19 アイリーンとの再会
「これは……!」
「当たり、だな」
ミスティアは目を見開く。魔法を発動させ痕跡を辿ると、ある荷馬車へ行き着いた。そこには黒いフードを被った男が一人。口論しているうちに剣を抜かれたので、スキアがすみやかに男を昏倒させた。荷馬車を改めると10人ほどの女性たちが、顔を隠され縛られていた。
女性たちは人さらいに遭い、運ばれている途中だったのだ。間に合ってよかったとミスティアは胸を撫でおろす。
「いま自由にして差し上げます。スキア、短剣を」
「承った」
スキアは腕に仕込んでいた短剣を取り出し、ミスティアへ差し出した。そしてもう片方の腕から同じ短剣を取り出し、縛られている女性たちの縄を切っていく。
どの女性もかわいそうなくらい震えて、顔面蒼白の状態であった。ミスティアは眉をひそめる。見つけられてよかったが、あと一日でも遅ければ――と背筋が冷えた。ミスティアはできるだけ優しい声で彼女らに声をかける。
「もう大丈夫です。レッドフィールド家が責任を持って皆さんを保護いたします」
「ああ、ああ……! 感謝いたします、お嬢様!」
おいおいと一人の女性がミスティアに泣き縋った。ミスティアは驚きつつも、見知らぬ彼女の肩をそっと抱く。
「怖かった、ですね」
ミスティアは、彼女を安心させるために微笑むことができなかった。だが、目を伏せたその姿はまるで慈悲深い女神のようで。その場にいた女性たちは息を飲んだ。もしかしたらこの方は、神が遣わされた天使なのでは。そう誰もが目を潤ませる。
「レッドフィールド家? もしや貴方様は、ミスティア・レッドフィールド嬢であらせられますか?」
聞き覚えのある声がして、ミスティアは顔を上げた。――そこには。
(アイリーン!)
亜麻色の波打つ髪に濃い緑の瞳。愛嬌のあるそばかすが可愛らしい。ミスティアより少し年上のアイリーンは記憶よりずっと痩せていて、彼女の苦労を思わせた。ミスティアの心にかつての幸福がよみがえる。誰よりも彼女を愛してくれた両親、そして侍女であるアイリーン。母の形見を、必死に守ってくれた彼女。ミスティアは立ち上がり、アイリーンに抱き着いた。
「アイリーン、アイリーン! 良かった……!」
「お嬢様? ほんとうに、貴女様ですか? ああ神様」
抱き締め合うふたり。その様子をスキアはそっと見守った。
「冷徹女なんて……一番似合わない言葉だ」
そう呟いて。
やがて、ひとしきり泣いたミスティアは落ち着きを取り戻した。泣いてばかりいる場合ではない。早く女性たちを安全な場所へ連れていかねばならないのだ。近くに、まだ男の仲間が潜んでいる可能性もある。
「失礼いたしました。皆さん、瞬間移動いたしますので魔法陣の中へ移動してください」
「て、瞬間移動? なんの魔法ですか?」
「ここから王都アステリアまで、皆さんを一瞬で連れていける魔法です」
「えっ? そんな魔法聞いたこともありませんわ……」
女性たちが顔を見合わせる。困惑した様子だが、それもそうである。瞬間移動などという魔法は『そんな魔法があったらすごく便利なのにな……!』という夢のような魔法なのだ。つまり存在しないとされている。
だがミスティアはその便利な魔法を見つけてしまった。彼女たちのすり傷を治すため、範囲回復魔法を探そうと書を開いた時、見覚えのない呪文が目に入ったのだ。
(こんな魔法、光魔法の章になかったけれど……。変わったことと言えば、闇魔法を習得したこと? もしかして、魔法って組み合わせられるの?)
という具合である。またも強くなってしまったな、とスキアが肩をすくめた。
「どうか私を信じていただけないでしょうか」
胸に手を当ててミスティアは女性たちに乞い願った。それを見てアイリーンが微笑む。
「もちろんですわ、お嬢様を信じます。そもそも貴女様に助けていただいた命ですから」
それに続き、他の女性たちも声を上げ始める。
「そ、そうですわ! 私も精霊使い様を信じます」
「私も!」
「皆さま……ありがとうございます」
そして、瞬間移動は無事成功。ミスティアとスキアは、女性たちをそれぞれの家へと送り届け、男を警備隊へ引き渡した。事情があり家へと帰れない者は、メアリーに相談し、ひとまず学園で保護する運びとなった。後々、身の置き所をメアリーとミスティアで相談する予定だ。
人の口に戸は立てられぬもので、ミスティアの武勇伝はあっという間に学園へ広まった。
――そしてその時はやって来る。
アイリーンはあまりの誇らしさに、胸を高鳴らせた。
大広間の扉前、流行りのオートクチュールで仕立てられたメイド服を纏い、アイリーンはミスティアとスキアの後へ続いていた。
今日は祝うべきミスティア・レッドフィールド嬢の復学の日。ミスティアは緊張で手に汗をにじませる。全生徒が集まる朝の会で、新たな特待生としてミスティアが紹介される予定なのだ。気の重さのせいか足がだるく感じる。だが行かなければならない。
「では、いってきます。アイリーン」
「……! はい、いってらっしゃいませ」
返事を受け取ったミスティアが正面へ向き直る。銀糸のごとき髪がさらさらと揺れた。
アイリーンは頬を紅潮させて主へと微笑む。どん底から引き揚げてくれた、敬愛する主へ。
(私はきっと、ミスティア様へ一生お仕えしよう。ああこんな幸せな事ってあるのかしら……。銀妖精みたいにきれいなお姫様と、絶世の聖騎士様にお仕えできるなんて)
アイリーンの温かい視線を受けながら、ミスティアは歩き始めた。背筋を伸ばし真っすぐに前を向いて。
「おめでとう、ミスティア」
横に並ぶスキアの祝福に、ミスティアは面映ゆい心地になった。
「ありがとうございます」
考えるより先に顔が綻ぶ。以前は笑わなければと意気込んでいたが――笑顔とは作るものではなく、こぼれるものだったのだ。彼に手を引かれて、灰色だった世界が鮮やかに色づいていく。いろんな感情を知っていく。その速さに恐れつつも、ミスティアはあえて手を広げ歓迎することにした。そうすればきっと、彼に相応しい主へ近づける気がしたから。