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『期限切れの罰ゲーム』——美少女の嘘と俺の復讐、そして十年後の“再生”について - 第二話 崩壊の教室
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『期限切れの罰ゲーム』——美少女の嘘と俺の復讐、そして十年後の“再生”について  作者: ledled


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第二話 崩壊の教室

空はどこまでも青く、雲ひとつない快晴だった。

これ以上ないほどのデート日和だ、と俺は天気予報アプリを見ながら一人ごちる。

今日は日曜日ではないけれど、俺の心は既に週末へと飛んでいた。

通学路を歩く足取りは、羽が生えたように軽い。鞄の底には、丁寧にラッピングされた小さな箱が鎮座している。

渡すのは日曜日だが、学校に持っていくだけで、なんだかお守りのように俺を勇気づけてくれる気がした。

学校の下駄箱で靴を履き替えていると、視線の端にレナの姿が見えた。

彼女は友達と談笑していたが、俺の姿を見つけると、一瞬だけ表情を強張らせたように見えた。けれど、すぐにいつもの花が咲くような笑顔を向けてくれる。


「あ、翔太くん! おはよう!」

「おはよう、レナ」


駆け寄ってくる彼女の髪から、ふわりと甘いシャンプーの香りが漂う。

それだけで、俺の脳内からはドーパミンが溢れ出しそうになる。

単純すぎるかもしれないが、恋をしている男なんてこんなものだろう。


「昨日はごめんね、MINEの返信遅くなっちゃって」

「ううん、全然。忙しかったんでしょ?」

「うん……ちょっとね。あ、あのさ翔太くん」

「ん?」


レナは少し言い淀み、視線を泳がせた。


「日曜日のことなんだけど……」

「どうかした? まさか、都合が悪くなったとか?」


心臓が少し跳ねる。

まさか、という不安がよぎるが、レナは慌てて首を横に振った。


「ううん、違うの! 楽しみすぎて、昨日服を選んでたら寝不足になっちゃって……変な顔してたらごめんねって言いたかっただけ」

「なーんだ、そんなことか。レナはどんな顔でも可愛いよ」

「もう、翔太くんったら朝から恥ずかしいこと言わないでよ」


レナは頬を赤らめて俺の腕を軽く叩く。

その仕草も、はにかんだ表情も、すべてが完璧だった。

そう、完璧すぎたのだ。

今にして思えば、その時の彼女の笑顔は、あまりにも完成された「演技」のようだった。

瞳の奥にある微かな揺らぎや、時折見せる影のようなものに、俺は気づかないフリをしていたのかもしれない。

あるいは、幸せというフィルターが、不都合な真実を塗りつぶしていたのか。


予兆は、放課後に訪れた。

その日、俺は担任に頼まれて生徒会の資料整理を手伝っていた。

地味で目立たない俺は、こういう雑用を頼まれることがよくある。以前なら面倒だと感じていたが、今は違った。

この作業が終われば、レナと一緒に帰れるかもしれない。そう思うだけで、単調な作業も苦にならなかった。

作業が終わり、職員室を出たのは午後六時を回っていた。

校舎内の人気はまばらで、廊下は薄暗くなり始めている。

運動部の掛け声が遠くから聞こえてくる以外は、静寂が支配していた。

俺は急いで教室へ戻った。レナには「終わったら連絡する」と伝えてあったが、返信はない。

まだ待っていてくれるだろうか。それとも、先に帰ってしまっただろうか。

教室のドアに手をかけようとした時、中から話し声が聞こえてきた。


「……でさあ、マジウケるんだけど」

「キャハハ! それヤバくない?」


下品な笑い声。

聞き覚えのある、嫌な声だった。

俺の手が止まる。

ドアの小窓からそっと中を覗くと、教卓の周りに数人の男女が集まっていた。

黒川ダイキとその取り巻きたちだ。

机の上に腰掛け、土足のまま椅子に足を乗せているダイキ。その横で媚びるように笑うミキとケンジ。

そして、彼らに囲まれるようにして立っている、一人の女子生徒。

高槻レナだった。


(レナ……? なんであいつらと?)


