地下都市の新店舗
地下十一階。ダンジョンマスターの館(仮)。元商家だったこの屋敷には、事務用の部屋があった。そこに机を並べて、ダンジョンに係る諸々の事務仕事を今日まで行ってきた。
その中にいるのは、ゾンビだった。訂正、ゾンビのごとく疲労の極みにある事務員たちだった。ファンガスマン襲撃から七日、流民受け入れから三日。事務員たちは本当によくやってくれた。
新しい人々の名簿作成。必要物資のリストアップおよび調達。空き屋敷への住民の割り振り。各員に合った仕事の割り当てなど。これらは、事務方の情報処理なくしてスムーズに片づけることができなかった。
もちろん、働いたのは彼らだけではない。次々起きるトラブルへの対処。喧嘩、空き巣、異性暴行に同性暴行。時に穏便に片づけ、時に容赦なく裁く。ダンジョンの仲間たちは頑張ってくれた。
その甲斐あって、今回もどうにか受け入れ切る事が出来た。もちろん、代償はある。借金の数字は読むだけでトラウマになりそうな状態。これに比べたら、俺が昔騙されてローン組んだアクセサリーなんて可愛いものである。
調査し終わった地域の建物は完全に払底した。ここから先は時間がかかるとタロロさんから報告を受けている。
治安は悪化している。トラブルのおきない日はない。犯罪者は朝礼の場をもって全体周知している。それでも、毎日だ。
いよいよもって、限界が近い。近いながらも、今はまだ辛うじて秩序を保っている。とりあえず、受け入れの修羅場は潜り抜けた。俺は、事務員たちに休憩を取るように命じると、部屋を後にする。足を運ぶのは、談話室だ。
ノックする。どうぞー、と応答があったのでドアを開けた。
「……おお、こっちも酷い有様だ」
「マスター……申し訳ありません……」
「ああ、いいから。休んで休んで」
起き上がろうとするエラノールを手で制する。いくつもあるソファーに、ダンジョンの主要メンバーたちが伸びていた。……ダンジョンは広くなった。おかげで、集まるのも一苦労。なので、こういった場所をいくつか設けている。
街の中はここ。他には、地下11階エレベーター前。さらに、地上のダンジョン前広場にも作ってある。もちろん、ダンジョンアイの黒蛇も何匹か常に待機させてある。
特にこの談話室は、外の目が無いという事でよく人が集まるようになっていた。俺たちはこのダンジョンの主要メンバー。流民やお客様に情けない姿を見せるわけにはいかない。何とも窮屈になったものである。
「みんな、お疲れさん。こっちもひと段落ついたよ」
俺も、空いているソファーに座り込む。部屋に控えていたルージュに、紅茶を頼む。コーヒーは飲み飽きるほど飲んだ。
「今回は、やばかった……最初のあのトラブルが続いていたら、絶対破綻してた……」
仰向けにのびているダニエル君が呻く。彼はかなり体力がある方だ。間違いなく、ダンジョン上位勢に入るだろう。そんな彼だからこそ、ここ数日は常に走り通しだった。ぶっ倒れるのも、無理はないのだ。
「そうだね。マルコ殿には感謝してもしきれない。あの時、上手く取り持ってくれなかったらと思うと、本当に……」
セヴェリ君が、深々とため息をついた。いつもしっかり伸びた背筋も、今日ばかりは丸まっている。
彼らの言うトラブル。それは難民到着初日直後の事。三つ目のグループを率いてきた……あれ、名前なんだっけ。しまったな、ド忘れしたぞ。まあ、後で誰かに聞くとして。
ともかく、そのグループのトップであるまん丸に太ったおっさん子爵がついてそうそうこうのたまった。
『私は、バルコ国で子爵の位を預かっている。相応の扱いを望む』
さあ、困った。相手側の人員は、ここまでの移動で疲労と空腹を抱えている。理性を期待するには、目に余裕がなさ過ぎた。つまり、長々と問答している時間はない。
さりとて、子爵として扱えと言われても困る。そもそも扱い方が分からん。俺は帝国の爵位とは離れた地位にいるんだよ、などと言って通じるはずもないし納得するまで話して時間を取るわけにもいかない。
どうしたものか。とりあえずレケンスに一発ビビらせてもらうか。いやそれはきっと恐慌を引き起こして偉い事になる。帝国の爵位もちに説得してもらうしかないか? などと考えていた時に、ひょいと現れたのがバルコ国の貴族マルコ殿だった。
『貴公! 無事であったか!』
『な! マルコ殿!? そ、壮健そうで……なにより。その、臥せっているのでは?』
『ん? いかにも。ここにたどり着いた時はろくに歩けぬ有様であったが、今ではこの通りよ。……しかし、何故貴公がそれを?』
『いやその……風のうわさで聞きましてな。……そう! 我らも同じ道を歩いたわけで、先に進んだ者の話は耳にすることができまして』
『なるほど。たしかにそうなるか。……いや、それにしても無事でよかった。ダンジョンマスター! 紹介しますぞ、彼が……』
という感じのやり取りがあり。マルコ殿がゴリゴリと進めてくれたおかげで扱い云々という話は消えてなくなった。後で聞いた話だが、なんでも同じ派閥で幾度となく面倒をみた相手だったとの事。
あれは、本当にマルコ殿のファインプレーだった。相手の話を鵜呑みにしたら、どんな手間を取らされるかわかった物じゃなかった。流石に、ダンジョン運営が破綻するところまではいかなかったとは思うが大きな負担には間違いなくなっただろう。
それは、流民の受け入れに大きな支障となりえた。事実、トラブルが無くても俺たちはこのざまだ。あれがあったら、今こうやって休んでもいられなかったに違いない。
入れてもらった紅茶を一口、含む。茶の香りに、何とも癒される。ここまで疲れるのも久しぶりだ。……夏の商戦で二週間休みなしで働いた事を思い出す。外が、特に地獄だったなぁ。
「そういえば……ミヤマ様、ウルマス叔父上なのですが。流民たち、特にジルド殿と何度か話していたのを見かけました。何かご存じですか?」
「んん? ウルマス殿が? いや、特には……」
そういえばこの間も、妙に気にしていたな。しかし、相手は他国の騎士。貴族最下級。公爵の弟が気にする相手か?
