終業
リンドナー王立魔法学院の期末考査が終わった。
今日は試験の成績の発表日であり、同時に一学期が終わりとなる終業式の日でもあった。
この学院では、終業後は大体一ヶ月前後の休みが入ることになっている。
筆記と実技、二種類の期末考査で良い成績を取るため、必死になって勉強を続けた生徒達へ送られるささやかなプレゼント。
その使い道は、人によって様々だ。
「なぁ、ゴレラーは夏休みはどこかに行くのか?」
「僕は……実家に帰るよ。家業の手伝いしろって親父からせっつかれてるから」
「はぁ~、行商人の息子ってのは大変なんだなぁ」
「貴族としての収入なんか限られてるからね……」
最後の授業も終わり、校長の長ったらしいスピーチという苦行を乗り越えた彼らはようやく肩の荷を下ろして落ち着くことができる。
学院生の皆は、クラスごとにまとまりながら、外庭で成績発表が始まるのをそわそわしながら待っている。
リャンル、ゴレラー、アリラエの三人は以前と同様、三人でグループを作ってつるんでいた。
結局のところ、この三人で一緒にいるのが落ち着くのだ。
けれど以前とは違い、クラスでの居心地はそう悪いものではない。
『覇究祭』での頑張りは、たしかに良い影響を与えてくれていたのだ。
隅の方で話していたリャンル達に、クラスメイトの一人が話しかけてくる。
「リャンル達は夏休み、どうするんだ?」
「基本的には実家に帰ってのんびり過ごす予定だよ。約一名、のんびりと過ごせないやつもいるみたいだけど……トッドは?」
「俺? 俺はバカンスだよ。父さんが持ってる地方の別荘に皆を呼んで遊ぶんだ」
「やっぱり上級貴族はすごいなぁ……」
以前と違い、リャンル達は煙たがられるようなこともなく、クラスにしっかりと溶け込んでいた。
不良が捨て猫を拾うと一気に評価が上がるのと同じように、今まで非行少年だった彼らの『覇究祭』での頑張りは、マイナスがあった分より高く評価されていたのだ。
もちろんそれで今までの負債がチャラになるわけではないが、それでも以前のように煙たがられることはなくなった。
「良ければお前達も来るか?」
「えっ、いいの? ……ああ、僕仕事でいけないんだった……」
「のんびり過ごせない一名はゴレラーだったか……他の二人は?」
「日取りによるな」
「リャンルと同じで、俺も何日か予定があるかな」
「オッケー、それならまた後で連絡するよ」
今ではこうして、遊びの誘いを受けるほどにまで仲は進展していた。
話をしている感じ、誘いも社交辞令というわけではなさそうだ。
恐らくは夏休みに一度か二度くらいは、遊びに行くことになるだろう。
(それもこれも、ヘルベルト様のおかげだな……)
元々商人などから成り上がった、いわゆる新興貴族であるリャンル達は、クラスの中でははみ出し者だった。
今こうして曲がりなりにも上手くやっていくことができているのは、間違いなくヘルベルトの功績だ。
ヘルベルトが変わったおかげで、クラスの雰囲気も、リャンル達の立場も変わった。
それが皆にとって良い変化なのは、誰にとっても疑いようのないことだった。
学院生の皆は、どんな風に夏休みを過ごすかでいっぱいになっている。
けれどその前に、成績発表だ。
ゴロゴロとキャスターのつけられた板が、何十枚とやってくる。
実力主義のリンドナー王立魔法学院では、総合点の高かった順に順位付けがなされる。
もちろんそれが社会に出る際に重要視されるのは、言うまでもない。
上には布がかけられており、中は見えないようになっていた。
皆が黙って、成績が開示される瞬間を待つ。
教師達が時計を見つめ――そのままバサッと布をめくる。
生徒達は、他の生徒が見えなくならないよう貼られたロープの前で自分の名前を血眼になって探し始める。その中には当然ながら、リャンル達の姿もある。
そして悲喜こもごもの声が、あちこちから上がるのだった――。
「ふむ……」
そして、開示の時間から少し間隔を空けて、ヘルベルトも成績発表の会場へやってきていた。
