【最終話】ネクロ・ロロ・ロマンス!
頑丈そうな木のドアが開けられると、ドアの上部に付けられたベルが鳴る。
店の中は、賑わっていた。
大盛況と言ってもいい。
ロロは、カウンター席で、この店の主である『ママ』直々に、ノンアルコールカクテルを作って貰っていた。
『ママ』は、長い金髪を揺らし、ジュースとジュースと混ぜて、アルコールの入っていないカシスピーチをグラスへ注ぐ。
ロロは、カシスピーチへ口を付ける。
うん、美味い。
ロロの隣のカウンター席に、一人の男が座る。
黒と赤のオッドアイ。
エメラルド帝国の近衛騎士、オーバードライブだ。
「ママ。酒くれ。おすすめなら何でもいい」
ママは長い金髪の頭を頷かせ、ジントニックを作り始める。
オーバードライブは、ロロへと声をかける。
「よう。グレイ伯爵」
そう、ロロは、男爵から伯爵へとなっていた。
男爵の領土の広さでは、ロロの領民が多すぎて、収まらないのだ。
あの帝都での戦いから、一年が経つ。
ロロは、感染性ゾンビ十万人を、感染源である原虫を焼き滅ぼした後、全員蘇らせたのだ。
しかし、ロロの元々の弱点であった、効果範囲の狭さ。
それが、ますます狭くなり、十万人のゾンビの民は、ロロを中心とした、死霊術の効果範囲から、外に出られなくなってしまったのだ。
結果、ロロは伯爵へと地位が上がり、その領地は、十万のゾンビと、彼らに会いに来る生者たちで賑わう、帝都を遥かに超える大都市となったのだ。
今、ロロは帝都にすら出かけられない。
グレイ領の中心である町から出ると、死霊術の効果範囲のギリギリに住まう死者たちが、塵へと還ってしまう。
そのため、デイズと一緒に、近衛騎士の位を返上し、帝立魔法学園も退学した。
ロロは、伯爵として、領地の運営に追われる日々だ。
ママが、オーバードライブの手元に、ジントニックの入ったグラスを置く。
ロロはオーバードライブとグラスを合わせ、カシスピーチを口に含んだ。
オーバードライブが、ロロへ近況報告を行う。
「それでな、グレイ伯爵。
グリーンハルト陛下、お前さんを近衛騎士団長に戻したがってるんだよ」
現在、近衛騎士の団長は、騎士全員の希望で、空席となっている。
副団長が、実質的に指揮をとっている状況だ。
ロロは、オーバードライブに返事をする。
「いや、近衛は無理ですよ。
僕、帝都どころか、隣町にある魔法学園にも行けないんですもん」
オーバードライブは、ジントニックを一気に飲み干し、ロロに顔を近づける。
「それがな。陛下、ここを帝都にするつもりだぞ」
「……はい?」
グリーンハルトの最愛の妻であるカサンドラも、死霊術の範囲内であるグレイ領に住んでいる。
そのため、皇帝陛下グリーンハルトは、グレイ領へと頻繁に足を運んでいた。
だが、遷都するなど、いくら何でもやり過ぎだ。
「お前さんの墓場の隣に、城を建てる気らしい。
おまけに、帝立魔法学園も、グレイ領に移設する話すら出てる。
お前さんに、近衛騎士団長と、学園長を、兼務して貰いたがってるんだ」
「……いや、僕、過労死しますよ」
「仕方ないだろ。陛下、お前さんの事が好き過ぎるからな」
グリーンハルトの、愛が重い。
「念のため言っときますけど、僕が死んだら、十万人が一斉に塵に還るんですからね?」
十万の死者は、ロロの死霊術が根源となっている。
ロロが死ねば、蘇った住民たちも、滅びる運命にある。
グレイ領には、いつか必ず、住民の大量死が待ち受けているのだ。
そこに、ママが話しかけてくる。
野太い声で。
「いいじゃない、ロロちゃん。
実務は出来る人に任せちゃえばいいんだから。
名前だけよ。名前だけ」
ママは、長い金髪のウィッグを、さらりと靡かせる。
そのウィッグの下の顔は、スケルトンだった。
ここは、『バー・がしゃどくろ』。
がしゃどくろがママとなり、切り盛りする、お洒落なバーだ。
ノンアルコールを中心としているため、数少ない学生歓迎のバー。
今も周りには、帝立魔法学園の生徒たちが、疲れた心身を癒しに来ている。
ロロは、がしゃどくろに告げた。
「でも学園がここに建ったら、がしゃどくろさんも、絶対にバリア術の教師にされるよ?」
「うっ……。わ、私には、この大切なバーがあるから……」
がしゃどくろは、額に汗を一筋流す。
