧】を発動させた俺の目に飛び込んできたその名称は『宿り木樹精』。
そのことを念頭に改めて観察すれば、樹精の樹冠の頭髪の中に、まるで一部分だけ髪の毛を染めたファッションのように葉の色が異なり、また髪質も異なる藪の塊のようなものがあり――そこから無数の蔓がさながら糸の絡まった操り人形のように樹体の隅々にまで伸びているのが見えた。
≪見えたな、副脳蟲ども、全眷属に伝達しろ! あれが『宿り木樹精』の特徴だ。『監視班』と『哨戒班』は森中を総浚いしろ、大雑把でいい! どの程度、侵入されたかを確認しろ! そして『潜水班』、決死隊だ! 海底に不審な植物でも根でも葉っぱでも花でも咲いていないか調べろ!≫
ぱっと見、入江を望む俺達の周囲にある気配は5から6葉程度。森の奥からさらに軽い地響きを立てながら駆けてくる宿り木樹精の気配はあったが――主力を引き連れてきた俺の脅威になるほどではない。
アルファとデルタが2葉を引き裂く間に、走狗蟲が5、6体で1葉に群がって追い回し、狂乱した切裂き蛇のイオータが樹冠の上から飛び降りてきて「宿り木」部分に取り付き、【おぞましき咆哮】を放ちながらその"寄生蔓"を的確に切り刻んで動きを封じる。
さらに、アルファとデルタの間を抜けて走ってきた1葉が俺に迫ろうとするが――空間が虚ろに歪む気配と共に、次の瞬間には宿り木樹精の頭部を成す葉と枝の束の内側に爆酸蝸の「爆酸殻」が出現して炸裂。激しく空気を焼き尽くす裂帛音が、新芽や若葉や、寄生蔓といった比較的柔らかい樹体の部位を丸ごと焼き爛れさせ、宿り木樹精がまるで電気ショックでも食らったかのように激しく痙攣して倒れ伏す。
そしてその衝撃の中から、さながら夏季五輪の飛び込み競技のような鮮やかな空中回転捻りを決めながら、ベータの"本体"がアルファの頭部に着地した。それを鬱陶しそうにアルファが首を振り払った頃には、ベータの本体は再び虚ろの歪みの余韻を空中に残しながら消えていた――次弾を取りに行ったのである。
きゅぴきゅぴ会議の中で、切れ者ながらちょっとした危険人物……もとい危険脳みそであることが判明したモノにより『罠』として提案されていた「シャワー室」のための、炸裂させずに蓄えていたベータの『爆酸殻』がまだ残っていたのである。
そしてこの間にも、島中に散っていた隠身蛇の『監視班』、遊拐小鳥の『哨戒班』、また第1級の警戒体制により『樹冠回廊』などを通って速やかに持ち場と巡回ルートに移動し始めた走狗蟲らエイリアン=ビースト達からの報告が【 心域】に上がり副脳蟲達によって分析されて俺に届けられる。
当初は「島全体」が宿り木樹精に乗っ取られたかとも危惧していたが――さすがに「領域」まで入ってきたならば気づく。
そして、次々に届く報告から推定される密度からして、侵入した宿り木樹精は島全体でも数十葉、百には満たないことがわかった。
しかしその9割は、この『北の入江』を臨む地点に集中しており――俺が引き連れてきた「主力」との衝突を避けて、宿り木樹精達が一心不乱に海岸を目指していた。
≪きゅきゅー! シータさん達が海底の砂の下に、たくさんの"群草"さんと根さんが伸びているのを見つけたようだきゅぴ!≫
やはり海底から『網脈の種子』が伸ばされていた。それも、沿岸の近海まで、まるで絡み合う海藻か浮き草のように。
そして――あの【木の葉の騒めき】のような"声"によって宿り木樹精達が活性化したのと同じタイミングで、沿岸の海底でたむろし砂塵の下に隠れ潜んでいた複数の『網脈の種子』の"溜まり"が、まるで生の意思を得た貪欲な樹木生成物の塊としての「タンブルウィード」の如く膨れ上がり、猛然とした勢いで入江への上陸を目指すように大陸棚を駆け上ってきたのである。
さらに、宿り木樹精達が後先を考えてすらいないような全力疾走で北の入江に殺到してきているという報告。
俺の周囲の森でも、途端に枝が砕け幹が軋み、野生動物達が驚かされて追い散らされるような騒ぎが大きくなる。だが、アルファ達の暴力を目の当たりにしたのか、宿り木樹精達はエイリアンの軍勢を明らかに避け、迂回する動きを見せていた。
