防衛戦の最中に大一番
「上手出し投げー! 上手出し投げでヒラタガネの勝ちー!」
行司が軍配を上げる。力士たちが土俵から降りる姿を見ながら、オーナーが息を吐いた。
「これは面白い。派手な立ち合いから、極めて技巧的な組み合いと読みあい。そして一瞬の駆け引きから勝負が決まる。帝国にはいろんな格闘技が入ってきましたが、それらとは別種の楽しみがありますね、これは」
「お楽しみいただけたようでなによりです」
横綱がそう返しているが、俺としてはそれどころではない。とりあえず、一つの取り組みが終わった。これが、本当に儀式になっているのか。
防衛を続けているバリケードを見やれば、こちらに振り向いていた冒険者のヘルム君と目が合った。
「ダンジョンマスター! スケルトン共の動きが鈍ったー! それ、効いてるぜー!」
「ッ! 分かったー! そのまま頑張ってくれー!」
「あいよー!」
聞きたかった答えが返ってきた。儀式になっている。神々はこの相撲を楽しんでいるらしい。
「いやあ。こんな力任せな感じの競技、アラニオス神は好きじゃないと思ったんですが。こうも技の駆け引きがあるならかの神の目に止まるのも頷けますね。これでエルフが出ればもっと確実だと思うのですが」
「あー……。うちの相撲部屋にも、エルフは入っているんです、が」
横綱オオツルギ、苦笑を浮かべる。
「エルフたちはその、他所での巡業が忙しくて……我らドワーフより、ウケがいいんです」
「はっ! エルフ美男子の尻! 裸! 組み合い! エルフとエルフ! エルフとドワーフ! 分かりましたよはっきりと! そりゃ大盛況ですよ!」
「神聖な儀式に邪な理解を示さないでくれますー?」
思わず突っ込む。黙っていれば超美人(顔隠しているけど)だってのに、なんでこの人こんなに残念なんだ。
そんな雑談の間も、次の取組への準備が進む。
「ひが~し~。てっぷざーんー。てっぷざーんー。にぃ~し~。たつのうーみー。たつのうーみー」
土俵に上がるのは二人のドワーフ力士。テップザンは鋭く仕上げた刃のような銀の髪と髭。対するタツノウミは真っ赤な髪と髭をもつ。しかしそれ以上に特徴的なのがその体格だ。普通のドワーフより一回り大きい。背丈も相手より拳一つは確実にある。腕も足も相応に太く、背中の筋肉も相当なものだ。
「我らがソウマ領にありますドワーフ居住地の名前が鉄斧山といいます。彼はそこの出身でして、四股名もそこから。対するタツノウミはヤルヴェンパー領から弟子入りした者です」
「イルマさん所の。へー」
「北海のドワーフでしたか。やはり、同じ種族といえども育った環境で変化があるものですねぇ。しかし、体格差のある戦いですか。どんな試合になるのか、これは見もの」
祓詞が終わり、力士は白い神気を纏う。異世界SUMOUの次の取組が厳かに、気迫を伴って始まろうとしている。俺たちも力士の一挙手一投足を見逃すまいと集中する。そしておそらく、神々も。
「発気良い!」
行司の掛け声。タツノウミがさながら熊のように相手に飛び掛かる。体格差という武器を使って、立ち上がり前に押しつぶす腹か。確かにまだかがんだ状態である今ならそれも可能だ。
これは決まったか。俺のその考えは、土俵で即座に打ち破られた。爆発が起きた。いや、正確には爆発的な神気の放出が起きた。一瞬、目をそらした。そして改めて土俵を見やれば、そこにあるのはまさかの光景。
仰向けにひっくり返ったタツノウミと、それを土俵に押し倒したテップザンの姿だった。
「押しー倒しー! 押し倒しでテップザンの勝ちー!」
「い、今何が!?」
「……足で、両足で理力を放ちましたね、今」
「はい!?」
「立ち上がり、全身のばねで相手の胸にぶつかる瞬間理力でさらに勢いを稼いだんですよ。結果相手をひっくり返したと。……いやあ、あれは相当練習してますよ。普通足からなんてまず考えつかないことですし、やっても自分が吹き飛びます。あそこまで形にするのにどれほどの修練を……ううん、お見事! 素晴らしい! 我慢できない酒ください!」
自分の従者に酒を要求するオーナー氏はさておき。うーん、足で……一時代を築いた某マンガの主人公がやってたなぁ、そんなこと。誰かがそれを教えたのか、はたまたこちらで同じ発想に至ったのか。
どちらにしても、その発想を技として使えるまでに練習したのだからテップザンはすごいの一言に尽きる。
「では、私は出番がありますので」
「ありがとうございました。頑張ってください!」
横綱がこちらに一礼して土俵に向かう。……さて、対戦相手はいったい誰だろうか。フガク相撲部屋勢は合計七名。行司と親方を抜けば五名。そして四名はすでに取り組みを終えている。
別に公式な試合ではないのだから、先ほど土俵に上がった四名の内誰かが再度相撲を取っても問題ないだろう。テップザンとタツノウミは先ほど取組を終えたばかり。とばればヒラタガネかリョウバノコか……。
行司が土俵に上がり、呼び出しを始める。
「ひが~し~。おおつるーぎー。おおつるーぎー」
横綱オオツルギ。小兵でもなければ巨漢というわけでもない。ドワーフとしては太めだが、鍛え上げられた肉体がただの肥満でないことを全身で語っている。歳はたぶんドワーフ基準でもかなり若い。それで横綱なのだから、やはりかなりの才能、そしてそれを生かすための努力を欠かさなかったのだろう。