俺は息を潜め、壁に背を預けて聞き耳を立てた。

入っていって声をかける勇気はなかった。ダイキたちは俺の天敵だ。関わればロクなことにならない。

レナが困っているなら助けたいが、様子を見る限り、彼女は彼らと普通に会話しているように見えた。


「てかさ、レナ。お前、いつまで『彼氏ごっこ』続けんの?」


ダイキの声が、静まり返った廊下にまで響いてきた。

俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てる。

彼氏ごっこ?


「そうそうー。あたしたち見てて痛々しいんですけどー。あんな陰キャと手繋いだりとか、罰ゲームだとしてもキツすぎでしょ」


ミキの甲高い声が続く。

罰ゲーム。

その単語が、俺の頭の中で反響した。

かつて噂されていた言葉。俺自身が最も恐れていた言葉。

まさか、まだそんな話をしているのか?

いや、違うはずだ。レナとの三ヶ月は本物だ。あんなに優しく微笑んで、あんなに愛おしそうに俺の名前を呼んでくれた。

それが嘘なわけがない。


「……もう、いいじゃん。もう少しで終わるから」


レナの声が聞こえた。

消え入りそうな、けれど確かに彼女の声だった。

俺は耳を疑った。

否定してくれ。そんなの嘘だって、怒ってくれ。

祈るような気持ちで、次の言葉を待つ。


「終わるって、いつだよ? お前、まさかアイツに情が湧いたとか言わねえよな?」


ダイキが面白そうに問いただす。


「そんなわけ……ないでしょ」


レナの声が、わずかに震えていた。


「ただ、可哀想だから。あんなに浮かれて、私のこと本気で好きになって……いきなり真実をバラしたら、何するか分かんないし」

「ハッ! なに、ストーカー化すんのが怖いわけ? ま、あいつならやりかねねえな。いかにも粘着質っぽいし」

「だろ? だからさっさと切っちまえよ。俺らも見てて飽きてきたわ。一ヶ月の予定が三ヶ月だぞ? お前の演技力にはアカデミー賞やるけどさ」


ダイキが机をバンと叩く音がした。

俺の体温が、急速に奪われていくのを感じた。

指先の感覚がなくなり、胃の奥が鉛のように重くなる。

一ヶ月の予定。

三ヶ月の延長。

演技力。

断片的な言葉が繋がり、残酷な一枚絵を完成させていく。


「でも、ダイキくん。レナだって頑張ってるんだよ? 昨日だって、あの陰キャからのキモいMINEに『愛してる』とか返してたしー」

「うわ、マジ? サムッ! お前すげーな、女優かよ」

「……やめてよ、ミキ」


レナの困惑したような声。

だが、それは否定ではなかった。

昨日、俺が送ったメッセージ。

それに対する返信。

あれが、ミキたちに見せびらかされ、嘲笑のネタにされていた?

あの「愛してる」は、彼女の本心ではなく、ただのノルマ達成のための作業だったのか?


