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先輩と後輩シリーズ - 第58話 君を待っている
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第58話 君を待っている

「早く準備しなさい、急がないと高速道路混んじゃうわよ」


 母が玄関口で僕に声を掛ける。

 僕はその声に反応して家族三人分の着替えやら何やらをつめた旅行バックを肩にかけ、玄関に顔を出す。


「僕はもう準備出来てるって、あとは父さんだけでしょ」

「あら、ごめんなさい。いっつも出掛ける時ぐずぐずしてるからてっきり。お父さんは?」

「知らない、多分トイレじゃない?」


 出掛ける時の話をすれば、母さんだって化粧やらでいつも遅いと思うが、僕もぐずぐずしていることは事実なので反論はしない。

 でも、いつも夏のこの日だけはシャキシャキと動ける。

 今日は毎年恒例の父さんの実家に帰省する日だ。

 毎年四、五日はそこでのんびり過ごす。

 少し田舎だけど、のどかで良いところだ。

 僕はこの日を毎年楽しみにしている。


 年頃の男の子がそんな事を言えば、おかしいと思うだろうか?




 現代を生きる人たちには信じられないかもしれないけど、おじいちゃんの家にはエアコンがない。


 ないならないで慣れていれば大丈夫なのかもしれないが、普段エアコン三昧の僕には耐え難い。

 いや、ここ何年かで田舎の方も単純に暑くなってきた気がする。

 最近は室内でお年寄りの熱中症の話も聞くし、心配だ。

 そんなわけで僕は少しでも涼もうと縁側の日陰で涼をとっていた。

 何をするでもなく、ぼーっとしているとサンダルで駆けてくる音がする。


「スイカ持ってきたよー」


 その足音は庭先に入ってきて、元気の良い声でスイカを抱えてきた。

 その人物はすぐに僕に気がつくと、笑顔で声をかけてくれる。


「あれ? 修ちゃん? こっち帰ってきてたんだ。私、覚えてる?」

「覚えてるよ、真里(ねぇ)

「そっかそっか、覚えてくれて良かったぁ。今、小六だっけ?」

「今年から中学生だよ」

「えぇ、もうそんな年? 私も年を取るはずだね」

「自分だって、高校生じゃん」


恥ずかしいから絶対に口にはしないが、僕がおじいちゃんの家に帰省するのが、楽しみな理由は真里姉だ。


おじいちゃんの隣の家には、お父さんの兄が住んでいて、僕と真里姉「は従兄弟にあたる。


小さな頃から、年の近かった僕らは親戚の集まりなんかではよく遊んでいた。

まぁ、よくと言っても親戚の集まりなんて1年に1回あるかないかぐらいだけど。


真里姉はキッチンにいるおばあちゃんのところにスイカを届けると、すぐに僕の元にやってきて、お節介を焼いてくれる。


「ここ、エアコンないから暑いでしょ? 私の部屋行こ、エアコンついたんだー」

「別にいいけど」


 真里姉の事が好きなくせに、僕は真里姉を前にすると、素っ気無い口調になってしまう。

 もっと、小さい頃はそんなことはなかったと思うけど、不思議だし、もどかしい。




 エアコンという文明を生み出した人類に感謝したくなるほど、真里姉の部屋は冷えていた。

 真里姉の部屋は去年来た時より、ちょっと片付けられていて、お洒落な小物も増えている気がする。


「適当に座ってね、今飲み物取って来るから、テレビ適当に見てていいよ」

 

 そう言って、真里姉は一度部屋から出ていってしまった。

 昔はこの部屋に入っても全然緊張なんてしなかったのに、今はなんだか少し息苦しい。

 

「おまたせー」


 僕が適当なテレビ番組を見ていると、真里姉はすぐに戻ってきて、氷の入ったグラスに麦茶を入れて持ってきてくれた。

 それを僕の座っている丸テーブルの前に置く。


「中学は楽しい?」

「別に普通だよ、真里姉こそ高校は?」

「うーん? 私は楽しいよ」


 本来なら喜ぶべきことなのだが、僕は胸を締め付けられる。

 真里姉はひいき目なしで可愛い。

 目も鼻も口も全部綺麗だ。決してひいき目ではない。


 そんな真里姉と僕は一年に数度しか会えない。

 つまり、僕なんかよりも学校の子たちと触れ合う時間の方が圧倒的に多いんだ。

 学校の子ってことは、そこに勿論男子もいる。

 僕は真里姉の「楽しい」って言葉に男の影を邪推してしまう。

 そんな小さな自分に嫌になるが仕方ないんだ。


 歳の差もあって、真里姉にとっては僕なんて弟みたいなものだろうし、こうやって会える時間が圧倒的に少ないと不安になる。

 

 真里姉は麦茶を口に含みながら、何かを思い出したように目を見開く。


「あっ、そう言えば、修ちゃん、昔、夢はサッカー選手になることって言ってたよね。中学もサッカーやってるの?」

「うん、続けてるよ」


 僕は来たと思った。

 真里姉は毎年僕にこの話題を振る、真里姉にとって他愛のない話題の一つなのだろうが、僕にとっては絶好のアシストになる。


「真里姉こそ、昔はお嫁さんになるのが夢って言ってたよね。まだ、その夢はあるの?」


 僕は、茶化すように笑いながら、質問する。


「えー、そんなこと言ったかな、でも、結婚はしてみたいかも」

「でも、相手いないんでしょ」

「もう、そんな意地悪言うー、って去年もこんな話しなかったっけ?」

「そうだっけ?」


 何気ない会話だが、僕の胸は張り裂けそうになっている。

 よかったー、今年も彼氏いないんだー、マジ良かったー。

 馬鹿にするかもしれないけど、僕はこの流れに持っていくまで、毎年生きた心地がしない。


 僕は一安心して、麦茶に手を付ける。


「真里姉、モテそうなのにね」

「でしょー、どっかにいい人いないかなー」

「真里姉結構面倒くさがりだし、ずっと独身だったりして」

「あっ、今の傷付いたぁ」


 僕は真里姉に彼氏がいない事がわかり、上機嫌になって軽口を叩く。


 しかし、そこでふと我に返る。

 このままでいいのか?

 毎年、こんないつ壊れてもおかしくない現状維持に満足なのか?


 僕は少しの勇気を振り絞って、真里姉に声を掛ける。


「ねっ、ねぇ、真里姉、そっ、そのいい人ってさ」


 言え、言うんだ『僕じゃダメかな』って、たった数文字だろ。


「んー、なに? 修ちゃん」


 真里姉は呑気な笑顔で僕の顔を覗く。

 喉が妙に乾く、僕は残りの麦茶を全て飲み干した。


「ぼっ、ッ僕」

「んー?」


 空のグラスの氷が溶けて、カランッと音を立てる。

 部屋のテレビの音が妙に大きく聞こえる。


「僕、麦茶飲みすぎちゃったから、トイレ行ってくるね!」


 僕は情けなく、トイレに敗走した。



「今年もゴールならずかぁ」


 部屋を出るときに真里姉が何か呟いていた気がするが、テレビでサッカーの試合でもやっていたのだろうか?




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