禁じられた秘薬
セバスチャンは、目を覚ます。
戦いの最中だというのに、一瞬だけ気絶してしまっていたようだ。
戦士としてあるまじき行為。
命があるのは、運が良かっただけだろう。
セバスチャンは、顔を上げる。
そして、周りの景色を見て、驚愕する。
ここは、帝都ではない。
いや、この世の光景ではない。
まともなのは、セバスチャンの眷属であるワイバーンやドラゴンだけであった。
帝都の建物があったはずの場所には、血管の浮いた肉の塊が乱立し。
足元を見ると、今セバスチャンが立っている場所も、悍ましい肉塊の上であった。
周囲には、人間の大きさをした、全身に目玉と口と触手が付いた、謎の生き物がうじゃうじゃと蠢いている。
一体、自分は何をされたのだ。
ひとつ、思い当たることがある。
おそらくは上空に浮かんでいた大絨毯の主。
先ほどのアイからの通信で、その存在を聞いた。
タタリヒメ。
呪術を使う、大魔法使い。
セバスチャンは呪術については詳しくなかったが、今見ている光景は、まさしく呪われているとしか思えない場所。
きっと、呪いと暗黒の支配する世界に、眷属ごと放り込まれたのだろう。
セバスチャンに迫って来る、触手の付いた目玉と口だらけの生き物たち。
セバスチャンを食らおうと、がちがちと歯を鳴らしている。
後ずさりをするセバスチャン。
セバスチャンは、呟く。
「オイラにはよぉ、近衛の皆が待ってんだ。
近衛騎士団長として、帝都を守んなきゃいけねえ。
そんで、団長をロロに譲って、のんびり老後を過ごすんだ。
こんな所で、手前らなんかに食われる訳にはいかねえんだよぉ!」
セバスチャンは、右手を掲げ、空中に幾つもの魔法陣を描く。
「出て来い!ワイバーンども!
レッド!戦えるか!?」
セバスチャンの声に、レッドドラゴンが吠える。
「誰に物を言っておるのだ、セバス!
おのれ、何者か知らんが、このような場所に儂を放り込みおって!許すまじ!
セバス!この場所を丸ごと破壊するぞ!」
レッドドラゴンが、周囲へと超高温の炎を撒き散らす。
ウォーチーフは馬に乗ったまま、油で出来た槍を、黄金騎士団の団長、スターライト侯爵へと放つ。
だが、スターライト侯爵の横に居た、副団長と思われる人物が、黄金の盾で、油の槍を防ぐ。
ウォーチーフは、スターライト侯爵を睨みつける。
「よぉーやく、正体を現したやがったな。この金ピカ野郎」
スターライト侯爵は、ウォーチーフ達、第九騎士団の面々を、冷たい目で見下す。
「誰かと思えば、下賤な山賊どもではないか」
「じいさんに、何をした」
「わざわざ教えてやる気もないな。これから面白い事になるのは、確かだが」
「てめえ、何が狙いだ。なぜ帝国を裏切る」
スターライト侯爵は、黄金騎士団を従え、身を翻した。
「百年前、帝国に力づくで奪われし、我が王国。それをまた、力づくで取り戻すだけのこと」
百年前、帝国が戦争で天下統一をするまでは、周辺には、様々な国で溢れていた。
それを、初代皇帝マグナ・ダイアが、戦争で統一した。
現在、帝国で『侯爵』と呼ばれる者は、戦争により帝国の配下となった国の、王家の血筋だ。
スターライト侯爵もまた、帝国に統一されていなければ、一国の王となった者である。
スターライト侯爵は、百年前に失った、自分の王国を取り戻すつもりなのだ。
そのために、キールたちと手を組み、情報をマルに流し、狂戦士薬をセバスチャンへ打ち込んだ。
これが血塗られた道であることなど、もはや気にもしていなかったのだ。
スターライト侯爵は、ウォーチーフへと告げる。
「我々は、そろそろお暇する。貴殿らも、逃げた方がよいと思うぞ」
「ハッ!こんなゾンビどもなんざ、俺たちが片付けてやるよ。第九騎士団は、食った分だけ働くのさ」
「歩く死者どもだけではない。帝国は今、終わりを迎えるのだ」
スターライト侯爵と黄金騎士団は、外壁の上を馬で走り、去って行く。
何かをされたらしいセバスチャンは、足元の地面を見つめたまま動かない。
「おい、じいさん。大丈夫か」
セバスチャンへと近づく、ウォーチーフ。
すると、セバスチャンがギロリと睨む。
本来は白目に当たる部分が、全て真っ赤に染まっていた。
後ずさりをするセバスチャン。
セバスチャンは、呟く。
「オイラにはよぉ、近衛の皆が待ってんだ。
近衛騎士団長として、帝都を守んなきゃいけねえ。
そんで、団長をロロに譲って、のんびり老後を過ごすんだ。
こんな所で、手前らなんかに食われる訳にはいかねえんだよぉ!」
セバスチャンは、右手を掲げ、空中に幾つもの魔法陣を描く。
「出て来い!ワイバーンども!