そこに、またバーのドアが開いた。
ドアのベルが鳴り響く。
現れたのは、ベリーショートの銀髪の、小柄な少女。
アビゲイル・サファイア公爵令嬢だ。
「オバドラさん。またここに居たんですか」
「ああ……。見つかっちまった……」
嘆くオーバードライブ。
ロロとがしゃどくろは、揃って含み笑い。
「オーバードライブさんも、未来の公爵様ですからねぇ」
「俺、本当は、独り身が楽でいいんだけどなぁ」
がしゃどくろが、オーバードライブの手を、ぴしゃりと叩く。
「駄目よ、オーバードライブちゃん。
未来の奥様の前で、そんな事言っちゃ」
オーバードライブは、アビゲイル・サファイア公爵令嬢と婚約をした。
というよりも、アビゲイルの猛烈アタックが凄まじすぎて、婚約を受ける以外の道が絶たれてしまっていた。
長女のエリザベスは、当主の座を辞退したため、次女であるアビゲイルの夫のオーバードライブが、次期サファイア公爵となるのだ。
一介の冒険者から、皇帝の親族である公爵へと、一気に成り上がった、オーバードライブ。
本人的には、気が進まないらしい。
今、帝国では空前絶後の結婚ラッシュである。
エリザベスも、第一騎士団の、ガハハと笑う偵察兵と結婚した。
彼は、実は子爵の息子で、いい所のお坊ちゃんらしい。
一年前に、帝国を襲った、前代未聞の感染性ゾンビによる大災害。
滅亡を免れた、帝国のみんなが、思ったこと。
人は、容易く死ぬものだ。
あっけなく。
だから、いつ終わるか分からない人生を、後悔なく、目一杯楽しもう。
それが、片思いに悩む男女の心に、一斉に火をつけた。
帝国中でカップルが大増量したのだ。
生者も死者も関係なく。
今ではグレイ伯爵領のモットーにもなっている。
『悲しみより楽しみを』
人生を、一日でも、一分でも、いや、一秒でも多く、楽しく生きること。
いつか必ずやってくる死に怯えて、目を瞑り耳を塞いでも、その時間は、ただ失われていくだけ。
グレイ伯爵領の住民の宝物は、金銀財宝でもなければ、強力な魔法道具でもない。
笑顔に満ちた人生と、幸せな死だ。
ロロは、がしゃどくろに代金を渡し、席を立つ。
「あら、ロロちゃん。もう行っちゃうの?」
「はい。デイズたちと待ち合わせているので」
去り行くロロに、オーバードライブが、質問を投げかける。
「グレイ伯爵。グリーンハルト陛下が、世継ぎを生むため、第二婦人を迎える話、聞いてるか?」
「ええ。相手は、フライングパンの姫君でしたよね」
これも、一年前の戦いの禍根を少しでも無くそうと、帝国とフライングパンが同意した。
ようするに、政略結婚だ。
だが、グリーンハルトの第一夫人であるカサンドラは、ゾンビのため子が産めない。
元々、第二婦人は迎えなくてはいけなかったのだ。
これもある意味、渡りに船なのだろうか。
オーバードライブが続ける。
「そんでな。陛下、女の子が生まれたら、お前さんと婚約させる気だぞ」
「ぇぇ……」
「グレイ伯爵。残念ながら、お前さんもグレイ公爵となるのは、ほぼ確定だ。
陛下、女の子が生まれるまで、子供を作り続けるって言ってたしな」
グリーンハルトの、愛が重い。
ロロは、まだ生まれてもいない、将来の妻を思いながら、がしゃどくろたちに手を振り、その場を後にする。
バー・がしゃどくろのドアを開け、外に出る。
ロロの目の前には、数千の高層建築が、そびえ立っていた。
これも、十万の死者が、狭いグレイ領で生活するため、建てられたものだ。
高層建築に関しては、フォレストピアからの難民が、技術を提供してくれた。
フォレストピアは、あの戦いの後、解体されて、元の幾つかの国へと戻ったのだ。
元々、フォレストピアの軍人は、評議会に家族友人を人質に取られて、仕方なくなった者ばかり。
ここで、誰よりも圧倒的に活躍したのが、ナインだった。
フォレストピアに近づく者は、街道警備隊により、攻撃魔法の雨を浴びせられる。
だが、大陸最速のナインは、襲い掛かる攻撃魔法を、難なく素通りし、一気に評議会を制圧した。
最大の戦闘力であった、タタリヒメやマルがもう居ないことも、ナインにとっては僥倖だった。
斯くして、人質は解放される。
フォレストピアの民は、英雄ナインを称えた。
