第4話 [陸4]寒空の夜道で、私は振り返った
中学の時の話だ。
幼馴染みに告白して、振られた。
それから、彼との会話はなくなってしまった。
その時から、私は臆病になってしまった。
今を失ってまで、得る価値のある未来なんてあるの?
面倒なことになったなと思った。
日が暮れが早い寒空の帰り道の事だった。
「へっ? 足立先輩と付き合うことになった?」
私は柄にもなく、素っ頓狂な声を上げた。
それは、親友の突然の告白のせいだった。
「……うん、初詣に一緒に行ってね、そこで付き合うことになった。相談とかにも乗ってもらったし、最初に沢ちゃんには言っとこうと思って」
早紀は、淡々とそう告げた。
「へっ、へぇー、よかったじゃん」
まさか、早紀が足立先輩と付き合うことになるとは、失礼だが予想外だった。
ここは、素直におめでとうと言ってあげたいのだが、私は一つの問題を危惧した。
太田だ。
太田は、確実に早紀の事が好きだ。
見ていれば、聞いていれば、わかる。
『副部長は、沢田、頼んだぞ。部長を支えてやってくれ』
三年生が引退して、副部長に任命された。
元から、姉御肌というのか、頼りにされることが多かったが、副部長になってから更に増えた。
その筆頭が太田だ。
こいつは、根性もなく、姑息で、小心者でどうしようもない奴だが、悪い奴ではない。
つい、私も甘やかして、相談に乗ってやることも多くなってしまう。
半分ぐらいは、いや、七割ぐらいは早紀の話なので、どついて帰ってしまおうかと思うこともしばしばだけど。
で、話は戻るが、早紀と太田の事だ。
早紀は言いふらすタイプではないし、しばらくは大丈夫かもしれないが、別に隠しているわけでもなさそうだった。
早紀の変化に気が付いた部員の誰かが聞けば、普通に足立先輩とのことも話すだろう。
当然、思春期真っ只中の高校生間で、その話が広がらないはずもないし、そうなれば太田の耳に入るのも時間の問題だ。
副部長として、出来る限り部員間の問題事は起きて欲しくないのだが、どうしたもんかな。
太田、落ち込むだろうなー。
早紀もこういう事、スマートに解決できるタイプでもないしなー。
下手に広がるのを待つより、先手を打った方がいいかもな。
二月の事だった。
陸上部のファミレスでの打ち上げ(保護者とか顧問が来る堅苦しいものではなく、ただ自由参加で部員だけで集まって騒ぎたいやつ)があった。
私はあまり好きではないが、一応、副部長ということと、こういったことが好きそうな太田が参加しているだろうと睨んでだ。
因みに、早紀は帰った。
これは尚更、好都合。
私は、タイミングを見計らって、太田の隣に座りなおした。
今、両隣の席は一つずつ空いている。
周りは盛り上がってるみたいだし、普通の音量の会話なら、そうそう聞こえないだろう。
これから、する話の内容なんて露程も想像してない太田はテンション高めに挨拶してくる。
「あっ、沢田先輩、お疲れ様―っす」
呑気だな、こいつ。
「うん、お疲れ、それより最近調子どうだ?」
やや焦った聞き方だったか?
やっぱり、急だったのか、太田の顔にも疑問符が浮かぶ。
「?」「どうしたんすか? 急に?」
私は慌てて誤魔化した。
「いや、最近部活頑張ってるかなって思ってな」
「何故、急に母親のような目線で……ってか、いつも一緒に部活動してるでしょ」
……こいつ、人の気も知らないで。
「いや、早紀とはうまくやってるかなと思ってな」
そこで、やっと太田に動揺が見られる。
「えっ、あぁ、そういう事っすか、最初の頃よりは大分ましになったんじゃないですかね」
ふう、ようやく本題に入れそうだ。
回りくどいのは、私の性に合わないので、今まで踏み込まなかったところに、片足を入れた。
「……お前、早紀の事好きだよな」
ゴッホッゴホ
太田は、飲みかけのジュースを気管に詰まらせた。
「えっ、え? 何の話っすか」
「三文芝居はいい、見てれば分かるって」
私の強めの言葉に諦めたのか、案外あっさり認めた。
「因みに、沢田先輩以外に知ってる人は?」
「知らねー、私は誰にも言ってないけど、他に気が付いてる奴がいても、おかしくないと思うけど」
「…………」
太田は、その言葉に少し考えるように黙った。
「……親友の沢田先輩から見て、脈あると思います」
ねぇよ。
喉元まで出てきた、その言葉を呑み込み、やんわりと諦めさせる方向に持っていく。
「まぁ、脈がどうこうは置いといて、大事な後輩だってのは思ってるみたいだな。でも、ほら早紀って年上好きみたいなんだよなー」
「……足立先輩でしょ」
「⁉」
その名前が出てくるとは、思わなかった。
……こいつ、気が付いたうえで。
「好きな人が、誰が好きなんて、見て、聞いてれば分かりますよ」
馬鹿だな、こいつ。
「でも、三島先輩、告白する気なさそうだし、春になれば足立先輩も大学行っちゃうし、三島先輩の気持ちも薄れてくれないかなー、なんて」
もう、付き合ってるんだっての。
「いやー、好きな人の好きな人がいなくなれば、自分にもチャンスがあればなんて、姑息ですよねー」
そうだな、姑息だ。
「早紀、もう足立先輩と付き合ってるよ」
私は、太田の反応を見ずに、席を立った。
姑息だな、私。
理由があれば、
恋愛小説や映画みたいに、好きになるのに理由があれば、その理由を否定してやればいい。
でも、何となく気になって、何となく好きになった人たちはどうしたらいい?
私も太田も、姑息で、臆病だ。
そんなしょうもない共通点ですら、少し嬉しい私は重傷だ。
失うのが怖くて、何も得ようとしない。
でも、立ち止まっているのは自分だけで、みんな進んでいるんだ。
何も得ようとしない奴は、何かを失っていく。
そんな当たり前の事に、今、気が付いた。
今はずっと続かない。
好きな人に、好きな人がいると私は少し安心するんだ。
なら、私との関係はプラスもないが、マイナスもないんじゃないかって。
今がずっと続くんじゃないかって。
今が幸せなんだ。
他愛のないことを喋ったり、廊下ですれ違ったり、たまたま朝ばったり会ったりできたら。
これ以上を望めば、そんな贅沢者には罰が当たる気がして。
寒空の夜道、私は立ち止まった。
もちろん、太田が私を追いかけてきたりはしない。
私は太田の物語の中では、ただの面倒見のいい先輩でしかないのだから。
「……見て、聞いてれば分かるか」
その通りだよ。
「いっそ、私と付き合っちゃえよ」
そんな、独り言でしか言えないセリフを、冷たい風が月まで運んでくれる。