第40話 君ガイル
肌にべっとりと纏わりつく空気が鬱陶しい。
梅雨が明けた予報が出ていたのが信じられないぐらい空はどんよりと曇っていた。
今にも降りだしそうな空だ。
お天気お姉さんを信じるなら今日は大丈夫なはずだが、あのお姉さんは週一ぐらいで外すから信用ならない。
空は雲でパンパンに覆われているが、私の財布はスカスカだ。
春の新歓にかこつけて飲み歩いたのが原因だろう。
新入生を漁ってみるもいい男は現れず、とんだ捨て銭だった。
学内をフラフラと歩いていると面白い男を見つけた。
園田と言う男で万年金欠の苦学生だ。
いつもは笑いながらワンと言わせてクッキーでも恵んでやるところだが、今の私は奴と同じ金欠、言わば同士だ。
私は音もなく園田の背後に忍び寄り、大型動物でも捕まえる要領で園田の首に手を回す。
「やー、ダーソノ、相変わらず金欠かい?」
私は園田のほっぺに拳を立てて、うりうりとドリルのように捻りを利かせる。
園田は大した動揺も見せず、死んだ魚の目をする。
「……そんな質問しなくても地球誕生以来金欠ですよ。江口先輩」
「ビックバンからでなくて安心したよ」
この男の面白いところは、こういったスキンシップの際一切同様の見えないところだ。
普通、私のような可愛い先輩に後ろからハグされれば頬を染めてバタバタと慌てふためくのが礼儀と言うものだろう。
とんだ礼儀知らずだ。
「それはそうと私の事はエーコ先輩と呼べと言っただろ、ダーソノ」
「俺の事はダーソノと呼ぶなと散々言いましたよね、江口先輩」
この頑固さも面白い。
いつもなら、一時間程からかい上手な私がからかってやるところだが、今の私はお腹が空いている。
手短に用件を済まそう。
「ところでビックバン誕生以来金欠なダーソノに聞きたいんだけど、金欠な私を救ってくれる飲食店は大学周辺にはないかね?」
この貧乏を極めた男なら私の財布にも優しい飲食店を知っているだろう。
私は金欠だが王様気分で園田をドヤ顔で見つめ、答えを待つ。
園田は嘆息し、説教をかます。
「はぁ、まずですね。金欠の癖に飲食店に行きたがってるのが、金欠舐めてるなって感じですし、安さで言えば学食があるでしょ。あれに匹敵するお店なんてそうそうないですよ」
私はむかついたので園田にデコピンをする。
「誰が正論を言えと言った、正論を。私の質問に忠実に答えなきゃダメでしょうが。私は安くてまだ私が行った事なさそうな穴場を教えてと言ったんだよ、さらに欲を言えばいい男を紹介しろとも暗に言っているの」
いくら金がないと言っても、園田のようにお札一枚入ってるか怪しいほどの金欠ではない。
園田はデコピンされたデコをさすりながら呆れた声を出す。
「そんな欲だらけの欲を言えば初めて聞きました。ってか、そんな暗、どんな文豪でも読み取れませんよ」
「そう、二つ勉強になったね」
やっと私の注文が通じたのか、園田はない頭を悩ませ、なんとか絞り出してくれた。
「商店街の方に行って一番奥の通りにうどん・そば屋がありますよ。セットでもワンコインで収まると思うんでそこにでもどうぞ」
ふんふんと私は納得するポーズを見せ、ついでに聞いてみる。
「いい男は?」
「そこまでは面倒見きれないです」
全く面倒見の悪い後輩だ。
「よし、奢ってやるからエーコ先輩にお供しなさい」
「あっ、この後デートなんで」
私は園田の脛を蹴り、学内を後にした。
商店街を歩くと、どこか全体的に明るく、子供向けの飾りつけがあちこちに見られる。
何故なのかと言う私の疑問は直ぐに払拭された。
アーケード商店街の中心には天蓋に届きそうなほどの笹が飾ってあった。
あぁ、七夕か。
子供の頃ははしゃいで無邪気に笹に短冊を吊るしていたものだが、この年になると縁遠いイベントになってしまった。
私は目的のうどん・そば屋を見つけると、引き戸をガラガラと開け、店内に入った。
「いらっしゃいませ!」
店内からは元気のいい若い男の声が響いた。
バイトの子だろうか? 身体はがっしりとして、背が高く、真っ直ぐな眉毛が特徴的な清潔感のある若者だった。
店内はカウンターとテーブル席が三つほどの簡素なものだった。
奥で店主だろうか、初老の男性がうどんを茹でていた。
客はカウンターに一人いるだけだったので、私は遠慮なくテーブル席に座る。
時間も昼時から少し外れているし、客入りはこんなものだろう。
私はテーブルに置かれたメニュー表に目を通した。
当たり前だが、うどんや蕎麦ばかりだ。
丼ものもあるにはあるが、少食の私に丼ものは相性が悪い。
園田におススメのメニューも聞いておくんだったと後悔したが、悩んでいても仕方ないので若い男の店員を呼んだ。
「すいませーん」
男の店員は名前を呼ばれた子犬のように元気に私の元にやって来る。
「はい!」
「私、この店初めてなんですけど、おススメってあります?」
私はこういう時は店員に聞くようにしている。
その質問に店員は目を輝かせて、メニュー表ではなく、壁に張られた一枚の紙を指差した。
「お客さん、丁度いいタイミングですよ! 今日から町内会のイベントにあやかってうちの店も七夕メニューを期間限定で出してるんですよ!」
私は男の指先を目で追うと『七夕ソーメン』と書いてある。
七夕ソーメン? どこかで聞いた覚えのある食べ物だな。
私は忘却の彼方に置き忘れたものを無視し、せっかく勧めて貰ったので注文してみた。
「じゃあ、それを一つ」
男は元気に注文を受けると、奥の初老の男にそれを伝えに行った。
記憶の扉は開いた。
パンドラの箱だったのだ。
冷涼感ある透明の容器に氷でしめた三色のソーメン玉。
小皿には柚子胡椒などの薬味。
そして、風情のある竹筒の容器にめんつゆ。
そこまではいい、寧ろ最高だ。
しかし、問題はソーメン玉の上に鎮座する具材だ。
星形の卵焼きは可愛い。
プリプリのエビも良かろう。
しかし、オクラ? トマト? パプリカ?