どちらかといえば優し気な風貌の持ち主だが、土俵に上がった今の彼は立派な戦士。生っちょろい雰囲気などどこにもない。
オオツルギが土俵に上がると、次の呼び出しがかかる。
「にぃ~し~。はがねーやーまー。はがねーやーまー」
……土俵に上がるのは、やや色が落ちた赤髪赤髭をもつドワーフ力士。廻しをしっかりと締めるその身体、若さはなくとも衰えなどどこにもなし。フガク相撲部屋親方、ハガネヤマその人だ。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
俺が素っ頓狂な声を上げるのを止める人はいない。何で親方!? いいの!? いやまあ、公式の相撲じゃないけどさぁ! ……公式の相撲じゃないから、いいのか。そもそも引退のルールもこっちと日本じゃ違うかもしれん。神事だし、親方は神殿長を兼ねてるっていってたし。
しかしまあ、意外の一言に尽きる。日本の常識に囚われ過ぎていたか。
「それで、あの二人は強いんです?」
「はい。オオツルギは現在最年少記録をもつ横綱。ほかの競技で言う所のチャンピオンです。そして、ハガネヤマ親方も引退前は同じく横綱でした」
「ほう。現チャンピオンと前王者。これは期待できそうですね」
横綱に代わって説明役として来てくれたヒラタガネ氏がオーナーに受け答えしている。そしてたしかに。新旧横綱対決。これはかなりの好カード。金払ってでも見たい奴だ。
本日の大一番へ向けて力士たちが四股を踏む。ひと踏みごとに、地面が揺れるような錯覚を受ける。もちろん、実際は揺れていない。だが、波紋のような物を確かに感じる。
……ダンジョンコアがびっくりしているのを感じる。そうか、横綱の四股はレイラインにすら伝わるのか。流石は横綱だ。……自分で言っててかなりどうかしている気がするが、もはや気にしない。ここは異世界だ!
合掌、そして払詞が厳かに捧げられる。今までの力士たちのそれも、十分にすさまじいものがあった。だが、横綱たちのそれは四股と同じく格が違う。一言一言事に、この地下全体を清めていくかのごとき力を感じる。
「大将ーーー! スケルトンがどんどんぶっ倒れていくぜーーー!」
ヘルム君の声に手を上げて答える。そちらを見るのは無理だ。目が、離せない。
「「神聖闘気!」」
気合一発。吹き上がる神気の量と質、共に過去最高。まさか、この目であの面白動画のごとき物をリアルで見ることになろうとは。
横綱たちが、腰を落として見合う。俺は息をのむ。オーナー殿は酒を飲む。
「待ったなし! 発気良い!」
立ち上がりからの突っ張り合い! 理力が込められた鉄砲が乱打される! 飛び散る神気も過去最高。升席にいる俺たちにすら届きそうな勢いだ。多分当たっても平気だろうが、一発ごとに太鼓の音のような衝撃が俺たちの身体を打つ。
「ははは! これがチャンピオン! 素晴らしい! アラニオスめ! ガドゴルンめ! こんなものを私に隠しておくとは!」
隣の人が、横綱たちに負けず劣らずの覇気を放っている件について。というか、神様に対して不敬では? この世界にはリアルにいるんだよ?
突っ張り合いは、どちらも負けず。取組は廻しの取り合いに移行した。奇しくも本日はじめの一幕と同じ流れだが、内容は全く違う。
互いにつかみに行きたいが、下手に手を出すと即座に防がれる。何ならそれを機に土俵際に押し込むような動きすらする。横綱も、親方も。
瞬く間に状況が変わる。一瞬の攻防の末に、互いに廻しを取った!
「ふんぬっ!」
親方気合一発! 上手投げ! だがオオツルギ耐える! 横綱耐える! 数秒足が浮くが、態勢を元に戻す!
「あれはまだ揺さぶりをかけただけですね……あわよくば勝負を決めようかという気はあったでしょうが」
すっげぇ楽しそうにオーナー殿が試合を見てる。ビアホール並にビール飲んでるけど大丈夫だろうか。
攻防は続く。投げ、寄り、崩し。許されるあらゆる手段を用いて勝ちを取りに行く。吹き上がるのは神気だけではない。二人の身体から気炎が上がる。激しい取組の熱と汗。本気でやっているからこそのソレ。神々よご照覧あれ。
「親方だから弟子だから、みたいな遠慮も配慮も全くないな……」
「ははは、もちろん。土俵の上でそんなことしたら、親方は弟子と神に見限られます。弟子は破門ですよ。全身全霊、真剣勝負です」
「頭が下がるわ……」
試合は続く。しかし、永遠ではない。いかに鍛えに鍛えた力士といえど限界はある。実力が似通った間柄なら、体力の削れ具合は坂を転がるがごとし。
横綱たちの息が上がっている。汗は滝のようだ。動きが止まる。行司がはっきよいと掛け声をかけるが、動かない。最後の勝負の為に、息を整える。相手より早く。わずかな休憩の間ですら、勝負なのだ。
「はっ!」
横綱動く! ここにきて怒涛の押し込み! 両足が土俵を蹴る! 親方耐える! でも押し込まれる! 土俵際いっぱい! そのまま押し出すか!? 親方の上体が土俵の外へ傾く……ッ!
「「ああああっ!」」
観客絶叫。力士二人が、土俵の外へ倒れ出る。勝負は……!
「うっちゃりー! うっちゃりでハガネヤマの勝ちー!」
勝者、ハガネヤマ親方! 押し出される間際に、二人分の重さと勢いを使って横綱を自分より先に外にぶん投げたのだ。最後の最後での大逆転。まさしく、大相撲!