ダンジョン監査部
PVが跳ね上がり、異世界ファンタジー日間六位という数字に心底驚いて更新です。
居心地の悪さを、ミヤマは感じていた。ここはもはや自分の家といってもいい場所となったダンジョンの中。環境改善に特に力を入れている居住区。普段ならくつろぎの場所だ。
だが、今日はそうも言っていられない。テーブルの対面には、客人が座っている。真っ白な毛並みのコボルトだ。コボルト幸せ社の者達のような、上品な仕立ての背広を着こんでいる。骨格から見て、女性であるという事をミヤマは気づいていた。それがわかる程度にはダンジョンマスターを続けている。
彼女が見ているのは、帳簿である。ミヤマのダンジョンの財政状況が記載されている。もちろん、やましい所はない……といいたいがミヤマとしては思う所がある。
現在のミヤマダンジョンの収入は、帝国貴族たちのキャンプ代によって成り立っている。それが詭弁によるものであり、本来ならば戦闘の助っ人代等でこちらが支払う側なのではと常々考えるわけである。
いくら需要があるからとはいえ、アコギな商売をしている。そんな自覚があるからこそ後ろめたいのだ。
そんな彼の心情をよそに、コボルトは帳簿を閉じた。
「はい、拝見いたしました。特に問題点は見当たりませんね」
「そうですか」
「禁止されている献金などは無し。短期の宿泊を商売にする、というのも似たようなものは過去にもありました。日数も人数も最低限。得ている利益もささやかなもの。問題ありませんね」
「……その数字で、ささやかですか」
ゼロが二つばかり多いのではと普段から思っているミヤマとしては、ささやかという表現は受け入れがたいものだった。しかし、白毛のコボルトは首を振る。
「ダンジョンを求めるハイロウたちが本気になれば、こんなものでは済みません。この程度、帝都住まいの平民ですら軽々出すでしょう」
「マジですか」
「需要に対して供給が追い付いていない証拠ですね。そして、ダンジョンは連中の為にあるものではない。それは、マスター殿もお分かりのはず」
コボルトの視線が鋭くなったのを見て、ミヤマは姿勢を正した。そうするべき相手なのだから。
「ダンジョンは、異界からの侵略者を迎撃するためにある。それが成されなければ、この世界のみならずすべての世界が滅んでしまう。故に、帝国はダンジョンの為に存在する。帝国のみならず、ありとあらゆるものすべてが。私も。そしてマスター殿、貴方も」
「……分かっている、つもりです」
「ええ。貴方はハイロウに使われるのではなくその逆。それをしっかり理解されている。私たちダンジョン監査部を自ら呼ぶようなダンジョンマスターは、皆そうですとも」
ダンジョン監査部。それはこの世界で唯一の、ダンジョンを取り締まる組織である。ダンジョンが正しく機能しているか。成長し迎撃能力を向上させているか。オリジンの法を守っているか。その他もろもろを調査し、誤りがあれば改善を要求する。
それは法でも制度によるものでも、ない。なのでダンジョンマスターが従う道理も本来はない。ではどうしてそれがまかり通るのか。
答えは単純、武力である。なにせ、ダンジョン監査部はオリジン直属の組織。従わないなら殴って解決。それができるだけの戦力を蓄えている。
事実、ミヤマのダンジョンに来たのはこのコボルトだけではない。監査役員のほかにも、明らかに技術レベルがおかしい鎧を纏った者が数名居る。鎧に見えるのは意匠だけで、その実は明らかにパワードスーツであった。
「さてマスター殿。これですべての監査項目が終了いたしました。早速ですが評価に移らせていただきます。よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「まず結論から申しますと、重度の問題点はありません」
ふう、とミヤマは胸をなでおろす。
「ですが」
「はい」
再びミヤマの背筋が伸びる。
「ハイロウたち外部の戦力に依存が見られます。顕著なのは先に起きた地下での戦闘ですね。戦力の半数以上が外部のもの、というのは目に余ります」
「ええっと、あれは予定外の飛び入りがありまして……」
「それを抜いてもなお、ダンジョン外戦力の方が多かったではありませんか。主戦力はダンジョンが保有するものでなければいけません。それをダシにハイロウ共がつけ入ってきますからね」
「監査殿は、ずいぶんとハイロウをその……」
「私の個人的感情で申しているわけではありません。ただ単純に、この仕事で嫌というほどハイロウによって破滅に追いやられたダンジョンを見ているというだけです」
