決意
矢を射り終えたリリアナは、黄金の弓を構えたまま、涙を流し、ロロへと伝えた。
「うぐっ、ロロ氏、緑の服の女、撃破したっす……。
イザベラママ、敵、取ったっす……。
うううっ。うえええん」
リリアナは黄金の弓に寄りかかり、大号泣する。
リリアナは、ロロと結婚した後、デイズの家族とは、ここ数か月でとても仲良くなっていたのだ。
特に、イザベラ。
まれにしか休みがない近衛騎士だが、その貴重な休みを共に過ごした。
一緒に服を買いに出かけ。
話題のスイーツを一緒に食べて。
戦闘の腕が落ちないように、互いに訓練の相手ともなった。
リリアナの両親は、リリアナに興味を持たなかった。
リリアナに取って、イザベラは実の母以上に、母として慕っていたのだ。
リリアナ以外にも、同僚の死に涙する近衛騎士も多かった。
共に死線を潜り抜けてきた、十名。
リリアナ同様、実の家族以上に親しい仲同士もいた。
敬愛するセバスチャンが、二度と戻らぬ狂戦士へと変化した時に、既に心が砕けそうになっていた者も多く。
そこへ、マルの毒により、死亡した十名の近衛騎士。
治癒術師のボラン教授は、後悔の重さに圧し潰されそうになっていた。
なぜ、制止するミラージュ男爵の手を振り払ってでも、助けに行かなかったのか。
もしかしたら、間に合ったかもしれない。
もしかしたら、死なせずに済んだかもしれない。
何が近衛の治癒術師だ。
何が教授だ。
大切な仲間すら救えない、役立たずではないか。
リリスは、長い金髪を振り乱し、近くの女性の近衛騎士に抱きかかえられながら、泣き崩れる。
亡くなった十名の中に、婚約者がいたのだ。
マルの毒を風で包んだ、風術師の男。
つい先日、リリスの咲かせた薔薇の花びらを、風で宙に舞わせて、プロポーズをしてくれた。
優しい笑顔の彼は、もういない。
ロロは、後ろを振り返る。
百体のスケルトン兵が立ち並んでいる。
ロロが一歩を踏み出すと、スケルトン兵の列は、真っ二つに割れ、道ができる。
ロロは、スケルトンたちの間を歩く。
目の前には、気丈に立ちながらも、涙を堪え切れぬ近衛兵、三十九名。
最後の一人であるデイズは、ロロの後ろへ付き従っていた。
ロロは、デイズを含む近衛兵たちに、話す。
「死霊術で、蘇らせることは、できます」
近衛兵たちが、ロロを見る。
たった今、死亡した十名の事を言っているのだ。
ロロは続ける。
「もう眷属の数は限界なので、これ以上眷属を増やすことはできません。
だから、蘇らせた人が、この世に留まる事ができるのは、ほんの一時です。
僕は、この戦いが終わった後、帝都中の死んだ人々を蘇らせるつもりです。
原虫に感染してゾンビになった人だけはもう無理ですが、それ以外の全員を。
おそらくは、何千人か、場合によっては何万人か。
この規模の死霊術を使ったことはありません。
たぶん、蘇らせられたとしても、もって数時間程度でしょう。
僕は、その貴重な時間を、戦うためだけに、使って欲しくない。
幸せに過ごすことに使って欲しい。
だから、蘇らせるのは、今じゃない。
何もかもが終わって、平和になった時です」
ロロは、近衛騎士たちに頭を下げる。
「お願いします。
生きてる人のためにも。
死んじゃった人のためにも。
今は、敵を倒すことに協力してください」
黙りこくる、近衛騎士たち。
立ち尽くし、泣き崩れた姿勢のまま、ただ、ロロを見ていた。
それは果たして、どのような感情だったのだろうか。
絶望に沈んだままの、悲しみか。
死んだ仲間を蘇らせられる、希望か。
それを数時間しか持たせられない、ロロへの怒りか。
帝都を守護する、騎士としての責務か。
そこに、ロロへと歩み寄る、一人の影。
涙で滲む、黒と赤のオッドアイ。
オーバードライブ。
彼は、ロロへと黙って近寄り。
ロロの肩に、そっと触れる。
近衛騎士たちは、ただそれを見ていた。
次に、リリスが腕に着けた鋼の籠手で、涙を拭く。
歯を食いしばり、立ち上がるリリス。
