第21話 魔橋の山④
老人の家は町から外れた高原にポツンと建っていた。
(何が近くだ、大分歩かされたじゃねぇか)
(仮にも招かれたんですから失礼ですよ……)
高原の爽やかなイメージとは反し、辺りから漂ってくる臭いは糞尿に似た悪臭である。
辺りを見渡すまでもなく、あちらこちらを黒山羊が彷徨いている。
「どうした、入らんのか?」
「あ、いえ、失礼いたします」
家はレンガ作りで丈夫そうな作りであり、そこそこの大きさがあった。このテンシュタンの町が如何に乳製品で発展したか物語っている様であった。
「田舎は空気が綺麗など言われるが都会に比べて案外臭いじゃろ」
「え、ええ……。あれ、どうして“都会”なんて……」
(こいつ、やっぱり……!)
自分がどこから来たのかなど、この町に入ってから誰にも口にはしていない。仮に昨日のプロリン師との会話を偶然聞かれたとしても教皇区から来たことは口にしていないはずだ。
「何、構えることはない。言葉遣いで分かる。そこまで綺麗な発音は教皇区に長年住んでないとできない」
「えっ」
ハッと口を反射的に抑える。自分の発音のイントネーションなど気にしたことはなかった。となると昨日のプロリン師との会話は不味かったのではないか。
「な、なんで分かるんですか……」
「簡単なことじゃ。この町に越して……いや、追いやられる前は教皇区で教鞭を振るっていたのだからな」
「教皇区で……?」
「さよう、魔女研究の専門家”ミカエル・フェルネル”と言えばその名は知られたものじゃ」
ミカエル・フェルネル、思い返すが学舎にいた頃、その様な教師が過去においてもいたことは記憶していない。
「……すみません。ご存知ないです。」
「ハッハハハ、まあ、仕方ないか。魔女の研究など残して置きたくはないだろうからな」
(おい、アフラ、このジジイの言ってる事が本当なら魔女に付いて知るチャンスじゃないか?)
(ええ、でも、なんで私を……?)
(知るかよ。警戒はしろよ)
魔女について研究していたと言うミカエルと名乗る老人は本当に信用できるのだろうか。人を疑う。前世で目指した警官も疑うのが基本であったからそのことに罪悪感はない。
ただ、その疑いが無実だった時、疑うという行為は過ちであったと言うことになる。その結果への恐怖が心の何処かにあった。
「ふぅ……。まあ取り敢えず、座りなされ。独り身になり淋しいんじゃよ」
「はい……」
しばらく互いに黙り、重苦しい雰囲気が漂う。沈黙を破ったのは老人であった。
「何故、魔女はイャザッタを殺したと思う」
「えっ?」
不意を突かれた。
「何故……なんですかね。イャザッタ様の教えは素晴らしいもので、実際にだからこそ上手くまとまっていますし……」
「魔女と聞いて、聞き返すでもなく処刑された異端者でなく、あの魔女を思い浮かべるということは興味がないわけではないのだな」
「あっ……」
また迂闊だった。魔女の存在なんて教典にも2節しかなく、神学者でもない限り神職者さえ知らなかったり、忘れてたりする存在だ。
「魔女の存在を探ることは禁止されている。お前さんは既にそれに好奇心を持ってしまっている」
ミカエルが続ける。
「魔女が実在したか、非実在などこの際どうでもよいが、先程の質問にはわしは1つの答えを持っておる」
「答えを……?」
気になる。魔女が一体どういう存在なのか。メレンゲの言うように血を求め、争いを好み、仲間を平気であの様な存在にする人物でありながら、魔橋の建設により人々の生活を豊かにする。そんな矛盾した存在の原理を知りたい。
「魔女は我儘だったんじゃ」
「我儘……?その、質問ですが、我儘な人が他人の役に立つ魔橋をどうして作ったのですか」
「我儘だからじゃよ。我儘だから争いを好み、イャザッタをも倒す力を持つ。しかし、そんな人物は誰にも支持されない。そうなると我儘を通せなくなる。だから支持させるために橋を建て、人々を豊かにする。さすれば、信者が生まれ我儘も通るようになる」
理屈は通っている。しかし――。
「なんか乱暴ですね……」
「そう。だが、気に入らない事があれば暴力に訴える。そうして起こる反発や制裁を避けるために、まずは“許される地盤”を作る。妙に人間臭いながらも恩恵を受ける者、共通の相手を敵視する者からしたら、強くて何でも思い通りにしてくれる人物が現れたのだから、さぞ魅力的に映っただろう」
(確かに羨ましいな)
(羨ましい……?)
麻友が言った”羨ましい”という言葉が心に刺さる。
(お前は羨ましいんだ。自由で乱暴で、でも筋が通ってるそんな生き方が。まあ、そんなのは誰もが憧れるが実際にそれには相当な”力”がいる。あたしにはそれが無かった)
「力……」
「ん?どうした」
「い、いえ!」
つい、表で呟いてしまった。だが、さっきまで悩んでた重い気持ちが軽くなったのを感じた。
「だが、教会は人々に自身の教義を強制する。魔女はそんな教会の内より出でて、教会の破壊者たる自由の象徴。このテンシュタンの町もそんな魔女に憧れた町であった……」
ミカエルの言葉が急に重くなる。
「お嬢さん、いや、聖女アフラ・フォーグマはそんな彼女に憧れているんじゃろ」
「なっ!?」
(こ、こいつ……!)
当然、隠していたことを老人が口にする。警戒をもっとすべきであった。
(マズイぞ、ここは敵地の中だ……)
(荒事は嫌ですけど、腹をくくるしかないですね……)
メレンゲの経験から即座に椅子から飛び上がり構えを取る。
しかし、ミカエルはゆっくりと語った。
「何、昔の誼で様々な情報が入ってくるだけじゃよ。引き渡したりはせん……。少なくともあの神父にはな」
「プロリン師と何か……?」
警戒は解かず、そのまま話を聞く。
「教会の掲示板を見たか?」
「ええ、魔女狩りで告発された……あっ」
”ペトロニラ・フェルネル”――女神の権力を否定した罪
「そう、ペトロニラはわしの妻じゃ。1週間前、奴らはやってきて魔女として住民たちを告発し、殺したのじゃ……」
「ッ……!」
言葉に詰まる。なんて声をかけたら良いのか。少なくとも聖女である私には言葉がまだなかった。
「急に招いておいて、こんな話をしてすまなかったな。だが、どうしても放っておけなくてな。」
しばらく、老人は間を置くと声色を変え続けた。
「聖女様、恐らくヴァン・プロリンの狙いはお前さんじゃ。あの過激派が急に派遣されるなど、何かあるのは違いない。既にバレているならばこの町を去った方が良い」
「でも……それならミカエルさんは……!」
「心配するな。仮にも牧場主で男じゃ。仕事さえしていれば重罰は回避出来る……はずじゃ」
自信なさげにミカエルは呟く。恐らく、追手により今度は自分が処刑される。そんな予想をしているのだろう。
「干し肉と乳ならいくらでもある。さあ行け聖女アフラよ。そして、わしに新たな時代を見せておくれ」
「……分かりました。ミカエルさんもどうかご無事で」
荷物を受け取ると私は警告通り、テンシュタンの町を去ろうと北へ向かったのである。
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