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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア) - 第三十八話「鍛冶と魔術」
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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第三十八話「鍛冶と魔術」

 ギルドの階段を上がっていく──

 金の長髪を揺らし歩く、エリンの背を追っていった。

 途端、空気が変わる。

 香ばしい肉の匂いと、酒の甘い香り。

 笑い声と杯がぶつかる音が、階下とは別世界のように渦巻いていた。

「こちらが二階、飲食エリアになります」

 左右を見ると、看板と暖簾が立ち並んでいた。

 テラスでは、長机を囲んで酒をあおる者、地図を広げている者。

 銀の鎧を着たまま、骨付き肉へかぶりつく者もいた。

「最初はまず、この階で仲間を探すのが鉄板ですね。情報交換の場としても使われています」

 エリンは、赤い暖簾のかかった店の前で足を止め、手でそれを示した。

 そこには達筆な白文字で、“赤角亭(せきかくてい)”と書かれている。

「私のおすすめはここ──赤角亭! ギルド名物の残火酒は、ここだけの蒸留酒なんですよ」

 扉の隙間から、香ばしい肉と酒の匂い。

 フィオナの口が緩む。

「さけ……」

「お肉も絶品! 特におすすめは、黒闘牛の骨付き肉ですね」

「にく……」

 今にも、フィオナは涎が垂れそうだ。

 彼女はふらふらと、暖簾に進んでいく。

 俺は、その肩を掴んだ。

「あとでな」

「にく……」

 “肉”としか言わなくなってしまった。

 手を離せば、すぐに迷子になりそうだ。

 彼女の腕を引きつつ、二階をざっと巡る。

 ──本当に、広い。

 店も数十種類あり、どこの国の食文化なのか分からない店もある。

 大陸中央だもんな。異国の文化が、自然と浸透しているのだろう。

「では、上に行きましょう~」

 端にあった階段を、さらに登っていく。

 三階に着くと、高級感のある廊下へと出た。

 床は磨き込まれた濃色の石材。壁沿いには長い飾り窓が連なり、その中には煌びやかな武器や防具、装備の数々が展示されていた。

「三階は、工房フロアです。装備の購入や作成、修理・点検まで扱っています」

「それは、助かりますね」

 木製の大扉に進んで行くと、自動で横開きした。

 中には、規則正しく配置された陳列棚。

 短剣や片手剣、補助用の小盾。革張りの軽装鎧に、魔力を帯びた指輪。

 そして、謎の紙切れ──護符だろうか。

 ありとあらゆるアイテムが、整頓され並んでいた。

 数人の客が鑑賞しながら、雑多に歩いている。

 奥には──

 一段高く設置された展示台。

 そこには、刃に淡い光を宿す剣や、鱗のような意匠が施された防具。

 いずれも美術品のように飾られ、触れることさえ憚られる雰囲気だ。

 フィオナはその一つ、刀身が青く透明になっている短剣を手に取った。

「この剣、かわいいー! 超きれいっ」

「──ああっ! それは、青龍の鱗で作った曲小剣ですね」

 エリンが思い出すように言った。

「龍、いるんだ……」

「私がまだ現役だった時に、何度か戦ったことがあるんですけど……彼らは鱗が硬くて、本当に強いんですよ。上位個体になると喋る者もいて──」

 嫌な予感がする。

 さりげなく、値札を見た。

 一、十、ひゃく……せん、ま……。

 俺は素早く、フィオナから剣を取り上げ、展示棚に戻した。

「さ……次に、行きましょう」

「ちょっと欲しかったな~」

「今度な」

 俺たちの財力では、永遠に買えそうもない。

 

 ──奥に進んで行くと、暗い石壁の通路があった。

「三階の責任者は、いつも工房区域にいるんですよ」

 暗く、じめりとした空気。

 他の空間とは、あきらかに雰囲気が違う。

 最奥には、石の扉があった。

 固く閉ざされたそれは、全てを遮断しているように見える。

「ここから先は立ち入り禁止なのですが、今日は特別ということで」

 エリンが、扉の横にある赤いボタンを押した。

 ゴゴゴ……

 重音を立てながら、石扉が横に滑っていく。

 中から、赤く焼けた鉄と、油の匂いが漏れだした。

 

