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メリザンドの月と太陽 - メリザンドの月と太陽2
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メリザンドの月と太陽  作者: 高瀬海之


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メリザンドの月と太陽2
















 アリエッタが公爵家にやってきて五年。

 メリザンドは十八歳になった。


 十八歳は成人の年。

 誕生日を祝う晩餐の席には、これで少し肩の荷が下りると笑っていた祖父と一緒に、微笑むアリエッタがいた。


 見初めたという言葉は嘘ではなかったのか……意外にも祖父と彼女の仲は睦まじく。邸内で見掛ける二人はいつも穏やかに笑っていて、本当の家族であるメリザンドが嫉妬してしまう程に家族らしかった。


 しかし、結局五年掛けてもアリエッタは全く変わらなかった。


 屋敷では相変わらずメリザンドから逃げ回っているし、社交にも出ない。使用人達にも腰が低いまま……けれど、何年も一緒に暮らせばそれなりに情がわくのか、屋敷でのアリエッタの扱いは徐々に変わった。


 使用人達は、彼女をいつまで経っても公爵夫人らしくなれない女と蔑むのではなく、相応しくないというなら、相応しく見えるように演出するようになったのだ。

 それは公爵家の使用人である彼らの矜持のためであったのかもしれないし、純粋に主が選んだ女性を否定しないためであったのかもしれない。


 彼らは独自のやり方でアリエッタを<奥様>として扱うようになった。


 アリエッタが苦手な家事は、奥様にそんなことはさせられないと進み出て代わり。

 アリエッタが迷ったら、選択肢に見せかけた正解を突き付け、答えを選ばせる。

 そうやって、客人が来たときなどに各々の判断が及ぶ範囲でアリエッタを主らしく見せるようになった。

 アリエッタの方も庇われているのが判っているから、折に触れて礼を用意したり親しく声を掛けることで使用人達と良好な関係を築いていた。


 そうやって、アリエッタは誰もが認める<公爵夫人>になれなくても、屋敷のみんなが認める<奥様>になって、……好かれていた。




 そう、一緒に暮らして判った。

 アリエッタはまったく嫌な女ではない。




 ただメリザンドが望む向上心を見せてくれないだけで、馬鹿な訳でも、怠惰な訳でもなく。礼儀作法も知識も、ちゃんと身に付けている。

 以前取り寄せた彼女の学院の成績が芳しくなかったのは、評価する側に悪意が介在していて、真実をねじ曲げた違いない! ……と、断言してしまう程に、メリザンドもアリエッタを見直していた。


 その上、公爵家での生活はアリエッタの外見も大きく変えた。

 かつて枯れ枝のようだった身体は、栄養たっぷりの食事と優秀な侍女の美容テクニックによって、ふっくらと丸みを帯びた女性らしい曲線に変わり、栗色の髪と白い肌は光り輝くような艶を放つようになった。

 メリザンドの美貌には及ばないが、穏やかな柔らかい雰囲気を纏うアリエッタは充分美人の部類に入る。


 これで更なるマナーと知識を得れば何処に出しても恥ずかしくない公爵夫人になれるというのに、彼女は公爵夫人として相応しい振る舞いを身に付けろというメリザンドの言葉には絶対頷かない。

 私にはそんなお役目とても無理です、と断るばかりで、絶対に努力しない。



 それがまたメリザンドを苛立たせて、結局彼女を嫌いな気持ちに変わりはなかった。



 しかし、公爵夫人という役目から逃げ続けていたアリエッタが社交界へ引きずり出される日が、徐々に近付いてきていた。


 十八歳を迎えたメリザンドは、学院の卒業と同時に次期女公爵として社交界デビューが決まっている。

 それに伴うお披露目の席には、現公爵夫妻の存在が欠かせない。


 アリエッタが、公爵夫人として、人前に出なければならないのだ。


 もしかしたら彼女を寵愛する祖父が、何らかの理由を付けて彼女が表舞台に出ないで済むよう取り計らうかと思っていたが、特にそういう小細工はなく。粛々とその日に向けて準備が進められていた。


 それが、逆に不安を煽ったと言ったら祖父は怒るだろうか?