あんな色合いを出すことしか能のない連中を具材に採用するのはやめて欲しい。
そうだ、思い出したよ。
これ小学校の給食で出てたんだ。
確か、ソーメンを天の川に見立ててるんだよね。
子供の頃嫌い過ぎて、短冊に「七夕ソーメンがこの世から無くなりますように」って書いたんだった。
昔の私全く無邪気じゃなかったわ。
このソーメンのせいで七夕嫌いなまであった。
私はちらりと視線を横にずらす。
客の少ないせいか、若い男の店員はニコニコしながらこちらを見ている。
自分の勧めた品だけあって、反応が気になるのだろう。
私もいい年だ。
ここで小学生時代みたいに駄々をこねて、食べないと言う選択肢はない。
パキッと割り箸を綺麗に分割する。
食欲とは別の意味で、喉を鳴らす。
オクラと一緒に赤いソーメン玉の先を持ち、めんつゆにつける。
 ̄ズズズッ
勢いよくすすった私の喉をソーメンが通っていく。
そして、口内に残るオクラ。
うん、これが料理漫画だったら、目を見開いてオーバーリアクションを取るところなのだが、想定内のまずさだ。
うん、うん、私は自分を納得させるように残りを噛みしめた。
強いて言えば、昔食べたものよりはお店で出してるだけあって美味しい気がする。
私はお会計をして店を出る。
また、あの若い店員の元気な声が背中から響く。
せっかくなのでブラブラと商店街を散策すると、またもや後輩を見つけた。
流石に人目も多いので首に手は回さないで、肩をポンポンと叩く。
「アダチーン、何してんの?」
同じサークルで後輩の足立だ。
遠距離の彼女がいるので取り敢えず脛を蹴った。
「エーコ先輩、彼女がいる後輩の脛を蹴るの止めてくださいよ」
「峰打ちだから」
「いや、脛ですって」
足立のどうでもいい主張を無視し、私は気になっていたことを聞いてみた。
「そう言えば、その遠距離の彼女はどうなった? 別れた?」
「息を吐くように後輩の破局を願わないで下さいよ」
「だって、私は彼氏できても長続きしないんだもん」
私は特に意味もなく足立にデコピンをお見舞いしていたが、足立は微動だにせずに何かを考えていた。
「……エーコ先輩、俺からのアドバイスを聞いてみませんか?」
「嫌だ」
「エーコ先輩にぴったりの彼氏が出来る方法です」
「十秒以内に答えろ」
私は足立に鼻息荒く詰め寄っていた。
足立はピンと人差し指を立てる。
「いいですか、エーコ先輩は容姿は問題ありません。可愛い部類です。彼女がいる男子を除けば誰とも分け隔てなく仲良くなれるコミュニケーション能力もあります」
足立が当然ともいえる私の評価を述べる。
「ふんふん、続けて」
私は気をよくして、続きを促す。
「なのに、彼氏が出来ても長続きしない。この訳とは」
…………。
「続けろ」
くそ、涙で前が見えない。だって、女の子だもん。
「そんな血の涙を流さんばかりに歯を食いしばらなくても」
足立はドン引きした目で私を見ていた。
「じゃあ、続けますが、ずばり積極的過ぎです。がっつき過ぎて大半の男子が引くし、仮に付き合ってもそれは性欲優先で釣られた男が大半なのですぐに飽きます」
「……御託はいい。解決策を教えて」
私は足立の胸ぐらを掴んでいた。
「エーコ先輩は待ちガイルと言うものをご存知ですか?」
「ストリートファイ○ーⅡにおいて猛威を振るい、一部のゲーセンでは規制する所もあったり、友達同士で使うとリアルファイトを起こして友情にひびを入れかねないあれね」
「……なんで、完璧に知ってるんですか。男子だってもう知ってる同世代あんまりいないのに」
「人は見かけによらないでしょ?」
足立は少し引いていたが話を続ける。
「つまりそれです。エーコ先輩は別に自分からいかなくても周りが勝手に寄ってくるんです。恋をするのではなく、恋をさせましょう。惚れた人間の方が弱いです。そして、その中からエーコ先輩好みのタイプを選んだ方が長続きはしやすいでしょう」
ふんふん、大体言いたいことは分かった。
あと、これ待ちガイルの説明いらないな。
「具体的には何をすればいいの?」
