聖女の宿命
翌朝、ニワトリと踊る女神亭の朝はいつもと違っていた。
開店前から行列の出来る飲食店の様な、フィーナの元居た世界では珍しくもない光景が広がっていた。
しかし、ここは某極東の某島国ては無く異世界である。当然、国民性も違う訳で開店前の店舗に列を成す文化など無い……はずである。
フィーナが知らなかっただけでそういった所がある国民性なのだろうか……?
(……聞いた事無いですね)
王都に来てからフィーナも色々と街を見て回ったが、そんな光景などどんな美味しい物を出す店舗でも見た事が無い。全く初めての光景に女将さん達も戸惑っている。
「この辺りのお客さんまでしか入店できませんからね〜!」
とりあえず、列のこの辺りまでしかお店に入れないであろう所で、そこから先の列のお客さん達に向けアナウンスを開始する。
列を作っている人々の多くが年配者の様だ。また、小さい子を抱えた母親らしき人も少なくない。
「どっちみち並ばなきゃならないんでしょ? だったら並んで待つわよ」
「一回帰ってまた来たら空いてるなんて保証も無いしな」
アナウンスの効果は無く、自分の順番が回ってくるまで待つ気の者がほとんどの様だ。
開店と同時に人々は店内に押しかけ一直線に、簡易的に設置されたフィーナの席に並び始めた。
(…………)
案の定である。一日どころか半日足らずで聖女の噂が街中に広がってしまい、身体に不調を訴える者が集結してしまったのだ。
仕方なくフィーナは一人一人に病状を聞きヒールとキュアを掛け分けていく。もちろん教会へ行って祈りを捧げる事を交換条件として。
あまり信心深く無さそうな者には教会に行かなければ一週間程度で効果が消えるという脅しを付け加えて。
また、明らかに身体に不調を抱える者以外、物見遊山的にフィーナを見るために来た様な者にはそっけない態度でお帰り頂く様に対応する事にした。
また、女将さんとアンの二人でモーニングの案内をしており、常連さん以外にも少なくない人々が朝食を食べていってくれていた。
お陰でお店の売り上げはいつも以上の実入りとなったが、フィーナの負担はとんでもないものとなっていた。
朝からひっきりなしに問診と治療の繰り返しである。中には胸を大きくしてくれやら若返らせてくれやらイケメンにしてほしいやらの煩悩まみれの要望の人間がやってくる。
だが、そういった要望は漏れなく却下しお帰り頂いている。
正直、フィーナの神力を駆使すれば出来ない事はないのだが、そこまで手をひろげてしまっては際限が無くなるし歴史に与える影響も無視出来なくなってしまうだろう。
貧乳には貧乳のブサメンにはブサメンの役割があるはずなのだ。そこはご了承頂いて生きていって頂きたいものである。
そろそろ、魔法学校からアルフレッドとリーシャが帰ってくる時間が近付いてきた。
女将さんとアンが人の列にとりあえず聖女のお仕事は間もなく中断する事と再開は夕方過ぎになる事をアナウンスして回ってくれていた。
これにより一見さんや興味本位の者は諦めて列から離脱していった。残った人々は少なくようやく列に終わりが見えてきた。
(あともう少し……、頑張らなくちゃ……!)
