36_はじめてのダンジョン攻略
第35話です。
今回はルナのはじめてのダンジョン回です。書いていてとても楽しいシーンでした。よろしくお願いいたします
こうして私達は、エリザベスさんの『ルーンデール領主夫妻引きずり下ろし大作戦』に参加することになったのだが。
「いいですか、ビョルンさん」
私たちは翌日、ダンジョンに向かっていた。
「私たちはダンジョンを2日で攻略しなくちゃいけません。そして『水鏡の結晶』を入手すること。これが絶対条件です」
ハルに飲ませる自白剤、『水鏡の妙薬』の原料となるレア素材。それがなければハルの悪事を暴くことができずに、計画が破綻してしまうのだから。
「お前の運次第だ」
そしてそのレア素材の入手には、私のユニークスキル『招き猫』が鍵となる。スキルが上手く働いてくれれば『水鏡の結晶』を見つけることができるはず。ルーンデールの命運をかけた大博打に、私は落ち着かなくなって、手帳を開け閉めしてした。
「なんだか大変なことになっちゃったなぁ……」
私の独り言を聞いて、ビョルンさんは諦めたように肩を竦めて言い放った。
「こうなった以上、やり遂げるしかあるまい」
「はい。絶対に『水鏡の結晶』を見つけましょう!」
ダンジョンの入口は木々に覆われ、暗く狭い洞窟だった。そして中から吹き抜ける冷たい風が頬を撫で、湿った空気がジメッとまとわりつくようだ。内部に続く細い道は大小の石とキノコが生えていて、デコボコ道になっていた。
「ここには何度か訪れたことがあるが、危険なトラップやモンスターは多くない。足元に気をつけろ」
「分かりました……!」
少し不気味だけれど、RPG脳を持つ私としてはワクワクした気持ちの方が勝っている。興奮と緊張がないまぜになった気持ちのまま、私は恐る恐るダンジョンに足を踏み出した。
1階層目は、石と岩に囲まれた険しい一本道だった。
「ほぎゃあぁああ!!!」
「喧しい、叫ぶな!!」
私たちはダンジョンに踏み入って三歩目で、ゴロゴロと転がってくる大岩に追いかけられていた。
「トラップないって言ったじゃん!」
「全くないとは言っていない!」
ゼェハァと肩で息をして走りながらビョルンさんと言い合う。何分間全速力で走ったのか分からないが、そろそろ足が上がらなくなってきた。
「ビョルン、さん、私、もう限界、かも!」
「クソ……!飛ぶぞ」
「は?飛ぶ?……ひゃあああ!?」
グイッと首根っこを掴まれ、そして足が地面から離れる。そう、地面ははるか遠くにある。
「ひぃっ……!」
ビョルンさんが私を掴んで崖から飛び降りたのだ。大岩はそのまま奈落の底に落ちていき、ビョルンさんは風魔法で足場を作って悠々と対岸に飛んで行った。
「とにかく、1階層は抜けた。次は2階層目だ、行くぞ」
「ちょ、待っ…!」
今しがた宙に浮いていたことが信じられなくて、地面に這い蹲る。あぁ、足元に地面があるって素晴らしい。地面最高、地面万歳。
「なんだ」
「今ので、こ、腰が!ちょっとだけ、待っ……くだ、さ……!」
「軟弱者め」
「う、うるさいなぁ!」
腰が引けている私を呆れたように見下ろすビョルンさんは、地下の風で髪を揺らしながら堂々と立っていた。
2階層目は、木の根やツタ植物が生い茂っている洞窟のような階層だ。
ジメジメしていて、足元の石は滑りやすい。そしてなにより不気味なのが、暗闇に浮かび上がる無数の光る目玉。その不気味な光景に一気に肝が縮み上がった。
「ひぃいい!!!」
「ただの血舐めコウモリだ」
「名前が物騒!襲ってこないんですか?」
「腹が減っている時は襲ってくるが、そうでない時は刺激しなければ問題ない」
こちらをじっと見つめて微動だにしないコウモリたちを見上げる。と、そこでひとつ空腹につられた音が鳴る。
グゥ。
「今のって、ビョルンさん…?」
「いいや」
グゥ。グゥ。グゥー。
1人のコウモリの腹の音から派生するように大コンサートが始まってしまった。
「ほらやっぱりぃ!お腹空かせてますよ、この子たち!」
「チッ!タイミングが悪かったか。この数は分が悪い、走るぞ!」
「結局こうなるのね!」
ビョルンさんは再度私の首根っこを掴むと、コウモリたちの大合唱を背に颯爽と走り出した。
3階層目は、青白く光る鍾乳洞のような場所だった。
キシャアアアッ!!
