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売雨戦線 - Winding wheel (11)
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売雨戦線  作者: 留龍隆
Chapter7:

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Winding wheel (11)


 階下へ戻り、無言のまま深々と別れる。

 互いに、立場を逸した言動をとってしまった。前回の事前準備戦のあとのような仕事を終えたタイミングでなく、あきらかに仕事へ向かう直前の不和。感情を整理しきれず抑えられなかったがためのやり取りは、たしかに十鱒に一発喰らうのもやむなしの愚行であった。

 それでも、理性で自分たちの過失がわかったところで。感情はどうにもならない。ふつふつと互いに、毒持つ針のような感情が向き合っているのがわかる。相手を傷つけてやりたい意思が渦巻いている。


「気をつけて、行け」


 かろうじて深々がそう絞り出したことにうなずきだけ返して、理逸はスミレが待つ織架の部屋に向かった。離れられることに、内心ほっとしていた。

 ……さて。

 なにはなくとも、この部屋の隅にある畳敷スペースはたまり場になっていることが多い。

 理逸が見やると、とりあえず婁子々が座っていることはわかった。

 しかし奴がそこに居るだけで段々になってドレスから零れ落ちるフリルとレースが空間を埋め、かつ体格の良さに周りの印象が霞む。《七ツ道具》で揃っているときも、たまに深々が「全員居るか」と訊いてしまうくらいに、ひとりで存在感をかっさらう女なのだ。


「遅かったわね円藤」

「まあいろいろあってな。そこに居るのは……朝嶺亜さんとスミレか。蔵人さんと譲二さんは?」

「うちらで固まって女子会しとったがじゃ、あいつらは居らん。無天のは研ぎに出しとった板バネ製の刀受け取りに行っとって、阿字野は市場ぁ買い付けの仕事じゃ。うちも珈琲飲んだら仕事あるで、出る」


 室内なのでいつものキャップを被っていない朝嶺亜は、小柄な体を覆うオーバーサイズのグレーパーカの袖から出た指先でカップをつまんでいた。

 朝嶺亜は意外と忙しい。《七ツ道具》・七番としてのポジションのほか、普段は組合の事務作業と各関係店舗との交渉やそれらの人間の「組合戦闘員としての業務契約」といった仕事にたった一人で従事している。

 煩雑な手続きおよび細かい書類と記録の突合せが多く、十鱒ですら敬遠していた面倒な業務だが、当人いわく「どれも連鎖しとるから、何事も早め早めに細かく調整重ねときゃどうとでもできるがぁ」とのことだ。

 戦闘に関わることで即逃げを打つこともそうだが、行動の早さこそが朝嶺亜の特性かもしれない。ちなみに、婁子々の仕事は用心棒バウンサーだ。文字通りなので語ることもとくにない。


 あぐらをかいている朝嶺亜の横で、婁子々のドレスの裾を踏まないようにちょこんととんび座りしていたスミレは、じろっと理逸を見上げる。


「なにかぁりましたか」

「まあいろいろ」

「そぅですか」


 多く訊ねることをしないのは配慮のためというより、答えるまでの間や言葉の速度、あるいは視線などの反応から読み取るものが多いからだろう。なにがあったか、だいたい理解しているということだ。


「お前はなに話してたんだ?」

「慈雨の会の活動ゃ勧誘実態につぃてと、外へ出るためのルートにつぃて。アザレアさんは新市街からぃらっしゃったそぅですからなにか知ってぃると思ぃまして」

「そりゃまあルートは知ってるだろうが……」


 思わず理逸は朝嶺亜の方を見てしまう。

 彼女は、新市街からの都落ち民である。新市街で一生を暮らしていくと思っていたはずが急に環境のまったく違うここ、南古野へ来たという経緯を持つのだ。その過去をほじくるような真似である。

 ところが朝嶺亜はあまり気にした風でもなく、部屋の主である織架に「酒もらいてゃあ。この後の顔出し先に持ってくがじゃ」と白酒パイチュゥの瓶をせびっている。


「すみません朝嶺亜さん。不躾に訊いて」

「んにゃ。気にしとらんでいい。それともうち、そんな不機嫌に見えるが?」

「見えませんけど」

「だらぁ? たしかにここ送りこまれよった当初はキツかったで嫌な記憶もあるがじゃ、もう慣れたわ」

「慣れ、ですか」

「住めば都、とまでは言えんしそら帰れるなら帰りたゃあけど。うちは分不相応な夢は見ん。いまこのときに代用珈琲が飲めりゃ、それなりに満足しとんじゃ」


 五年前までは本物珈琲を常飲していたそうだが、あっけらかんとそう言った。

 正直、ここよりはるかに恵まれた暮らしをしている新市街の人間が都落ちしてまともに暮らせる例は少ない。

 不遜な態度や過去の身分を忘れられない姿勢のため、あっという間に身を持ち崩すのが八割。細々と暮らすまではいくが夜な夜なかつての生活を思って泣いて薬浸りになって死ぬのが一割。残りの一割が、定着してこの場で生きることができる。