「ボースー。そーいえば私も気になってたんだけどさぁ」
にょろり、と床に伸びていたミーティアが這い出して来る。くっそだらしないのに色気があるのがこいつの怖い所。
「竜人の新入り、いるじゃない。あいつらが大通りでなんかやってんだけど、知ってる?」
「ああ、そっちは分かる。実はバラサール、というかバルバラに提案されたんだが……」
そこまで喋って、ふと思い立つ。そうだ、今日はもうやっているはずだ。時間も、ちょうどいい。
「よし、みんな。ちょっと散歩にいこうか。バラサール達の新しい仕事を見に行こう」
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防壁の門からまっすぐ伸びる、目抜き通り。そこに連なるのは大抵、かつての商店だ。大抵は、流民の住居として使っているが中にはそれに適さないものもある。バラサール達が手を入れているのは、そんな店舗の一つだった。
そこへ向かって皆と歩く最中、見知った顔と出くわした。噂をすれば何とやら。ジルド殿だった。平時なので、整っているが普通の装い。その姿だけ見れば、立派な貴族。とても田舎の騎士とは見えない。
そんな彼の表情は、すぐれない。眉間にしわが寄っている。
「こんばんわジルド殿。こんな所でどうしました?」
「これはダンジョンマスター殿。こんばんわ。皆さん連れだってどちらに?」
笑顔を作った彼に、目抜き通りの方を指さす。
「バラサールの店。ちょっと覗きに行こうかなって。ジルド殿もいきます?」
「ああ……お誘いはうれしいのですが、皆が待っておりますので」
ジルド殿は、第一グループと生活を共にしている。小さな村で、子供の頃からの顔見知りだったらしく。騎士だ領民だという関係になり切れなかったと苦笑しながら以前語ってくれた。
「あー……ジルド殿、何か問題でも抱えていらっしゃる?」
突っ込んで聞いてみる。
「いえ! 全然! 何か私、変でしたか?」
「眉間に皺が寄ってましたよ」
「え……これは、情けない所を」
親指で眉間をもみほぐす。
「……本当に、何でもないのです。ええ。ここ数年に比べれば、ダンジョンの暮らしは夢のようです。皆が食事を取れて、安心して眠れる。我々が求めても得られないものでした」
などという彼の眉間には、また皺が寄っていく。うーん。
「まあ、何かあったら相談してね。ジルド殿が倒れられるとみんな困るからね」
「……ご心配をおかけして、申し訳ありません。それでは」
頭を下げて、彼は家路につく。……ウルマス殿と一体どんなやりとりをしたのやら。後で聞いておく必要がありそうだ。ともあれ皆を促して、足を進める。
屋敷から店までは、それほどの距離ではない。散歩と言うに十分な範囲だ。そして、近づいていくほどに陽気な声が聞こえてくる。
「ミヤマ様。あれは……」
「うん。酒場。バラサール達は酒場を開いたんだ」
発散する場が必要だ。街を見た彼らはそう俺に言ってきた。たしかに、この街にはそういった娯楽設備がない。生活を安定させるのに奔走していたから。しかし、人が増えれば手も空く。ならば酒場くらいは用意しよう。そういう話になった。
なお、本当は娼館もあるといいと言われたのだが。流石にそっちまでは手が回らない。そもそも専門技能をもつ男女がいない。モンスターにはそれ専門の連中もいる。サキュバスとかインキュバスとか。それらを呼ぶコインも今は惜しい。流民からの募集は絶対トラブルの元になるので選択肢に入れなかった。一番初めの頃、カルロにもそんな話をしたからね。なので今回はお流れである。
そうそう。酒を飲む金だが、俺から出ている。正確には、ダンジョンでの労働には金銭を対価として支払っている。衣食住まで用意して、さらに金まで支払う。流石に俺も嫌だなぁとは思った。しかし、皆の意見を聞いたら気持ちも変わった。
働いて、金銭を得られる。たとえわずかな金額でも、それは流民たちに希望を与えるのだ。無法を働くのを抑制できる。危険地帯に盗掘へ出る者を減らせると聞けば、金を払うのも悪くはない。どうせ何をしていても借金は増えるのだうはは、とちょっとやけっぱちになってGOサインを出した。
