44 奥様。
「いらっしゃいませ、フィリマさん」
使用人の服装をしたエルシアが、玄関に迎えに来てくれた。
「それと、とりさん、ねこくんも」
「うむ、きたぞ」
「きたー」
「今日からしばらく、ご厄介になります」
私はえらそうにふこふこと手を振ってるふたつのけものを乗せたスーツケースを、お屋敷の中に引っ張り上げた。
お屋敷はやっぱり中も広い。この玄関だけで、私の家くらいは入っちゃいそう。
私、玄関で暮らしてます。うふふ。
「遅かったですね。何かありましたか?」
とエルシア。
「あ、うん……ちょっと道に迷って。それから、門でも待たされちゃって」
「え? 門で?」
エルシアは眉を寄せる。
「フィリマさんが来るって、ちゃんとお話を通しておいたのに」
「うん、二番目に来た門番さんはすぐに通してくれたんだけど。最初の門番さんは聞いてなかったみたいで」
「そうですか……」
エルシアはちょっと不審そうに首をひねったけど、それ以上は何も言わなかった。
「お荷物は、ここの部屋に置いてください」
エルシアは、私たちを比較的小さめの客室に案内してくれた。といっても、もちろん私の家の寝室よりは大きいんだけどね。
「まずは奥様にご挨拶に行きましょう」
「はい」
「奥様と会うのか。正装しないとな」
「そうだね!」
とりとねこは自分たちのしょってきた風呂敷をごそごそとあさって、中から1マグ硬貨を二枚取り出した。
「じゃあん」
「じゃじゃあん」
硬貨には赤と青の紐がついている。アランさんがこの前くれたメダルだ。大事に持ち帰ったんだよね。
「これを付けていれば、ぼくらも貴族感が出るだろう」
「そうだね!」
ねこは、とりの言うことには何でもそうだねって言うよね。
「あ、ごめんなさい。とりさんとねこくんはここでお留守番で……」
エルシアが申し訳なさそうに言った。
「奥様、厳格な方なので。ぬいぐるみが喋ったりすると、ちょっと」
「ちょっと?」
「驚いて、処してしまうかもしれないから」
「処す?」
何か分からないが、危なそうな響き。
これは言うとおりにしておいたほうが無難かも。
そう言おうと思ったら、変なところで妙に敏感なとりとねこはさっさと部屋のベッドに転がり込んでいた。
「じゃあフィリマ、行ってくるがいい」
「いってらっしゃーい」
ふこふこと手を振る。完全にお留守番態勢。
「あ、うん……」
まあ、奥様に余計なことを言われて仕事が台無しになっても困るし。
私だけで行こう。
「じゃあ、フィリマさん。こっちです」
「はーい」
エルシアの後ろについて長い廊下を歩く。二回角を曲がったところで心配になった。
「ごめんなさい、エルシア」
「はい、なんでしょう」
「私、すっごい方向音痴なの。だから、帰りもさっきの部屋まで連れて帰ってくれる?」
「あ、はい。もちろん」
エルシアはくすりと笑う。
「こんな広いお屋敷、一度じゃ分かりませんよね。私も新人の頃は苦労しました」
うん、一度じゃっていうか……。多分、あなたが思ってる百倍は方向音痴です、私。
まあいいや。帰りの確約は取れたから、安心して歩ける。
窓から見えるお庭はきちんと整備されていて、すごく立派だった。
私のカフェもこんな感じの庭にしたいけど、さすがに無理かあ。
整備って一度すればそれで終わりじゃないもんね。維持するには手間もお金もかかるし。
それに、うちはこんなに広くないから、貴族のお屋敷の真似をしても結局無理が出ちゃう。
あと、とり帝国を解体しないといけないしね。
「ここです」
「あ、はい」
そんなことを考えながら歩いていたから、全然ルートを覚えてこなかった。気が付いたら応接室に通されていた。
「ここでお待ちください」
「はい」
エルシアが出ていく。
ぬいぐるみでもないのに、座ったら「ふっこり」という表現が似合いそうなくらいに深く沈むソファに座ってしばらく待っていたら、ドアが開いた。
入ってきたのは、すごくちっちゃな奥様だった。後ろに控えるエルシアよりもずっと低い。
ええと、私の半分くらいの身長。ジョイスさんと比べたら、三分の一もないかも。
歳は多分五十歳くらい。
まんまるく太った身体を紫色のドレスに包んで、耳とか首とか指とかには色とりどりの宝石の付いた装身具。
すごーい。
絵に描いたようなお金持ち。
奥様はてくてくと歩いてくると、私の前で止まった。
私は慌てて立ち上がる。
「初めまして、奥様。私、冒険者ギルドから派遣されてまいりました、魔法使いのフィリマと申します」
奥様は足の先から私の顔までじろりと見上げたあとで、ふん、と鼻を鳴らした。
「立ったから、まあ良しとしようかしらね」
「は、はい?」
「私が来たのに座ったままだったら、そんな無礼な輩は処してやらなきゃと思ってたからねえ」
奥様はそう言ってにやりと笑った。
「しょ、処す、ですか……?」
「そう。処されなくてよかったねぇ」
また、にやり。
魔女。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
本当に魔女と呼ばれていた私よりも、百倍くらい魔女っぽい笑顔だった。
とりとねこを連れてこなくて、本当に良かった。
私はエルシアの判断に心から感謝した。