リーエルの恐ろしさ
「水も滴るいい魔女」
いつかパパが私の退魔術を見てこう言った。
愛しいリーエルの退魔術は水そのものだ、なんて。
私が何をしても褒めてくれるパパの言うことだから、あの時はなんとも思わなかった。
「な、なんか、何かがおかしいですね?」
「オレも……」
ナクモとガローが様子がおかしいことに気づいた。
男子達の動きが鈍くなって、手足をぎこちなく動かしている。
まるでゆっくりと踊ってるみたいだけどあれは違う。
「うまく動かせない……なんか浮いているみたいだ……」
「呼吸も苦しいような……」
「か、構うな! やれ!」
男子達がまた攻撃を始めたけど、その速さはすごくスローだ。
大振りの攻撃がブンっと振られてからよろめく。
それからまたスローな動きで態勢を立て直す。
「や、やっぱり変だ! なんだか水の中にいるみたいな……」
「くっ! エーテルハイト家……! やってくれましたねぇ!」
ナクモがまた糸を伸ばしてきた。
私を捕まえようと糸をくわっと開く。
「捕まえる……とでも思いましたかねぇ!」
糸が急に形を変えて拳になって連続パンチを放つ。
蜘蛛がたくさんの腕(足?)でパンチしているみたいに見える退魔術だ。
それでいて範囲が広いから単純な近接戦闘特化よりも厄介。
なんてヨーヤなら言うかな?
だけどその動きがスローで、私はひょいっとかわした。
「ほう! さすが……と言いたいところですがねぇ!」
糸が私達の上を覆った。
まとめて捕まえる気だ。
「長く執念深い蜘蛛で捕らえられなかったことはない! 終わりですよ!」
ところが糸がふわりと揺らいでいつまでも下りてこない。
空中に止まったままだ。
「こ、これはどうなっているのです!」
「べー、教えない」
「きーーーっ! 腹が立ちますねぇ……はぁ、はぁ……」
ナクモが息切れを起こしている。
他の男子達も疲れてあまり動けなくなっているけど、ガローはまだ元気だ。
「オレの白く見えざる爪なら距離なんざ関係ねぇってかぁ!」
ガローの爪は見えない。
間合いや距離が分かりにくいし、あいつに近接戦を挑むのは得策じゃない。
なんてヨーヤなら言うかな?
「ハハハハッ! くら……」
ガローの体を蔓の鞭が打った。
「ぐはぁッ……!」
さっきとはまるで違う蔓の鞭の威力に驚いたのは私だけじゃないと思う。
男子達も苦しそうにしながら、ガローが一撃で気絶してしまった様を見届けた。
華恋が片方の手を腰に当てて、指でくるくるした髪をいじっている。
「先程は手加減してごめんあそばせ。本気でやったらあなた達が死んでしまうと思いましたの」
ガローの退魔術よりも華恋の蔓のほうが範囲が広い。
広範囲に加えて複数の手数があるなら華恋のほうが優位に立てる。
なんてヨーヤなら言うかな?
「ガ、ガローが、や、や、やられたぁ……」
「こ、こ、降参! オレは下りる!」
「オレもやめた!」
男子達が次々と両手を上げた。
あれはもう戦いをやめたいということ?
私のお友達や花壇を攻撃しておいて?