≪連中は合流しようとしている! 各班、必ず数体で当たって合流を阻止しろ! 弱点は"宿り木"の部分だ、イオータのように切り裂いて引き千切れ! 主力部隊は入江へ突撃、『潜水班』は海中から襲撃! 海から上陸してくる樹木の塊どもとの合流を阻止しろ!≫
黒穿を指揮杖として振るい、現実の声と【眷属心話】で号令一下。
木々のただならぬ騒めきを吹き飛ばすかのように、アルファとデルタの【おぞましき咆哮】が轟と入江に向けて迸り、引き連れてきた5体の戦線獣と40体の走狗蟲達の咆哮が輪唱のようにそれに続く。
悪魔的クラウチングスタートによる瞬間加速と、筋効率美の極致に至る螺旋の四肢を踊らせた悪魔的パルクールによって地をうねる巨大な根を難なく乗り越え、瞬く間にアルファとデルタが宿り木樹精を追加で2葉屠る。それに続く形で、ナックルウォーキングダッシュにより戦線獣達が、樹冠回廊へ一度駆け登ってから一気に頭上から飛び降りて襲撃をする走狗蟲達が、次々に宿り木樹精達に取り付いていく。
だが、そうはさせないと言わんばかりに樹精達は"宿り木"の部分を枝の腕で守り、また激しく全身を揺すって群がる走狗蟲や、低空飛行によって駆けつけた『哨戒班』の遊拐小鳥達を振り落とそうとする。さらにはわざと自身の樹体をばらけさせ、枝と根と蔓の中に1体でも多く俺のエイリアンを絡めとらえようとしていた――他の宿り木樹精達を逃さんとするがための足止めとして。
危険を推して、俺が自らの目で事態を確認するにあたっての万が一への備えとして連れてきた戦力は、護衛の数としては過剰であったろう。
しかし、ル・ベリに率いさせて急行を命じた援軍を足しても、入江に殺到する全てを食い止めるには戦力が不足していた。
それだけではない。リッケルが海中でさながら"光ファイバー"の如く、じっくりと繋ぎ、伸ばし、慎重に慎重を重ねて連結させた『網脈の種子』の先端として膨れ上がったタンブルウィード塊の数は、シータ達の目算でもその数は十数を超えていた。
戦力不足は、現有の『潜水班』についても言えることであった。俺が多頭竜蛇から被害を受けること嫌ったことと、上陸戦の迎撃を重視して海軍の増強を見送ったことが響いていた。
宿り木樹精達は、ソルファイドの経験上ももっぱら奇襲と待ち伏せに特化したタイプの眷属であったらしい。
宿り木として基本的にどのような樹木に対しても、取り付いて自らのトレントとしての樹体を構築できてしまうため、隠密性は高い。しかし、その特質上、本体である"宿り木"部分をどうしても外に露出させねばならず、樹精としての基本的な能力は他の系統からは一段か二段落ちるという。
……だが、この局面においては、その"脆さ"が逆に敵には有利に働いていた。
引き千切られ、引き裂かれてもなお、本体が無事である限り、砕かれた木片を引きずって宿り木樹精はなおも全力での入江でのタンブルウィード塊との合流を優先してきたのである。
結果、シータ達の八面六臂の迎撃をすり抜けたタンブルウィード塊が入江から上陸。
さらに、俺の率いる主力部隊の追撃を振り切った数葉の宿り木樹精と幾葉もの"残骸"が入江に辿り着き――。
《残念だったね。【若き樹海の創世】――型は『生まれ落ちる果樹園』でいこうか。さぁ出でよ、出でよ、芽吹けよ、芽吹け》
最果ての島の『北の入江』に膨大な魔素と命素の流れが渦巻く。
まるで【闇世】の赤き海を割るかのような、青と白の仄かなる仄光が一直線に水平線の向こう側まで光臨する。それは海底と海中を、何日も何日もかけて散らばらされた『網脈の種子』によって形成された【樹木使い】の"迷宮経済"そのものによる侵攻であった。
木の葉と枯葉が掠れ合うようなノイズを含んだ、【樹木使い】リッケルのものとしか思えぬ自己顕示欲に満ちた宣戦布告が俺の耳を逆撫でる。
見れば、上陸してきた海中タンブルウィード塊達が一気に膨張して枝やら根やら蔓やら、葉やら樹皮やらをめちゃくちゃに生み出し始めていた。そしてそこに、アルファ達の追撃を振り切った宿り木樹精達が身投げするかのように文字通り飛び込んでいく――彼らは、海岸に乱雑無秩序に生え散らかし、伸び散らかす枝や蔓に巻き取られながら次々に解体されていき、いわば"建材"として、生まれ落ちたる【若き樹海】とやらの一部として組み込まれていく。