「で、どうすんのレナ。日曜にデートなんだろ? そこで終わらせんの?」


ケンジが茶化すように聞いた。


「……うん。そのつもり。映画見て、適当に理由つけて別れる」

「へえ、優しいじゃん。最後の思い出作りってか?」

「違うよ。……ただ、穏便に済ませたいだけ」


レナの声は淡々としていた。

俺が知っている、甘く優しい声色はどこにもない。

そこにいるのは、陽キャグループの一員として、空気を読み、同調し、異物を排除しようとする冷徹な他人だった。


「ま、いいけどさ。あ、そうだレナ。こっち来いよ」


ダイキが手招きをする気配がした。

衣擦れの音。そして、短い沈黙の後、濡れたような音が微かに聞こえた。

キスをしている音だ。

俺の脳髄が白く弾けた。


「ん……っぷ。やっぱお前は俺のモンだな。あの陰キャには指一本触れさせてねえだろうな?」

「……うん。手だけ。キスもしてない」

「よーし、いい子だ。あいつが知ったら発狂するかもな。『僕の天使は、実はビッチでした』ってな! ギャハハハ!」


爆笑が教室中に響き渡る。

俺は、それ以上立っていられず、膝から崩れ落ちそうになった。

壁に手をついて、必死に体を支える。

呼吸がうまくできない。

肺の中に、ガラスの破片が詰まったみたいに痛い。


嘘だ。

全部、悪い夢だ。

そう思いたかった。

でも、教室から聞こえてくる声は、あまりにも生々しい現実だった。

レナは俺の彼女じゃなかった。

最初から最後まで、黒川ダイキの女だったのだ。

俺はこの三ヶ月間、彼らの退屈しのぎのおもちゃとして、ピエロを演じさせられていただけだった。

俺が映画のチケットを取って喜んでいる時も、夜遅くまでプレゼントを選んでいる時も、彼女は裏で彼らと繋がり、俺を嘲笑っていたのか。

「翔太くん優しいね」

「翔太くんといると落ち着く」

あの言葉も、あの笑顔も、すべてが台本通りのセリフだったのか。


(……ふざけるな)


心の中で、何かが音を立てて砕け散った。

パリン、という硬質な音ではない。

もっと重く、ドロリとしたものが決壊する音。

愛おしさも、切なさも、幸福感も、すべてがどす黒い汚泥に飲み込まれていく。

俺はゆっくりと立ち上がった。

今すぐ教室に乗り込んで、叫び出したい衝動に駆られる。

「ふざけるな! 全部聞いてたぞ!」と。

ダイキを殴り、レナを問い詰め、その場をめちゃくちゃにしてやりたい。

だが、俺の理性がそれを押し留めた。

そんなことをして何になる?

多勢に無勢だ。俺が暴れたところで、ダイキたちに取り押さえられ、さらに惨めな思いをするだけだ。

それに、感情に任せて吠えるのは、負け犬のすることだ。

俺は負け犬にはなりたくない。

ただの被害者で終わりたくない。


俺は鞄を握りしめた。

中には、まだあのプレゼントが入っている。

このネックレスは、もう渡されることはない。

永遠に輝きを失った、ただの銀の塊だ。


「……おい、誰かいるんじゃね?」


教室の中で、誰かが気配に気づいたようだ。

俺は息を殺し、音もなくその場を離れた。

廊下を走ることもせず、ただひたすらに静かに、影のように階段を降りる。

涙は出なかった。

泣くことすら馬鹿らしい。

涙を流す価値もない連中だ。

俺の純情を、時間を、想いを、ゴミのように扱った報いを、必ず受けさせてやる。


校舎を出ると、空は茜色に染まっていた。

あれほど美しく見えた夕焼けが、今は毒々しい血の色に見える。

俺はスマホを取り出し、電源を切った。

レナからの連絡など、もう二度と見たくない。

いや、違う。

見るのだ。これからは「監視対象」として。


帰宅した俺は、自室の鍵を閉め、カーテンをきっちりと閉ざした。

部屋の暗闇の中で、パソコンの電源ボタンを押す。

青白い光が顔を照らし出す。

いつもの駆動音が、今は戦闘開始の合図のように聞こえた。

モニターに映る自分の顔は、能面のようだった。

怒りも悲しみも超越した、虚無の瞳。

俺はキーボードに指を置いた。


まず手始めに、ダイキのSNSアカウントを徹底的に洗う。

表向きのアカウントではない。奴が裏で使っている、鍵付きの、あるいは匿名のアカウントだ。

奴の性格なら、必ずどこかでボロを出している。

自己顕示欲の塊のような男だ。犯罪自慢や、他人を見下す書き込みをしていないはずがない。

画像解析ソフトを立ち上げ、奴が過去に投稿した写真の背景、瞳に映り込んだ景色、Exifデータまで全てを解析する。

特定には時間がかかるかもしれない。

だが、俺には時間ならいくらでもある。

愛を失った俺に残されたのは、膨大な時間と、冷え切った執念だけだ。


「……レナ」


モニターに向かいながら、俺はかつての恋人の名前を呟いた。

愛しさを込めて呼んだその名前は、今は呪詛のように響く。


「お前もだ。お前も同罪だ」


彼女が脅されていたのか、それとも本気で楽しんでいたのか、そんなことは今の俺には関係ない。

俺を騙し、俺の心を殺したのは事実だ。

「可哀想だから」?