暗闇の中で蠢く毛深く大きな体躯、長く鋭い爪を持つ足。それらが編みあげるのは銀糸の繭と大きな巣。そう、彼らは大蜘蛛、圧倒的な捕食者モンスターの風貌で暗闇から私たちを見下ろしている。
「ビョルンさん、この子達はお腹を空かせていますか……?」
「大蜘蛛はテリトリーに入った者は容赦なく食い殺す」
「食い殺すんだ……」
この巣には彼らのご飯らしき繭にされた何かが、たくさんぶら下がっているんだもの。その中に何が入っているかなんて…考えたくもない!
「騒ぐな」
ビョルンさんは煩わしそうに一歩踏み出すと、すらりも剣を抜いた。
「下がっていろ」
ビョルンさんが剣をひと振りすると、竜巻が蜘蛛たちを舞いあげ、その足や体躯を切り裂いていく。いや、竜巻だと思ったのはビョルンさんの身体だった。ビョルンさんが目にも止まらない速さで蜘蛛を切り刻んでるのだ。
あっという間に蜘蛛たちを制圧したビョルンさんは、紫色の液体が散らばった地面をズカズカと歩き、むんずと巨大蜘蛛を持ち上げる。
「ビョルンさん…!?な、なにしてるんですか!?」
「採集だ。このモンスターの体液や糸はポーションの材料になる上に、高値で取引される。拾っておいて損は無い」
小型ナイフを私の手に乗せる。まさか。
「私もやるんです、よね」
彼はさも当然、という顔をして鼻を鳴らす。
「この量をひとりで捌くのは非効率だ」
「ですよね!!!」
地団駄を踏みながらも、一匹の蜘蛛を掴みあげた。なんかモジャモジャするし、それに何より匂いがひどい。
「うぅ……生ゴミと雑巾みたいな匂いがする」
「ポーションの貴重な材料だ。零すな」
「こんな匂いのモンを材料にしてたんですか?」
「そうだが」
「うげぇ」
思わず嘔吐くと、ビョルンさんが心底不快そうな顔をした。
「口にしてたなんて信じたくない……!」
「ポーションの原材料など、大抵こんなものだ」
「手についた、最悪。触りたくない」
「文句を言うな。黙ってやれ」
「はぁい……」
怒られながらも渋々ナイフで蜘蛛の足を切り落として、体液を試験管に詰めていく。手についた体液は紫色で、ベトベトしていて気持ち悪い。
「この蜘蛛に毒はないんですか?」
もし体液や爪に毒があったら、一発アウトなんだけど。
「ダンジョンによって、生息する蜘蛛の種類も変わる。このダンジョンはポーション素材になる生物が多く、毒物になるようなクリーチャーや植物は生息していない」
「なるほど。ダンジョンによって特徴があるってことなんですね」
「そういうことだ」
じゃあ、モンスター自体はそんなに危険じゃないってことか。良かった。
4階層目はこれまでの階層とは違い、岩の間から零れた太陽光が差し込む穏やかな森のような場所だった。
さっきのモンスターだらけのエリアを抜けて、ようやくホッと息をつけそうだ。と、思ったのに。
「ギャーッ!頭蓋骨!!!」
足元に転がった白くて丸い物体。その正体に気づいた瞬間に悲鳴が口から飛び出した。ビョルンさんは心底迷惑そうに耳を塞ぐ。
「ただの魔物に食われた人間の死骸だ」
「ただの、じゃないわい!」
いつもの敬語を忘れて、大声でツッコんだ。
「水の中にも肉食の魚や、雑食の植物も生息している。注意しろ」
もうやだ、ダンジョン怖い!!帰りたい!
