新たなる近衛騎士団長
二十人の野盗たちは、走る。
平原の、でこぼこした獣道を。
躓き、よろめきながらも、必死で。
野盗の一人が、悲痛に叫ぶ。
「何なんだよぉ!話が違うじゃんかよぉ!」
滝のように流れ出る汗が、目に染みる。
だが、止まる訳には行かない。
今日の仕事は、楽なはずだった。
新しく出来た町。
税が安いためか、住民も行商も、どんどん増えて賑わっている町。
常駐の騎士団も、巡回する兵士も、自警団すらも、居ないはずだった。
まるで鴨が葱をしょって歩いているかのよう。
だが、その鴨は、恐るべき怪物だったのだ。
「止まるな!何があっても止まるな!止まったら死ぬぞ!」
「言われんでも分かってるわい!」
「こんなことなら、野盗になんてなるんじゃなかったぁ!」
「精霊様!今度こそ真面目に働きますから!どうか、助けて!」
ひゅっ、と風を切る音がして。
野盗の一人の喉に、骨で出来た矢が突き刺さった。
喉から血を流し、絶命する野盗。
「き、来たあ!」
それを皮切りに、空から骨の矢の雨が降りそそぐ。
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!」
「うっ……」
骨の矢の雨により、次々と命を散らして行く野盗たち。
残るは、七人。
七人の野盗は、平原を駆ける。
ふと、地面を見ると、ものすごい速さで野盗たちを追い越す、丸い影。
七人の野盗が空を見上げると、そこには濁った眼のアイボールが、野盗たちを見下ろしていた。
アイボールが、野盗たちにテレパシーで話しかける。
頭に響く、甘ったるい声。
「ざぁんねん。逃がす訳ないでしょ~?
グレイ領を襲ったことが、アンタたちの運の尽きね~。
いや、そもそも盗賊なんかになったこと自体が、間違いなんだけどぉ」
野盗たちの目の前の、アイボールの真下の地面には、丸い影。
その影から、間欠泉の様に、大量の塵が噴き出してきた。
野盗たちは、走り抜けることすらできず、ただ立ち尽くすばかり。
その、大量の塵が。
次々と、人の形を成し。
数十人の、スケルトンを作り上げた。
スケルトンは、骨で出来た槍や剣を持っている。
野盗のひとりが呻く。
「も、もうしない。こんな稼業は辞めるから……。
だから、助けてくれ」
アイボールのゾンビ、アイが、野盗たちを半眼で睨む。
「助ける訳ないでしょ。
ウチの領主様は基本的に優しいんだけどぉ~。
害獣は、徹底的に殲滅しろって言われてるのよねー」
その会話の間にも、スケルトンの群れは、野盗たちを取り囲む。
後方からは、骨の弓を装備したスケルトンたちも現れた。
野盗たちには、もう逃げ場が無い。
アイが、スケルトンの兵士たちに命令を下す。
「やっちゃって~」
野盗たちの断末魔の悲鳴がこだまする。
骨の剣や槍に、身体を貫かれて。
骸骨の群れが、生者を襲う。
それは、見方によっては、なんと邪悪な所業か。
ネクロマンサー。
これは、愛する人々を守る闇の魔法使い。
墓場の王の物語。
「ロロ様ぁ~。あたしぃ、盗賊ども、殲滅したよぉ~」
領主の元へ、アイのテレパシーで報告が届く。
若き領主は、頭の中で返事をする。
「ごくろうさま。また見つけたらお願いするね」
「もちろんよぉ~!」
グレイ領の領主、十七歳のロロ・グレイ男爵は、邸宅の一階にある執務室で、報告を上げている。
また野盗が出たのだ。
本当ならば、何人かをわざと逃がして、グレイ領の『宣伝』をしてもらったほうが、いいのかもしれない。
だが、その逃した盗賊はいずれ、どこかの誰かの悲劇となる。
ロロは、一人として逃す気は無かった。
その結果として、グレイ領の恐ろしさを知らない盗賊連中からは、この町は美味しい獲物に見えるようなのだ。
この町は、元々は灰色の村、と呼ばれていた。
人口は百人に満たない、小さな村であった。
しかし、ロロが領主となり、税を格段に安くした結果、他の村や町からどんどん人が集まり、今や千人を超える町となったのだ。
ロロは、ほとんど贅沢をしないため、税を高くしなくとも成り立つ。
その代わりに、人が抜け出して行ってしまった他の地域の領主からは、恨まれることとなった。
だが、ロロに表立って喧嘩を売るような、度胸の有る貴族は居ない。