そもそも、フォレストピアの民は、戦など好きでも何でもない、善良な者ばかり。
また、マルの死亡により、虫よけの薬が作られなくなり、病原体を持つ吸血昆虫の脅威も迫っていたことから、フォレストピアの住民の半数は、魔の大森林から飛び出し、帝国へと亡命した。
逆に、もう半分は、森と共に生き、森と共に死ぬことを選んだ。
それもまた、一つの人生だと思う。
今までは、帝国の家屋と言えば、木か石が建材だった。
だがフォレストピアの技術者によって、もたらされた新たな建築方法は、建物の壁や柱の内部に、鋼鉄を使う事。
鋼鉄の柱で建物全体を支え、それを木や石でカバーする。
それによって、今までは不可能だった、数十階建ての高層建築を行うことができたのだ。
鋼鉄術師は今、建築業界に、ひっぱりだこだ。
まさか、鋼鉄を建物の壁や柱に使うなど、本人たちも思っていなかったようだ。
ナインに関しては、罪と功績が、あまりにも大きすぎて、裁判所も判決を悩んだらしい。
かたや、十万の帝国民の殺人幇助と、皇帝の殺害未遂の、大悪党。
かたや、帝都の戦いでは全帝国民を守り、フォレストピアの十万の無辜の民を解放した、大英雄。
最終的には、未遂で終わった罪よりも、実際に行った功績が認められ、執行猶予五十年付きでの死罪となった。
五十年の間、これ以上罪を犯さない限りは、要するに無罪だ。
ロロが上空を見上げれば、高層ビルの間には、数百万の半透明の魚が、大群を成して泳いでいた。
そのさらに上には、真っ白な、長大な蛇の胴体。
あの白蛇様は、なんだかんだで、ちゃんとロロたちを見守ってくれていた。
恐るべき早さで急成長するグレイ領は、白蛇様にも好評なのかもしれない。
あの土地神様が土地を見守るのは、義務でも何でもなく、ただの趣味のようなのだ。
でも、それもまた、いいと思う。
そこに、通りの向こうから、デイズたちがやって来た。
ロロの可愛い、ゾンビ娘たち。
三人の妻たちがロロに駆け寄り、抱き着く。
ロロは妻たちを受け止め、笑う。
「今日も、結婚式とお葬式が、いっぱいやってるよ。
屋台で何か食べようか」
ロロは、妻たちを伴い、街を歩く。
グレイ領では、ほぼ毎日、幾つもの結婚式と、幾つもの葬式が、行われていた。
ロロの死霊術で蘇らせた人間も、寿命には敵わない。
人の魂というのは、肉体の寿命が来ると同時に、滅びるようなのだ。
魂を別の肉体に移し替えても、残りの寿命は変わらない。
ティナ・シールのように、氷の中で眠っていれば別なのだが。
魂の世界を見えるロロにも、消えた魂がどうなるのかは、分からなかった。
自然の中へと還って行くのかもしれない。
または、全く別の世界へと行くのかもしれない。
しかし、誰にも分からない以上、今みんなにできるのは、この世を謳歌する事のみ。
そして、驚くべきは、グレイ領では、何よりも葬式が、明るく派手なのだ。
『悲しみより楽しみを』
グレイ領の民は、このモットーを、死にゆく人を見送る時も忘れない。
まるでお祭りかと言わんばかりに、盛大に、滅びゆく死者に別れを告げる。
ロロは、屋台で牛肉の串焼きを買って、妻たちと食べながら、墓場へと歩いてゆく。
墓石の間を縫うように、複雑に張り巡らされた、通路。
それを抜けると、小高い丘の上に出る。
丘からは、数千の高層建築が建ち並ぶ、グレイ領を一望できた。
デイズが、ロロに報告を上げる。
「そういえば、ムラサメさん、やっとナインさんと結婚する気になったみたい」
その場の全員が、目を丸くする。
まさか、という思いと。
やっとか、と言う思いで。
デイズが、笑いながら言う。
「ムラサメさんも、『たまにはこういうのも良いと思って』って言ってたけど、あれ絶対照れ隠しだよね」
ロロたちも、笑う。
なんて幸せな時間なんだろう。
ロロは、三人の妻たちの頬に、順番にキスをする。
デイズ。
ティナ・シール。
リリアナ。
みんなが居てくれたから、幸せに生きていける。
「みんな。僕と結婚してくれて、ありがとう。
僕は、世界一の幸せ者だ。
これからも、ずっと一緒だよ」
ロロは、思いっきりの笑顔で、三人に抱き着いた。
その時、街の中から、一斉に風船が上がる。
それは、結婚式の祝福と、葬式の見送りが一緒になった行事。
箒に乗った魔法使いが、空から花びらを撒いていた