 カン、カン。

 金属を叩く音が、聞こえる。


 薄暗い通路を抜けると──

 巨大な溶解炉が、視界を埋めた。

 それは鎖と金属支柱で固定され、溶けそうなほどの炎熱が、空間を支配していた。

 その炉の下に、誰かが立っている。

 エリンが手を振った。

「トールさーん!」

 

 カンッ。

 叩く音が、止まった。


 トール。

 その名に、聞き覚えがあった。

 エルフ里の職人、ドレスタが言っていた名前じゃないか。

 近づいていく──

 そこに立っていたのは、長身の巨漢だった。

 長いつなぎに身を包み、その下は半裸。

 岩山のように隆起した肉体は、鍛え抜かれた戦士のようだ。

 黒茶の短髪に、左目を覆う黒眼帯、口周りは髭がダンディに整えられている。

 挿絵(By みてみん)

「……新入りか」

 深く、低い声。

 彼は、巨大なハンマーを肩に担いだ。

「オレは、トール・ハンマー」

 鋭い視線がこちらを射抜く。

 深く皺の入ったその強面は、“職人”としか言い様がない。

「ちなみにハンマーは、自分で名付けた」

 フィオナの青目がきらりと光る。

「強そー! かっこいいっ!」

「だろ。しがない鍛冶師だ。よろしくな」

 トールは手を差し出す。

 俺は、その手を握った。

 ──岩、だ。

 ゴツゴツとした手が、ぐっと締まった。

「おっ。その腰のもんは──」

 彼は、俺の腰下に目をやった。

「剣か……せっかく来たんだ。軽く研いでやるよ、よこしな」

 ありがたい。

 自分でも手入れはしていたが、ずっと本職にやって欲しいと思っていた。

「じゃあ、お願いします」

 俺は短剣を抜き、逆刃にして柄を渡す。

 突然、エリンが慌てだした。

「山田さん、待っ」

 気づいた時にはもう、柄を離していた。

 

 瞬間。

 

 トールの丸太のような腕が、

 急降下した──ッ!

 

 ダァンッ!!

 

 短剣は石床に深く、突き刺さった。

 トールは床にひざを突き、片目を見開いている。

「これは……ぬぅッ」

 彼は唸りをあげ、力を込めていた。

 腕には、太い血管が浮かび上がっている。

「……冗談、ですよね?」

「……抜けん」

 彼は短剣から手を離すと、息を荒らした。

 なんだというのだ。

 俺が短剣を手に取ると、すんなりと──床から抜けた。

「えっ。こんな、軽いのに」

 エリンも、何事もないように持っていた。

 当人を見ると、頬をかき笑っている。

「ああ~。その剣は、メンテナンスとか、要らないんですよ」

 フィオナは不服そうな顔をした。

「私が抜くはずだったのになぁ」

「……なるほど……魔装具か」

 合点がいったように、トールは腕を組んだ。

「魔装具?」

「古代魔装ともいう。強大な魔を宿す、古の遺物(アーティファクト)の一種だ。自ら持ち主を選ぶと言われ、呪いさえ受けることもある」

 エルフの長老は、女神の剣だと言っていた。

 まさか、呪われてないよな、俺……。

「じゃあ……研げない、ってことですか」

「大丈夫だ、よく見ろ。刃こぼれ一つねぇだろう」

 トールは俺の手にある短剣を、遠目で眺めていた。

「美しい剣だ……怖いぐらいに」

「じゃ、じゃあ」

 空気を変えるように、俺は懐から回転式の黒銃、ジューダスを取り出した。

 弾が切れてから、久しく使っていない。

「これの弾を、作ってもらえませんか」

「こいつは、銃か」

 ドワーフの職人、ドレスタから受け取っていたメモを渡す。

 トールは、メモに目を通し──

「……無理だ」

「えっ」

「これに書かれている材料は、ドワーフの要塞国家、『グランドール』でしか採れない」

「ドワーフの国……」

「その肝心の国は、大陸西南にある。つまり──」

「戦争……」

「そうだ。今は貿易が止まっている……材料が、もう無いんだ」

「魔弾は無理だが、普通の銃弾ならあるぞ。どうする」

「では……それで、お願いします」

 ないよりは、マシか。

「私、これがいいっ!」

 後ろを振り向くと──

 いつの間にか、フィオナがデカい剣を持っていた。

 上に掲げたそれは、柄から(つば)にかけて龍の細工が巻き付き、刃の中央には背骨のような盛り上がりがあった。一振りすれば、空気ごと叩き潰せそうだ。

 職業、魔法使いが持っていい剣ではない。

 エリンが呆れたように言う。

「だめよ、そんな大きいの。邪魔になるでしょ」

「えー」

「もっと服とかになさい」

「自信作なんだがな……」

 トールは残念そうに、小声で言った。

 その後は、彼におすすめを聞きつつ、店内を回遊していった。

 

