英雄 十二
数日後、パウルスは、エアハルト・シューアシュタプに呼び出された。
市庁舎の彼の部屋に行くと、書状を渡される。
「誰から、ですか?」
封蝋に押された印章を見ても、パウルスには判別できない。
「まあ、読んでみろ」
エアハルトが言うので、パウルスは封を解いた。
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ニュルンベルクの騎士殿へ
ニュルンベルク城伯より、挨拶を送る。
諸般の儀により、先に交わした約束を履行し得ぬこととなった。
不本意ながら、これを許されたい。
詫びとして、汝の甲冑代は、余よりヨルグ・ヘルムシュミートに支払っておく。
武具への要求について、余と同じように時流を読む者がいると知ったのは、愉快であった。
それが、かの剣豪リヒテナウアーの子息とあれば、尚更だ。
いずれ余がニュルンベルクを取り戻す戦いに、興を添える好敵手に巡り会えたことを感謝する。
汝がその名に恥じぬ働きを見せること、そして余が勝利の暁には、汝より臣従の礼を受け取ることを、期待している。
ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯
《マルクグラーフ・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハ》
にしてニュルンベルク城伯
《ブルクグラーフ・フォン・ニュルンベルク》
アルブレヒト “アヒレス”
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パウルスは、二回読んだ後、書状をエアハルトに渡した。
エアハルトは一読して、ため息をついた。
「……アンスバッハ?」
パウルスが、疑問の声を出す。
「先代のブランデンブルク伯の領地は、三人の息子たちに分け与えらた。三男のアルブレヒトが継いだ封土は、ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯領と名付けられたんだ」
まだ理解しかねるように、パウルスは眉をひそめていた。
「お前、大変な奴に、見込まれたな」
そう言われて、パウルスは初めて、心底嫌そうな顔をした。
その日の午後、ザーラの住む寮をパウルスは見舞いに訪れた。
だが、応接間に待たされるばかりで、なかなかザーラ本人が現れない。
ついには、従僕が衝立を持ってきて、それ越しに声だけの会話となった。
これはいったい、どういう訳だ、金創が腐って回復が思わしくないのかと案じると、ザーラがため息をついた。
「いいですか、女子は、怪我や病で容色の衰えている姿を、人目にさらすのは嫌なのです」
「む」
「ですので、予告もなしに女子を見舞うのは、気遣いに欠けた振る舞いです。ご理解いただけましたか?」
「そうか。気を付ける」
パウルスの返事に、ザーラはうなずいた。
「また、出直すよ。実は、あの"アヒレス"は、ブランデンブルク伯だったんだ。ハイデルベルクにどう言ったものか、相談したい」
「いま聞く。ぜんぶ話して」
寝間着の上に毛布を羽織ったザーラが衝立を押しのけ、パウルスに迫った。
パウルスから、事の次第を聞かされ、ヨハネスは思わず目を見張った。
アルブレヒト“アヒレス”が六年前、大規模な騎士競技会を催した折、剣術試合に参加したので、二、三の言葉を交わした覚えがある。
ブランデンブルク辺境伯の三男は、皇帝ジギスムントを招き、華々しくも血生臭い宴を取り仕切っていた。
華美を好み、雄弁で、衝動的。
身体は古傷の痕で埋まり、騎士の技芸ならひととおり何でもやってのける——精力の塊のような若者だった。
古代ギリシアの英雄の名を、あだ名として堂々と掲げるだけのことはある。
“アヒレス”――それはトロイア戦争の物語に登場する英雄、アキレウスのドイツ語読みである。
「……トロイア物語?」
「なんだ、知らんのか。昨今は古典のひとつも知っておかんと、恰好がつかんぞ」
——しかし、ブランデンブルク辺境伯とはな。
当代随一の騎士、と言って差し支えあるまい。
その人物に、そこまで目を付けられるとは——案外、わが息子は大物なのかもしれぬ。
そう思って子の顔を見れば、当の本人はただひたすらに迷惑そうな面をしている。
それが頼もしいやら、可笑しいやら……。
その年が暮れて新しい年を迎えるまで、ヨハネスは折に触れてはその顔を思い出し、ひとり噴き出してしまうのだった。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
このお話で、10万字超えたし「第一巻完」という感じです。
第二巻は、全部書き終えてから更新始めようと思います。
構想としては、前作「短剣の輪舞」をこちらに統合しようと思ってます。
というは、ヨハンネス・レックヒナーというのは史実ではパウルス・カルより少し若い世代の人で、南ドイツらへんの人だからです。
14世紀のリューベックにいるのが少しズレてたんですね。
ですので、2巻前半は、前作のほぼ再話になると思います。
その分早いかと思いますが、やはり一冊分書くのは大変なので
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では、いずれまたお会いしましょう!