箸休め 食はあせらず
お祭りの中日。
初日とは違って、私の右腕が筋肉痛で死んでいたこと以外は何事もなくパレードをし終わり、私たちは中央神殿に戻って昼食を摂ることになった。
「わー!」
照り照りの串焼き。何か薄く細長いものがくるんと丸まって揚げられたものと3色のディップ。根元に紙が巻かれたパセリとブロッコリーの中間くらいの野菜。リンゴ大のパプリカ的な野菜にピラフを詰め込んだもの。真ん中に煮こごりのようなものが入っているパイ。細長いバゲットに切り込みを入れ、色とりどりのハムや野菜を挟み込んだもの。チップスで作られたカップに入ったスープ。円錐の上を切り取ったような不思議なガラスに入った飲み物。その他いろいろ。
「わぁー!!」
「喜んでいただけたようで何よりです」
大きなテーブルからはみ出さんばかりの美味しそうな食べ物に思わず語彙力をなくしていると、ルルさんが微笑んで頷いた。
「昨日、屋台の食べ物をお気に召していたようなので。警備の都合上人混みの中で食べ歩くことはできませんが、食後の菓子も用意してあります」
「わーい嬉しい。ルルさんありがとう。今日は動けなくなるまで食べる」
「それは困りますが、色々なものを召し上がっていただけるよう食事要員も連れてきました」
ルルさんが示したのは、ジュシスカさん、ピスクさん、そしてピスクさんの奥さんであるフィデジアさんである。
テーブルに山盛りな食べ物も、5人いれば美味しく平らげられるだろう。
シェア要員としてだけではなく、昨日の「色んな人と頑張って仲良くなるぞ宣言」を受けて、ルルさんは他の人とも食事する機会を作ってくれたのかもしれない。なんてデキる人なんだ。
「ルルさんありがとうー!」
「喜んでいただけて何よりです」
料理はできたてを急いで運んできてくれたらしく、ほかほかで美味しい。本当はもう少し控えめな品数だったようだけれど、「救世主様に」と買い求めるとうちもうちもとなんか沢山の屋台から食べ物をもらったそうだ。ありがたや。
丸いテーブルの周りにそれぞれが座る。私の左側にルルさん、右隣にフィデジアさんが座って、フィデジアさんの右隣はピスクさんが座った。そしてその隣に座るジュシスカさんがルルさんの左隣になっている。
主に私とルルさん、フィデジアさんが喋るかたちで賑やかな食卓が始まった。
ルルさんが料理の説明をしながら取り分けてくれて、つわりが終わって食欲倍増中だというフィデジアさんはあれこれと調理法を教えてくれる。
大きな口で気持ちよく食べているピスクさんは問いかけに大体頷きで答え、上品に一口サイズで食べているジュシスカさんは、会話に加わるときは必ず口の中のものを飲み込んでからゆっくりと答えた。
「お、美味しいぃー!」
屋台ものというフィルターなのか、みんなで囲む食卓だからか、それともこの世界の食事レベルがとても高いのか、どれも美味しかった。それは私だけの評価ではないようで、みんなが美味しそうに食べている。
モリモリと。それはもうモリモリと。
……みんな、食べる量がすごいな。そしてスピードもすごい。騎士だからだろうか。
私も負けじと色んな食べ物を楽しんだ。膝の上で大興奮しているヌーちゃんも楽しんだ。じっと私の背後にいるニャニはルルさんにお肉をもらって食べていた。
「リオのいた世界では、朝から晩まで働き詰める生活が当たり前なのですか?」
「いや〜どうでしょうなぁ……」
存分に昼食を楽しんだあと、お茶と色とりどりのスイーツを出された。オレンジ色のクレープのようなものや、プルンプルンのプリンっぽいもの。一口サイズのタルトにはごろっと大きな丸い果物が乗っている。保存がきくものは少しずつ食べていけばいいとして生もの中心だけれど、直径50センチくらいある大きなおせんべいっぽいものはみんなで割って食べた。
甘いものの間に挟むしょっぱいのは正義である。
ここに来てからちょっと前までは大体食事を詰め込んですぐに奥神殿に戻っていたし、それは会社勤めをしていた頃から変わらないリズムだったので、こんなにのんびりすることにまだ慣れない。そわそわしていると、ルルさんが私の暮らしについて問い詰め始めたのである。
「失礼ですが、出会った頃のリオはあまり健康ではないように見えました。もう少しお身体に気を遣ってもよいかと」
「えっ……マジで? でもここに来てから確実に太ったよ」
「それでもまだまだ。前はかなり顔色が悪かったので」
「ストレートに言うじゃん……」
イケメンに「コイツ顔色悪いな」と思われていたという衝撃。そして他の人を見回すと、同意するように頷かれた衝撃。若干悲しい。
確かに毎日14時間勤務は割とキツかった。自炊する余裕がなさすぎてスーパーのお惣菜が半額になった頃を見計らってまとめ買いからの冷凍でしのいでいたし、疲れていたのに寝付きも悪くなっていた。そりゃ顔色も悪くなろうものだ。