 ──たくさん買ってしまった。

 

 木籠の中を見る。

 真鍮(しんちゅう)色の金弾セットを三十発、緊急時の包帯や塗り薬、冒険者用の丈夫な下着を数点。

 そして、長方形の白札を数枚。その表裏には、複雑な呪文が描かれていた。

 トールおすすめの品──『危感知符(きかんちふ)』だ。

 危険なエリアなどに近づいたら、微熱を持って教えてくれる護符らしい。

 気づいたらヤバいとこに! みたいな、“初心者あるある”が無くなるというわけだ。

 フィオナにあとで持たせよう。

 彼女は、猫耳がついた青いベレー帽を買うようだった。

 ──なんで?

 店内奥のカウンターの前に行くと、フィオナはぼやいた。

「あーあっ。ドラゴンブレード、欲しかったなぁ~」

「……本当の武器は、銃や剣なんかじゃねえ」

 トールは真剣かつ、険しい顔で言った。

 猫耳の青いベレー帽を手に、それを見つめて。

「良いものを揃えようが、死ぬときは死ぬんだ」

 こんな……猫耳ベレー帽が、合わないシーンある?

 トールが細いタッチ機械で値札を読み取ると、フィオナに帽子を渡した。

 彼女は、猫耳ベレー帽をすぐにかぶった。

「どうっ?」

「……良いな」

 水色の髪に、青い帽子はよく似合っている。

 頭が動くと、猫耳も揺れた。

 可愛い。

「だよね! もこもこでさ~」

 なんだか深そうなトールの話を聞くより、帽子の話がしたいらしい。

「……気合が、大切だ。頑張れよ」

「ありがとうございます」

「代金は、六万ゴールドだ」

 高ッ。

 猫耳ベレー帽が高いのか。

 横を見ると、フィオナは鼻歌を歌っていた。

 ……まぁ、いいか。

 俺は、皮財布から銀庫カードを取り出した。

「半額にしておく。初回だからな」

 トールはニッと笑った。

 笑顔まで渋い男だ。

「助かります」

「おう。また来い」

 口数は多くないが、良い人だった。


 ──四階に足を踏み入れると、空気が少し冷えていた。

 紙と、薬品のような匂いがする。

 目の前には、魔術的な刻印が施された厚いガラス扉。

 人の気配は少なく、三階とは雰囲気がまるで違う。

「四階は、魔具販売フロアになります」

 ガラス扉が静かに開き、店内へと足を踏み入れる。

 壁沿いには、背の高いガラス棚。

 内部は細かく仕切られ、魔具が並べられていた。

 薄く光を帯びた水晶。分厚い魔導書。

 先端が歪んだ長杖に、金のブローチがついた全身ローブ。

 どれも、“魔法使い”が使いそうな物ばかりだ。

「ここでは、主に危険物の検品や、魔法関連の道具販売などを行っています」

「危険物?」

「遺跡などで、採掘された魔具──トールさんが仰っていた、古代魔装などですね。古いものだと、人体を害するものも多くありますから……」

 その時。

 ひやりと、冷気を感じた。

 後ろを見ると、フィオナが透明なガラスケースを開けていた。

「なにこれ、ジュース?」

 細い小瓶を掲げる。

 中で、レモン色の液体が、きらりと揺れた。

 ふふっと、エリンが微笑む。

「それは、魔充(チャージ)ドリンクね。飲むと、マナが瞬時に回復する優れものですよ」

「便利じゃーん! 十本ぐらい買ってこうよ」

「どれどれ」

 お値段は──

 一瓶、五千ゴールド。

「うん……二本にしよう」

 散財厳禁。

 俺たちは、まだ仕事すら決まってないのである。


 魔充ドリンクを購入し、さらに奥へと進んでいくと──

 通路の突き当たりに、重厚な鉄扉が現れた。

「この先は、検品・研究エリアですね」

 鈍い低音を響かせ、鉄扉が横に開いていく。

 中は、石壁に囲まれた広い空間だった。

 中央には、石と金属で組まれた長い作業台がいくつも並び、それぞれが青白い光を放っている。

 灰色のローブを着た職員たちが、黙々と台に向かっていた。

「一般の冒険者は立ち入り禁止なんですが……せっかくですし、軽く見ていきましょう」

 机の上には、剣、指輪、歪な形の小箱。

 どれも淡い光を帯び、床や台座に描かれた魔法陣の中央に、厳重に固定されている。

 売り場とは、まるで別世界だ。

 やがて──

 青白い空間が途切れ、木造りの通路に出た。

 インクと、紙の匂いがする。

 短い通路を抜けると、穏やかな燭台が灯る部屋に出た。

 職員たちは忙しなく動き回り、羽根ペンを走らせ、書類を抱えて行き交っている。

「ここは、ギルド書類をまとめるオフィスですね」

 書類、書類、書類。

 棚にも床にも、机の上にも、紙の山だ。

 すたすたと、エリンは迷いなく進んでいく。

 紙の山を抜けるにつれ、背後のざわめきが、少しずつ遠のいていった。

 気づけば──

 人通りのない、石壁の通路に出ていた。

 天井は低く、吊るされた丸い照明が、まばらに灯っている。

 壁際には木机が並び、床にも、机の上にも、古びた本が山のように積まれていた。

 本の端からは、赤・黄・緑の付箋が、いくつも飛び出している。

 机にある紙を、ちらりと見た。

 ──謎の数式と、文字の走り書き。

 何語なのかさえ分からない。

 歩を進めるほど、通路がわずかに狭まっていった。

 どこに向かっているのだろう。

「責任者は、魔術研究の第一人者で──あ、いたいた」

 エリンの視線を追う。

 心もとなく照らされた部屋の隅。

 山のように積まれた書類に囲まれた一角。

 そこには、低い机があった。

 ──そして。

 その机には、誰かが突っ伏していた。

「ルゥナさーん!」

「あぇ……」

 間の抜けた声がすると、その人は顔を上げた。

 ──女、だった。

 挿絵(By みてみん)

