迷惑な客
申し訳ないですが、内容を大幅に変更いたいました。
ホテルの最上階のレストラン。
敢えてほの暗く照明を落とした店内には、優雅な曲が流れている。
テーブルとテーブルとの間隔を広めに取っており、何名かの先客はいるものの、辺りの会話は殆ど聞こえなかった。
オリビアが案内された席は窓際の特等席で、眼下にはライトアップされた街路樹が美しく輝いて見える。
「この店一番の人気料理、マールエビのソテーですよ」
「ほわあああああ」
目の前に出された特大のエビに、オリビアの瞳は釘付けになった。
「今朝上がったばかりですので、ぷりぷりでジューシーです」
ミナの説明に、オリビアはいそいそとエビの身にフォークを突き立てて口に運ぶ。
「う~~」
目を瞑って味わい尽くす。
美味し~~ぷりぷりで最高!!
前世で好きだった甲殻類は、どうやら今世でも変わる事はないらしい。
オリビアは感動しながら一切れ目を食べ終えると、周りに添えられた野菜のソテーを口に運んでいく。
彼女は大好きな物はひと口目に堪能し、その後、残りを最後に置いておいて締めに食べるタイプである。
「ミナ、とっても美味しい。連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。オリビア様は魚介類がお好きなのですか?」
ウエーターの代わりに給仕しているミナは、オリビアに尋ねた。
「うん。お肉やお野菜も好きだけど、魚介類、特に甲殻類が大好きなの!」
なるほどなるほど。
ミナは心のメモに刻み込む。
「実はここのデザートもなかなか評判で・・・」
話を続けようとした時、少し離れた場所でにこやかにこちらを見ている支配人の姿が目に入った。
ミナが軽く会釈すると、彼はすっと隣までやって来て耳打ちした。
「カッシーナのご令嬢がホテルに入りました」
その言葉を聞いたミナは一瞬目を細めると、くるっと方向転換してオリビアに向かってほほ笑んだ。
「オリビア様!食後のスペシャルなデザートは、お部屋に運んでくれるそうなので戻りましょうか」
「え?!そうなの?!」
オリビアはこの店の雰囲気が気に入り、もう少し堪能したいと思っていた。
「寝着に着替えて、甘いお菓子を食べながら今日は夜更かししましょう!!」
「え!する!!」
ミナの提案に、オリビアの瞳はぱあっと輝いた。
「それじゃあ丁度食べ終えた事ですし、すぐに戻りましょうか」
ミナはオリビアの手を引き、支配人の後をついて店のバックヤードに向かう。
「?こっちなの?」
「ええ。こちらが近道だそうです」
「へえ~」
従業員専用の廊下を通り、調理場を横目にずんずん進んで行く。
途中、シェフから可愛らしいキャンディーを貰い、オリビアは終始ご機嫌だった。
宿泊フロアに無事到着し、オリビアはバックヤードで貰った棒つきキャンディーを嬉しそうに舐めながら廊下を歩く。
その後ろをミナと支配人が続く。
「申し訳ございません。流石に大公のご親族を入り口で門前払いは出来ませんでした。あの方は良くも悪くも有名人なので」
「このフロアにさえ入れなければ問題ないわ」
ミランダがわざわざここに来た理由が分からず、ミナは若干ピリピリしながらも淡々と答える。
「ええ。それはもう当然でございます」
「やっぱりアレはそんなに困った人間なの?」
「そうですね。高い地位につけてはいけない典型的な人間かと」
「ふ~ん。大公はアレに対して、何か対策はしていないのかしら?」
「どうでしょう。あの方の姉君はかなり困った方でして、現在遠い地に幽閉されております。ですので、その娘であるあの方に何か思う所がおありなのでしょう、小さい頃から大層可愛がっておいででした」
身内に甘過ぎる。
それ、ダメなやつでは?