「でも神殿で暮らすようになってからほら、夜はいっぱい寝れるし、ご飯もいっぱい食べられるし、昼休みもあるし、日暮れまでで終わりだし」
「リオ……」
「リオ様それは……」
哀れみの視線が降ってくる。痛いほどに。
「お気に障ったら申し訳ありませんが、リオ様は敵国の捕虜として生活されていたとか、誰ぞに脅されていたという……?」
「いやごめん全然そういうわけじゃないの。生活していくために働いていただけなの」
「それは……過酷な暮らしですね……」
フィデジアさんがものすごく気遣ったような感じで恐る恐る尋ねてきたけれど逆に居た堪れない。沈痛な面持ちになった彼女をピスクさんが心配そうに見ている。
代わりにお茶を飲んだジュシスカさんが口を開いた。
「リオ様はどのような仕事を? 肉体を使う仕事にしては、か弱いように思いますが」
「あーうん、座り仕事だったからねえ。書類を作ったり、お茶を入れたり、買い物に行ったり、掃除をしたり、謝ったり、怒られたり……」
「謝ったり怒られたりするのが仕事だったのですか?」
頷くと、ジュシスカの影のある顔がますます影を背負ってしまった。
仕事内容のひとつだと思うと、割と乗り切れたのである。謝っている間は書類と格闘することができないので、休憩時間代わりにしていたし。今思うと、案外上司も休憩がてら説教をしていたのかもしれない。社長は仕事してるとこ見たことないけど。
そう説明すると、逆に哀れみが増えた。ルルさんなど悲壮な顔で私の両手を握っている。食後の昼寝体勢をジャマされたヌーちゃんが、窮屈そうにキッと鳴いた。
「でも結局、私が働いていたところがある日突然なくなっちゃってね。ここに来たから職探しとか生活費とかで悩む必要がなくなってほんと助かったよね」
「きっと神の思し召しでしょう。あなたがここへ来てくださって本当に良かった」
しみじみとルルさんに言われると、やっぱ大変な生活だったよなあと思う。あの頃は毎日忙しいなくらいにしか思っていなかったけれど、マヒしていたのかもしれない。ここでの甘やかし生活に慣れた今ではあの暮らしにはもう戻れないだろうなあ。
「リオ様」
「うっ?」
ルルさんの真摯な顔を見ながらしみじみしていると、背後からガシッ! と両肩を掴まれた。振り向くと、フィデジアさんがキリッとした顔でこちらを見つめていた。
「ご安心ください。あなたの健康は我々が責任を持って取り戻してみせます。心身共の健康をです」
「えっ……あ、ありがとう?」
「まず食べて力をつけることから始めましょう。ピスク、もう少し肉を持ってこい」
「いやもう入らないから! ピスクさんも行かなくていいから!」
「ご安心ください。私の実家に伝わる鶏肉料理は非常に食べやすく、誰でも丸一羽食べられると評判です」
「エルフ基準だからそれは! あと今満腹だから!!」
フィデジアさんは使命に燃えた顔で「食べさせねば……」と呟いていた。ピスクさんも頷いている。
これアレじゃないの。騎士並みに食べさせられるんじゃないの。私のお腹がはちきれるんじゃないの。
振り返って視線で助けを求めると、ルルさんは心得たように微笑んで頷いてくれた。
「フィデジア、リオは少食ですからこの辺で。今食べてもかえって具合を悪くすることもある」
「ルルさん……!」
「しかしフィアルルー、この状況は放っておけない。神殿騎士の名において!」
神殿騎士の名を出すような問題じゃないと思う。
しかしとりあえず、ルルさんが制してくれたおかげでピスクさんは席に戻ってくれた。ありがとうルルさん、今食べてたら確実に胃もたれしていた。
「フィデジア、そう急ぐものでもない。大きな問題には腰を据えて取り掛かる覚悟も必要だと知っているだろう」
「え、ルルさん? いきなり何を?」
「まず少しずつ食事量を増やすことにより、胃を慣らす……内容も徐々に変えることが必要だ」
「ルルさん? ルルさーん?」
「さすがフィアルルー、頼れる騎士だ。全面的に協力しよう」
「えっ何この流れ。ルルさんー?」
ルルさんとフィデジアさんが私越しにがっしりと力強い握手を交わし、ピスクさんも厳しい面持ちで頷いていた。
マジで何これ。
ひとり輪から外れているジュシスカさんに助けを求めると「大人しく従ったほうが身のためですね……」と返された。味方がいない。絶望。
「さ、まずこの一口をどうぞ。きっとリオの気にいる味です」
「え、いや……うん……」
ルルさんがやたらと優しい声で私の口元に一口タルトを持ってくる。視線を泳がせると、フィデジアさんも慈愛の微笑みでこちらを見つめていた。
「リオ様、どうぞお召し上がりください」
「少しずつでかまいませんよ」
「え……いや……うん……うん……」
さあさあと促されて食べたタルトは、ルルさんの言った通り私好みの美味しさだった。
タイトル元ネタ:恋はあせらず
You Can’t Hurry Love