 ぼさぼさに伸びた黒紫の髪。

 髪は寝癖のまま無造作に束ねられ、数本が頬に張り付いている。

 丸眼鏡の奥の目は半分閉じ、焦点がまだ合っていない。

 羽織っている黒い上着は肩からずり落ち、隙間から覗く肌はじんわりと汗ばんでいた。

 大きく膨らんだ胸元も含め、体つきは豊満──

 いや、だらしない。

 ──むちむち、である。

 彼女はぼりぼりと腹を掻くと、短く欠伸した。

 うすら笑いを浮かべたまま、だらりと体を起こし、猫背のまま背中を伸ばした。

 足を伸ばした先には、兎の耳がついたスリッパ。

 それを履き、ゆるりと立つと、ぱこぱこと鳴らしながら、こちらへ近づいてきた。

「彼女は、ルゥナ・ピーナッツさんで、うっ──」

 エリンの言葉が詰まった。

 一拍遅れて、酸っぱい腐臭が漂う。

 おずおずと、ルゥナは会釈した。

「ど、ども……です」

 フィオナは鼻をつまんだ。

「くっさぁ……!」

「ふへへ。一週間こもって、ます。から……」

 にへらぁと、ルゥナは笑っていた。

「もうっ、ちゃんと体洗ってください!」

 エリンが顔をしかめた。

「すい、ません……へへ」 

「こう見えて、すごく優秀な魔法使いなんですよ。ギルドタグの整備も彼女がしてるんです」

「そんな褒めても、な、何も、出ないですよ」

 ふへへと口を歪めると、八重歯が覗いた。

「でも、エリンさんになら、抱かれてもいい、かもです」

 大きな胸を押し上げ、むふっと笑う。

「いえ。全然、結構です」

 エリンは冷たくあしらった。

「ちょっと変人ですが……魔術のことで何か困ったら、彼女に聞いて下さい」

 魔術、か。

 的外れな質問、かもしれないが──

「じゃあ……魔法で、自分をワープさせることは出来ますか」

 ルゥナは首を傾げた。

「ワァ、プッ?」

「例えば、別の世界に行く。とかです」

「おぉっっ、それは良い議題です!」

 食いつくように近づいて来た。

 よく見ると、ホクロが口端の下と胸の隙間に一つずつある。

 ……くさい。

「それって、神渦のことですよね。極めて量子的な渦であり、魔術学会でも一時期話題になっていたんです。エリック・スレイダーの同宇宙起源説はとても興味深く、かくいう私も昔は異世界などに興味を持っていた異世界大好キッズでした。短距離であれば人体を移動させる方法はすでに確立されており、座標軸さえ分かれば人工的に神渦を作るのも不可能ではないでしょう。しかし問題はその別世界とやらは本当に自分の世界と同じなのかという懸念です。平行世界という概念も存在していて、同じだと思っていても実は時間軸がずれているだけの同じ世界だという可能性もある……どう思いますっ?」

 早口すぎて、半分も聞き取れなかった。

 眠たげだった暗灰色の眼が、興奮気味に開いている。

 フィオナは、目をぱちぱちさせた。

「なんて?」

「……わからん」

「机上の空論ではないことは、確かですが──」

 チンッ。

 軽い電子音が響いた。

 ルゥナはすっと喋るのを止め、横にあった四角い機械を開ける。

 そこから白い皿を取り出すと、ほくほくと煙が上がった。

 電子レンジ、あるんだ。