既に発表からある程度時間が経っているため、人は疎らになっている。
押し合いへし合いながら、必死になって自分の名前を探すのはエレガントではない。
訓練や鍛錬を除けば優雅でないことをするつもりのないヘルベルトは、当然左側――成績上位者順から己の名を探し始める。
筆記試験も実技試験も、今のできる全力で挑んだ。
一切妥協もせず、最高のパフォーマンスが出せるギリギリの努力を重ねた。
ヘルベルトは己の名を探す必要はなかった。
己の名が……一番上に記されていたからだ。
リンドナー王立魔法学院、一学期期末考査総合一位――ヘルベルト・フォン・ウンルー。
その文字列を見たヘルベルトは、思わず内心でガッツポーズをした(もちろん格好悪いので、実際にすることはない)。
見れば二位のマーロンとの差は、ごくわずかだった。
だが何にせよ、また白星を上げることができた。
総合力で学年一位を取るのは、『一騎打ち』での優勝とはまた違った達成感がある。
満足げに頷くヘルベルトが下の方の順位に目をやると、三位にいたのは王女イザベラだった。そして四位の欄にはネルの名が記されており、上位陣はヘルベルトを除き、いつものメンバーで固定されている。
今回はそこにヘルベルトが食い込んだ形だった。
もちろん、今回の一度きりで終わらせるつもりはない。
まぐれと言われることのないよう、今後も学年一位をキープするつもりだ。
「負けてしまったな」
「これは……イザベラ王女殿下」
「イザベラで構わぬ」
既に終業式は終わっているため、成績の確認は終えればそこから先はもう夏休みだ。
そのままとある場所へ出向こうとしていたヘルベルトに声をかけてきたのは、リンドナー王国の王女でもあるイザベラだった。
「次は負けぬぞ」
「受けて立ちましょう……イザベラ」
以前はネルもイザベラも自分を見てくれぬと荒れていたヘルベルト。
心を入れ替えて必死に頑張って結果を出す。それだけのことでこうして自分に目を向けてくれているという事実を前に、ヘルベルトは苦笑した。
かつての自分のアホさ加減に、思わず苦みがこみあげてきたのだ。
そんな表情の変化に気付かぬイザベラが、くるりと踵を返す。
イザベラはスカートがふわりと風になびかせながら、前屈みになってヘルベルトの方を見上げてくる。
愛する人はネル一人だと決めている彼が思わずドキリとしてしまうほどに、その姿は可憐だった。
「もしよければ夏休みの間に、一度遊びにでも出掛けるか?」
「もちろん構いませんよ。でも一応、ネルには事前に説明しておいてください」
「ヘルベルト、お前……既にネルの尻に敷かれているのか……」
ヘルベルトとしてはネルに妙な二心を抱かれぬようにというつもりだったのだが、どうやら妙な勘違いをされてしまった。
だがネルの尻に敷かれるのも悪くはないような気がしたので、特に否定はしなかった。
ヘルベルトの脳裏に、母であるヨハンナの言葉が過る。
『夫婦円満の秘訣はね、妻が旦那の手綱を握ることなのよ』
その後ちょっとだけ自分がネルに手綱を握られている姿を想像し……頭を振る。
「予定は既にかなり埋まってますので、なるべく早い段階で日取りを決めてくれると助かります」
「ほう、ヘルベルトの夏の予定はどんな風になっているのだ?」
「それはもう……色々ですよ」
ヘルベルトはイザベラに別れを告げ、その場を後にする。
自身で言っていた通り、彼を待ち受けているイベントは実に数が多い。
一番始めのイベントは、終業後の今日これから始まる。
ヘルベルトの夏休みの最初の予定。
それは――ロデオの邸宅へと出向くこと。
その目的は、彼がしなければならない、過去の清算のうちの一つ。
幼なじみでもあり、かつては騎士の誓いをしてくれた少女――ロデオの娘であるティナとの仲直りである。
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