 朝嶺亜はその意味で、定着した上に組合中枢に昇り詰めるまでに至った稀有な例だ。いろいろと、他の人とは内面や観点が異なるのかもしれない。


「だーら気にしとらんよ。そもそも仕事上で訊かれとることに怒るわけないじゃが」

「だそぅですょ」

「……ならいいけど」


 こうなることは予測済みで、朝嶺亜の人間性も勘案しての問いだったのだろうが。それでもこの街に暮らし慣れている理逸からすると、かなり大胆にラインを踏み越えた問いとしか思えないのだ。


「それで、どういうルートなんです?」

「んゃぁ、時節にって変わるで一概には言えんけど。北遮壁を通らんで向こう抜けるなら六本あるがぁ。下水、大都鉄道網の廃線、迂回路。それぞれ二つずつ見つかるがじゃ」

「アザレアさんは迂回路でこちらへ来たそぅです」

「でゃありゃぁ苦労させられたがじゃ。うちの機構デバイスが鍵かっとらん脱法品だったで、新市街のたぁけどもにゃ外せんぬかしよる。仕方ねぁで統治区連繋系(IDW)の外ぉてゃーでゃー出てっとったんじゃ」

「そうでしたか」


 理逸は聞き流した。

 出自がこの統治区ドミニオンでも旧い方の一族・百々塚(トドヅカ)である朝嶺亜の方言はけっこう濃い。2nADほどではないにせよ、聞き取りに手間があると流してしまうところがある。

 じろっと理逸を見るスミレはそこを察しているらしく、横から「でゃありゃぁは『大変』、鍵かっとらんは『ロックされてなぃ』、たぁけは『ァホ』、てゃーでゃーは『ゎざゎざ』です」と注釈を添えてくる。けれど彼女の発音も舌足らずで標準的でないため、結局理解に時間がかかる。

 というか大して接していないだろうに、なぜ言葉がわかるのか。


「語尾の濁音は断定か断言、『なぃ』を『ん』、『してぃる』を『とる』と置き換ぇる、鼻濁音が多くaとeの母音変化に連続させるょうな特徴がぁる、少し会話すればこれくらぃわかるのでぁとは推測がつきますが」

「俺の内心を読むな」

「ともぁれ、安全なのは迂回路のょうです」

「訴えを無視するな」

「実際、慈雨の連中も使っとるんは迂回路ばっかじゃ。うちの知己にもそこ経由で品流しとるじゃが、密輸やらやっとるんならそこでまず間違いねぁ」

「朝嶺亜さん……密輸やってないですよね」

「手違いでたまたま、ご禁制の商品混ざることはあるがぁ」


 もう仕事に出るからなのか視線を隠すためなのか。朝嶺亜はキャップをかぶった。

 留め具の隙間からポニーテールを引っ張り出し、そのままひらひらと片手を振って出ていく。もう片方の手には織架のところから失敬した酒瓶をぶら下げていた。それを見て織架が小さく悲鳴をあげる。


「あっ。アレ高いやつだったのに……」

「高いから、手土産になると思われたんだろ」

「置いておくほうが悪いのよ」

「いやアレ羽籠宮の快気祝いにとっといたんだぞ」

「じゃあなおのことちゃんと隠しなさいよあんたは」

「うぐぐぐぅ」


 すっかり快復した婁子々に左腕だけで猫のように襟を持ち上げられた織架は、締まる首を押さえてばたばたしていた。足が床についていない。

 しらっとした半目でこれを見つつ、タンポポ珈琲を置いたスミレがぼやく。


「ァホばかりですか」

「言うな」

「ぁなたが筆頭ですょ」

「言うと思ったけど、言うなよ」


 苦い顔になるのを感じながら、理逸はため息をついた。



        #



「《七ツ道具》の番号は強さの順とぅかがいましたが。立場は同列なのですね」


 織架のところを離れて於久斗たちのところに向かう道すがら、スミレは訊ねてきた。

 まだ日が高いため人通りが少ない路上を往きながら、理逸は横の彼女に答える。


「さすがに元リーダーの十鱒さんと、その次に位置する蔵人さんの意見は重く見るけど。あと俺含めた五人はそんなに差がないかな。とくに朝嶺亜さんは静かなる争乱のあと七番に入って、そのちょっとあとに《七ツ道具》入りした俺と織架の教育係みたいな立場だったから距離近めだ」

