勝利の美酒に勝るものなし
素材を集め、隠しておいたバルーンを回収し終える頃にはもういい時間になっていた。
停留所でその日最後の便に詰め込まれ、疲れて意識が飛びそうになるのにすし詰めで圧迫されて眠れない。装備より先に席代の確保を真剣に考えるくらいには悪い乗り心地にイライラを募らせ、ギルドに着いた頃には夜になっていた。
「あ”あ”ーしんど……」
もう色々放り出して眠ってしまいたい。そうしたくなる本能を理性で抑え込み、ウェスタン扉を力なく押し開ける。仕事の報告と装備の点検は必ずその日のうちにやれと教官にも師匠にも口を揃えて言われているのだ。
がやがやと騒々しいギルドに入り、腰のリボルバーへ周囲から好奇の視線を向けられながらも受付に辿り着いた。
「あら、生きてたんですか。遅いから死んだものと」
辛辣な言葉を掛けてくるのは先日と同じ受付嬢だ。針のように鋭い視線は相も変わらず、カードを出せと手で催促してくる。
「そんなに俺のことが心配だったかい?」
軽口を言いながら綺麗な手にハンターカードを乗せる。
彼女は魔素量を測定する魔具にカードをかざしながらため息をついて白けた目を向けた。
「戯けたことを……いえ、そういえばウチの局長が気にしていましたよ。良かったですね? ムキムキマッチョのナイスミドルに心配してもらえて」
「勘弁してくれ……」
疲れた体にオッサンの筋肉ほど気力の削がれるものはない。カウンターへ半ば寄りかかるようにして降参する。鼻で笑って呆れたようにそれを見ていた彼女だったが、記録用魔具に表示された収集魔素量にわずかに片眉を跳ねさせる。
「今日はシードマンの討伐に行くと聞いていましたが?」
「そうだが」
「素材は?」
言われてベルトに差している木の枝ごとバルーンを渡す。
複数のバルーンを受け取った受付嬢は弾む袋に顔を顰めつつ受け取ると、袋に書いてある文字に目を丸くした。大、中、小、キズと、汚い字ながらも仕分けた形跡が見える。
「野良犬の癖に意外と気が利きますね」
少しだけ口調を変えて言いながら別の職員を手招き。受け取った男性職員が袋の口を緩めてガスを抜き、秤に乗せて重量を調べる。眼鏡型のバイザーなのだろう。ツルの辺りを指で押さえながら中身を検査している。
「……OKです。そちらのキズモノは正規価格の三割で買取になりますが、どうします?」
「いや、食べるようにとっておきてぇんだが、いいかい?」
男性職員が受付嬢に目配せすると、彼女はカードを魔具から取り出しながら無言で首肯。
キズモノはそれなりにあったが、それぐらいは許される稼ぎはあったらしい。
内心の安堵を顔に出さぬまま差し出されたカードを受け取ろうとすると、直前でスッと上に上げられた。
「……ヘイ?」
空ぶった手をクイクイしながら、まだなんかあんのかよと視線で問う。
彼女は種とは別にさり気なくカウンターに置かれていた束ねた針を指す。
「この針は?」
「拾った」
「嘘をおっしゃい。魔素量でどの程度魔獣を倒したかは見当がつきます」
「倒した」
「嘘をおっしゃい。駆け出しが一人で相手できるほど甘い相手ではありません」
「何言っても駄目じゃねえか!」
理不尽な言われように流石に抗議する。
まあ彼女の言うことは分からないでもない。実際に戦闘してみた感じだと、一人でバレットビーを複数相手していれば高確率で死んでいるだろう。次の次くらいでは勝てそうな見込みはあるが、今日の時点では無理だ。
あの紅い魔獣ありきでの勝利なのだが、それをギルドに説明するのは非常に面倒だ。あんな珍しい個体、また嘘呼ばわりされるのが目に見えている。だからこそ拾ったと言っておいたのだが。
「……魔獣同士の縄張り争いに出くわしたんだよ。漁夫の利が上手くいった、それだけだ」
それらしいことを適当に言っておく。半分以上は事実なので嘘という訳でもない。
そもそもそこまで細かいことをギルドに説明する義務はないのだ。情報提供という形でギルドから謝礼が支払われるから、ハンターたちも大抵のことは教える。しかし教えてしまえば自分の利益が損なわれると判断すれば報告しないことも多い。
あの甲殻類のことを報告したところでディンゴに不利益が出るわけではない。むしろ希少な個体の情報提供としていい金になるだろう。
