採点、宙を舞うサンドイッチ、デイズ
ルイーゼの町の領主の息子、金髪碧眼の美少年キールと、美少女三人は、数体の虎と戦っていた。
女子のひとりが、地面に手を付くと、冷気が地面を伝い、虎たちの脚を凍らせる。
凍った脚に戸惑う虎たち。
キールは体育着の袖から伸びた、数本の真鍮の鎖を、動けなくなった虎に向けて放った。
その鎖の先には真鍮で出来た、小さな丸鋸やトラバサミが。
キールが鎖に魔法を込めると、鎖の先の真鍮の凶器が巨大化する。
そして、それを自在に操るキール。
鎖の先の凶器が、虎たちに襲い掛かる。
脚が凍って動けなくなった虎たちは、逃げることもできずに、巨大な丸鋸やトラバサミの餌食となって、細切れの死体と化した。
キールは金属魔法・真鍮術の使い手。
魔法を込めた真鍮を強化・巨大化し、自由自在に操ることができる。
同じグループの美少女三人の魔法も、なかなかいい組み合わせをしている。
移動のための大きな箒を風の魔法で飛行させる少女。
地を這う冷気で、敵の自由を奪う少女。
そして、ダメージを食らった時のための、治癒魔法の少女。
三人とも、キールのお気に入りだ。
本当ならば、他の美少女たちもグループに入れたかったが、最大で四名までというルールがある以上、仕方なかった。
キールの背後から、お付きの男性教師の拍手が聞こえる。
「さすがキール君。いいお手並みです」
「はっ!俺にかかれば、虎なんぞこんなもんよ」
領主の息子であるキールは、相手が教師であっても、敬意など払わなかった。
今日の戦果は、虎が六匹にコカトリスが一匹、マンティコアが五匹だった。
コカトリスから、麻痺の毒羽根を一発食らった時は冷や汗をかいたが、すぐにグループの回復担当の女子が治癒魔法をかけてくれた。
この戦果ならば、成績は少なくとも「優秀」が貰えるだろう。
もしかしたら「最優秀」かもしれない。
キールは、自身の栄誉を夢想する。
だが、最優秀という言葉で、キールの頭に浮かび上がるのは、あの陰気なネクロマンサーの男。
どうせ最底辺の魔法しか使えないくせに、いつもあのネクロマンサーの老婆が贔屓をして、最優秀を付ける。
気に食わない。
領主である父に相談して、老婆の不正を糾弾しようかと、キールは考える。
だが、この帝立魔法学園は、皇帝陛下直轄の施設。
伯爵の父程度では、手出しができないかもしれない。
なんて歯がゆいのだ。
その時、校庭の方から、空高く花火が数発上がる。
あれは、訓練終了の合図。
キールたち四人は、再び巨大化した箒に乗り、校庭へと帰って行った。
★
校庭に、ぞくぞくと帰還する生徒たち。
ロロとデイズは、既に校庭で待機していた。
フローレンス先生と、デイズに付いていた男性教師は、採点のためのミーティング中だ。
ロロとデイズは、お互いに無言で立っていた。
デイズの目と髪の色は、今はもう元の黒に戻っている。
ロロの方は、自分から誰かに話しかけることは無いため、いつも通り。
デイズの方は、ロロに何か聞きたそうに、チラチラと目線を送っている。
デイズが、意を決したかのように口を開いた。
「あ、あの。えっと、ロロ君?でよかったっけ?」
ロロが、デイズに向く。
「はい、合ってますよ」
「あのさ、さっきの魔法なんだけど……
死霊術、って私、詳しくないんだけど、あんな凄いの?」
「はい。というよりも、僕が凄いんじゃなくて、眷属のみんなが凄いだけですけど」
「ふーん。そ、そうなんだ」
ロロは、本気でそう信じていた。
しかし本当は、ロロの桁外れに大規模な魔法でなければ、あの強力な眷属を何人も使役することは不可能なのだ。
フローレンス先生ですら、そこそこ強い双子の執事のゾンビを使役するので精一杯。
普通のネクロマンサーは、双子の執事にも遥かに及ばない強さの眷属を、一人使役するのが関の山。
だが、この学園には、ロロとフローレンスしかネクロマンサーが居ないため、誰も普通のネクロマンサーの実力など知る由もなかった。
そうこうしている内に、全クラスメイトが帰還し、採点も終わったようだ。
幸いなことに、死傷者や重篤な怪我人は出なかった模様。
教師陣が生徒たちの前に一列に並び、担任の男性教師が、生徒を採点していく。
大方の生徒が、五段階評価の真ん中の「良」であった。
たまに、低評価の「可」や、一番悪い「不可」を貰う者もいる。
「キール!優秀!」
キールはそれを聞いて、半分は喜び、もう半分は最優秀を取れなかった悔しさが胸の中にあった。
次こそは、最優秀を取ってやると息巻いて。
「デイズ!優秀!」
キールは意外に思う。
クラス最強の魔法使いであるデイズも、今回は最優秀が取れなかったのだ。
なんだか今回は、いつもより採点が厳しくないか、とキールは疑う。
「ロロ!最優秀!」
は?
