死霊術師と聖女
グレースのテントでは引き続きフィーナからの聞き取り調査が行われていた。
件の森で起きた出来事……元乗客達をターンアンデッドで天に還した時、フィーナは何者かの声を聞いた。
死霊術師という魂を弄ぶ天界にとっても忌むべき存在……数年前にこの世界の女神レアからもその存在の抹殺を依頼されていた。
しかしながら、死霊術師を倒した事を目の前のグレースにどう説明したものかフィーナは考えあぐねていた。
実際にフィーナがやった事と言えばホーリーライトの光を前方に押し出し、死霊術師の姿が見えた瞬間、セイクリッドアローの連弾を二回に分けて撃ち込んだだけである。
その後死霊術師は消えてしまったが手ごたえは感じていたしあれだけ撃ち込んでいれば致命傷は免れていないはず。
仮に避難し全力で治癒魔法を掛けていたとしても救命には間に合わないだろうと思う。
相手との会話はほとんど無かったから彼の素性に繋がる情報は何も無い。
(…………)
とは言え彼の存在を秘匿するのは得策では無い。彼の話ぶりから考えて定期便の乗客達の事件に関わってはいたのだろうから。
「黒いローブを着た男の不審人物が居ました。彼は浄化された乗客たちが可哀想と言っていました」
死者を冒涜する彼の態度は目に余るものだった。だからこそのフィーナの手加減無しの攻撃だ。
「乗客達はずっと生きられたのに……とも。だからこの件の関係者と判断し彼がそれ以上何かをする前に対処しようと……」
そこまで口にしたところでフィーナはふと気付いた。このまま話してしまうべきなのか……と。
死霊術師はセイクリッドアローの魔法で倒した。この魔法はこの世界でも一般的に知られている魔法である。
件の勇者達の物語でも頻繁に使われていたから自分が使えても問題は無いはず。
しかしさっきのターンアンデッドの件もある。あまり自分が過大評価されるのは好ましくない……と、瞬時に判断したフィーナは考えながら言葉を続ける。
「セイクリッドアローを二回放って、彼を追い払いました。」
ドキドキしながらグレースの反応を伺う。表情を悟られない様に下を向きながら話していた為、上目遣いで彼女を見る様な形になってしまっている。
フィーナの言葉を聞き、少し何か考えた後グレースは
「……セイクリッドアローですか。どの程度使われたのですか?」
(へ?)
まさかの数に対するグレースからの質問である。具体的な光の矢の本数を聞かれるとは思っていなかった。
フィーナが放ったのは手始めに三十、追加で五十である。以前ゴブリンの集団相手に放った時は一本一本をそれぞれに向かわせたが今回の相手は一人。
何本かは外れたかもしれないがほぼ連続的に命中させていたはずだ。それをそのまま正直に話してしまって良いものか……。
「死霊術師の存在は我々も知っておりますが強力な魔法の使い手と聞いております。生半可な魔法は通じず剣の腕も人並み外れている……と」
グレースの話によると死霊術師はかなりの強さを持つ者と認識されている様だ。
まさか、どれ位セイクリッドアローを当てれば倒せるんですか?なんて聞ける訳も無い。
しかし半端な攻撃は通用しないというのであれば一発で退けました。と言っては不味いだろう。
かと言って滅多撃ちにしました!なんて言うのも藪蛇だ。なんと答えれば自然に思われるのか……フィーナが考え抜いて出した結論は
「胸に二発、頭に一発撃ち込み、一度目では相手が退かなかったので、もう一度繰り返して退けました」
これなら一撃の威力も高いとは思われないだろう。
撃ち込んだ数も片手で数えられる程度なので流石にオーバーには受け取られまい……。しかし
「繰り返し……短時間にですか? い、一体どうやって発動したのですか?」
グレースはフィーナの予想範囲外の部分に食い付いてきた。彼女は身を乗り出して興味津々に聞いてきている。
(……あ)
やってしまったかもしれない。呪文の詠唱も神への祈りも魔法の発動に必要ないフィーナにとってはごく自然な事だった。
だが、聖騎士のグレースがこんな事を言うという事はセイクリッドアローの同時発射とは、人並み外れた事をしたと口外してしまったという事なのだろう。
「やはり只者では……!貴女は伝説の聖女様の再来なのかもしれません!」
グレースは目を輝かせこちらを見ている。どう見ても崇拝の対象を見る信徒の目……憧れにも近い様な純真な目である。
(…………)
フィーナにとってこの展開は非常によろしくない。自分が信仰の対象になっては、本来天界に送られるはずの信仰心を直接自分が受け取る事になってしまう。
いくら仕事中の出来事とは言え業務上横領は許されない。
しかし、目をキラキラさせてこちらを見ているグレースに何と言えば良いのか。
フィーナは思わず涙目になりながら隣のミレット達に助けを求める様に二人を見ると……
「そういえば先輩って昔から不思議な力使ってましたよね~! アルフレッド様に一晩中回復魔法使ってたり……ニャ?」
「ん? そうなのか。そういえば荷馬車の中でも同じ様にしてたっけか」
何故か得意気に話すミレットと腕を組みながら自然に数日前の出来事を思い出すシルバーベアの二人。
(いやいやいやいや! 違う、そうじゃないんです!)