足立は大袈裟に首を振る。
「何もしなくていいんです。今までより大らかに慈しみの心だけ持って開けば完璧です」
……私はなんか良い事言ったみたいな足立の顔を見つめ、ふとある一つの結論にたどり着いた。
「……もしかして、私の絡みがウザいから、その絡みを軽減させようと上手い事丸め込もうとしてない?」
足立は去った。
ダッシュで。
私は後輩に丸め込もうとされていた事実に小さじ程のショックを受けながらあ、帰路につこうとした時、先ほど通った大きな笹のあるところにでた。
私は改めて大きいなと見上げて歩いていると、前の人にぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
どうやら、ぶつかったのは男性らしく、向こうも全力で謝って来た。
「いやいや、こちらこそ。あれ?」
男の言葉が止まり、私は男の顔をよく見る。
「あっ、さっきの店員さん」
その男は先ほどの元気な店員さんだった。
「先ほどはどうも」
男は軽くお辞儀をする。
まぁ、商店街の中なので、そんな偶然もあるかと思っていると、今更ながら男が大きな道具を抱えているのに気が付いた。
「三脚?」
男はハッとなって三脚を持っていた理由を説明してくれた。
「あー、これ七夕の笹の飾りつけの為に運んできたんですよ」
私はなるほどと納得した。
「へー、アルバイトでもそんな手伝いに駆り出されるんですね」
率直な感想だったのだが、男は少しはにかんだ。
「いや、俺あそこの息子なんですよ。今年、戻ってきて今修行中みたいな感じです」
おやおや、はにかんだ表情は中々に好青年だな。
「へー、でもこんな大きな笹に飾りつけって大変ですね」
私は労を労おうと思い言ったのだが、男はにかっと笑った。
「いやいや、この辺のガキどもの事は生まれた時から知ってるんで、喜ばせてやりたいから全然すよ」
その笑顔は眩しく、私の心が浄化されていくようだった。
なるほど、なるほど。
恋は惚れた方の負けらしい。
いつもの私ならここで押すのだろう。
しかし、今は心の師匠足立の言葉に耳を貸す時だ。
待ちガイルである。
「そうなんですねー。頑張ってください」
いつもなら、ここで名を名乗り、名を聞く、そして彼女の有無や好きな食べ物まで聞く。
しかし、ここは直ぐにサラッと去るのだ。
私は軽く会釈をし、その場を去った。
その後、私があのお店の常連になったのは言うまでもない。
しかし、通い過ぎてはいけない。
週三回程度だ。
通ううちにサラッと私の名前も告げることが出来た。
彼の名前も知ることが出来た。
瑛士さん、というらしい。
どうやら、この店は瑛士さんとそのご両親の三人で切り盛りしているようだ。
私は足立の言いつけを守り、焦らずに通った。
すっかり七夕も終わった、そんなある日、瑛士さんのお母様が何やら常連客と話し込んでいるのが聞こえた。
「そうなのよ、相手はね、結構お嬢様らしくって」
「へー、いいお見合い相手が見つかって、これでこの店も安泰ね」
これ以上は聞かなくても分かりますね。
私はレジで瑛士さんにお会計を済ますと、足立を殴りにいくため競歩で商店街を駆け抜ける。
そこに、ぶんぶん大振りする私の腕を掴む者がいた。
私は痴漢かと思い、思いっきり振り払い、後ろを振り向くと息を切らした瑛士さんがいた。
「脚、早いんですね」
機嫌の悪い私は冷たく言い放つ。
「……何の用ですか?」
いつもはきはきしている瑛士さんの歯切れが悪い。
「いや、あの誤解しないで貰いたいなって」
「誤解? 何をですか?」
瑛士さんは振り払われた手でもう一度私の手を掴んだ。
「あの、お見合いはお袋が勝手に進めてたもので、俺は何度も断ってるんで!」
私はつい顔を伏せてしまった。
「……なんで、それ私に言うんですか?」
私は意地悪にもそれを言わせたかった。
瑛士さんは頬を掻きながら、照れくさそうにはにかんだ。
「……エーコさんが好きだからです」
足立、これからは様を付けて呼ぶからね。
私の元にも遅めの彦星がやって来たみたいだ。