今日頑張っておけば明日はきっと楽になる。王都の人口は有限なのだからいつか終わりは来る。その事実だけが今のフィーナにとっての希望だった。
ーカランカランー
お客さんの入店に紛れてアルフレッドとリーシャが学校から帰ってきた。
「……ただいま帰りました」
「ただいま帰りました〜」
アルフレッドは相変わらず物静かだ。隣のリーシャの方が幾分活発になってきたかもしれない。
二人は人々の治療を続けているフィーナのところにやってくると
「フィーナさん、顔色が……大丈夫ですか?」
「なんだか凄く疲れてるみたい……」
二人共、フィーナの顔を見て驚いている。どうやら、かなりやつれて見えているみたいだ。
一体何人の相手をしていたのか考える気力も無い。しかも一人一人に教会でのお祈りを案内していた為、口の中もカラカラになってしまっていた。
「大丈夫ですよ。もうすぐ終わりますから。先に裏で待っていて下さい、すぐに行きますので」
ちょっと咳払いしないときちんとした声が出なくなっていた。アルフレッドとリーシャは心配そうな顔をしながら裏へと下がっていく。
二人が裏へと去って行ってからようやくフィーナの前に並んでいた人の列も無くなった。
ほとんどが腰痛持ちの対応だったため気分だけは整形外科のそれであった。
朝から実に六時間以上休みなく神力を使っていたためフィーナもかなり疲れてしまっていた。
だが、次はアルフレッドのお茶の用意をしたりと、やらなければならない仕事はまだまだ控えている。
「それじゃ、抜けさせてもらいま〜す」
フィーナはそう言うと店の裏の物置へと向かった。一階の炊事場でお茶の用意をしてアルフレッドに出すのがいつもの日課である。
「あれ……?」
いつもしまっている棚にいつものティーセット一式が見当たらない。疲れているから間違えてるのかと一通り探してみたがやっぱり見当たらない。
「フィーナ、みんな上で待ってるみたいよ?」
ティーセットを探しているフィーナにエルフィーネが話掛けてきた。昨日の失敗を踏まえてか少し物置から距離を取っている。
エルフィーネの言葉に従い、フィーナが仕方無くそのまま物置の二階に上がるとなんだか紅茶の良い香りがしてきた。
ーガチャー
「失礼します。アル、お茶の事なんですが……」
フィーナが物置二階の居住スペースに入ると
「お疲れ様でーす……ニャ」
「フィーナさん、お疲れ様でした」
メイド服姿のミレットとプロージット、そしてなれない手付きでお茶の用意をしているアルフレッドとリーシャが出迎えてくれた。
「ど、どうしたんですか? これは一体……?」
お茶の用意は今し方完了したばかりの様だ。本来なら自分がしなければならない事だったのだが……。フィーナが訳も分からず戸惑っていると
「アルフレッド坊ちゃまが先輩にゆっくりして欲しいからお茶の淹れ方が知りたいって。それで皆で準備したんです!……ニャ」
ミレットがどこか得意げに説明してくれた。彼女の説明からプロージットとリーシャもお茶の用意をしてくれていたみたいだ。
しかし、用意されているティーカップはどう見ても一人分しかない。
「あの……一人分しか無いみたいなんですけど……」
「何言ってるんですか。今日の主賓は先輩ですよ? さ、遠慮なく座っちゃって下さい! フィーナお嬢様……ニャ」
いい加減察しの悪いフィーナをミレットは強引に席に着かせようとする。
「は? ……へ、わ……私?」
突然の事にフィーナは反射的に遠慮し恥ずかしがって席に着く事に抵抗する。しかし
「……ヒュプノシス」
プロージットが魔法を唱えると同時にフィーナの抵抗は無くなり素直に席に着いた。
プロージットが唱えたのは対象を催眠状態にし簡易的に操る魔法なのだが、人間の魔法に女神が簡単に屈してしまった稀有な事例となってしまった。
「え? あれ?」
自分に何があったのか分からずフィーナはキョロキョロと辺りを見回す。
普通なら人の魔法などに簡単に支配される事は無い。今回は疲労のせいもあってか抵抗する間も無かった。
「フィーナさん、今はゆっくり休んで下さい。いつものお返しです」
アルフレッドはそう言うとフィーナにお皿にのったお菓子を差し出す。言われるがまま遠慮がちにお菓子を手に取り口へと運ぶ。
サクッとした軽い食感と砂糖の甘さが疲れた身体に染み渡っていく。
そして紅茶を口に入れると丁度いい温度の紅茶の香りが鼻に抜けていく。
「ふぅ……」
一息つくと段々と身体が重くなっていく感覚がした。安心して落ち着いてしまったからか、とてつもない眠気が襲って来た。
温かい紅茶を飲み終えた頃にはどうしようもなく眠くなってきてしまっていた。
「フィーナさん、こちらへどぅぞ」
アルフレッドはフィーナの手を取ると彼女をソファーへと促す。ミレットとプロージットに付き添われフィーナはソファーに腰を下ろし横になる。
「すみません……。ちょっと……休みま……」
フカフカのクッションと温かい毛布の感覚が非常に気持ち良い。フィーナの意識は一気に暗闇へと落ちていくのであった。