ロロは、この世界に数人しかいないと言われている、大魔法使い。
その気になれば、この帝国を滅ぼせるほどの力を秘めた、魔法使いの頂点。
ロロはその強大な力を、領民の幸せのためだけに駆使をする。
ロロが窓から邸宅の外を見る。
そこは、元々は森であった。
だが今は開拓され、大きな広場となっている。
広場には、巨大なスケルトンである、がしゃどくろが寝そべっている。
町の子供たちが、がしゃどくろに乗って遊んでいた。
ロロの眷属の中で唯一、巨大すぎるため影の中に住んでもらっていた、がしゃどくろ。
だが、一人だけ寂しい思いをさせるのは、ロロの本位では無かった。
そのために作った、がしゃどくろが寛げる広場。
今では、子供たちが遊ぶ人気スポットとなった。
町中には、スケルトンの兵士たちが、巡回している。
このスケルトンたちは、元々は死霊術で蘇らせた、死者が滅びたあとの塵から出来ていた。
本来ロロは、死者を大切にする質である。
最初、ロロは塵でスケルトン兵を作ることは、気が進まなかった。
しかし、遺族である町民たちの猛烈な願いで、死者の肉体を再利用することになったのだ。
今を生きる人々を守ることに、是非使って欲しいと。
死者が滅びたあとの塵を使う事は、自分の中の大切な何かが、一つ抜け落ちた気がした。
だがその代わりに、千人以上の大切な人々を守れるようになったのだ。
ロロはこれを、由とした。
今では、グレイ領には無数のスケルトン兵が常備され、アイボールのゾンビであるアイにも、ロロの死霊術の一部を貸し与える方法まで身に付けた。
その結果として、税が安く、警備も万全な、住民にとっては楽園のような町となったのだ。
もうすぐ冬がやって来る。
ロロは、食糧の備蓄の資料をチェックしていた。
十分な量のストックがある。
住民を飢えさせることは無いだろう。
だが、グレイ領はまだまだ人が増えていく傾向にある。
周辺の他領から、飢えた民衆が助けを求めて、やってくるかもしれない。
もしそうなったら、ロロはそれを全て受け入れるつもりだ。
ありがたいことに、グレイ領の東側には、横断するのに馬でも数日間かかるほどの大平原が広がっていた。
野生の獣たちも、豊富に分布している。
保存食の干し肉は、まだまだ取れそうだ。
だが、その平原のさらに向こう側は、悪名高き魔の大森林。
狩人では太刀打ちできない猛獣が、その中からまれに出てくることがあった。
ロロの死霊術の範囲は、せいぜい馬で半日ほどの距離だ。
それ以上になると、蘇らせた死者は塵に還ってしまう。
アイだけは特別にそれ以上の遠出ができたが、やはりロロの術の範囲外になると、せっかく使えるようになったスケルトン兵も出せなくなるようだ。
狩人たちには、あまり遠出はしないように言っておかなければなるまい。
ロロが各種資料を眺めていると、廊下からずかずかと、乱暴な足音が聞こえてきた。
そして、大きな音を立てて、ロロの執務室のドアが開かれる。
そこには、男が立っていた。
極限まで鍛え上げられた肉体。
左目が赤、右目が黒のオッドアイ。
傷だらけの全身。
皇帝陛下を守護する近衛騎士団のひとり、元A級冒険者の頂点、オーバードライブだ。
今日は一か月ぶりの休日とのこと。
それだというのに、わざわざロロの眷属たちと戦いにやってきたのだ。
オーバードライブは、短い黒髪の頭を掻き、執務室内の角の椅子に座り、ぼやく。
「あ~、負けた負けた。色んな奴に、色んな意味で負けた。
俺、弱くなってないよな?あいつらが異常なだけだよな?」
ロロは、書類の束を整え、オーバードライブに返答する。
「オーバードライブさんは、すごく強いですよ」
「だよな?俺、他の近衛騎士には勝ててるもんな。
でも、がしゃどくろのバリアはますます固くなって一枚しか割れないわ、ムラサメとの試合には十連敗するわ。
おまけにお前さんの第一夫人は、意味不明の超火力になっちまって、がしゃどくろのバリア、二枚割りしてんぞ」
「デイズ、最近メチャクチャ強くなっちゃいましたからね」
ロロの第一夫人である、クラスメイトのデイズは、数か月前から、精霊が見えるようになった。
それからは、元々強力だった火炎術の威力が、数倍に上昇したのだ。