 今まで散々アリエッタを甘やかしてきたくせに、祖父は今回は何もしようとしない。


 大事なお披露目の日にアリエッタが何かしでかしたらどうしよう。


 そう考えたら気が気でなく、一時は食事も喉を通らない程悩んだが……結局、馬鹿らしくなってメリザンドは考えるのをやめた。

 何故なら、悩んでいるメリザンドを心配した当のアリエッタから、自らが作ったという薬湯を差し入れられたからだ。


 誰の所為でこんなに悩んでると思ってるの!!


 そう怒鳴り込んでやりたい気分になった。

 でも、怪しい色と匂いのドロリとした生暖かい不気味な液体を、奥様が商人から直接材料を買い付けて、自ら毒味までして寄越したものだと、ニコニコと差し出してくる侍女を見て、……やめた。


 息を止めて一息で飲んだ薬湯は、確かに薬臭い苦みがあったが、後味は何処か仄甘く。

 嫌がらずに飲んだメリザンドからカップを返された侍女は、これで今夜はぐっすり眠れますよ、と薬湯の効果を疑っていない。


 そんな人心の変化を見せつけられて、どうやって彼女を責めれば良いのだろう。


 確かにアリエッタは公爵夫人というには拙い。

 でも、邸内では確かに奥様として使用人に敬われている。こんな怪しい液体を次期公爵に飲ませろと言っても疑われないどころか歓迎されるくらい、今の信頼は絶大なのだ。


 そして何より、彼女は祖父を大切に思っている。そこにある情がどんなものかは知らないけれど、祖父の伴侶として、彼女はちゃんと勤めている。


 ……だったらそれで充分ではないだろうか?


 引継ぎが終わったら祖父は領地へ引っ込むと言っているし、公爵夫人たれ、と何度繰り返しても、あっという間に彼女はその地位を失うのだ。今更無理に詰め込む必要性を感じなくなった。


 アリエッタがもし何かやらかしたとしても……今更といえば今更だ。


 そもそもメリザンドには<姉姉のような義祖母アリエッタ>など及びもつかない程の醜聞が生まれた時からある。その汚名を雪げるくらい立派な女公爵になるために必死に努力してきたのだ。


 そこに<アリエッタ>という染みが一つ増えたところで、他に紛れて判るまい。

 彼女のことを含めて、すべての醜聞を自身の力で覆せばいいことだ。


 肩を怒らせてデビューに望む孫娘を、溜め息と共に見つめる公爵と妻の視線には気付かないまま、メリザンドはお披露目の日を迎えた。




◆◆◆◆◆




 メリザンドのお披露目は、王都の迎賓館を貸し切って、主だった貴族と国王夫妻を招いて行われた。

 現公爵の掌中の珠、学院での成績は常に上位の才女……様々な噂はあったが、やはり何より強烈だったのは、早生した両親譲りの美貌だった。


 煌めく金の巻き毛、同じ色の睫が彩るサファイアの瞳、白磁の肌、可憐な花びらの唇……造形も、それを構成する部品も、すべてが美しくあるようにと誰かの手で選ばれて作り上げられたように、完璧な美貌の淑女がそこにいた。


 姿形だけではない。声も、所作も、話す言葉まで香しく麗しいと国王にも言わしめた未来の女公爵のデビューは、後々まで社交界で語り継がれる程、豪華で華麗なものだった。


 メリザンドの人生において、消せない染みのように纏い付く両親の話もこの日だけはなりを潜め。ただひたすら、かつての彼らが絵画のように美しかったことだけが語られる様に果てしない充足感を持って、メリザンドは祖父とのファーストダンスに望んだ。