 皿の上には、白い塊──

 じゃがいもだった。

 彼女はもしゃもしゃと、それを食べ始めた。

「んーむ、んむ。よく食べ、よく眠り、よく食べる」

 あっという間に芋を平らげると、ごろりと仰向けになった。

「そして──よく、眠らん」

 ルゥナは体をぴんと伸ばし、胸の上で手を組んだ。

 その姿は、まるで棺に納められた王のようだった。

「……寝ます。ふへへ」

 目を閉じ、微動だにしなくなった。

 フィオナが、頬をぷにぷにつつく。

「……寝てる」

 エリンは苦笑した。

「まぁ、大体こんな感じですね」

 本当に、変な人だった。

 

 エリンは、すぐ横にあった木扉を開けた。

 ごがぁ、と寝息をたてるルゥナを尻目に、廊下へ出ていく。

 そこは、ギルド四階の隅だった。

「最上階は執務室などがあります。昇級の際などは、そちらでお話することになるでしょう」

「はやく昇級したーい!」

「そうだな」

「ふふ、楽しみにしています」

「案内はここまでにしましょう。では、あちらから」

 右に顔をやると、大きな昇降機が二つあった。

 中へ入ると、低い音を立てながら、階下へと下がっていく。

 扉が開いた時には、ギルドの入り口横に出ていた。

「ありがとうございました」

「ええ。二人とも、いつでもいらして下さい」

 エリンは、にぱっと笑った。

「おばあちゃん、またね~!」

 そしてギルドを出──

「山田さん! 忘れてましたっ」

 慌てるように、エリンは俺に駆け寄った。

「はい、これ」

 差し出してきたのは、謎の細い小瓶。

 紫色の液体が入っている。

「これは?」

 彼女は真剣な顔をすると、小声で話し始めた。

「エルフに伝わる“秘薬”です。飲めばあら不思議、どんな鈍感さんでも──子孫を、繁栄させたくなるでしょう」

「えーっと、いらないですね」

「ええっ! これがないとエルフは……大変ですよっ?」

 めちゃくちゃショックな顔をしている。

「大丈夫です。子供なんて出来たら、旅ができなくなりますよ……」

「……そう、ですよねぇ」

 エリンはしゅんとした後、フィオナを見た。

「じゃあ、フィオ──」

「んっ?」

 そっちに渡す気か!?

 させるか──ッ!

「あーっと! やはり。これは、私が預かっておきます」

 エリンの手から、しゅっと小瓶を奪う。

「あら、そうですか」

 危なかった。

 俺には分かる。

 フィオナは喉が乾いたとかいって、うっかり飲むに違いないのだ。

 危険薬物、反対。

「ふふ。ひ孫は、男の子が良いです」

 エリンは満面の笑みだった。

 やられた。

「またのお越しを、お待ちしております」

 エリンに手を振り、俺たちはその場を後にした。

 結局、“秘薬”を受け取ってしまった……。

 年の功には、勝てそうもない。

 そういえば、彼女は結局、何歳だったのだろう。

 しかし、エルフという種族にとっては、年齢など意味を持たないのかもしれない。

 俺はそう結論付け、ギルドの階段を降りていった。

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