そして、空飛ぶ魔法使いを横切る、丸い影が一つ。
アイボールのアイだ。
アイは、薔薇の花びらが目一杯入った籠をぶら下げて、飛び回る。
籠の網目からは、花びらがすり抜けて、ひらひらと舞い落ちる。
アイは、生者と死者に、祝福を撒きながら、グレイ領の上空を、風に乗って飛んでいた。
★
「はい、ということで、私たちのご先祖様は、幸せに暮らしましたとさ」
それから二百年が経ち。
グレイ公爵夫人は、孫たちに、ロロの物語を聞かせていた。
まだ眠くないと、ごねる孫たちに、今日はもう終わりと、就寝を促すグレイ夫人。
だが、孫が一人、いない。
「あら?アニーは?」
孫たちが答える。
「図書室じゃない?」
「それか、またお墓にいるかも」
数人いる孫の中でも、一番上のアニーには、ほとほと手を焼いていた。
気が付くと、どこかに行っているのだ。
大体は、先祖代々伝わる図書室に籠っていることが多いのだが。
グレイ伯爵夫人は、図書室のドアを開け、中を覗く。
「アニー?いるの?」
返事は無い。
おそらくは、墓場だろうか。
「まったく、あの子ったら。誰に似たのかしらねぇ」
グレイ夫人は、カンテラに火を灯し、玄関で靴を履く。
屋敷のすぐ外は、広大な墓場。
墓石の間を縫うように、複雑な道が張り巡らされている。
「アニー!どこにいるの!」
グレイ夫人は、墓場の暗がりを覗き込みながら、アニーを探す。
やがて、小高い丘の上に辿り着く。
満月の光に照らされた、丘の上の広場へと。
そこには、灰色の襤褸のコートを羽織った、少女が居た。
アニーだ。
アニーは、長い黒髪に、黒目の少女。
まだ十四歳の少女。
ぞっとするほどの美貌を持っていたが、顔色は悪く、目の下には濃い隈があった。
羽織っているのは、初代当主である、ロロ・グレイのコートのレプリカ。
本物のコートは、とっくの昔に朽ち果ててしまっていた。
背丈がまだ足りないせいか、コートの裾は地面に引きずられている。
グレイ夫人は、孫娘を無事発見できたことにより、ほっと息を吐く。
「アニー。心配させたらいけませんよ」
グレイ夫人は、丘の上の広場へと足を踏み入れる。
そこで、初めて気が付いた。
アニーのそばに、誰かが居る。
「誰ですかっ!」
グレイ夫人は、咄嗟に杖を構える。
どうやら、若い男性のようだ。
まだ十代だろうか。
青いスリーピースのスーツを着て、頭には青いハットを被っている。
男性は、被っていた帽子を取り、グレイ夫人にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。エメラルド帝国・魔法軍・第一師団長のエバーブルーと申します。
ああ、失礼。『元』が付きますが」
グレイ夫人は、その名前を知っていた。
いや、このエメラルド帝国で、その名を知らぬ者はいなかった。
若き天才。
まだ十代の若さで、魔法軍の第一師団長を務めるほどの。
大海の水術師。エバーブルー。
だが、彼は三年前の、数千匹のコカトリス来襲を、たった一人で撃退し、その際に命を落としたはず。
名を騙る偽物だろうか。
だが、グレイ夫人も、昔は戦場で名を響かせた、武人。
その感覚が、目の前の若者の力は、本物だと言っている。
一体、何が起きているのか。
そこに、アニーが声が鳴る。
「エバーブルーさん、わたしの眷属になってくれるって。
わたしね、ずっと死霊術の勉強をしてたの。
初代当主様のロロ様が書いた本を、読んで。
ロロ様みたいに、軍人になって皆を守りたいの」
その美しい少女は、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。
少女の顔色は、常に青白く。
目の下には、濃い隈が。
長い髪も、墨のように黒い。
着ている灰色のコートもボロボロであった。
生温い風が吹く。
長い黒髪を揺らし。
コートの裾を、はためかせ。
アニーは、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。
十四歳のネクロマンサーのアニーが。
斯くして、少女の物語は、幕を開ける。
少女のネクロマンサーが、どのような人生を歩むのか。
新たなる物語が、今、始まった。
ネクロ・ロロ・ロマンス!
【完】