「満足かい、メリザンド?」

「はい。今日までありがとうございました、おじいさま」

「おや、お前はもう私を御役御免にする気なのか……」

「はい、これから公爵家のことはすべて私が背負います。ですからおじいさまはどうか……おばあさまと、ゆっくり過ごして下さいませ」

「……本当に優しい子だ。だがお前はまだ若い、そう簡単に手を放すことなど出来ないよ」

「おじいさま……」

「まだまだ私を、そしてアリエッタを、頼っておくれ」

「ア……おばあさまは頼りになりません」

「そうかな?」

「そうです」

「けれど、あの子の作った薬湯は良く効いただろう?」

「おじいさまもあれをお飲みになったのですか?」

「そもそもあれは私のために用意してくれているものだ」

「……そうだったのですか、知りませんでした」

「あれを飲み始めてからすこぶる調子が良くてね。おかげで、夢にまで見た孫娘とのファーストダンスも果たせた。

 ……大きくなったな、メリザンド。生まれた時は本当に、本当に小さかったのに、この手で抱き抱えられるくらい小さかったのに、こんなに立派な淑女に、美しく育って、私はもう、思い残すことなど、何もない」

「縁起でもないことおっしゃらないで下さいっ。そんなことを言われるのでしたら、まだまだ楽などさせません。もう嫌だと言うまで頼りきりますからね」


 照れ隠しにキッと上目遣い睨んで来る孫娘に潤んだ目許を緩めて、老公爵はゆっくり一曲踊り終えた。


 そんな至福の時間を過ごしたメリザンドが、アリエッタの姿が会場にないことに気付いたのはパーティーが始まってから随分経ってからだった。

 婚約者候補の令息何人かとダンスを済ませ、ほっと一息ついた隙間に、ふと彼女を思い出したのだ。

 祖父は旧知の貴族達と談笑しているが、そばにアリエッタはいない。

 そばの侍女に尋ねたが、彼女も首を横に振る。すぐに探すように指示して、報告を待つ間、シャンパンで喉を潤した。


 パーティーに飽きて抜け出したとかならいいが、見えないところで問題でも起こされたら堪らない。


 侍女が駆け戻ってきたのは数分後。そっと耳元に告げられた報告にメリザンドは美しいまなじりをつり上げ、豪奢なドレスの裾を翻すと、招待客に中座を詫びて侍女を伴い姿を消した。




◆◆◆◆◆




 侍女の案内を受けて向かったのは、会場を出た先の人気のない廊下だった。まだ帰る時間も遠く、人通りのない場所にアリエッタが数人の女達と一緒にいる。

 一見、淑女達の団欒のように見えるが……事実は、窓際に追い詰めたアリエッタを逃がさないよう女達が取り囲んでいるのだ。


 浅ましい……。


 メリザンドははっきり顔を歪め、奥歯を噛み締めた。

 俯いたアリエッタに向けて誰かが何か言う。その瞬間、ドッと女達は笑って誰かがアリエッタの肩を手のひらで押した。

 小突くというには強く、突き飛ばしたというには弱く。

 ふらつくアリエッタの何が面白いのか、女達はクスクス笑いながらみんなで同じ動作を繰り返し、ついにバランスを崩したアリエッタが床に座り込む。

 そうさせておいて、見下すような声が聞こえた。


「まあ、なんて格好。名ばかりでも公爵夫人ですのに」

「本当に惨めねぇ、お飾りにすらなれてないなんて。本当に我が家の恥だわ」


 ……つまりお前が、アリエッタの異母姉か。

 妹から婚約者を寝取った恥知らず。

 貴族の風上にも置けない、下種。


 狙いを定めて青い目を冷たく細めたメリザンドは、わざと衣擦れの音をさせてその場に乗り込んだ。優雅に淑女の微笑みを浮かべて現れたメリザンドを見て、振り返った女達の顔に一瞬、焦りが走る。

 一応後ろ暗いことをしているという自覚はあるらしい。

 しかし、メリザンドは彼女達を無視して、真っ直ぐアリエッタだけを見つめて言葉を紡ぐ。


「まあまあおばあさまったら、こんなところにお座りになって……いつもながらしようのない人ね。早くお立ちになって、私まで恥ずかしいですわ」


 物腰は柔らかく、瞳は冷たく。まるで出来の悪い子を窘めるように言うメリザンドから、彼女らは自分達の行動と同じ匂い、嘲りを嗅ぎ取ったのだろう。

 殊更優しい<おばあさま>という呼び掛けに、誰か扇の影で吹き出した。さざ波のようにそれが広がる。

 殆ど年の変わらない女が、公然とばばあ呼ばわりされたのが面白いのだろう。

 嘲笑を受けて、アリエッタが顔を俯ける。


 泣かないよう堪えているのだろうか?