そして、数十数百もの"芽吹き"によって生え散らかした無数の種類の樹木の若木達は、水と風の代わりに海底の『網脈』をはるか経由して送り込まれてきた膨大な魔素と命素を吸い喰らって急激的爆発的な成長を遂げていく。
自然ドキュメンタリーの映像の如く、数十年の時間が一気に加速され――アルファ達が尚も森の奥から"合流"しようと全力疾走してくる宿り木樹精を迎撃する中、数分と経過しないうちに最初の"樹木"が降誕する。だが、それは樹木の形状でありながら並の樹木と決定的に異なる歪な点があった。
まるで複数の若木を束ねて絞ってよったかのような、言うなれば「樹木を材料に樹木を作り上げた」かのような奇怪なオブジェじみた"樹"であったのだ。
――そしてそれが"果樹"であることを、俺はすぐに知ることとなる。
天を掴まんとするかのように高く広く広げられた枝々の先から、生木が裂けて、まるで血を流すかのような樹液と思われる粘度の高い液体が次々に玉となって滴り溜まり――それが急速に新芽やら花やら果肉やら根毛やら果皮の混合物に変化分化し成り果てながら「果実」としか言えない、しかし素直にそう言いたくはない植物を構成する柔組織の混合物としか思えない何かを生らせていく。
それは、青々しくも瑞々しいまるで生肉のような質感で蠢いており――もはや「果実」という定義からも逸脱し、羽化を待つサナギのような肉々しさを以って鼓動しているようにすら見えた。
みるみるうちに歪つに熟し、人間大の大きさまで急速に膨れ上がりはち切れた果実がずちゅりと落果し、ぐずぐずにまで熟れた果肉"溜まり"を形成。
周囲で1本、また1本と新たな「樹木でできた樹木」が生えていく。その【樹木使い】と言うには、あまりにも動物的に過ぎて似つかわしくない光景を背景に、果肉溜まりから「人」が生えてくる。
果肉を裂き、果汁をぬらりと滴らせながら。
生え出づる枝や根や針金人形の如く人型の骨格を形成し――その上から花やら果肉やらが生え巻きついて筋肉を成し、蔓が神経を成し、葉や新芽が皮膚と頭髪を成していく。
"樹人"達が、まるで若木を裂き、巨木を切り倒す時の"軋み"を思わせる、不快な雄叫びを上げる。
《我が転生、ここに成れり、てね。【樹身転生】――出でよ、芽吹け、我が『樹身兵団』よ!》
樹木をただ単に人型に擬したのが樹精であるならば、"それ"は骨と肉と神経といったおよそ人体を構成するはずの部位という部位を、樹木の構成パーツによって執念深く執念深く代替した、正しい意味での「樹人」。
表情筋――を形成する花蔓果肉――の動きすらもが、ぴくぴくと不気味の谷の深淵を土足で踏み越えるほどに「人」である。それほどまでに、その存在の動きは滑らかだった。
吹き寄せる海風に乗って、磯と潮の香りに、肺を蝕むほどに咽せ返るような深き新緑の匂いがドロリと鼻につく。
森林浴が体に良い、などというのはどこの世界の戯言であったか。
極まった、そして歪つなる森林の空気とは、瘴気にも等しく人の身を蝕み侵すものである――とすら感じさせるような、爛れ燻るかのような濃すぎる香薫をまとい、4体の「樹人」が目覚め嗤う様を俺は睨め付けた。
「……御方様、ただいま御側に」
木々を揺らし、樹幹の回廊を踏破しながら、ル・ベリと城壁獣のガンマ、縄首蛇のゼータらが率いる増援が辿り着く。道中で『監視班』の隠身蛇が複数合流し、北の入江に降誕した【樹木使い】の施設『生まれ落ちる果樹園』に対峙する俺の軍勢は100体を越える。
対し、4体の「樹人」の周囲には次々に"果樹"が生え揃い――"果実"の生成とその落果を経て、四つ足の獣を模倣した樹木の魔獣、リッケルが"基本種"として扱う存在たる『たわみし偽獣』達が次々に芽吹いてくる。
その数は瞬く間に10を超え、20を超え、絶え間なく海中海底の「リッケルファイバー」を通して送り込まれる膨大な魔素と命素を消費しながら増殖し続けていた。
その様を見せつけるように、樹木で人体を構成された「樹人」の中央に立つ個体が耳まで裂けるかと思うほど口の両端を吊り上げてただ嗤う。
「これで橋頭堡ができたね。さぁ、勝負だ新人君。進むかい? それとも退くかい? 【樹木使い】を相手にこれだけの"森"を放棄する覚悟はできたかい? 君の力を、どうか僕に見せてくれ」