だが教える気にはなれなかった。理屈ではなく感情の問題だ。
「ふん……まあいいでしょう。ギルドへの借金を天引きした報酬を振り込んでおきました。ご確認ください」
「ありがとさん」
あまり納得していなさそうな顔で手渡されるハンターズカードを雑に受け取り、ケツポケットにねじ込んで背を向ける。
腹が減った、とにかく飯だ。問題はどこで何を食べるかだが……
「おーいディンゴ!」
多少値は張るがここで済ませるべきか、少し遠いが露店で何かを買うか悩んでいると声を掛けられた。見れば大きなテーブルを囲んで狐先輩が複数人で飲んでいた。ビーストとダークエルフだけでなくリザードマンやドワーフなど実に多様な種族が集まっている。
「どうよ? 賭けは俺の勝ちでいいよな!」
「まて、逃げ帰ってきたかもしれないだろう?」
狐先輩がテーブルの中心へ置かれた掛金代わりの酒へ手を出すと、その手を押さえてドワーフが待ったをかける。どうやらディンゴが生きて帰れるかで賭けをしていたらしい。
遅くなるごとに死へ賭ける者が増えていたのだろう。テーブルの中心には多種多様な酒のボトルが並んでいた。
「よぉ、随分とお優しい歓迎じゃねぇかよ先輩?」
「これがハンターの日常ってもんだ。細かいことで騒ぐなよ」
皮肉を込めてジト目を向けるが、面の毛皮が大層厚いようで気にも留めていない。
「だいたいこの時間まで賭けが成立してるのは俺とメルディアがいたおかげなんだぜ? それ以外の奴らみーんなお前がくたばってる方に賭けてやがる」
「だって可哀そうじゃない? 焚きつけたのはベニーなのに」
ディンゴが生きている方に賭けているのは狐先輩ことベニーと、セクシーダークエルフことメルディアの二人だけだった。
「だからよ、ホレ! お前がただの腰抜けじゃないって成果を聞かせてくれや」
興味津々なのか、髭が前に向いているベニーが催促する。
「ったく、調子がいいことで」
それを突っ込むのも面倒なのでガスの抜けて重くなった袋をテーブルにドンと乗せる。
リザードマンが目線で断ってから中に手を入れてタネを取り出した。
「シードマンのタネ……キズモノだけど、結構な数ある。倒したのは?」
「12だ」
「何人で?」
「一人さ」
リザードマンは目を細めて一度だけ舌を出した。
表情が変わっているのは分かるが、生憎と蜥蜴顔がどんな表情をしているのかまでは分からない。
「どう思う? 僕はベニーの一人勝ちだと思うけど」
「だからそう言ってんだろバルカス」
言うが早いか、ベニーは目を付けていたウイスキーのボトルを掻っ攫う。その横では既にワインを注いでいたメルディアがグラスを傾けていた。
「クソ! 俺のとっておきが……」
「やれやれ、しばらくは安酒生活か」
ドワーフとリザードマンが揃って肩を落とし、参加していた周囲のハンターたちもヤジを飛ばしながら散っていく。
「そらディンゴ、お前の取り分だ」
機嫌良さそうにウイスキーをラッパ飲みしていたベニーが瓶ビールを放る。
宙でキャッチしたディンゴの前にメルディアが出来立てのピザを置いてくれた。
「へっ、そうこなくちゃな」
良く冷えたビールの王冠を歯でこじ開け、揺すられた炭酸があふれ出てくるのを口で出迎える。
口元が泡で汚れるのに構わずビールを呷ると、一日の疲れが押し流されていくような爽快感が全身を駆け巡った。
「……たまらねぇな」
思わずこぼした声にベニーがにやりと笑った。
「だろう? いつだって、勝利の美酒ほど美味いものはない」
"そいつが逆境なら尚更だろ?”とウイスキーのボトルをこちらへ向けてニヒルに口の端を釣り上げている。分の悪い賭けに勝って飲む酒はさぞ美味いことだろう。
「いいかディンゴ、勝ち続けろ。だがどんな手を使っても良いって訳じゃない。お前が求める勝ち方を、お前が納得できる勝ち方を探せ。たとえ死んだとしても、それがお前の望む勝ち方なら―――迷うな」
「……肝に銘じておくぜ」
ビール瓶を差し出せば、甲高い音を立てて打ち鳴らされた。
涼し気な音はすぐに雑然とした喧騒に飲み込まれていったが、当人たちの耳にはいつまでも消えずに残っていた。
「バルドシティへようこそ」