キールの中で何かが切れた。
キールの目の端には、ネクロマンサーの老婆が。
脳が沸騰したような、頭の中に湧き出る、この怒り。
キールは、老婆に向き直る。
「ふざけんな!おいババア!いい加減にしろよ!
毎度毎度、ネクロ同士贔屓しやがって!」
キールは、フローレンスを罵倒しながら、彼女の元へ歩いて行く。
フローレンスは、飄々とした表情で佇んでいる。
だがそこに、ひとりの男性教師が駆けつけ、キールの肩を抑えた。
彼こそが、デイズに付いていた男性教師。
ロロの実力の一端を目撃し、他の教師陣にもそれを伝達していた。
男性教師はキールに告げる。
「キール君。落ち着きなさい。この評価は、正当なものだ」
キールの怒りが増す。
「ああっ!?正当だ!?あの平民のヒョロガリ陰キャ野郎が、俺より上だってのか!」
キールは顔を真っ赤にさせ、唾を飛ばし、男性教師に抗議する。
男性教師は、キールを諭すように、一言ずつに力を込めて言う。
「そうだ。正当だ。だから、列に戻りなさい」
未だ納得の行かないキール。
目を血走らせ、男性教師を睨む。
「……チッ!」
そして、舌打ちをして、キールは自分のグループに戻って行く。
ほっとした顔の男性教師。
それを見ていたフローレンスは、何だか楽し気だ。
全生徒の評価が終わった担任の先生が、絞めの言葉を告げる。
「以上、午前の授業は終わり!昼休みに入れ!」
★
体育着から制服へと着替えたロロは、教室に置いてある鞄から、布にくるまれたサンドイッチを取り出した。
周りのクラスメイトたちは、仲のいいグループ同士で、机をくっつけ合って、持参した弁当を食べている。
ロロ以外の生徒は、皆、家柄がいいので、弁当もゴージャスだ。
友人の居ないロロはいつも、中庭でひとり、サンドイッチを食べていた。
今日も、サンドイッチを手に、中庭に向かおうと席を立つ。
すると、サンドイッチを持った手を、誰かが掴んだ。
横を見ると、キールがロロの手を掴んでいる。
キールはサンドイッチを見て、嘲る。
「ははっ。何だこりゃ。犬の餌か?平民」
ロロは、キールの手から逃れようとする。
「離して、くれないか」
それを聞いたキールは、突如、怒りの沸点に達する。
「ああっ!?平民が俺に命令してんじゃねえ!」
そしてロロの腹に、思いっきり蹴りを入れる。
ロロは周りの机を巻き込んで、吹き飛ばされた。
弁当を食べていたクラスメイトたちの悲鳴が上がる。
その拍子に、手から転がる、布にくるまれたサンドイッチ。
キールは、ロロのサンドイッチを拾い上げる。
「こりゃあ、ゴミだな。ゴミはゴミ箱に、だな」
キールは教室の端のゴミ箱に向かって、サンドイッチを投げた。
宙を舞うサンドイッチ。
それが、ゴミ箱に入る寸前で、誰かにキャッチされる。
デイズの手が、サンドイッチを掴んでいた。
デイズは無表情でキールに告げる。
「キール君。何、やってるの」
デイズの黒髪黒目が、紫色に変わって行く。
それは、火炎魔法を使うときの、色。
その色を見て、デイズを慌ててなだめるキール。
「デ、デイズ!お、落ち着け。校内で攻撃魔法は禁止だろ?」
「気安く呼ばないで。あと、人を蹴り飛ばすのも禁止のはずだけど?」
「ああ?あんな奴の肩持つのかよ?」
「悪いの?」
デイズの身体の表面に、熱で陽炎の揺らぎが見える。
「わ、わかった!俺が悪かったって!クソっ」
キールは、倒れているロロを一睨みし、自分の弁当を掴み、教室から去って行く。
クラスメイト全員が、その一幕を驚いた顔で見ていた。
他人にほとんど関心を持たないデイズが、クラス最底辺の死霊術師をかばったのだ。
今までも、ロロに対し同じような状況は幾度もあったが、デイズは常に無関心だった。
皆の思いは共通だ。
あの孤高のデイズに、一体何があったのだ。
デイズの目と髪が、再び黒に戻る。
デイズが、ロロの元へと歩き。
そして、ロロに手を差し出す。
しかし、デイズは顔を伏せ、ロロと目を合わせようとしない。
「ロ、ロロ君、大丈夫?」
ロロは、デイズの手を取り、立ち上がる。
先ほど火炎魔法を撃とうとしたせいか、デイズの頬は赤く染まっていた。
手を握ったまま、礼を言うロロ。
「ありがとう。デイズさん」
「う、うん……。どういたしまして」
デイズは、なおもロロと目を合わせない。
ロロは、何か嫌われることをしたかな、と自問する。
そしてデイズは提案する。
赤い頬で。
目を合わせぬまま。
「あの、ロロ君。お昼、一緒に食べない?」
それを聞いたクラスメイトの全員が、ロロとデイズを、唖然として見つめていた。