怒りに燃える、青い瞳。
リリスは、どしどしと、重く踏む足音を鳴らし、ロロの目の前にやってくる。
リリスは、ロロに要求する。
「団長。手、上げて。顔の横に」
ロロは、不思議そうな顔をしながらも、言われたとおりに、顔の横に、左手を軽く上げる。
そこへ、リリスが思い切りハイタッチをした。
ロロは、衝撃と痛みで、手が吹き飛びそうになる。
リリスは、ロロの横を過ぎ去り、スケルトン兵の間を抜けて、絨毯の先頭へと向かう。
「絶っっっ対!あいつら許さないんだから!」
じんじんと痛むロロの左の手のひら。
だが今は、その痛みが頼もしい。
近衛騎士たちは、ただそれを見ていた。
だが、その目には生気が宿る。
元『防人』団長、”ザ・リフレクター”ミラージュ男爵が、ロロの前に立つ。
ミラージュ男爵は、被っていたシルクハットを無言で取り、深々と礼をする。
ロロも、無言で礼を返す。
ミラージュ男爵は、大絨毯の中央に居る、皇帝の横に向かって歩きながら、どこからともなくステッキを取り出し、掲げる。
大絨毯が、再び薄緑のバリアで包まれた。
近衛騎士たちは、前を向く。
燃える決意を、胸に秘め。
ガラスの剣を操る男は、ロロと握手を交わす。
青銅術師の兄弟は、ロロの左右の肩を、それぞれ軽く叩いて、笑い合った。
鋭い岩の弾丸を放つ中年の女性は、ロロと拳同士を合わせる。
アイと連携してテレパシーネットワークを構築していた、通信兵は、ロロに敬礼をする。
ロロもまた、通信兵に敬礼を返した。
騎士たちは、次々とロロの元に向かう。
その顔には、もう迷いは無かった。
ボラン教授は、どこか遠い目をしていた。
覚悟の決まった顔で。
「団長。私は、もう悩まないぞ。
一人でも多く、だ。
一人でも多く、命を助ける事を誓おう」
ボラン教授は、ロロの左手を両手で包み込む。
治癒術師の手は、温かかった。
左目の潰れた、壮年の副団長。
セバスチャンの現状を聞き、今しがたまで、誰よりも深く沈んでいた彼。
その右目は、澄んでいた。
「団長。セバスチャン殿を、楽にして差し上げましょう。我々の手で」
ロロも副団長も、右手には杖を持っていた。
武装は、解かない。
だから、お互いに左手同士で握手する。
少しだけ、笑い合う。
三十九人の騎士たちは、それぞれのやり方で、ロロへと感謝の意を表す。
大絨毯の上で、配置へ着く、騎士たち。
そして、四十人目の騎士が、ロロの前へと姿を現した。
黒髪のショートカットに、黒い目。
着用している学園の制服である、真っ白いブレザーは、所々が破けて、汚れていた。
スカートの下には、黒いスパッツを履いている。
ロロの第一夫人。
デイズ。
デイズは、先ほど副団長から貰った、近衛騎士団の紋章のバッジを、制服の胸元に着けている。
そして、ブレザーのポケットをごそごそとまさぐる、デイズ。
ポケットから引き抜いた手には、デイズの着けている物と同じ、ダイアモンドに巻き付く白蛇の紋章のバッジ。
「ロロ、団長なんだから、これ着けないとね」
デイズは、ロロの汚れたブレザーの胸元に、バッジを着けた。
先ほどまで泣いていた、デイズの瞳。
今はもう、ただ揺れているだけ。
「私ね、お母さんの作ったポトフが食べたいな。
最後に、ひとくちだけでもいいから。
だから、こんな戦いなんて、さっさと終わらせて、お母さんを生き返らせようね」
ロロは、デイズの頭を、左手で軽く撫でる。
そしてそのまま、左手を掲げる。
デイズはロロの左手に、思い切りハイタッチをした。
響く、音。
デイズの髪と目が、紫色に変わる。
紫の火の粉が、デイズの身体から散った。
四十一人目の騎士。
近衛騎士団長。
ロロ。
みんなの視線を一身に受けて。
帝都の南側を、見る。
そこには、九万のゾンビと。
数多の、ドラゴン。
そして、元、近衛騎士団長セバスチャンがいる。
竜の吐く炎で、城下町は燃え盛り、もう日が沈んだというのに、帝都を明るく照らしていた。