その結果は、酒場へ繰り出した流民たちの人数という形で表れていた。バラサール達の酒場は、中々の広さを持つ。夜になれば人通りも減るので、道へ椅子や机を並べることもできた。
それらが、満席になっている。店の椅子だけでは足りないらしく、近所から椅子を持ち寄っている姿すら見受けられる。
見事なまでに、大盛況だ。彼ら彼女らがここまで笑顔と歓声を上げる姿を、今まで一度も見た覚えがない。……まあ、歓声を上げる理由は酒だけではないのだが。
「さあ! 次の挑戦者はいるかー!? 参加希望者はこっちのテーブルだー!」
「現在のオッズはリバーサイド村のドムスが6、バリー村のボルルが4! まだ賭けは受け付けてるよー!」
店の中から、景気のいい声が響いてくる。その内容を聞いて、エラノールが目を見開いた。
「賭け試合までやっているのですか!?」
「これもストレス発散だってさ。それに、悪所ってのは放っておいてもできてしまうもの。だったらこっちで作って制御した方がいいって言われてねえ」
これもまた、もっともな話。博打なんてサイコロがあればどこでもできる。そしてサイコロも木片を加工すれば簡単に作れてしまうもの。実は今までも、似たようなものを注意勧告はしていた。小さなものだったので注意だけに止めてはいたけどね。
とはいえ、金がかかれば熱くなる。理性が飛べば喧嘩もする。借金で身を滅ぼして、悪党の手先……異世界でも変わらぬ身の滅ぼし方である。かといって禁止して止まるものでなし。かくて、国営の賭博場は生まれるのだなと理解する。
快音が鳴る。試合が始まったようだ。黒い肌の見事な体格をした青年と、丸々と太ったドワーフの戦いだ。なお、流民たちに亜人はとても少ない。全体の一割程度だ。
選手二人はひじとひざにサポーター、拳にグローブを付けている。急所への攻撃は反則負けだそうだ。青年は背丈を生かして上から押しつぶすように拳のラッシュ。対するドワーフは両腕でガードしつつ隙を伺い……。
「ふんっ!」
「どはぁっ!?」
太ももに強烈なフック! 別にボクシングではないから、足への攻撃も許容されるのだろう。はっきりと、青年の動きが悪くなった。攻撃の頻度も格段と落ちた。こうなればもう、ドワーフの独壇場。
的確に足を攻める。苦し紛れに蹴りを放つ青年。が、それを掴まれて……。
「ああ、あれは決まりましたね」
「ああなったらもう、どうしようもないな」
セヴェリ君とダニエル君の言葉通り。ドワーフが、青年の両足をがっちり掴んで豪快なジャイアントスイングを敢行。足をばたつかせてもロックは外れない。遠心力で体が引っ張られて上半身では何もできない。
「そこまでー! 勝者、バリー村のボルル!」
歓声と悲鳴が木霊する。……本当にこれ大丈夫かしら。そんな風に思っていると、声をかけられた。十五歳程度の青少年。若いのだが、帝国はもとより大体の国がこの歳で成人扱いなのだそうな。
「失礼します、ダンジョンマスター。店長が、部屋を用意しておりますのでどうぞこちらに」
「あー……悪いね、連絡なしでおしかけて」
「とんでもありません! いつでもご来店ください!」
教育が行き届いているなあ。言われた通りに声をかけているだけだと、こういう咄嗟の返答はできないものだ。経験者は語る。
表は混雑していて入れない。なので裏口からの入店だ。通されたのはなんと三階。ホールに張り出したバルコニーで、下の様子がよくわかる。
「どうだいマスター。いいながめだろう? あんた用の特等席だ」
待っていたバラサールが、得意満面の笑みを浮かべている。隣のバルバラは営業スマイルだ。
「俺専用、かあ。……普段はお客に開放して金取らない?」
「そういうのは、二階で十分ですので。こういった場所も、これからのマスターにはお役立ちになるかと」
もったいない気もするのだが、ここは気遣いを受け取っておこう。
「それじゃあ有難く。皆、座って座って」