「ハイロウが、ダンジョンを破滅させる?」
思いもよらぬことだった。思い出されるのは、今までかかわってきたハイロウたち。皆、こちらに敬意を払ってくれている。害意を向けられた覚えなど……と、考えて思い出す。ヨルマとの出会いの理由を。
コボルトは溜息をつきながら言葉をこぼす。
「ハイロウたちは、兎に角ダンジョンに住みたいのです。それをかなえる為ならば、あらゆる手段を厭いません。彼ら彼女らがそれをしないのは、単純に道を踏み外したら同族に排除されるからにほかなりません。そしてその理由も、道徳心からではなくそうすることでダンジョンには入れる機会を得ようと考えればこそ」
「そういえば、ダンジョンを経済的に困窮させることで融資のきっかけを得ようとするハイロウに覚えが……」
「正にそれです。連中に手綱を握られたら最後、要求は際限なくエスカレートします。先ほども言いましたが、需要に供給が全く追いついていないのです。ですから、主導権は常にマスター殿が握っていなければならないのです。お分かりですね?」
「はい……ご忠告、感謝します」
「仕事ですから」
ミヤマは反省した。最近、油断があったと自覚した。順調な道のりを歩いていると思ったら、気づかぬところに崖があったような。そんな気分を覚えた。
「とはいえ、ダンジョンの戦力向上については目を見張るものがあります。具体的には水の大精霊とアラニオス神の眷属です。あの人間嫌いのアラニオス神から助力を得たと聞いた時には我が耳を疑いましたとも」
コボルトは頭頂部の耳を震わせる。無意識によるものだろう。ミヤマは口元が緩みそうになるのをこらえた。今は和む時間ではない。
「あの二つについては、モンスター配送センターでも用意できない貴重なもの。これからのダンジョン防衛に大きく役立ってくれるでしょう。上手く運用してください」
「ええ、もちろん。……契約に使ったコイン量、すごかったですし」
「でしょうね。仮に配送センターで購入しようと思ったら五千だの一万だのといった枚数を要求されるでしょう」
「……マジですか」
「それだけ希少で手間暇がかかるという事です。兎も角、これからも戦力の向上に努めてください。並行して、ダンジョン維持のための労働力の確保も。ダークエルフ達への対処も考えねばなりませんよ? 今後の事を踏まえて」
あとは……と、コボルトは指を一本立ててそれをくるくると回す。そしてポンと手を打ち合わせた。
「そうそう、地下について。あれはいいですね、大きな資産です。手直しすれば防衛にも役立つでしょう。時間も手間も金もかかるでしょうがそこは上手くやってください。そうすればダンジョンは大きなステップアップを見込めますからね」
「頑張ります」
「……こんな所でしょうか。後日、正式に書面にしましてお届けします。今後も、ダンジョンの発展に邁進してください」
「はい。……それで、その。例の件については」
ミヤマの言葉に、コボルトは目を閉じてかすかに唸り始めた。考えている。ミヤマは答えを待つ。身体に力がこもり、手に汗握る。
そして、彼女はひとつ頷いて目を開いた。
「まあ、よろしいでしょう。『ダンジョン一時退避許可証』の発行を認めます。近日中に、許可証と印を届けさせます」
「ありがとうございます!」
これが、ミヤマが自ら監査を呼び込んだ理由。監査はダンジョンを取り締まる。何故それをするかといえばダンジョンが健全に運営、成長していく事を求めるから。
なのでダンジョンがそれをするに十分育っていると判断されれば許可を出す。許可した以上、その能力が失われない限りは監査部は何も言わない。ダンジョンを唯一取り締まる組織からのお墨付きである。それが何を意味するかは、言うまでもない。
そして、この『ダンジョン一時避難許可証』。これの先にあるものこそ、すべてのハイロウが求めて止まない『ダンジョン永住許可証』。ダンジョンに居住が許される証。一時避難許可証は、それの約束手形という面も持ち合わせる。
ミヤマは、ダンジョンに貢献してくれる者たちにこれを渡すことを望んでいた。ハイロウたちへの最大の褒美となるのだから当然である。
もちろん、許可証なしで避難させたり住まわせたりすることはできる。事実、今現在ミヤマはダークエルフの小部族を匿っている。しかしこの場合、監査部がダンジョンの害だと判断すれば即座に排除されてしまうのだ。特に、最も避難を求める時である大規模侵略時にこの取り締まりは厳しくなる。外に出れば死は確実という時に排除されたいなどと誰も思わない。