「ロココさんは? ぁなた、年上相手なのに敬語の使ぃ方も忘れてぃるよぅですが」

「あいつは先に五番に居たから、争乱で兄貴と四番が死んだとき繰り上がりで三番になったんだよ。そのあと、入ってきた俺と織架に連続で負けて、『勝った奴に敬語使われるの気に食わない』って喚くからタメ口にしたんだ」

「……なるほど」


 相性が大きくものを言う戦いだったとは思うが、同時にあれは「番号持ちのそれぞれが、どういう相手に好相性なのか」を確かめるための格付けであるらしい。

 戦闘放棄の朝嶺亜。初見の相手には強い譲二。機構の感覚模倣ラーニングによって達人の体術を操る婁子々。解析によって機構運用者に先手を取れる織架。それらにも機動力と攪乱で揺さぶりをかけられる理逸。殺傷力と間合いに長ける蔵人。経験値と読みの深さと武装によるアドバンテージ無効の十鱒。これら個々の特性を把握するため、《七ツ道具》加入時には模擬戦を行うのだそうだ。


「だからだれが上ってわけでもない。逆に言えば、俺とセット扱いのお前も発言権は変わらないぞ。まあさっきみたいに不躾に突っ込んだこと訊くのはナシだと思うけどな」

「ゎたしがそこまで不躾を働ぃたとぉ考えなのですか。きちんと『不快でぁればぉ答ぇいただかなくて構ゎないのですが』と断りをぃれた上で訊ぃたに決まってぃるでしょぅ」

「配慮できたんだな……あ。俺が配慮に値しないだけ、とか言う気か」

「内心を読まれたことにたぃしての意趣返しですか? 少しは周りの心の機微を察すること適ぅようになってきたみたぃですね感服です」

「こんなに心のこもってない感服も初めて聞いたよ。まったく、子ども以外でお前がよく思う相手ってこの世に存在するのか?」


 辟易しながら理逸は言い、自分で自分の言葉選びに、まだ先の深々との会話を引きずっていることを自覚して少し閉口した。

『よく思ったことなどない』との義姉の言葉が、思ったより刺さっているらしかった。もともと笑みなど忘れている顔がさらに曇る。

 スミレが半歩遅れる程度に、知らず、歩速が上がる。

 それだけで察したか、彼女はわずかに間を置いてから足音をひそめた。理逸の背ではなくもう少しずれた場所を向いた、小さな声で、言う。


「そぅいえば、ミミさんと言ぃ合いでもしましたか」

「ん、ああ。ちょっとまた、兄貴のことで」

「ぁあ。そぅでしたか。起こるだろぅとは、思ってぃましたが」


 屋上から降りてきてすぐのときと同じ、短いやりとりだ。けれど聡明な彼女には、この程度の情報量でも十分なのだろう。

 間を測る数秒があり、トーンは変わらないがたしかに理逸の内面へ向けられていると感じる言葉が、彼女から場に落とされる。


「立ち入った話になるでしょぅが……ミミさんとぁなたは、互ぃに複雑な感情を抱ぇてぃらっしゃるのですね。以前の、名前をめぐる話のときも思ぃましたが」

「まあな。あの人からの俺への思いは……」

「言ぇば傷つくことならば、口にしなぃことです。それと、ぁなたとミミさんが家族関係としてどのょうなものかは、先日ミミさん本人から聞ぃています」

「……なんだ知ってるのか。義理の姉だってこと」


 そこまで知られているのなら、もう話してしまう方がいいのだろう。理逸はある程度、腹をくくった。


「あの人は、俺より兄貴に生きてて欲しかったんだ。俺はそう思われてることが薄々わかってたから、俺自身を見ずに『忘れ形見だから』ってだけで仕方なく俺を生かし大事にしようとするあの人が、憎いところもある」


 それでも、行路流を伝授してくれて兄の居場所を守ってくれて、感謝する部分は多々ある。心底からのものかどうかはわからないが。

 

「だからたまに衝突するんだ。よくあることだし、あんま重く考えないでくれ。……今回は、整理しきってなさそうな感情を明確にかつ俺を抉ろうとぶつけてきた感じするけど」

「人間はどぅあれ感情が絡むのですから、感情的になってぃるとの認識と、その申告さぇあれば責任を問ぇる良ぃ関係だと言ぇるでしょぅ。裏を返せば、認識と申告がなければその言に重みはぁりません」

「……言い回しが複雑だけど、なんだ。俺に落ち込むなって言ってんのか」

「そのょうに取りたければご自由にどぅぞ」


 嫌味や皮肉でなくフラットな言い方だった。

 深々より、信用がおけるように理逸は感じた。


「ありがとな」

「ぃいえ」


 振り返らずにかけた声に、スミレがどのような顔をしていたかは知らない。


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