第92話 偽物と本物を見分ける方法がない
「君、同性愛者なの?」
初対面の女性に、そんな問いをされるとは思っていなかった。
俺は放課後、見知らぬ女生徒に呼び出され、近所のファミレスにいた。
「いえ、別にノーマルですが」
「同性愛をアブノーマルのような言い方はよくないわ」
「揚げ足を取らないで下さい、用件は何ですか?」
胸のリボンから俺の通う高校の二年生だと分かる。
つまり、この女生徒は俺の先輩にあたるのだろう。
「君、私の事知ってる?」
「先輩、知ってました? 世の中の大半はあなたを知らない人で溢れています」
「良い回答ね、気に入ったわ。付き合いましょう」
「わかりました、用件はそれだけです……ね? 今なんて?」
「付き合いましょう」
「俺、今日、初めて先輩に会ったんですけど」
「そうね、正確に伝えてあげるなら、交際しているフリをしましょう」
「何故?」
「ほら、私、綺麗で可愛いでしょ?」
「でしょと言われても」
俺が目の前にいる先輩をまじまじと見つめると、その容姿は確かに平均値より遥かに秀でていることが分かる。
「最初の一年は耐えたけど、もう限界なの。毎日のように繰り返される告白に気持ち悪い取り巻き、これを解消するにはフリでも偽物でも仮でもフェイクでもダミーでもいいから彼氏がいた方がいいと判断したの。つまり、君はそれに選ばれた」
「選考理由は?」
まだ、名も知らぬ先輩は顎に手を当て「いくつかあるわ」と答える。
「まず、容姿的に私に釣り合う事。適当な人では周りは納得しないわ」
「そうですか」
「謙遜しないのね」
「毎日、見ている顔ですから」
俺の容姿が先輩と釣り合っているかは置いておいて、平均より高いのは確かだろう。
それは、鏡と周りの反応が証明してくれている。
「それと、モテていること、ここでのモテるとはつまり認知度があるってことね。君を彼氏にすることで、すぐに噂は広がり、周りへの抑止力になるわ」
「そう言うものですか」
「そう言うものよ」
先輩は自信ありげにおっしゃる。
「俺がモテているかは、怪しいところですけどね」
顔がいいイコールモテているは実は成り立たないケースも多い。
しかし、先輩は「何を馬鹿な」と笑う。
「水無瀬このみを覚えているかしら?」
「…………まぁ」
「それはそうよね、君が一昨日振った女の子ですものね。彼女は私には及ばないにしても、校内でかなりの人気がある女子だったわ。それを袖にしたんですもの。確かな認知度を君は得ているわ」
「そりゃ、どうも」
まだ名前も名乗らない先輩は「最後に」と指を立てた。
「相手が私と付き合うフリをすることでメリットがあること。そうでなくてはフェアでないし、こちらも一歩的に借りを作るのは気分が悪いわ」
俺はそれを聞いて頭を回転させる。
しかし、日頃回転しない頭などあてになるはずもなく、すぐに答えを求めてしまう。
「俺に、メリットって?」
先輩は微笑む。
「あなた、うちの高校じゃホ◯って噂になってるわよ」
「…………」
「◯モって」
「…………いや、聞こえてたんで二度言わなくていいです」
「どうやら水無瀬このみを振ったのが決定的だったみたいね。彼女のファンや友達からの嫉妬や逆恨みが火種となり、どんどん大きくって言ってるみたいよ」
それで先輩は俺にはじめあんな質問をしたのか。
いや、それでも納得はできないけど。
「つまり、俺が先輩と付き合うことで、その噂を払しょくできるメリットがあると?」
「そうよ」
俺はこの手の事であまりうだうだ考えるのは好きではなかった。
「……よろしくお願いします」
「即決できる男は将来性があるわ。上梨林檎よ、よろしく」
「師走ハルです。よろしくお願いします」
「名前は知ってる。変わった名前ね。ハルって呼ぶわ」
「では、俺は林檎で」
「馴れ馴れしいわね」
「付き合ってるって設定もう忘れました?」
「あっ、そうだった」
それから、俺たちの付き合っているフリ生活が始まった。
始めはそれとなく一緒に登校したり、わざとらしく手を握っているところを見せつけてみた。
友人たちに聞かれれば、特に隠すことなく付き合っていると嘯く。
それでは足りないのか、一緒に昼食、放課後にパンケーキ、カラオケ、休日まで遊びに出掛ける始末だ。
しかし、二人でクレープを食べてる辺りで気が付く。
「これ、フリと本物の区別ついてます?」
「さぁ」
「メリットに見合った労力ですかね?」
「確かに、男避けの為に男と休日まで外出なんて本末転倒な気がしてきたわ」
ここから始まるのだ。
俺たちが最小限の行動で交際しているようにみせる研究が。
「取り敢えず、そっちの方も半分味見させてよ」
「半分は味見って言います?」
「うるさい」
多分、始まる。