XX ボルフェルト領の事故、その後
「ボルフェルト領で足場が崩れた事件、あれだけの人数治したの、おまえだろ」
「………。ええ、まあ」
わかる人にはわかるんだ。
「おまえの姉がやったと言っていたらしいが、ばれたそうだ」
「ばれたんですか。護衛の方とも口裏合わせしてたのに」
不正を知っていて黙っていたことをうっかり話してしまい、レオンハルト様に睨まれてしまった。
「どうして自分の手柄取られて黙ってるんだ?」
「…嫌だったんですよ、あのまま結婚するのが。ヨハネス様が好きなのは姉で、私のことが気に入らないし、姉もその気になっていたので、このまま姉と入れ替わればうまくいくんじゃないかな、と…」
あの事故での成果があったからこそ入れ替わりを認めてもらえたんだし、手柄を譲るくらいであの結婚話から逃れられるなら、代償がある分我慢する価値はあった。
正しいことがいつでも正しい結果につながる訳じゃない。結果オーライ。とはいえ…
「すぐにばれるだろ。あれだけ目撃者がいて、治癒を受けた人間が何人もいて、ばれないと思う方がどうかしてる」
わたしもあの時はどうかしてました。
「走り回っていたのはおまえ一人、おまえの姉はずっとあの男のそばにいながらその一人さえ治しきることができず、結局あの男もおまえが治して、魔力欠乏で倒れたらしいじゃないか」
全部ばれてる。恐ろしく詳細にばれている。この人、侮れない。
「子供は忖度ないからな。伯爵一家が事故の経過を見に行き、お前の姉を指さして『あの人じゃない』と言ったのを皮切りに、周りも次々と証言したそうだ」
「は……」
口止めが甘かったか。伯爵領ではコネもないし、姉が自由にできるお金もないから買収しきれなかったのね。
あの事故の時、ヨハネス様は気を失っていたから、姉に言われたままを信じたんだろうな。それでも姉の言うことを鵜呑みにし、確認を怠ったのはヨハネス様の責任だ。
同行した護衛は私が婚約解消された負け組だと知っていた。姉に協力を頼まれれば、将来の伯爵夫人の味方につく者もいただろう。…全員がそうでなかったことを祈りたい。
「伯爵の目の前で病人の治癒を指示され、ろくに治せなかったところで嘘が確定したようだ」
「でしょうね…」
せめてそこで治癒の力を発揮していればまだごまかせたかもしれないけど、できなかったんだ…。
私も姉に治癒魔法かけられて力量がわかった。速さはあるけど痛いし、気持ち悪いし、蕁麻疹出たし…。私の場合はお互いの魔力の相性が悪いのもあっただろうけど。
治癒師として評価するなら、魔力の放出にムラがあって、浸透が浅い。表面を塞ぐのは早いから浅い傷には効果が高いけど、体の奥まで魔力が届いていない。あれでは内臓の病気や慢性の症状は治しにくいだろう。向き不向きというより基本的な修練が足りてない。魔力を一定に出すのは基本中の基本。見習いの初日に言われて毎日特訓したはずなのに。
治癒の手伝いをしてくれた時に、軽傷の若い人を選んでいたのはそのせいか…。ぱぁっと治る傷は派手で目立つし、評判を上げるにはうってつけよね。
「伯爵はおまえの父親に約束が違うと訴えたが、税金滞納で役人とトラブっていてそれどころじゃなかったらしい。後継の男は婚約解消したのはそっちだと再度の交代に応じなかったそうだ。あれだけの実力を見せられて、伯爵は何としてでもおまえが欲しくなったんだろう。修道院に逃げ込んだと聞いて、身請け金としてかなりの額を提示したらしいが」
「…私、ボルフェルト伯爵家に戻らされていたかもしれなかった?」
話を聞いているうちに、心臓がバクバクと音を立て、自然と手が震えていた。
ヨハネス様との再度の婚約になったとしても、姉夫婦の元で治癒師として働かされたとしても、私には最悪だった。シリングス公爵のように三年で解放してくれる訳はなく、ずっとあの家でヨハネス様にこき使われて一生を終えるなんて…。
そんな未来を想像したら、思わず涙がポロリとこぼれてきた。
そんな私を見て、レオンハルト様はくしゃりと私の頭をかき回した。髪がばさばさになっても少し乱雑でも、私に伸ばしてくれた手に不安が消えていった。
「運がよかったな、伯父上のところの治癒師に欠員ができて」
…伯父?
「じゃ、…公爵様に私を紹介してくれたのって、レオンハルト様?」
にやりと笑って、レオンハルト様は大きく頷いた。
「俺としてはおまえには王立騎士団が適任だと思ったんだが、団の予算はほんとーーーーに限られてるからな…」
それで公爵様に声をかけてくださって…。金額は開示されなかったけれど、公爵家相手なら伯爵家も引き下がるしかないもの。私の希望を聞いてくれたシスターや司祭長様にも感謝しなくては。
「ありがとう。…ありがとう、レオンハルト様。ほんとに、本当に…」
ボロボロとこぼれる涙を抑えることができないでいる私に、
「ただの善意だと思うなよ? 男がここまで動く時には、下心があるもんだ」
そう言って額をつつかれた。
その言葉の意味するところはわからないではなかったけれど、信じていいのかわからなかった。その言葉よりも、その想いを。