「……ダメ」
私がそう言うと男子達の顔が青白くなった気がした。
くるりと後ろを向いたと思ったら走って逃げだす。
だけどここは水も滴るいい魔女のおかげで、水の中みたいになっている。
完全に水の中じゃないけど水の中。
動きも遅くなるし、体も少し浮く。
水の中でうまく走ることもできない。
それに気づいた男子達は溺れているみたいに足掻き始めた。
「ウォーターガン」
指で鉄砲の形を作って私は男子の一人に向けた。
細長い水が一直線に向かって男子の背中に当てると、悲鳴を上げて倒れる。
「な、なんてことを……! こんなことを、こんなことをしても鬼姫さんには勝てませんよ! 損得を考えなさいよッ!」
「うるさい」
「ぐぎゃッ!」
うるさいナクモにもウォーターガンを命中させて吹っ飛ばした。
お腹を見せてゆっくりと地面に落ちたナクモが白目を剥いている。
「ナ、ナクモ、君……?」
「降参だ! 悪かったよ!」
「謝る! すまなかった!」
口々に謝る男子達を見ても私は許す気になれなかった。
さっきまで大喜びで攻撃してきたくせに。
ちょっとやり返されたからってすぐ諦めて。
まるで昔、私を避けた子達みたいだ。
私が勝つとすぐに諦めて、そして離れていく。
私とは遊ばないなんて言って無視する。
「リ、リーエルさん? もういいのではなくて?」
「リーエルちゃん! もういいよ! 私は気にしてないから!」
華恋と舞が何か言ってる。
私は残って逃げ始めた男子達を冷静に見つめた。
隙だらけで一人ずつウォーターガンを当てていけば倒せる。
「倒せば花壇が荒らされることがない」
許さない。私は指を男子達に向けた。
ところが急に意識が遠のきそうになって、気がつけば体から力が抜けていく。
「あ……」
力が入らなくなった私は倒れ始めた。
ダメ、ここで倒れたら――
「リーエル!」
私はヨーヤに支えられた。
息を切らしたヨーヤが私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「陽夜さん、やっときたのね……大変でしたのよ」
「何がどうなってるんだよ。来てみれば四組の男子達が怯えてるし何人か倒れているし、リーエルは霊力枯渇で危ういことになっているし……」
「霊力枯渇?」
「通常、霊力は体から常に発せられているものだけど一気に使いすぎたら一時的になくなってしまう。その状態になると陽……じゃなくて生を維持できずに最悪の場合、死んでしまうこともある」
死んでしまう、その言葉を聞いて私は目が覚めた。
私はあと少しで死ぬところだったんだ。
ヨーヤの目の前で死ぬなんて。
「ヨーヤ……ヨーヤ、ごめん」
「リーエル、君がそこまでするからにはよっぽどのことがあったんだよね。でも今は少し休んだほうがいい」
ヨーヤが私を支えたまま優しく話してくれた。
どうしよう。ヨーヤの顔が近い。
まだ立てないのに、ずっとこのままでいたいなんて思っちゃう。
「リーエルはオレが保健室につれていく。華恋と四組の皆は今日のところは帰ってほしい。明日、大事な話があるんだ」
「話? 今日の訓練はしませんの?」
「リーエルがこんな状態じゃ訓練はできないよ」
「確かにそうですわね……わかりましたわ。陽夜さん、ごきげんよう」
華恋が帰っていく。
残されたのは私とヨーヤ、そして四組の男子達。
話ってなんだろう?
「よ、陽夜……君。話ってなに?」
「だから今日はもう帰ってくれ。よくわからないけどトラブルがあったんだろ? まずは帰って頭を冷やしてほしい。大切な話だから冷静な頭で聞いてほしいんだ」
「わかった……」
四組の男子達が納得して帰っていった。
残った舞ちゃんが私を心配そうに見ている。
「あの、リーエルちゃん。ごめん、私を守ってくれたんだよね?」
「舞ちゃん……」
「陽夜君、私も保健室までついていく」
陽夜は無言で頷いた。
私のほうは本当はもうなんとか立てるけど、ずっとこのままでいい。
ヨーヤ、私を抱っこして保健室に連れて行って。早く。
「じゃあリーエル、いこ……」
「ちょおぉーーっとお待ちィィーーーー!」
「うわぁぁ!」
華恋が猛スピードで引き返してきた。
急停止して砂埃まで巻き上げている。
「陽夜さんとリーエルさんと二人っきりにするわけにはいきませんわ! 陽夜さん、わたくしもついていきますのよ!」
「いや、舞ちゃんがいるんだけど……」
「まぁーー! 舞さんもまさか陽夜さんを!」
「違うからどいてくれ」
陽夜が私を保健室まで連れていくと、華恋がぴったりとくっついてくる。
私とリーエルを見比べて、時々舞にまで視線を向けた。
「か、華恋ちゃん?」
「舞さん、抜け駆けだけは許しませんことよ」
「はい?」
舞ちゃんが首を傾げた。私も首を傾げた。
あ、華恋はもしかしたら陽夜トークをしたい?
だったら今度、舞を入れて陽夜トークをしよう。
皆でやったほうが絶対面白い。
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