その燃える炎の明かりに照らされ、きらりと光る球体の何かが、西から迫ってきていた。
ロロは、後ろに控えていた副団長へと尋ねる。
「この絨毯、僕以外でも動かせますか?」
「可能です。十人がかりには、なりますが」
「では、操縦をお願いします。
あと、皇帝陛下たちを守ってください」
「了解しました。団長はどこへ?」
「この真下なら、ちょうど人がいないですので」
ロロは竜の炎に照らされ、地面に映る影を、杖で差す。
ここなら、今は人が居ない。
だから、彼を呼び出すには、ここがベストだ。
「がしゃどくろさん」
ロロの影が広がり。
その暗黒の水面からは、巨大な頭蓋骨が、にょっきりと生えてきた。
野太い声が響き渡る。
「来るわね」
「ええ。町の人々に被害が行かないよう、お願いします」
がしゃどくろは、最寄りの地面に誰も居ないことを確かめると、両手を思い切りつけて、影から這い出る。
そして大地を踏みしめ、立ち上がる。
燃ゆる町の灯が反射し、その骨がオレンジ色に染まる。
がしゃどくろは、頭上に両手を掲げる。
そして、バリアの壁を、横向きに発生させた。
それは、突如として帝都の上空に現れた、半透明の大地。
ロロは、とん、と絨毯から飛び降りる。
風圧で、なびく襤褸のコート。
その後ろから、百体のスケルトン兵が、ついてくる。
ロロとスケルトン兵は、降り立つ。
広い、バリアの舞台。
足元の半透明の地面の向こう側には、がしゃどくろとロロを見上げる、数千人の帝国民が見える。
ロロは、西を向く。
猛スピードで迫りくる、透明な球体。
その中には、ナインによく似た、細長いシルエットの、ポニーテールの女性。
あと数秒で、ロロへと接近するだろう。
ロロは、杖を構えた。
半透明のバリアに映る影からは、巨大な漆黒の触手が、何本も生えてくる。
ポニーテールの女性は、もうすぐ目の前だ。
だが、ロロは気付く。
女性を包む透明な球体にくっついている、きらりと輝く一本の糸。
そして、その糸にぶら下がっていた小さな人影が、凄まじい力で糸を引っ張り、一気にロロの上空へと、跳び上がる。
それは、十歳ほどの少年だった。
くしゃくしゃの赤毛。
ゆったりとした、白い服。
それが静電気で、波打つ。
少年が右手を掲げると、そこを中心に真っ黒な雨雲が渦巻き始める。
少年は、まだ幼い声で、ロロたちへと告げた。
「今度は、先手は打たせないよ」
少年の身体から、黄色い火花が散る。
それが、雨雲に伝播し、稲光が走る。
あとは、この腕を振り下ろすだけ。
それだけで、数十の雷が落ち、視界にある全ての命を奪うだろう。
だが、少年の八つの瞳孔は、見逃さなかった。
目の前の大絨毯。
そこから、何の気配も無く、少年へと跳ぶ、人影。
編み笠を被った、女の侍。
少年は、雷を落とすのを咄嗟に止める。
その代わりに、両手を前に突き出し、膨大な量の糸を、自らの前方に展開する。
触れれば致死の電気が流れる、蜘蛛の罠だ。
だが、その侍は、まるでただの糸を斬るように、すらすらと蜘蛛の糸を斬り裂く。
鋼よりも強く、稲妻の流れる、蜘蛛の糸を。
少年は、両の掌を合わせ、そして離す。
両手の指の間に紡がれる、糸の束。
もう既に少年の目と鼻の先に到達している、侍の女。
刀は一旦、鞘に納められていた。
居合の構えの侍。
だが、少年は知っている。
それが抜かれた時は、既に斬られた後なのだ。
少年は、予測する。
刀の軌道を。
侍の姿勢と、刀の柄に触れる手首の角度を頼りに。
そして刀が抜かれる寸前、予測した軌道上に、両手の指から伸びた糸の束を張る。
するとそこに、硬質な金属音と共に、突如現れる、刀身。
頑強な糸の束が盾になり、少年まで刃は届かない。
だが、抜いたのも、斬ったのも、まるで見えなかった。
相変わらず、非常識な剣技だ。
交差する、刀と糸。
編み笠の下で、侍はニヤリと笑う。
「こんばんわ、雷蜘蛛さん」
「奥さんたちの敵は討たせてもらうよ。勇者」
勇者 対 魔神
二年の時を経て、再び戦いが始まる。