ミレットとシルバーべアのとんだオウンゴールである。二人に悪気が無いのは分かるが、今のこの状況で二人の無邪気さはフィーナにとっては悪夢だった。
天界における業務上横領がどの程度の処分となるかはケースバイケースの為、フィーナにもどんな処分となるのかは分からない。
しかし、最悪天界から魔界に堕とされる可能性があるというのは知っている。
魔界とは人間とは根本的に相容れない者達の魂を管理する天界とは別の上位世界である。
魔界は天界からある程度独立して活動しており魔界も魔界としての利益……信仰心を求めて活動する天界とは利害が衝突する間柄ではある。
ならば魔界は天界にとって邪魔じゃないのか?と思われるかもしれないが、魔界や魔族に代表される様な人間に敵対する存在が無ければ、人々からは信仰心が次第に薄れていってしまうのだ。
ある程度過酷な環境でなければ天界の求める信仰心は人々から得る事が出来ない。
信仰心が薄れ去った世界とは、フィーナが人間だった時に生きていた現世の世界が良い例である。
魔界は天界にとっての必要悪であり、天界で行うには難しい仕事を担当する子会社の様なモノなのだ。
そもそも、魔界を構成する者達は素行があまり良くなかったり私欲に走って天界に損害を与えた元神々が多く、問題神の掃き溜めと化している。
そんな環境に堕とされたくは無いフィーナにとって魔界への出向は恐怖の対象である。
フィーナが一人自分の今後について真剣に悩んでいると……
「グレース隊長! アルヴィン見習い、入ります!」
外でアルフレッドと話していたであろうアルヴィンがグレースのテントにやってきた様だ。
よし、入れとグレースが許可すると緊張した面持ちでアルヴィンがアルフレッドを連れてテントに入って来た。
「久しぶりに家族に会えてどうだ? 少しは語らえたか?」
グレースがアルヴィンに問い掛ける。その表情は姉が弟に向けるものに近く慈しみに満ちていた。
「はい、隊長! ご配慮感謝致します!」
しっかり訓練されているアルヴィンの返事。屋敷で夜に剣の手解きをしていた頃のやんちゃな様子とは大違いだ。
アルヴィンが一通りの挨拶を終えたところでアルフレッドがフィーナの側にやってきた。
兄と久しぶりに会えて話す事も沢山あっただろうと思う。
「アル、お兄様とはよくお話になられましたか?」
フィーナの問いにアルフレッドほコクコクと無言で頷いた。
さらにフィーナがアルフレッドに話しかけようとしたその時
「グレース隊長、そいつ悪魔だから気をつけた方が良いっすよ? うちに居た時も夜中になんか企んでましたっすから」
フィーナを指差しアルヴィンは昔語りを始めた。
確かに過去に彼から悪魔呼ばわりされていたが今だに信じているのか……と、フィーナは自身が悪魔羽と尻尾まで生やして悪ノリしていたのを棚に上げ少し呆れていた。
「失礼な事を言うんじゃない、この方は聖女様かもしれんのだぞ」
グレースも呆れた様にアルヴィンを嗜める。そんなグレースにアルヴィンは不服そうだ。
「そんな事ないっすよ! そいつ悪魔の羽とかついてましたもん! 今は隠してるんですよ、絶対!」
しつこく食い下がるアルヴィンにグレースが近付き、指導という名の鉄拳を食らわせようとする。
「隊長! そんなに殴られたら俺、バカになっちゃいますよ〜!
暴力はんたい!」
「かわいがりだ、馬鹿者」
ーバキィッ!ー
必死に懇願するアルヴィンにグレースの拳が炸裂した。
ードガッ! ゴロンゴロン!ー
「ぶべぇーっ!」
アルヴィンは悲鳴と共にテント外へと吹き飛んでいった。まぁ、グレースも手加減はしているのだろうし大丈夫だろうとは思う。
(……ん?)
その時、フィーナはふと思い付いた。業務上横領のピンチを逃れる方法を。
アルフレッドを隣に座らせフィーナは席に戻ったグレースに向き直る。
(もう、方法はこれしか……!)
フィーナは勝算の不確かな賭けに出るしかなかった。