レッド!戦えるか!?」
セバスチャンの声に、レッドドラゴンが吠える。
「誰に物を言っておるのだ、セバス!
おのれ、何者か知らんが、このような場所に儂を放り込みおって!許すまじ!
セバス!この場所を丸ごと破壊するぞ!」
レッドドラゴンが、周囲へと超高温の炎を撒き散らす。
ゾンビの群れが、焼けて灰になってゆく。
セバスチャンの頭上の魔法陣からは出てくるのは、何体ものワイバーン。
皆、白目が赤く染まっている。
叫ぶセバスチャン。
「くたばりやがれ!化け物どもがぁ!」
ワイバーンの群れが、第九騎士団へと襲い掛かる。
ウォーチーフが、騎士団へ命令を下す。
「総員、撤退!一旦、東門へと向かえ!」
馬に乗り、逃げ惑う第九騎士団。
空からは、ワイバーンの炎が降り注ぐ。
次々と、焼かれゆく騎士たち。
油の壁で炎を防いだウォーチーフが、通信兵へ聞く。
「テレパシーネットワーク、使えるか?」
「へい!いけますぜ!」
「なら、全騎士団へ伝えろ」
そして、全ての騎士団へと、響き渡るテレパシー。
黄金騎士団は裏切った。
セバスチャンは、スターライト侯爵に何かをされたらしく、周囲に見境なく攻撃をしかけているが、原因不明。
一体のワイバーンが、王城へ迫る。
それは先ほど、セバスチャンが副団長を迎えるために寄越した一体。
だが、そのワイバーンも、白目が赤く染まっていた。
まっすぐに王城の最上階へ向かうワイバーン。
そして王城へ、その口から炎を放射する。
しかし、その時。
一本の矢が、王城の奥から飛来する。
その矢は、吐かれた炎の塊を吹き飛ばし、そのままワイバーンの胴体へ風穴を空ける。
血を流し、王城の中庭へと落ちてゆくワイバーン。
「うえー。私、ワイバーン苦手なんすよねぇ」
一人の、女性の声がする。
彼女は、白いブラウスと白いロングスカートに革のブーツと、服装こそはただの町娘。
明るい茶色の長い髪の毛は、左右の三つ編みのお下げにして。
青白い顔には、丸い眼鏡を掛けている。
しかし、その左手には、女性の背丈よりも長い、黄金の弓。
ロロの眷属であり、妻の一人である、リリアナ・”ザ・シューティングスター”・グレイだ。
「でも、私の大切なご主人様に仇なすものは、誰であろうと許さないっす」
その眼鏡の奥の茶色い瞳は、今は金色に輝いている。
リリアナの千里眼だ。
その眼差しは、帝都南門へと向けられていた。
「えっ。な、なんすか、これ……」
リリアナは、見る。
千里眼で。
南門を。
竜たちの炎により、焦土と化した南門を。
★
「セバっさん!やめろ!」
エリザベスが、ワイバーンに乗って飛行するセバスチャンへと、叫ぶ。
だが、セバスチャンは、聞く素振りすら見せない。
数体のワイバーンが、第一騎士団へと向かってくる。
「くそ……!やるしかないのかよ!」
エリザベスは、嵐の聖剣ヴィーナスを振るい、第一騎士団を竜巻で包み込む。
ゾンビを巻き込むと、感染した血の雨が降るため、外壁よりも上だけに竜巻を発生させるという、ずいぶんと器用な技を繰り出していた。
上空では、竜巻に吸い込まれ、かまいたちで切り裂かれる、数体のワイバーン。
聖剣ヴィーナスは、この『スーパーローテーション』と呼ばれる、竜巻の技が本来の力である。
先ほどまでの、ゾンビに対しては、竜巻が出せずに、ただの突風で灰を散らしていただけだった。
それは、本来の力の十分の一にも満たない、小技。