ミナは目を細めた。
カッシーナ公国はシリウスの治める国ではあるが、政は全てカッシーナが取り仕切っている。
彼の関心はもっぱら実験場にあり、それ以外は特に興味が無かった。
と言うか、そもそも実験場ありきで作った国なので、それは仕方の無い事であった。
だがここに来て、その弊害が出ているのでは?
ミナは思った。
正直、配下のお家騒動など、ホワイトレイにとっては全く興味の無い話である。
自分の所で何とかしろよ、としか思えない。
そもそも、一族の恥を大っぴらに報告する馬鹿などそうそういないだろう。
だがしかし、今回の件は少々目に余る。
配下全員が馬鹿とは言わないが、たまにはお忍びで状況の確認をした方が良さそうだ。
「カッシーナは闇が深そう。これはシリウス様に進言してみようか」
ミナは呟いた。
しかしそうなると、ブラックレイ辺りが激怒して、カッシーナを槍玉に挙げそうだ。
それはそれで面白そうではあるが。
「お恥ずかしい限りです」
支配人が申し訳なさそうにミナに言った。
彼はダリルに気に入られ、カッシーナから唯一主の拠点に入る事を許され、執事となった男である。
現在は高齢を理由に、隠居という形でここで余生を過ごしているのだ。
「古き良き時代のカッシーナは消えたのかしら?」
「・・・・」
初代カッシーナは、情が深く大層熱い男だったと聞く。
主に忠誠を誓い、曲がった事が大嫌いだった彼はまるで武人の様な存在だったそうだ。
逆にブラックレイは暗殺を生業としていた為、カッシーナとは性格も戦闘方法も正反対の人間だった。
だからこそ2人の仲は非常に悪かったが、互いの力だけは認め合っており、双方共に主からの信頼はとても厚かった。
「やっぱり脳筋には国の統治は難しかったか・・・っと失礼」
ミナはペロッと舌を出した。
「これは手厳しい」
「別にじぃじの事言ってるんじゃないって」
「ふふふ。懐かしい呼び名でございます」
2人の間に漂っていた張りつめた空気が、一気に緩む。
「それにしても何と愛らしい」
支配人は前を歩くオリビアを見ながら呟く。
小さい頃からシリウスの成長を見守ってきた彼は、ミナとも面識があった。
勿論オリビアの存在も知っていた。
「でしょう~?オリビア様は本当に素晴らしい御方なのよ。可愛いし可愛いし可愛いし、高貴だし、美しいし、お茶目だし」
早口で喋りだすミナは、こちらを見て手を振るオリビアに、ぶんぶんと音が鳴る程力強く手を振る。
「主が溺愛するのも頷けますな」
支配人の言葉に、ミナの足が止まった。
「本当にそう思う?」
ミナはじっと支配人を見る。
「え?はい。違うのですか?」
「それが分からないのよ~。大切にしているのは分かるのだけど、それが恋なのかどうか・・・」
「?そういうモノでしょうか?」
「そういうモノなのよ!本当男って分かりにくいわ。大切な事は口に出してもらわないと!言わなくても分かるだろうの精神は本当に無理!!」
ミナは顔を真っ赤にしながら、ギリギリと歯を食いしばる。
「はははは・・・」
支配人は苦笑した。
彼は口には出さないが、幼い頃から見ているシリウスが、どれ程オリビアに夢中なのかよく知っていた。
彼女への贈り物に悩み、納得のいく物が無ければ自身で商品の開発を行い、彼女のイメージに合う柄が無ければ、伝統工芸士と新進気鋭の芸術家と合作させたり、彼女に似合う宝石を見付ける為に、惜しみなく私財を投じて新しい鉱山を探させたり、とやりたい放題で、側で指示を受けているリシューを大層哀れに思ったものだ。
「男心は難しいわ。本人に聞いてみるけど」
そうなのか?
逆に分かりやすいのでは?
と思いながらも、
「それが一番です」
支配人はしっかりと頷いた。