 公衆の面前でおばあさまと呼ばれて悔しいの?

 仕方ないでしょう、貴女は間違いなく私の祖父の妻なのだから。


 メリザンドは薄笑みを浮かべたまま、最初に失笑を漏らした女を見て、それからゆっくり全員と目を合わせるようにして、口を開いた。


「あら、私何かおかしなことを言ったかしら? 書類上、彼女は間違いなく私の祖父の妻で、私の祖母で、……そして公爵夫人なのですよ。そこの貴女、身分を弁え、私のおばあさまに謝罪なさい」


 一番最初に吹き出した女に命じる。

 ヒクリ、と女の顔が引きつった。他の女達も動きを止める。


「何を惚けているの? 貴女は伯爵夫人、他も……我が家より格上の方はいらっしゃいませんわよね?」

「で、ですが、メリザンドさ……」

「お下がりっ。誰に断って私の名前を気安く呼んでいるの!!」


 誰かが呟いた瞬間、持っていた扇を薙ぐように振るい、一喝する。そして侍女に目配せした。すぐさま駆け寄った侍女に助け起こされたアリエッタが自分のそばにきてから、先刻と同じように一人一人と目を合わせて言い聞かせた。


「良く覚えておきなさい、彼女を侮ることは即ち、我が家を侮ること。私の家族に無礼は許さない」


 次期公爵の静かな宣言を受けて女達の顔が青褪める。自分達のしていることの意味を今更悟ったのだろう。

 徐々に空気が凍っていくような沈黙に満足して、メリザンドはドレスの裾を優雅に捌いて彼女達に背を向けた。

 そして、侍女とアリエッタを伴い控え室まで戻ってようやく、堪えていた溜め息を吐いた。

 忌ま忌ましさの混じった溜め息を聞き付けて、アリエッタが肩を竦めたのが判る。それにも苛ついて、忙しなく扇で自分を扇いで気を紛らわせようとした。

 なのに……。


「メリザンド……手間を掛けさせてごめんなさい」


 折角我慢しようとしているのに、一番癇に触ることを当のアリエッタが言ってくる。


「謝るくらいなら最初から侮られないでっ。貴女が貶められることは、私やおじいさま、我が家が貶められているのと同じなのよ! 貴女は最早、虐げられていた令嬢ではないの。おじいさまの妻で、公爵夫人で、この私の祖母なのに」

「だけど、私は……」

「過程がどうでも今の貴女には権力ちからがあるのよ。偶然にも、貴女を虐げた人達より上の立場になった。なら、堂々と見返してやりなさいよ。貴女にはその能力もあるのにっ。

 ……確かに家の権力は純粋な貴女の力ではないかもしれないけど、それをどう使うかは貴女次第。私が貴女を嫌うのは、それを考えもしないで引き籠もってばかりいるからなのよ!」


 面と向かって嫌いと言われて、アリエッタの顔が強張る。しかし、怯むことなくメリザンドは畳み掛けた。


「そうやって気弱なフリをして縮こまっていれば見過ごして貰えると思う? 甘いわ、人も世間も、想像以上に冷たくて、残酷なの。自分を守れるのは、自分だけ。なのにっ、どうして貴女は自分を守るために何もしないの!?」


 言い放った瞬間、メリザンドを見つめるアリエッタの瞳の色が変わる。それまで自信なさ気に揺れていた栗色の目が、意志を持って引き締められた。


「……したわよ。殴られたら痛いから殴られないように、ひもじいのは嫌だから食事を抜かれないように、彼らの機嫌を損ねないよう、ひたすら息を潜めて生きることが身を守る唯一の術だった」


 言って、右手を胸に押し当てて、もう一度アリエッタは宣言した。


「貴女に言われるまでもなく。私は、私に出来る精一杯で、私を守ってきた」
















読んで頂きありがとうございました。

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