皮肉なことに此度の戦いでは、狂戦士と化したセバスチャンに対抗する今、ようやく全力を出せる機会が訪れたのだ。
セバスチャンは、ワイバーンに乗り、レッドドラゴンの背へと向かう。
「レッド!もう暑いだの何だの、言ってる場合じゃねえ!あの肉の壁だ!たぶん、あそこを抜けた先に帝都に戻る道がある!」
「セバス!儂も今、そう思っていたところだ。あの肉の壁が、この世界の出口を塞いでいるように思えるわ」
セバスチャンとレッドドラゴンは、意味不明なことを口走り、しかし、互いにのみ意味が通じ合っているようだった。
セバスチャンは、ワイバーンから飛び降り、レッドドラゴンの背に乗る。
レッドドラゴンが、吠える。
「ゆくぞ、セバス!儂にマナを寄越せ!」
「ああ、たっぷりとくれてやらあ!」
セバスチャンは大気中に存在する、膨大な量のマナを吸い込み、その流れによりセバスチャンの周囲の空気が歪む。
レッドドラゴンは、頭を持ち上げ、帝都南門を見つめた。
「なんという、悍ましき肉の壁よ。儂の炎で、焼き尽くしてくれるわ!」
レッドドラゴンは、たっぷりと息を吸い込み。
極大の火炎を、南門へ向けて吐き出した。
エリザベスが、第一騎士団へと叫ぶ。
「そ、総員、退避ぃ!」
第一騎士団も、その場に居た別の騎士団も、蟻の子を散らすかのように、徒歩で、箒で、絨毯で、南門から退避する。
そして、南門へと、強力無比な獄炎が叩き込まれた。
熱を持った衝撃波が、帝都の街並みへと襲い掛かる。
それは、王城を吹き抜け、反対側の北門までも届いたほど。
衝撃と風圧で、倒れ込む民衆たち。
鋼鉄で出来た南門。
しかし、いくら頑丈な鋼の門と言えど、魔王レッドドラゴンの灼熱の火炎放射には、到底耐えられず。
炎を浴びて、溶けて行く。
閂が燃え尽き、蝶番が焼け、両開きの門は、そのまま外壁の内側へと吹き飛んだ。
門を打ち破った火炎は、そのまま勢いを失わず、帝都内部の街道を、走る。
多くの民で、ごった返す街道。
そこに浴びせられる、灼熱の火炎。
燃えて、灰となって行く民。
おそらく数百名が、焼け死んだであろう。
焼けて炭となって崩れ落ちる、数十のカラフルな屋根の建物。
倒壊する建物の下敷きになり、命を落とした帝国民も少なくなかった。
この一撃。
この、たった一撃で、帝都は地獄へと変わる。
南門付近の住宅地は、大火事になって燃え盛り。
破壊された南門からは、真っ赤な鱗のドラゴンが、帝都に入り込み。
そして、そのさらに向こう側から迫って来るのは、十万近くの、感染性ゾンビ。
民衆は、逃げ惑う。
どこに逃げればいいのかも分からずに。
そこへ、紫の炎を足の裏から噴射して、デイズが駆けつける。
まだ焼けていない住宅の屋根瓦に着地したデイズは、民衆たちに叫ぶ。
「みんな!北に向かって!お城の向こう側!今一番安全なのは、そこです!」
住民は、我先にと、北側へと駆ける。
デイズはアイへと、テレパシーが繋がるように、頭の中で呼びかけた。
「アイちゃん、誘導したよ!」
「ありがとぉ!デイズちゃんも、他の騎士団のみんなと一緒に避難して~。
えっとね、裏切った第二十三騎士団の拠点が空っぽになってて、近くにあるっぽいから、みんなそこに……」
すると、アイにロロから緊急通信が入ったようだ。
「えっ?どうしたんですか、ロロ様?お城?お城に来てもらえばいいのぉ?