その上から目線の同情が、何よりも許せなかった。

俺は可哀想なピエロなんかじゃない。

お前たちの人生を終わらせる、死刑執行人だ。


カタカタカタ……ッターン!

乾いたタイピング音が部屋に響く。

数時間の作業の末、俺は一つの手がかりを見つけた。

ダイキの取り巻きの一人、ケンジが使っている裏アカウントだ。

そこには、未成年の飲酒パーティーの動画がアップされていた。

顔は隠されているが、服装や声で特定は容易だ。そしてその場には、ダイキらしき人物も映っている。

これはまだ序の口だ。

こんなものでは終わらせない。

もっと深く、もっと致命的なものを掘り起こしてやる。

奴らが積み上げてきた虚構の城を、土台から崩してやるのだ。


俺は次のターゲットに狙いを定めた。

高槻レナ。

彼女のスマホ、クラウドデータ、プライベートなやり取り。

倫理的なストッパーは、先刻教室の前で砕け散った。

俺はハッキングツールを起動し、彼女のアカウントへの侵入を試みる。

パスワードは簡単だった。俺の誕生日と、彼女の誕生日の組み合わせ。

……皮肉な話だ。

そんなパスワードを設定しておきながら、裏では俺を嘲笑っていたなんて。

ログインに成功し、彼女のMINEの履歴が画面に流れる。

ダイキとのやり取り。ミキたちとのグループチャット。

そこには、俺が知らない「高槻レナ」の姿があった。

ダイキに怯え、ミキたちに同調し、そして俺のことを……。


『陰キャくん、またプレゼント用意してるみたいw』

『マジ? ウケるー。何くれんの?』

『分かんないけど、どうせ趣味悪いアクセとかじゃない?』

『捨てちゃえ捨てちゃえ』


数日前の、ミキとの会話ログ。

レナの発言は『……そうかもね』と短かったが、否定はしていなかった。

画面を見つめる俺の目が、乾いて痛む。

やはり、救いようがない。

俺は保存ボタンを押し、ログを全てローカルドライブにコピーした。

証拠は揃いつつある。

復讐のシナリオが、俺の頭の中で構築されていく。

まずは外堀から埋める。取り巻きたちを社会的に抹殺し、孤立させる。

そして最後に、本丸であるダイキとレナを、地獄の底へ突き落とす。


ふと、机の隅に置かれたプレゼントの箱が目に入った。

俺は無造作にそれを掴み、ゴミ箱へ投げ捨てようとした。

だが、手が止まった。

これを捨てるのは簡単だ。

だが、それではただのゴミになってしまう。

俺はこの箱を、復讐の道具として使うことに決めた。

これが、俺たちの「愛の証」ではなく、「断罪の証」になるように。


時計の針は深夜二時を回っていた。

明日は月曜日。また学校で彼らの顔を見なければならない。

だが、もう平気だ。

俺はもう、昨日の俺ではない。

仮面を被るのは、お前たちだけじゃない。

俺もまた、従順で鈍感なピエロの仮面を被り、お前たちの喉元にナイフを突き立てるその瞬間まで、完璧に演じきってやる。


「楽しみにしてろよ、レナ、ダイキ」


モニターの光だけが照らす部屋で、俺は歪んだ笑みを浮かべた。

それは、かつてレナに向けた温かな微笑みとは似ても似つかない、冷酷な狩人の表情だった。

復讐という名の、新しいゲームが始まったのだ。

期限切れの恋の精算を、きっちりとつけてやる。

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