ロロの使うマナ・アブソープションには及ばないが、周囲の精霊から、一定量のマナを受け取ることが出来るようになったためだ。
しかし、それはロロたちだけの秘密だった。
公表した所で、面倒が増えるだけだ。
「なあ、グレイ男爵」
オーバードライブが、ロロに声をかける。
「言伝がある」
「はあ。誰からですか?」
「皇帝陛下」
オーバードライブは、世間話をするように、さらりと皇帝陛下の名を出した。
オーバードライブは続ける。
「無理にとは言わないが、近衛騎士団に移籍して欲しいな、だそうだ」
「それ、無理を言ってますよ」
「だよな」
オーバードライブは、笑う。
ロロも、つられて笑う。
「僕、一応は第六騎士団に所属してますから」
「そこも根回し済みだ。第六騎士団長からは了解の返事を貰ってる。
それに、近衛騎士団は、基本的に帝都から動かない。
遠出が出来ないアンタには、第六よりも近衛の方が合ってるんじゃないか?」
そう、ロロは遠出が出来ない。
ロロが遠出すると、このグレイ領で最期の一時を過ごす死者たちが、死霊術の範囲外となり、塵に還ってしまうのだ。
ロロは、それだけは許容できない。
無敵の大魔法使いではあるが、それが唯一の弱点と言っても過言ではなかった。
オーバードライブの言う事は、的を得ていた。
皇帝陛下がおわす帝都ならば、グレイ領からも遠くないため、距離的には問題ない。
一方、現在所属している第六騎士団は、災害救助がメインのため、ロロの死霊術の範囲外に出陣することも多々あるのだ。
そんな時、ロロは一緒に出掛けることができない。
第六の騎士団長からは、それでいいとは言われていたが、やはりどこか心苦しい所はあった。
(近衛、かあ)
ロロは、帝国最強の騎士団に想いを馳せた。
デイズの母のイザベラも、所属している。
第六騎士団のみんなには世話になったが、これもまた人生の転機なのかもしれない。
そこに、オーバードライブが、呟くように告げる。
「それによ。ウチの団長」
「セバスチャンさんがどうかしましたか?」
「ほら、ウチの団長、使役術師だからよ。死霊術師と、どこか通じる部分があるんだと思う。
このままアンタに近衛騎士団長を任せる気だぞ、あれは」
帝国に居る、もう一人の大魔法使いである、近衛騎士団長のセバスチャン。
紺色の作務衣を着た、背の低い禿げ頭の老人。
確か、老体のためか、そろそろ引退を考えていると聞いた事がある。
ロロが見た所では、まだまだ現役で活躍できそうだけれども。
オーバードライブは立ち上がる。
そろそろ夕暮れ。
明日からまた近衛の任務に就く彼は、帰宅しなければいけない時間帯だ。
「まあ、前向きに考えてくれると助かる。
って言うか、皇帝陛下と団長の二人が言ってるから、ほぼ決定事項みたいなもんだけどな。
でも、アンタが新団長になるなら、俺も含め、みんな納得だ。
じゃあ、また来るわ」
オーバードライブは、ロロに手を振り、部屋を去る。
一人、部屋に残されるロロ。
ロロが、近衛騎士団に。
しかも、今の話だと、いきなり団長にされる可能性大だ。
少しだけ、気が重い。
でも、第六騎士団に居る今は、ロロ自身は遠出が不可能なため、皆の無事を祈ることしかできないことも多かった。
近衛騎士団であれば、そんな思いはしなくて済むのだ。
ロロは、頭の中で念じる。
アイなら、テレパシーで受信してくれるはず。
「アイちゃん、聞こえる?」
「はぁ~い!聞こえてますよ~!」
「帝都にいる、セバスチャンさんに伝言をお願い。
学園の授業とか領主の仕事もあるから、帝都に常駐はできないけど、それでもよければ、って」
「了解~!」
アイは、飛んでゆく。
夕暮れの空を、帝都に向かって。
ロロの決断を、ぶら下げて。
一方、その頃。
帝国の最南端にある、砂漠に隣接した、とある村。
帝都からは、馬でも数日かかる距離。
人間の徒歩ならば、一か月ほどかかる距離。
その村は。
不可思議なゾンビに襲われ、全滅していた。
本来ならば、ありえない現象。
そのゾンビに少しでも噛まれた人間は、なぜか数時間後には死亡し、ゾンビとして蘇るのだ。
最初はほんの数体だったゾンビは、村の人間を全て感染させ、百体近くまで膨れ上がっていた。
そしてまた。
近くの村へと、歩き出す。
疫病の集団が。
新たなる犠牲者を求めて。