先程まで綺麗に思えていた植物たちや水の中すら恐ろしく思えて身震いした。しかしビョルンさんは臆することなく進んでいき、時折薬草を採集している。
「ダンジョンは人間が立ち入る度に構造が変わるが、ある程度の規則性がある。何度か経験すれば慣れる」
「慣れれば怖くないってこと?」
「慣れろということだ。ダンジョン産の薬草や鉱石は質が高く、ポーション作りに適した素材を得るには良い。次もあると覚悟しておけ」
「うぅ、スパルタだ」
ビョルンさんは大きな木の下で立ち止まり、手招きをして隣に呼ぶ。木を見上げるとキラキラと岩の間から差し込む陽の光が薄い葉に当たり、ステンドグラスのように輝いていた。それに枝の間には赤りんごのような木の実と小さく白い花が垣間見えて、他の木々よりも実りの良い大木である様だ。
ビョルンさんは手を伸ばして、小さく何かを呟く。すると指の先に小さな光が集まって、小さなお人形のような女の子が現れた。
「ピクシーだ。このダンジョンの住人であり、俺の大切な取引先。礼を欠供養な振る舞いはするな」
この世界はピクシーとは羽が生えた小さな種族、小人族の親戚とも言われているのだとか。鑑定グラスによると彼女は『フラワー・ピクシー』と呼ばれる種らしく、花の蜜を主食としているらしい。
「彼女らが集めた花の蜜や木の実を、こうして分けてもらうことがある」
指にじゃれついているピクシーとエルフのビョルンさんの姿は、ファンタジーの絵本の挿絵のように美しい。ビョルンさんもきっともっとちゃんと身なりを整えたら、神々しいエルフの姿になるのだろう。
「取引のお代は何がいいのでしょうか」
「彼女らは美しく実用的なものを好む。今回はこれを気に入ってくれればいいのだが」
そう言って取り出したのは、私が作ったあのオレンジキャンディこと『魔力回復ポーション』。オレンジ色のまあるい塊をピクシーの彼女は不思議そうに眺めた。小さなキャンディも小さな彼女が持つと大きなスイカみたいに見える。
「彼女らとは毎度ポーションや花で取引しているが、少し趣向を変えてもいいだろう」
ビョルンさんが促すと、ピクシーはおそるおそるキャンディに口を付けた。そして一口キャンディを舐めると、ぴょんぴょんと楽しげに私たちの周りを飛び回った。
「気に入ったそうだ」
「本当ですか?よかったぁ」
素直に喜ぶ反応はとても可愛くて癒される。
ピクシーは私の鼻先に飛び立つと、何かを言いたげにコツンと鼻を小突く。そしてもう一人仲間のピクシーが現れて、小さな白い花びらを差し出してきた。
「ピクシーの蜜は高い栄養価で有名だが、味もいいことで有名だ。一口舐めてみろ」
あ、と口を開けると彼女は花びらに乗せた黄金色の蜜をたらりと舌に垂らしてくれた。その瞬間、まるで花畑にいるような芳醇な花の香りが鼻に抜け、濃厚な甘さの蜜の味が舌先に広がる。
「美味いだろう」
「はい、とても……!」
得意げな顔で言うビョルンさん。なんだか不自然なくらいに顔が赤い。
「……ん?」
鑑定グラスの説明文に、小さく『副作用:高揚、酩酊作用』と書かれているではないか。
「まさかと思いますけど、ビョルンさん。あなた、蜜でハイになっちゃったりしてませんよね?」
こういう人見たことある。一次会で周囲にしこたま飲まさて二次会に引き摺られていく可哀想な人たちを思い出した。
「俺は至って正常だ。ピクシーがちゃんと4人見えているからな」
今目の前にいるピクシーは二人。
「ダメだ、酔っ払ってる!」
真っ赤になったビョルンさんの顔を仰いで冷やしながら、引き摺るようにして次の階層へと進むのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回更新は2月5日18時です