デイズちゃん!ロロ様が、お城に来てって!」
「お城ね!今行く!」
デイズは、足から紫の炎を噴き出し、空を駆け抜ける。
帝都の中央にそびえ立つ、二本の塔。
その左側である、王城へと。
★
「やっと、夜が来ますわ」
タタリヒメは、大絨毯の中央に備え付けられた、屋根付きの豪華な椅子から立ち上がる。
黒い羽織を、いつものように引き摺って。
絶世の美女と言っても過言ではないタタリヒメ。
だがその目は、光の無い暗闇であった。
夜明けから始まった、プレイグの襲撃。
予想に反して、帝都はなかなか落ちなかったが、夕暮れとなった今、ようやく狂戦士薬を注入されたセバスチャンの手により、南門が崩壊した。
そして都合のいいことに、これから夜が来る。
暗黒術を使うタタリヒメの時間だ。
タタリヒメの大絨毯の後方には、鉄で作られた檻が、山盛りになっていた。
この中に、帝国人の奴隷を沢山詰めて帰るのだ。
評議会のメンバーは、帝国人の性奴隷が欲しいらしい。
タタリヒメも、自らの美しさを保つため、純潔の乙女の血を、たっぷりと浴びたいのだ。
この檻はこれから、必然的に若く美しい娘で溢れかえることになるだろう。
タタリヒメは、絨毯の最前に立ち、帝都を見下ろす。
南門は既に破壊され、そこからセバスチャンとレッドドラゴンが入り込み、炎を撒き散らしている。
南門の周辺は、大火事になり、帝都中に燃え広がって行くのが見える。
人々は、どうやら城の向こう側の、北に避難しているようだ。
タタリヒメが、おもむろに左手を、頭上に掲げる。
すると、タタリヒメの足元の影から、幾万という膨大な数の紙人形が、列を成して吹き上がって来た。
「わたくしの式神にも、人を食べさせないと、力が落ちてしまいますもので。
うふふふ。丁度、たっぷりと人が集まるみたいですし、わたくしはこのまま北側に向かおうかしら」
すると、その脇に居た、キールとミーシアが適当に返事をする。
「勝手にしろ。俺は、城のあたりで降りるぞ。俺の目的は、たぶんそこに居る」
「私も」
どうやらミーシアも、同じようだった。
今までは、単純にキールに付いてきただけだと思っていたが、ミーシアにも何かやりたい事があるらしい。
タタリヒメが、キールたちには見向きもせずに、声だけで返答する。
「お二方とも、お好きなようになさってくださいまし」
タタリヒメは、両手を大きく広げ、式神を呼ぶ。
「おいで。小豆洗い、のっぺらぼう、一つ目小僧」
タタリヒメの影が、墨汁を零したかのように広がって行く。
そして、その影の水面から、這い上がって来る、三つの人影。
ざるに小豆を乗せた、老人。
顔が無い、着物を着た女性らしきもの。
顔の中央に、大きな目が一つだけ付いた、子供。
キールは、それを見て素直に言う。
「なんだか、不気味なだけで、全然強そうに見えねえぞ」
タタリヒメは、肩越しに振り向き、妖艶に笑う。
「うふふふ。見かけに騙されてはいけませんよ。
大魔法使いの祟り、とってもこわいのですよ?」
帝都の住民も、騎士団も、ロロたちも知らない。
地獄は、まだ始まったばかりなのだという事を。