58_春の訪れダンスホール
第58話です。
今回は異様なダンスホールの雰囲気に、OLが反逆の決意を固める回です。エルフだってたまには軽口くらい叩くこともあるでしょう。
ダンスホールの中心は、まるでそこだけが別世界であるかのように光り輝いていた。
ハルは伯爵の腕に抱かれながら軽やかにステップを踏む。彼女の白銀のドレスが翻るたび、縫い付けられたダイヤモンドが火花を散らすように光を弾き、その美しさは見る者の視神経を麻痺させるほどに強烈だった。
「なんという美しさだ……まるで女神が地上に舞い降りたようだな」
「春の訪れを感じさせるような穏やかさだな。このルーンデールが平和な証だ」
「ちがいない、ちがいない」
ホールの端で、初老の貴族たちがうっとりと溜息をついた。しかし二人瞳は黒く濁り、焦点が合っていない。その狂気じみた表情に足がすくんだ。
音楽が一段落すると、割れるような拍手と堰を切ったようにハルへの賛辞の嵐が巻き起こった。
「ハル様! 今宵のドレスも実にお見事です」
「どうかこちらに微笑みかけてください!」
貴族や資産家たちが我先にとハルの元へ擦り寄り、彼女の手の甲に接吻を落とそうと列を作る。ハルはそれを、さも当然のことのように受け入れ、慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべていた。
「あら、まぁ。皆さま、ありがとうございます」
ハルが鈴を転がすような声で礼を述べる。その瞬間、周囲の男たちの顔が赤らみ、陶酔しきった表情で彼女を凝視した。それはもはや憧憬ではなく信仰のように見える。
「ああ、ハル様……! 貴女が望むなら、どんな宝石でも捧げましょう!」
「これほどまでに美しく慈愛に満ちた伴侶を得られるとは、神のご加護以外の何物でもない!」
ルーンデール伯爵はといえば、自慢のコレクションを披露する子供のような顔でハルの肩を抱き、満足げに周囲を見渡している。まるで隣にハルさえいればそれでいいと言わんばかりに彼女を愛おしげに見つめている。
あの瞳が嘘偽りないのなら、どれほど良かっただろう。たかが魅了魔法で作られた偽物の愛に溺れて、ハルは本当に幸せなのだろうか?
金と銀に着飾ったハルを眺めて、そんなことを思う。面白くも無い喜劇を無理矢理見せられているかのような、居心地の悪さと不快感を感じた。
「反吐が出る」
私の腕を掴むビョルンさんの指先から、微かな振動が伝わってきた。見れば、彼の端正な顔立ちは氷のように冷え切り、ライムグリーンの瞳には怒りを超えた軽蔑に近い光が宿っている。
「まるで家畜の群れでも見ているようだ」
ビョルンさんの囁きは鋭く、私の胸に刺さった。
確かにそうだ。ここにあるのは、美しさに酔いしれる社交の場ではない。一人の女が振りまく精神の毒に侵され、自分たちが何を奪われているのかさえ忘れてしまった哀れな者たちの厩舎に思えた。
「この人達だって、好きで魅了されているわけでもないでしょう。領主様だって魅了が解けたら、きっと」
「残念だが。全て元通り、とはいくまい」
ビョルンさんは顔を顰めて、吐き捨てるように言った。その声には微塵も残念そうな感情を感じない。
「お前は以前の領主を知らんだろうが」
その言葉から、きっと良くないことなのだろうと予想出来る。
「たしかに以前のルーンデールは栄えた都市だった。しかしその手腕は」
そこで言葉を区切って、私を見る。
公には言えないけれど、『以前のルーンデールはエリザベスさんのおかげで栄えていた』ということを言いたいのだろう。
「他の女に靡いた男に、再び嫁ぎたいと思う女がどこにいる?」
「……新しい地位を築き上げるしかないですよね」
私たちの手でエリザベスさんをこの地の統治者に押し上げる。それしか、このルーンデールを救う方法はない。
我々の思惑など知らないルーンデール伯爵とハルは、偽りの信者に囲まれて幸せそうに笑っていた。
その幸せが、もうすぐ私たちによって壊されるとも知らないまま。
「もうすぐ、夏が来ますね。ビョルンさん」
「古い芽は摘んでしまうに限る。さもないと、せっかくの豊かな土壌が腐るからな」
ビョルンさんと目を合わせる。
「なんだか、物語の悪役にでもなった気分です」
「実際、我々の行いは正義ではなかろう」
「そう……ですよね」
正義ではない、という言葉が重い。私たちが今からやろうとしていることは、人の人生を狂わせてしまう。その行動で救われる人もいれば、苦しみに叩き落とされる人がいる。知らないふりをしてきたはずの覚悟の揺らぎが見えてしまって、私は息を飲んだ。
「だが、それがどうした」
「え?」
「我々は物語の登場人物ではない。今、ここに生きている」
端正な顔立ちを崩さないまま、ビョルンさんは言い放つ。しかしその堂々たる振る舞いに、私は確かに奮い立たされた。
「……それに」
「それに?」
エルフの薄い唇が、悪戯っ子のように歪む。その邪悪さも、なんだか微笑ましさすら感じてしまうのは欲目だろうか。
「勝てば官軍、だ」
「ふふっ、そうですね。勝てば官軍。でも負ければ賊軍ですよ?」
私も負けじと意地悪な顔で返してみる。ビョルンさんは少し呆れたような、拗ねた声を零した。
「我々が、あの程度の小娘に引けを取るとでも?」
「いいえ。私だって、あんな苦労知らずの小娘ごときに負けるつもりはありません」
その答えに満足したのか、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らした。前髪を上げているおかげでいつもより見晴らしのいいその端正な顔は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第59話『愛されヒロインの視線の先は?』の更新は2月16日18時です