コボルトは咳ばらいを一つする。
「先ほども言いましたが、くれぐれもハイロウには気を付けるように。許可証を発行しすぎて困窮するに至ったマスターは数多いのですから」
「はい。なるべく絞って出していくようにしますので」
「ええ、そのように。……そうそう、最後になりますがアラニオス神から賜った二大戦力。あれに頼り切った戦闘は慎むように。堕落が酷ければ許可の取り消しもありうるのですから」
「それはもちろん……というか、流石にあの二体で全部戦闘が片付きませんし」
ミヤマは笑って話す。……が、コボルトは真顔だ。
「……あの二体って、そんなに強いんですか?」
「片や都市の守護精霊、片や神の眷属です。弱いはずがないでしょう。……さて、ではこれにて失礼いたします。長居は無用というものです」
コボルトは広げていた私物をバックに入れると椅子から立ち上がる。ミヤマは当然、見送りをするために同道する。
ダンジョンにやってきていた監査員がそろって移動する。数は多く、種族も種類に富んでいる。人、エルフ、ドワーフ、コボルト、オーク、大目玉。恰好も背広、作業服、パワードスーツ。まとまりがない。求められる仕事が多様なのでこうなってしまうのだ。
ミヤマは、監査を受けている間一つの事を考えていた。かなり悩みもしたが、意を決する。
「すみません。こういうのはその、みっともないとも考えるのですけど。実は近所にあまり評判のよろしくないダンジョンが……」
コボルトに声を潜めてささやくのは、旧セルバ国王都の近くにあるダンジョンの事。周辺住民を害し、それが巡り巡って国が滅ぶことになった。……滅ぼしたのは帝国だがそれはさておき。
ミヤマの思い悩んだ声に対し、コボルトの返答はあっけらかんとしていた。
「ああ、あそこですか。ご心配なく、対処済みです。ここに来る前に監査を済ませました」
「ええ!? マジ……本当ですか」
「嘘を言ってもしょうがないでしょう。まあ、ご心配通りにひどい所でしたが……あら?」
コボルトが足を止める。彼女の目の前にいたのは、黒毛のコボルトである。その手にあるのは、一輪の花。
「くぅん」
それが、差し出された。一同、動きが止まる。ミヤマは目を見開く。瞬きする。状況を理解する。
「クロマルーーーー!? お前、お客様にいきなり告るってどういうことじゃーーーーい!?」
「なんとーーー!?」
「白姫様にまさかの春ーーー!」
「あなめでたや!」
ダンジョンマスター、大絶叫。監査員、拍手喝采に口笛。大盛り上がり。しかし、当事者たる監査のコボルトはにっこりと微笑むとクロマルの頭をなでた。
「ありがとう、うれしいわ。でも、こんなおばあちゃんをつがいに選んではだめよ? もっといい人を探しなさい。いいわね?」
花を受け取り、胸元に刺す。そしてコボルトは転送室に向かって歩き出してしまった。クロマルは、がっくりと肩を落とす。鼻を鳴らす。
項垂れた頭に触れるものあり。監査員達だった。
「諦めるな。応援しているぞ」
「我らも、白姫様には常々つがいがいるべきだと思っていたのだ」
「長らくオリジン様の世話をお勤めになっているお方だ。あの方も幸せを得るべきだとおもうのだ」
「クゥン?」
「貴方たち! なにをやっていますの!」
クロマルを取り囲んでわいわい盛り上がる者たちの背に向かって、厳しい声が叩きつけられる。ミヤマを含め一斉に首をすくめる。
「遊んでいる暇なんてないんですからね! ほら、さっさと動く!」
「わかりましたから、オリジン様を叱るように言わんでください白姫様」
「その白姫ってのは止めなさい。一体いつの呼び方ですか本当に」
騒ぎながら移動を再開する一同。ぼうぜんとするクロマルに、異形の鎧が身をかがめて話かけた。
「行動する者だけが、望む結果を得る可能性を手にする。オリジン様の言葉だ。精進せいよ、若人よ」
「……わん」
はっはっは、と鎧の男は去っていく。彼がオリジンの騎士である事をミヤマたちは知らない。なので当然、三代前のアルクス帝国皇帝だったという事を分かるはずもない。
放心してぼんやりと、一行の後姿を見送る。
「……なあ、クロマル。なんで告ったの?」
「わん」
「一目ぼれ? 一目ぼれで即告ったの? ……勇気、あるな」
「わん?」
「あるんだよ、お前には。……俺にはないなぁ」
主従はその場でそんなやり取り。わずかに間をおいて、驚きで飛び跳ねる。
「やっべえ! お見送り!」
「わん! わん!」
「おおう、急げよクロマル!」
凸凹主従は、転送室へ向かって走り出した。